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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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重ね束ねるは良き鎮魂歌の為に(前編)


 そこはバラック内であってもその野蛮でアングラめいた雰囲気や風習は一切なく、どちらかと言えば特別自治区に近い状態だった。

 いや、そこと呼ばれる場所は建物一つだけなのだから大使館と呼ぶ方が近いかもしれない。


 穢れが少ない森の中にある、古風で美しい居城。

 そこに、彼はいた。


 百を超える配下を従える絶対たる主。

 彼の名前はコルティア。

 誇り高きピュアブラッドが一つ。

 コルティア・ディートグラン・ラクシス。


 通称、『紅蓮超越者』のコルト。


 魔王国は周辺国も含め、勝手に名乗ってはならない名前が幾つか存在している。

 それは称号であり、地位であり、名誉であり、そして勲章の意味も含むからだ。

 その与えられぬ限り名乗る事が許されない異名で、頂点と呼ばれる最高位の称号はおよそ七つ。


 中でも一番わかりやすいのはクロスに付けられた異名『賢者』。

 最も数が少なく、それ故最頂点と考えられている。

 と言っても……賢者が全ての称号の上に立つ最高位という訳では決してなく、ただ七つある頂点の一分野でしかない。

 心という最も捉えにくい分野での頂点到達者であり、その条件が最も厳しい為数が少なくはあるが、あくまで七頂点の内の一つ。

 それが、賢者。


 そしてその同格の一つが、『超越者』。

 賢者が心の頂点である者に与えられる異名である様に、超越者は肉体の頂点である者に与えられる。

 魔力ではなく、純粋な身体能力のみでドラゴンさえも屠り得る、物理戦闘最強の証。


 コルトの場合、異名はそれだけではない。

 絶対者、魔眼持ち、殺戮者、人類の敵、勇者殺し等々……語り切る程など出来ない程の異名は、彼の語り切れない程長い生き様を物語っていた。


 だが、そんなコルトの栄光も既に昔。

 もう、異名に見合うだけの力は残されていなかった。


 ガリガリにやつれた頬と骨が透けて見える程細い手足に、部族化粧かと思える位深い隈。

 本来ならば中年に見えるはずの外見が、あまりに弱り過ぎてもうよぼよぼの老爺にしか見えない。

 生きているのが不思議な位に弱っているこの男性を見て、彼こそがその数えきれない程の栄光を勝ち取った男だと気付く者はいないだろう。


 そして、そんな姿になっても、どれだけ弱くなっても、彼は、たった一つの心から望む物が手に出来ない苦悩に押しつぶされようとしている。

 それは、それほど難しい事ではない。

 ただ、戦いの中で死にたいというだけ。

 それが、今コルトの心からの望み。

 自らの意思で死に限りなく近づきつつあるコルトの望みは、ただそれだけだった。


 本音を言えば、もっと贅沢な死に方を望んでいる。

 集大成とも言える素晴らしき激戦の末、必死にもがき、限界を超え、その上で負け、跡を託し死にたい。

 だが、悲しい事にそんな夢物語が叶う程コルトは弱くなかった。

 期待は常に裏切られ、多くの屍の上に着いてからようやく諦めが宿り、今その願いは最下限へと形を変え戦いの中での死だけを望む様になった。

 悲劇な事に、その最下限の願えでさえ未だ叶っていないが。


 どれだけ弱くなっても、どれだけ弱っても、どれだけボロボロになっても、己が意思で限りなく死に近づいたとしても、他者とは生物としてのステージが異なりすぎている。


 早く終わりたい。

 早く、楽になりたい。

 この苦しみから、逃れたい。


 生き地獄を毎日毎時間味わい続け、終わりの時を渇望している……そんな彼の元に、懐かしい客が現れた。

 

