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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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夜に酔う(後編の2)


 大きめのグラスに注がれる、透明な液体。

 ロコが用意したやけに甘くどい匂いのするそれをクロードは口に含み、顔を顰めた。


 それが、恐ろしく(から)かったからだ。


 喉が焼け、目が回りそうな感覚に囚われ陥る。

 当然、味なんかわかる訳もない。

 ただただきつく(つら)いだけの苦痛を詰めた味。


「どう、ですか?」

 ロコのその言葉に、クロードは眉を顰めながらもこう答えた。

「悪くない」

 見栄でも世辞でもない、クロードの偽らざる本音。

 (つら)さが全面に出ているからこそ……そう思えた。


 苦渋に満ちた、刺激的な味。

 これは、自分の人生の様な味だ。

 最初に用意されていたらきっと伝わらなかったが、今なら理解出来る。

 剣という対話にて向き合い、それなりに通じ合ったからこそ、ロコの気持ちが、考えが――。


 クロードという人種を本当の意味で理解し、その上で接待をするのにロコは適していた。

 コミュニケーション能力が低く、恥じらいが強く生真面目で、演技でも客に媚びる事が出来ない未熟者。

 だからこそ、人格破綻者のクロードとの距離感を間違えない。

 おべっかを使わずにかつ、そこそこ尊敬出来るロコは、店の中で最もクロードの望む距離を体現していた。


 小さな陶器の器にロコは自分で酒を注ぎ、そしてゆっくりと、舐める様に口に含む。

 同じ味を、同じ様に楽しまんとばかりに。


「……これが、私の故郷の味です」

 そう言葉にするロコの表情は、どこか暗かった。

「そうか。……君も――」

 クロードが珍しくロコに興味を持ち、話しかけようとするその丁度のタイミング。

 そこに……クロスが乱入した。

「お邪魔して良いかなー」

 空気をぶち壊すニコニコ笑顔のクロスと、困った顔のアルノルト。

 その二体を見て、クロードは苦笑を浮かべ頷いた。

「俺は構わないよ。……ロコは?」

 クロードが尋ねると、ロコは慌てて手を横に振った。

「わ、私も大丈夫です。今お酒を……」

 おろおろと見るからに慌てながら酒を注ぐロコ。

 その今までと明らかに異なる不可思議なロコの様子をクロードはじっと見つめ、理解する。


 自分の時の様な落ち着きを微塵も見せず、まるで別人の様に慌てふためくロコ。

 そうオタオタしながらも視線の先にはクロスがいて、目を離していない。

 頬を赤らめ、緊張し硬くなっていって……。


 どうしてロコが自分の相手に選ばれたか、その本当の意味をようやく理解する。

 クロードは笑うのを堪えながら呟いた。

「ロコ。君は……」

「すみません。今急いでますから」

 客商売ではあるまじきその言葉に、それを見ていたアルノルトが絶句する。

 メインであるはずのクロードが完全にどうでも良い物扱いとなっていた。


 だからこそ、クロードの感情は明るい物となっていた。

 注がれた酒を傾け、その辛さを楽しむ余裕がある程度には。




「からっ! 度数どの位これ?」

 クロスが驚きながらそう尋ねると、ロコは答えた。

「ろ、六十は越えているはずです。すいません今別のおしゃけを……」

 慌てるロコに、クロスは首を横に振る。

「いや大丈夫。独特で辛いけどまあ美味いし」

 そう言ってクロスはその酒を軽々と流し込んだ。


「……すごいなクロス。そんなに酒強かったのか」

 クロードの言葉にクロスはケラケラ笑った。

「強い弱いじゃなくって飲み方覚えてるんだよ。蓬莱の里に行った事あるし。ああそうそう、その恰好と酒を見るに、ロコちゃん蓬莱の出身だよね?」

「え!? あ、その……えっと……実は、違うんです」

「え? そなの? 酒といい恰好と良いそうかと……」

「そう……ですね。あの辺りではあるのですが、あそこの中ではないんです。それに、私の故郷はもう滅んでいますし……」

「……ごめん。悪い事聞いた」

 地雷を踏んだ事に気づきクロスは申し訳なさそうな顔でそう呟く。

 それを見て、誤解させたと気付いたロコは慌てて手を横に振った。