「……久しぶり。千年ぶり位になるかな」

 そう言って、その男ヴァレリア・ガーデンはボロボロのまま死を待ち玉座に座るコルトに話しかけた。

「おお、ヴァールじゃないか。久しぶり」

 そう、コルトは言葉にし必死に笑おうとする。

 笑い方を忘れ、笑う事さえ出来なかったが。。


 本当に久しぶりの事で、同時に笑おうかなと一瞬笑う程には嬉しい事だった、

 自分と同じ種族に会うという事は。


 コルトはヴァールの様子を千年前と見比べる。

 そして、その変化に驚いた。

 千年前よりも、ヴァールは活力に満ち溢れていた。

「……元気そうだね」

 コルトの言葉にヴァールは微笑み頷いた。

「ええ。色々と、良い事がありましたから」

「なんと……。その内容を教えて貰っても良いだろうか。ヴァールの幸福を俺も祝いたい」

「ありがとう。我が友。それはですね……私に、家族が出来たんです」

「ふむ……そうか。それは……うん、おめでとうと言うべきなんだろう」

 そう、コルトは少し難しい表情で言葉にした。

「いや、君は誤解をしている。そうじゃない。定命との婚姻じゃなくて、私に娘が出来たんだ。それも……純血種の」

 今まで一度も表情を変えなかったコルトの表情に、驚きの色が宿った。

「まさか……。いや、まさか新たな同胞が誕生したのか!?」

「ええ、そうです。まさか吸血鬼でない種族から生まれているなんて思いもしませんでした。先祖帰りでしょうかね」

「良く見つけられたね」

「ええ、素晴らしい精霊の女性と、定命の我が友のおかげで」

「そうか。それは何よりの吉報だね。どんな子なんだい?」

「可愛くて美しくて可憐で頭脳明晰で優しい子だよ」

 ヴァールはまくしたてる様にその娘、ローザを無限に褒め続ける。

 一方的に、それでいて苛烈に。


 完全なる親馬鹿具合を見せるヴァールの様子を、コルトは何も言わず、聞き手に回りただ頷き続けた。

 それが当たり前かの様に。


 ピュアブラッド同士の会話は普通、穏やかな会話が続く上に互いが聞き手に回ろうとする。

 聞き上手だからではなく、話す事が何もないから。

 自ら話題を出し続ける程、彼らには心の余裕がない。


 そんなピュアブラッドの中でも死に近く、心が弱っていたヴァールがこれだけ元気に嬉しそうに、そして普通に話せているという事は、はっきり言って奇跡である。

 普通は一端弱り始めたら中々元に戻らず、そして最後には、死を望む様になる。

 今のコルトの様に。


 孤独に包まれ、恐怖に打ち震え、生きる事に耐えられなくなる。

 そうなるはずだったヴァールの姿は、もうどこにもない。

 その言葉には、顔には娘から与えられた元気が有り余っていた。




 それから三時間位だろう。

 一方的に親馬鹿自慢を続けた後、ヴァールは一息つき、そして尋ねた。

「コルト。私の娘を見に来てくれないか? 新しい我らが血族を、我が友に歓迎して欲しいんだ」

 コルトは首を横に振った。

「すまない。俺は不正入国してここにいるんだ。ヴァールはこの国の制度を知っているかい?」

 その意味を知っているヴァールは頷いた。


 このバラックに自らの意思で入国する方法は二種類ある。

 正規の方法と、密入国。

 密入国とは言え、どちらもその対応はそう変わらない。

 ただ違うのは、バラックに密入国した者は二度とバラックから出る事は出来ない。

 ヘンリーにより改善されたとはいえ未だ流刑地としての役目も持っているバラックにはそういうルールであった。

 だが……。


「それこそコルト。君も知っているだろう。我々はピュアブラッドがいかなる存在かを。国の法律程度、どうとでもなると」

 そう、法で縛れるのは弱者のみ。

 ピュアブラッドは暴力という意味だけでなく、政治力、資金力というあらゆる意味で突出している。

 やる気さえあれば、魔王になる事など容易い程度に。

 故に、法律を破る許可を得る事も、何なら法そのものを変える程度何の苦労もない。

 何なら今日すぐにでも法律を変更出来る。

 札束で殴ろうと、政治的に取り囲もうと、武力で脅そうと、どの様な方法であっても。



 これまでも、仲間意識が強いピュアブラッドは同胞の為には多少の無茶は押し通して来た。

 二百体近い数の最強に近い種族とその配下である多数の吸血鬼が一斉にその為だけに動き出すという事なのだから、無茶が通らない訳がなく、故にそんなピュアブラッドだからこそ歴代の魔王は例外なく彼らに苦手意識を持っていた。