「大丈夫です! 大昔の話ですし私故郷に良い思い出何もないので!」

「……本当に?」

「本当で。むしろ滅んでいなければ私は地獄の様な生を過ごしていたはずです。なので感謝してるんですよ。滅んだ事と……その原因に……」

「……そか。うん。だとしても悪い事言った。詫びという訳でもないけど食ってくれ。味はまあ……普通だが」

 そう言ってクロスはどんと大皿をそのテーブルに置いた。


 クロードは皿の中を見て首を傾げた。

「クロス。これ何だ?」

「ん? 白玉。蓬莱のデザートみたいなもんだ」

 そう言ってクロスは白玉を一つつまみ、ひょいとクロードの方に投げ込む。

 それをそのままクロードは口で受け取り、噛みしめた。


「……うん。美味しいじゃないか。流石クロス」

「あんがとよ。辛い酒とも合うと思うぞ」

「ほぅ。それは良いタイミングだね」

「だな。ロコちゃんも食べる?」

「は、はひ! もらいます!」

「ん。それじゃつまようじ刺しとくから好きに食べてね。じゃ」

 そう言って、クロスとアルノルトはその場を去っていった。


 ロコは、少ししょんぼりした顔をしていた。

「……あーんとか、して欲しかったかな?」

 クロードの言葉に少し驚き、頬を赤らめロコは首を横に振った。

「そ、そんなはしたない事考えてません!」

「そか。……少し、お話しようか」

「喜んで。何の話をしますか?」

「クロスの事。色々知りたくない?」

「是非に」

 そう言葉にしクロードに詰め寄るロコの目は、キラキラと期待に満ちていた。


「ああ……本当に俺と同類なんだね。まあ俺達程狂ってはいないみたいだけど。……理由を、聞いて良いかい?」

「えっと、その……何の事でしょうか? 私は別にクロス様の事を何とか思っているという訳でもないのですが……」

「……君、隠し事下手って言われない?」

 ロコは目を反らし、そして小さく溜息を吐きクロードの隣に座る。

 先程までなら不快に思う距離だが、今は大丈夫だった。


 そして耳元まで顔を近づけ、小さな声で囁いた。

「尊敬しているんです。あの方の事を。私、クロス様に助けられた事があるんです。あの方は気づいてもいませんが」

「それならその事をちゃんと言ってあげたら……」

 悲しそうな顔でロコは首を横に振った。

「今、あの方はようやく賢者でも勇者でも魔王でもなくただの男性としての時間を楽しめてますから、それを邪魔するような事は……」

「……うん。君となら仲良くなれそうだよ。クロスが用意してくれたデザートを食べながら、クロスについて話そうか」

 ロコはそれに頷いた後、そっと正面の席に移動しクロードと奪い合う様に白玉を食べながら酒を舐め、クロスの話を楽しんだ。




「んでさ、ルトちゃん。どしたの何かやらかしたみたいな顔しているけど」

 クロード達から離れクロスはそう尋ねた。

 クロスがクロード達の席から離れたのはそれが理由だった。


 アルノルトが落ち着きを見せずどこか挙動不審になっている事から何かあったのだとクロスは察した。

「あー。別に、悪い事じゃあないんです。本当に。ただ……」

「ただ?」

「その……ごめんなさい。色々な女性を呼ぶって言ったのに、呼ぶの忘れてて……」

「あー。大丈夫だよその位」

「な、なので今から呼んできますね!」

 慌てた様子でアルノルトはそう言葉にし、真っ赤な顔でどこかに走って行く。

 一体何が恥ずかしいのかクロスは理解出来ず、そっと首を傾げた。


 アルノルトは賢いという風に夜酔では思われている。

 初見の客を相手にするという事は自他共にそういう認識であるという事だ。


 時間厳守は当たり前で、ルールやその類を破る事はない。

 いつも冷静沈着で、すまし顔である事が当たり前。

 そんなアルノルトが、次の嬢を呼ぶのを三十分以上も遅れたという事実。


 これがクロスがアルノルトを気に入って離さなかったというのまだいつもの事だが、今回は逆。

 アルノルトの方がクロスとの時間を楽しんだからの予定時刻の大幅超過。

 普段冷静で遅刻する事などないアルノルトが、男性との会話に夢中になって時間を大幅に破る。


 その事実は、アルノルトにとって恥ずかしすぎて逃げ込みたい程の事。

 今までそういう事が一切なかったからこそ……それは、明確は欠点であり揶揄うポイントとなる。

 同僚達の生暖かくニヤついた瞳が痛い程に刺さり、アルノルトは強い羞恥を覚え赤面していた。


 



 それから、代わる代わるにクロスに色々な魔物が接客に来る。

 人間と同じ外見の種族から明らかに異種まで、本当に様々。

 下半身蜘蛛で瞳も異種であり顔も多少変質しているという人間であるなら確実に恐れる様な外見のアラクネーさえ、クロスは気にせず、それどころか口説きだした位だった。

 それも、胸が大きいという理由だけで。

 その時のアラクネーは付き合いを否定する事はなかったが、クロスを見る目が完全に子供を見る様な目になっていた。

 少し悔しかったけどそれはそれで興奮した。


 ラミアはその下半身が気になって触って良いかと尋ねた。

 断られた。

 発情期に入ったら大変な事になるからという理由で。


 一週間強く拘束したまま交尾を行う為ラミアの相手は屈強な男でも結構な数の死者が出ると淡々と言われ、ラミアの大変な事になるというのは自分の事だとようやくクロスは理解出来た。


 それから数度入れ替わって、そして現れたのは、幼い容姿の女性だった。

「はーじめまーしてー。ピアでーす。ちなみに私何とお触りどころかお持ち帰りオーケーでーすよー。私だけは特別ですからー」

 そう言ってその女性はクロス現れて即抱き着く様にクロスにしがみつき、その腕に手を回し胸を押し当てる。

 小さな膨らみながら確かな柔らかさが腕に伝わり、熱い程に温められる。


 ただ、とある理由で興奮する事はなかった。

 というのも……。

「あのさ……何してんのメリー」

 そう、クロスは驚きながら尋ねた。


 変装こそしてるものの、隣にいるのはまごう事なきただの人で、そしてかつての仲間。

 クロスにとっての師匠でもあるメリーだった。

 メリーは本気で残念そうな顔をした。

「ちぇー。すぐばれちった。何でわかったの?」

 ウィッグを取り、顔をもみほぐし、いつものメリーも戻りながらクロスにそう尋ねた。

「なんでって言っても……俺がメリー達を見間違える訳ないじゃん」

「ああもう……本当にクロスったら……」

 嬉しそうに……というよりも蕩けつつも情念が籠ってそうな表情でそう呟いた後、メリーはこほんと咳払いをした。


「んでメリー。なしてここに?」

「え? 何でって言ってもさぁ……そりゃクロスがこういう店に入るからとしか言えないかなー」

 ごごごごごと威圧しながら、そうメリーは囁くよう言葉にした。

「すみませんでした」

 昔の習慣だからか女性に弱いからか……。


 クロスはゆっくりと地面に座り、丁寧でかつ美しい土下座を披露する。

 それは、見る者が思わず拍手をしてしまいそうになる位、それ位見事な土下座だった。


「あははははは。冗談だよクロス。勇者だった頃だったらともかく今は別にそんな事で怒らないよ。男の人がそう言うの好きなのは良く知ってるし?」

「……ほんと?」

 ちらっと顔を上げながらのクロスの言葉にメリーは微笑み、ぽんぽんと自分の隣に来る様合図をする。 

 それを見てからクロスは立ち上がり、メリーの隣に座った。


「それで、本当にどうして?」

「んー。……内緒」

「内緒?」

「そ。内緒」

「そか。内緒ならしょうがないかな」

「そうだね。しょうがないね」

 そう言ってクロスとメリーは微笑み合った。


 深く聞かなくても別に良い。

 それ位の信用を二人は重ね合っていた。


「ところで来たのはメリーだけ?」

「ううん。もう一人いるよ。ただ……」

「ただ?」

 メリーは苦笑しながら奥の方をちらっと見つめた。

 クロスは首を傾げながらメリーの示す方を見る。

 そこには、こっちに顔だけを出し困った顔をするメディールがいた。


「メディは何してるの?」

「あはは……本当……何してるんだろうね……」

 メリーの顔には呆れが強く映っていた。


「ああもう……。クロスちょっと待っててねー」

 そう言ってメリーはメディの方にずんずんと近寄り、メディを引っ張り隠していた体を露見させる。

 メディは水着位の露出の高い服装の上に、ネグリジェの様な半透明のドレスを着ていた。


 クロスにその姿が見つかり、メディールは真っ赤になって奥に逃げようとする……が、メリーがそれを許さずぐいぐい引っ張ってクロスの傍に連れて来た。


「恥ずかしくて出れなかったんだってさ。そのけしからん体で何言ってるんだろうね本当」

 やれやれとメリーはそう呟いた。

「けしからんとか言わないでよ!」

 体を隠し真っ赤な顔でメディールはそう叫んだ。

「やれやれ。隠すから恥ずかしいんじゃない。羨ましい位よ私としたら。そんなないすばでーで。ほらほらクロス。何か言う事は?」

「え? えっと、何かって……」

「私としちゃ別にどうでも良いけどねーメディールに何かないのー? 私そんな子に育てた覚えないんだけどにゃー」

「へ? え? あ、ああ……」

 クロスはメリーの言いたい事を理解し、メディールの方を見た。

「メディ。良く似合ってるよ」

 メディールは顔を反らした。

「ふ、ふん! そりゃエッチなクロスからしたらこれ位見せた方が嬉しいんでしょうね。……でもありがと」

 小さな、かすれた声と同時に体を隠すのを辞めるメディール。

 それを見てクロスは微笑み……メリーは舌打ちをした。

「ちっ! ほんっと……なんてあざとい子なのかしら! あああざといあざとい!」

「……あんたには言われたくないわ」

「まあ! 褒められたら露骨に隠すの止めたり根が正直だもんねメディ――」

 ごんと、鈍い音が響きメリーは頭を抑える。

 メディールは握りこぶしを作り微笑みながらクロスの隣に座った。




「色々聞きたい事はあるけどさ、とりあえずエリーとかソフィアはどうしたの?」

 クロスはまず、それを尋ねた。

「エリーちゃんはロキって子と一緒に何かお仕事してるっぽい? んでソフィアは本当は来る予定だったけど急なお仕事」

「急なお仕事って……何かトラブル?」

「トラブルっちゃトラブルかな。ソフィアって元王女で聖女じゃん?」

「うん。そうだね」

「そのソフィアの母国の教会のお偉いさんが不倫してたみたい」

「はぁ。不倫」

「うん。それも五つ股位で。しかもその浮気相手には王族とか教会の関係者にもいて、まあスキャンダラスな上にごっちゃごっちゃで泥沼化したっぽい。それの鎮圧に向かってる」