「そう、君が我が娘と会う事を望んでさえいてくれるなら、どうとでもなるんだ」

 そう、ヴァールは笑顔で言葉にする。

 そこまで言われ、望まれ、その上で……コルトは、首を横に振った。

「いや、すまない。むしろ、俺は会いたくないとさえ思えるんだ。今の俺の姿を、新たな希望に見られたくはないんだ……」

 そのコルトの言葉に、ヴァールは悲しそうな顔を浮かべた。


 新たな同胞の誕生というのは、ピュアブラッドにとって最も喜ばしい事である。

 それを喜べないという事は……それはつまり……もう、コルトはどうあがいても、救えないという事を意味していた。


 無限に生きられるピュアブラッドにとって、寿命という言葉は本来の意味では使われない。

 彼らにとってその言葉は、生きる事に耐えらえるか、生きようとする意思が戻ってこれるかを意味する。

 どれだけ堕ちても、どれだけ辛く苦しくても、それでも、戻って来る可能性があれば、寿命が残っていると表現出来る。


 逆に、今のコルトの様な状態を、既に寿命を迎えたと表現するしかない。

 ここまでくればもうどうあがいても死を望まずにはいられないからだ。

 生きる事に、もう、耐えられなくなってしまっている。


 それは……お別れを意味していた。

 悲しい悲しい、同胞との別れを。


 それでも、コルトは最後の一線だけは、必死に越えない様に努力していた。

 今目の前には、自分の理想と言える美しい死を与えてくれる存在がいる。


 鮮血庭園、赤薔薇のヴァール。

 かつての魔王であり、その魔力は今も健在。

 弱り切った今の自分位片手で屠れる存在がいる。

 ならばそれを、美しい終わりを望まない訳がない。


 だが、コルトはその言葉を絶対に口にしない。


 同胞を己が手で殺すという事がどれほどの地獄かを理解しているからこそ、コルトはその甘美な誘惑から必死に耐えている。

 こちら側に、寿命の先にこれから幸せになるであろうヴァールを連れて行く様な事だけは避けたかった。


「……そう、か。うん、だったら仕方ないね」

 そう、ヴァールは寂しそうに呟いた。

「ああ。すまないなヴァール。俺は見ての通り、もう、無理なんだ。かつての友が会いに来てくれて、新たな希望が生まれても、それでも、もう、笑えないんだ」

「……うん、わかってる。その可能性はあった……いや、最初から、わかってた」

「ああ。……ああ。すまない……すまないヴァール。弱くて、本当にすまない……」

「良いんだよコルト。それは弱さではない。弱さであってなるものか……」

 そっと後ろを振り向き、ヴァールは足を進める。

 涙を流さない為に、友との別れに水を差さない為に。


「ヴァール」

 呼び止められ、足を止めるヴァール。

 そしてその背中に、コルトは祈りの言葉を残した。

「君のこれからに、素晴らしき生があらん事を」

 ヴァールは振り向かず、一言、願いの言葉を残した。

 格好つける為に少しだけ気取った、最期の言葉を。

「コルト……君の明日に、素晴らしき終わりがあらん事を」

 そう、ヴァールは口にして……最後に、言葉を付け足した。

 地獄にいるであろう友に、終わりを告げる為に。


「……最後に、安心してくれ。君の終焉は間近だ。我が素晴らしき友が、勇気の剣と共に君に終わりを授ける準備をしてくれているからね」

「それは……期待しておこう。さらば我が友よ。君が俺みたいにならない事を願うよ」

 今度こそ、本当に、それを最後の言葉としヴァールは足を止めず、そのまま城を去る。

 二度と訪れる事のない、その城を。





 それは、友との別れからすぐ後の事だった。

 いつもの様にコルトの元に執事が顔を見せ、挨拶をし、跪く。


 今のコルトは執事以外の誰とも極力顔を合わせない。

 今の醜い姿を誰にも見られたくないからだ。

 それだけ、この長年ずっと仕えてくれた執事が例外である事を示していた。


 故にこの場に執事が現れるのは何時もの事である。

 だが、執事の用事は何時もの身の周りの世話ではなかった。


「旦那様。お願いがございます」

 そんな珍しい言葉を聞き、コルトは頷いた。

「本当に珍しいね。君がそんな事を言うなんて。何でも言ってくれ。君の献身に答えられるのなら」

 執事は、にっこりとした笑みを浮かべた。

「では……少々お暇を頂きとうございます」

「それは、そういう意味でかい?」

「はい。そういう意味でございます」