「鎮圧?」

「そそ。もう面倒だから関係者全員黙らせて排除するんだって……物理的に。相当怒ってた」

「まあ……そりゃソフィアからしたら怒るよねー。神の従者が何してるんだって話だし」

 怒ってるのはここに来る予定が潰れた事の方だが、二人はそれをクロスに伝えるつもりはなかった。


「んで、どうやって来たの?」

「な、い、しょーって言いたいけど、メディが魔法でぱぱっとね」

「はえー。流石メディ。すげーな。こっちでも転移の魔法って気軽に出来ないのに……」

「条件さえ満たせばそう難しい事じゃないわ。今回は偶然見事な程条件が重なったのよ」

「その条件ってどんなの?」

「え!? そ、それは……魔法使いは己の術式をみだりに明らかにしないの。それも欠点はね。だから秘密よ」

「そか。それは言えないな。すまん失礼な事聞いた」

「良いのよ気にしないで」

 そう言ってメディールボロを出す前には誤魔化した。


「ほら。それよりもほら。おしゃーけー来たんだからメディ、クロスに注いで注いで」

「は? 何で私よメリーの方がボトルに近いんだからメリーが――」

「こういうのはおっぱいが大きいのがやるもんなのよ。ほら、はよはよ」

「ちょっと待ってよ! というか何でむ、胸が……」

「男を喜ばせるしか価値のない脂肪の塊をここで使わないでどこで使うのよ。ああ、言ってて悲しくなってきた。はは……」

「……ほんっとうあんたはもう……。クロス。グラス持って」

 メディールに言われるままにグラスを持つと、そのグラスに酒が注がれた。


「……お疲れ様。ずっと言いそびれてたね。クロス、頑張ってくれてありがとう」

「ん? どうも? でも別に疲れる様な事も頑張る様な事も最近してないんだけど……」

「ま、受け取っておきなさいよ。私がそう言いたい気分なんだから」

「そか。ありがとうメディール、ありがたく頂くよ」

 そう言葉にし、クロスはグラスを傾け一気に喉に流し込む。

 クロスを微笑みながら見つめ、そっとお代わりを注ぐメディール。

「その様子はキャバクラを通り越し、もはやおかんの様な有様だった」

 メリーの説明にクロスはケラケラ笑い、メディールは苦虫を噛みしめた様な顔をした。




 しばらくわいわいと勇者としてでなくただの友達として三人が話していると、クロスはぶるっと体が震えるのを覚える。

 そりゃあそうだ。

 ここまでに、結構酒を飲んでいるのだから。

「あー、すまん。ちょいと……」

「ん、どしたのクロス?」

「ちょっとお花を摘んできますわ」

 裏声でそう声を張り上げるクロス。

 その様子に周囲の女性や黒服達は小さく噴き出した。

「あらあら。結構聞かれてんだな」

「それは良いからさっさと行って来なさいよ。我慢は体に悪いわよ」

 メディールの言葉にへいへいと答え、クロスは黒服に案内されトイレに向かった。


 クロスが去ってからメリーとメディールはお互いの顔を見つめ合い、苦笑した後で同時に立ち上がった。

「それじゃ、私達帰るわね」

 そうメリーが言葉にすると、傍で待機していたアルノルトが驚き立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待って下さい! どうして急に……」

「あら? 貴女は?」

 メリーはアルノルトの方を見ながらそう尋ねた。

「アルノルトです。クロスさんの接客を担当しておりました」

「そか。ごめんね乱入して」

「それは構いません。クロスさんが喜ぶならそれが当店にとって一番ですから」

 多少無茶でも、それが一番。

 それがこのクラブハウス夜酔の在り方だった。


「……喜ぶ……ねぇ」

「だって、楽しそうにしてたじゃ……」

「……少し、昔話をしましょうか。あまり時間ないから早口で」

「昔話ですか?」

「そ。例えば……私達は皆、クロスと最後まで冒険をするつもりはなかった。魔王を倒すつもりはなかったってのはどう?」

 それが、決して軽い話ではないと気付きアルノルトは押し黙り聞く姿勢に入った。

 アルノルトだけでなく、クロードとロコ、そして周囲の店員達も。


「……私達は、私、クロード、ソフィア、メディールの四人はクロスが最後まで旅に付いていけるとは思ってなかったの」

「それは……実力不足という意味でですか?」

「――ううん。実力とか、そんなちっぽけな話じゃないの。クロスは、普通過ぎたの」

「……すみません。わかりません」

「そうね……これは旅を始めて最初の方の事件なんだけど……」

 そう、あまり好ましくない想い出をメリーは語りだした。


 そこそこ大きな町で一人の情弱な女性から話を聞く事がその始まりだった。

 その女性は亡き夫の忘れ形見である娘がいたが、その娘が拉致された。

 十五の歳の、若く綺麗な少女。

 女性は必死に探し回って、命を削って、そしてようやく居所を掴む。

 犯人は、この町の町長だった。


 助けたいけど力が足りない。

 命が尽きる前に、最期に抱きしめたい。

 それが女性の願いであり、クロスがその願いをはねのける事など出来る訳がなかった。


「……あまり長々と言いたくないけど、結果を言えばね。最悪だった。クロスがもっと悪人だったら解決してたでしょう。クロスがもっと手段を択ばなければ誰かは助けられたでしょう。だけどクロスは……人が良すぎた」

 悪党を殺し、悪党の親玉である町長を殺し、助けに向かった時にはその娘は牢屋で自死を選んでいた。

 そして駄目だった事を母親に報告しようとしたのだが……それさえも、間に合わなかった。

「最後の言葉は、娘を助けてくれてありがとうだったわ。きっと、そんな幻を見たのでしょうね。……私達はね、別にどうでも良いの。その程度に心を痛める程普通じゃないから。でも……」

 クロスは凡人である。

 それは能力とかそう言う話ではなく、その心が。

 心の底から助けたいと願い、それが叶わなかった時傷つかないでいられない位に、凡庸だった。


 十を助ける為に一を切り捨てる事が出来ず、十一を救おうとして十一全てを取りこぼす。

 凡人であるが故に、普通であるが故に。

 そんな事が起きたのは旅の中でがその時だけではなく、何度も同じ様な悲劇を繰り返した。


 その度に、クロスは慟哭した。

 誰が見てもわかる程、クロスの心は傷付き続けた。


「だから、だから私達はクロスがギブアップしたらそこで旅を辞めてね、皆で山奥で暮らそうって考えてたの。絶対途中で壊れると思って。ねぇクロード」

 メリーの言葉にクロードは同意する。

 皆が、クロスの幸せを考えそれが一番良い形だと考えた。

 だけど……。

「でも、結果は違った。それは皆知ってるでしょ? ……何度取りこぼしても、何度失敗しても、どれだけ苦しみ心を痛めても、クロスは一度も投げ出さず、そして諦めなかった。クロスの所為で死んだ人も少なくなかった。助けようとして逆に事態を悪化させた事もあった。助けた人に罵詈雑言を浴びせられた事もあった。それでも、クロスは諦めず旅を続けた」