 コルトは少しだけ困った顔を浮かべる。

 辞められるのが嫌な訳ではなく、辞める為の準備をしていなかったからだ。

「……ふむ。いや、君の願いは聞きたい。だが……うーむ。少しだけ待って欲しい。君の余生を用意する為に」

 そう、コルトは言葉にする。


 彼は、執事はコルトとずっと共にした眷属である。

 それこそ、種族本来の寿命よりもずっと長い時間を。

 故に、コルトが死に眷属としての契約が切れれば執事は死ぬ。

 それを避ける為には、何等かの魔法、魔導的な手段が必要なってくる為、コルトは数百年ぶりに自らの宝物庫に足を運ぼうとした。

 だが……。


「必要ありません旦那様。旦那様亡き後まで生きようとは思いませんので」

「ふむ? 俺が死んだ後生きる為に辞めるのではないのか? 別に責めないよ。むしろ新しい門出を祝いたい位だ」

「まさか。私はそこまで不義であるつもりはございませんし、我が望みは旦那様に忠義を尽くす事のみでございます」

「君の忠義を疑った事はないよ。だからこそ、俺と共に死んでくれると思っていた訳だし。心代わりの理由を、聞いても?」

「ええ。ええ。もちろん。それはですね、私の誇りの為ですよ」

「ふむ。誇りと」

「ええ。執事の身でありながら主に牙を向けるなんて事、出来かねますので」

「……ふむ。つまり……君は……」

 執事は笑顔のまま、頷いた。

「はい。一身上の都合により、牙をむかせて頂きとうございますのでお暇を」

「わかった。俺には君の考えはわからないが……君の事だからちゃんとした理由があるのだろう。クラウス。好きにすると良い」

 コルトが執事を名前で呼んだ瞬間、執事でなく眷属としての名を呼んだ。

 その意味を、クラウスは理解しない訳がない。

 執事という己が生涯を費やしたプライドを捨ててでもやらなければならない事のある、彼が。

 クラウスは玉座に座るコルトに拳を構えてみせた。


 老紳士である執事の戦闘スタイルは、拳闘。

 このバラックには多い拳を主体で戦うスタイル。

 魔法も使えず、特段武具の扱いに上手い訳ではないクラウス。

 魔物らしい特徴を持たない代わりに手足の扱いに長けたという人間と同等の姿に、人間より優れた筋力だけが武器。

 執事だからこそ、いついかなる時も戦う常在戦場の意識の為に、拳を磨き続けて来た。

 そんな執事としてのプライドと共に高めてきた拳に祈りを込め、クラウスは主に打ち放つ。


 だが……いや、だからこそ、悲しい程にそれは意味をなさない。

 眷属だからとかそういう小難しい理屈ではなく、純粋にコルトの体を傷つける程の武が足りていないからだ。

 別に武器を持ち出せば良い訳ではなく、むしろ剣だろうと槍だろうと持って来たところで、結果は変わらない。

 その体は、鋼よりも硬いのだから。


 幾ら弱体化し、戦う意思が薄れ、死を望んでいるとはいえ、かつて超越者と呼ばれた者の肉体にその程度の打撃が通じる訳がなく、クラウスがコルトに死を与える事など不可能である。

 例え、幾度と己が限界を超えたとしても、奇跡を起こせたとしてもだ。


 それはコルトも理解している。

 長年連れ添った相棒の力量位わかっている。

 だが、クラウスもそれ位最初からわかっていたはずである。

 その上で戦いを、いや殺し合いを挑んだという事は、コルトがわかり得ない戦うべき理由があるという事。


 互いに信頼し合っている。

 互いが認め合っている。

 互いに、理解し合っている。


 だからこそ、コルトも本気は出さずともクラウスを殺すつもりでいた。

 本気で立ち向かって来てくれたかつての忠臣に対し不義理を果たさない為に。


 玉座に座ったままのコルトの顔面にクラウスからの二発目の拳が直撃し、鈍い音と同時に骨が砕ける音が響く。

 ただし、音はクラウスの拳からだが。


 そっと、コルトは何事もなかったかの様に玉座から立ち上がる。

 構えは取らない、取る必要はない。

 構える必要がある程の実力は、クラウスにはない。

 顔を全力で殴られても全くの無傷でいる程度はその実力に差があるのだから。


 それでも、クラウスは戦うのを辞めようとしない。

 事前に用意していた回復薬を口にし、手を白い布で巻き出血を止め、拳を振るう。

 全く無意味な事であるとわかっていても――。


ありがとうございました。

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