 途中からは、四人皆が理解出来た。

 クロスは最後までやり遂げると。

 そうして、クロスは四人の想像通り、最期までやりきった。

 魔王討伐という、目的を達成するまで、その心は折れなかった。


 全てを救うという初志を貫き、最期の最後まで、その意思を曲げずに最後まで走り切った。

 それは確かに凄い事だろう。

 だが、その所為で……。

「普通の人がさ、大きすぎる嘆きをまっすぐに受け止め続け、足掻き苦しみ続るなんて事出来ない。でもクロスはやり続けた。だから……クロスの心はボロボロになっちゃった。だからね……私達は、私達こそがそれを癒してあげたかったの」

 それが、ここに来た理由。

 莫大な魔力と多額の触媒を用いてまでここに二人が訪れた理由。


 クロスを、癒したかった。

 多少の欲や色目があった事は否定しないが、それ以上に償いたかった。

 その心が痛み苦しみ苦悩するその姿を間近で見続けたからこそ。


「じゃあ……どうしてこっそり帰ろうなんて……」

 そうアルノルトが言葉にすると、メリーとメディールは小さく微笑む。

 その笑みは、酷く虚無的な物にアルノルトには見えた。


「……やっぱりね、私達じゃ無理だったからかな。クロス、私達には気を使ってくれちゃう。……身内判定なのは嬉しいけど……心を癒すのは身内じゃ……傷つけた一因でもある私達じゃ無理だったみたい」

 メリーは乾いた笑いの中、そう呟く。

 そこにいる皆が、何の言葉もかける事が出来なかった。

 要するに、諦めたのだ。

 ここにいる皆なら任せられるという期待と、自分では無理という落胆が混ざった気持ちの中で。


 メディールはアルノルトの方に寄り、唐突に、ぎゅっと、強く抱きしめた。

「……クロスを、お願い。少しでも良いから、癒してあげて。いつか、私達がクロスの傷を塞げるようになるその時まで」

 そう呟くメディールは、小さく震えていた。


「んじゃ、皆さんうちのクロスをお願いしーます! あ、そこの勇者っぽい生ものはどうでも良いから好きにして良いよ。それとこれ約束の宝石ね。ここ置いとくから。じゃ」

 そう言ってメリーは大きな袋を黒服の女性に渡し、メディールと共に去っていく。

 重い空気だけを残して。


 だが、その空気も一瞬で切り払われ元の空気に戻った。


 客に重たい事情持ちの客なんてのは、店にとって当たり前でしかなく、慣れっこな事態だった。

 むしろ事情を抱えていない客の方が少ない位である。

 だからこそ、この店は客を楽しませる事を第一とする。

 心の傷を癒す為に。


 ちらっと、奥からオーナーのヨルが顔を出し、クロードに声をかけた。

「次は彼女達もお客として招きたいので声をかけておいてください」

「……理由は?」

「言う必要あります?」

 それはクロードに教える必要がないという意味でなく、当たり前すぎて説明する必要さえないだろうというヨルの言葉。

 客を楽しませ癒す報酬に大金を受け取る店が、心に傷をつけ苦しむ、金に余裕を持った女性二人を見つけたのだからどうするかなんてのは、聞くまでもなかった。


「……それも良いかもね」

 そう言葉にしクロードは白玉を口に頬張り酒を飲む。

 最初は辛く辛いだけの酒だったのに、気づけば辛さに慣れて美味さを味わえる様になっていた。


 何も知らぬクロスはトイレから戻った後、これまで以上の激しいどんちゃん騒ぎが開かれ、クロスはヘンリーと共に時間、体力、金、酒とあらゆる意味で限界まで楽しんだ。

 文字通り、限界まで。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
癒しを求めるならぜひ蓬莱へ! メンタルケアからえっちぃ事まで!老若男女問わず史上の癒しを提供します!Byほーらい
[一言] うーんこの感じだと五分五分って感じかね 我らがクロードに春はくるのか?はたまたTSして春迎えちゃったりーーーーー!?
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