夜に酔う(中編)
「わぁー賢者様なんてすごぉい!」
そう言葉にし、クロスの隣に座る少女はぱちぱちと小さく拍手を微笑む。
その様子は、まるでただよいしょしているだけ。
とても本心で言っている様にも、本当にそう思っている様にも見えない。
冗談に冗談を返している様な、そんな会話。
その軽さと親しさがどこか心地よかった。
「そんな事ないよー。あっちにいるのは勇者なんだし」
「あはははは。面白いですねクロスさんって」
そう言って、その少女は体をクロスに寄せる。
「そう言ってくれると嬉しいなー」
クロスはにやけ面を隠そうともせず、後頭部を掻いた。
可愛い子にちやほやされる。
例えそれが演技だとわかっていても、そういう仕事だからとわかっていても、それでも、クロスは滅茶苦茶嬉しかった。
少女の名前はルト……いや、ルトと名乗っている。
こういう場であるからそれが偽名であり、そしてそれを外に持って言ってはならない事位クロスも理解していた。
種族は、獣人寄りの何か。
おそらくは鳥だろう。
手足は人のそれだが、変わりに頭に小さな飾りの様な羽が付いていた。
「それでぇークロスさんはー何のお酒が良いですかー?」
そう言って、すーっとメニューをクロスに見せる。
そのメニューを見て、クロスは首を傾げた。
「このメニュー。値段が書かれてないんだけど……」
「こういう商売では他の男性の事を話したり見たりするのはマナー違反なんですけどぉ……」
そう言って、ルトはちらっと一瞬だけ別の席の方に目を向ける。
ヘンリーのいる席の方に。
そのヘンリーは沢山の女性に囲まれ、高そうな酒をラッパ飲みしていた。
「ああ、そういう……。……アニキの奢りなのは良いが……頼みづらいなぁ……申し訳なさが……」
「でも、何も頼まないとそれこそメンツ潰さない?」
「あー……そうだよなぁ……」
「だったらさ、私の好きなので値段抑えめなの頼んで良い? クロスさんが選びにくいなら。駄目?」
「オッケー。んじゃそれを一緒に飲もうか」
「わーい。ありがとクロスさん。ガールさーん。おねがーい」
ふわふわした口調でのルト言葉を聞き、黒服の女性はそっとグラスを二つ用意しそれに透明で泡の出る液体を注ぎボトルを置いて一礼し立ち去って行った。
「んー。発砲酒かな?」
クロスの言葉にルトは頷いた。
「そそ。美味しいよ?」
「そりゃ楽しみだ」
「えへへー。じゃ、乾杯しよ、乾杯」
そう言って、ルトはグラスをクロスに私、ニコニコ顔でクロスの前に差し出した。
「何に乾杯する?」
「クロスさんは何が良い?」
「んー、俺達の出会いに、で良いかな?」
「もちろん。じゃ、私達の素敵な出会いに」
「それとこれからに――乾杯」
ちりんちりんと、鈴の様な音が耳を支配する。
心地よい、落ち着く音色。
その音を楽しみながら、クロスはグラスを傾けた。
その酒に近い味は、きっとサイダーだろう。
甘さは控えめだが炭酸水と違って確かに砂糖の甘味があり、同時に水にも似た透き通った味。
蓬莱の里で飲んだ酒にも近いがそれよりももっとあっさりとしていて強い透明感がある。
シンプルだからこそ、水の美味しいさを強く感じる事が出来る、そんな酒だった。
「これ、面白いね」
クロスの最初の感想はそれだった。
蓬莱の里の時もそうだったが、酒としての美味しさではなく水としての美味しさに拘っているのは面白く思えた。
「美味しいでしょ? 飲みやすくて安いから私こればっか飲んでるの」
そう言ってるとはごくごくと水の様に飲み、二杯目を注ごうとボトルを取ろうとし……。
「あ、俺が注ぐよ」
そう言ってクロスはボトルを持ち、ルトのグラスにそっと液体を傾けた。
「ありゃりゃ。お客様になんて事させてしまったのでしょうかおよよ……でもありがと。いただきます」
ルトはクロスに優しく微笑みかけ、体を寄せながらゆっくりグラスを傾ける。
すぐ傍に見える唇に、かるく触れている体から伝わる暖かさと柔らかさ。
それと、酒とは別に酔いそうな仄かな香り。
クロスは、生きていてよかったと強く実感出来幸せ過ぎて泣きそうな気持ちになった。
「んでさ、ルトちゃん。ちょいと良いかな?」
「んー? なんですかクロスさん」
「いやさー、やっぱり俺ってさ、自他共に認める女好きな訳ですよ」
「あはははは。自分で言うんだそれー。あ、他の子連れて来いって事? 私はも少しクロスさんと話したいんだけど駄目?」
「いいやまさか。ルトちゃんに不満はないし俺ももっと話したい。どっちかと言うと逆でさ」
「逆?」
「えっとね、出来たらも少しルトちゃん自身と話したいなーって」
ルトはすぐその意図を察し、困った顔をした。
「あー……うん。言いたい事は何となくわかるよ。うーん……まあ別に良いけどぉ……。でもそれなら、まずはクロスさんの方からお願いね?」
「俺の方から?」
「クロスさんが胸元開いてくれるなら、私もちょっとくらいはね?」
「……んー……。実は俺は本物の賢者で、一緒に来たのは本物の勇者。さっきの全部冗談じゃないって言ったらどうする?」
「知ってるって答えます」
声は同じだが、声色は違う。
甘ったるい媚びた声ではなく、先程の酒の様に透き通った甘く綺麗な囁き声。
先程までのルトと異なり、今のルトに媚びた笑顔は張り付いて泣く、静けさを感じる様な知的で涼し気な表情。
だが、その顔は先程の店用の作り笑いの、何倍も美しかった。
「そっちの方が人気出るでしょルトちゃん。めっちゃ綺麗な顔してる。ずっと見ていたい位」
「……素だと、すぐ恥ずかしくなるから駄目なんですよ私」
そう言って、照れ臭そうに微笑みルトは目を反らした。
「アルノルト・フェノメノン」
ルトは聞こえない位小さな声でそう囁いた。
「ん? それは?」
「私の本名です。他の方には内緒ですよ?」
「……良いの? 教えちゃって」
「普通は駄目ですけど、お店の方針はお客様をお話で満足させる事ですから。ちやほやしてくれる作り物の私よりも、素のままの不愛想な私の方が良いんでしょ? 女好きなクロスさんは」
「もっちろん。なんならなじってくれても良いよ? 喜ぶから」
「本当に噂通りの人なんだから……」
そう言ってアルノルトは小さく、溜息を吐いた。
「さっきも言いましたけど、最初からクロスさんの事もクロードさんの事も事前に通達があったから知ってますよ。だから安心してください。大丈夫ですから」
「……本当に大丈夫? 俺はともかくあっちは……」
「大丈夫ですよ。私達は本物のプロです。お客様が例えどんな種族で誰であれ、正規のお客様である以上皆平等に楽しい思いをしていただく様努力します。それに、オーナーの顔を潰すつもりはありませんから」
そう言って微笑んだ後、アルノルトは軽く店側の事情を説明した。
最初から全部知っていて、その上でアルノルトはクロスに付いた。
クロスと最初に話すという大役を任せるに値すると考えられて。
初見の客に宛がう嬢とはどういうタイプにするべきか。
当然一番良いのはその相手の好みのタイプを合わせる事、相手の需要を正しく理解する事ではあるのだが……事前調査だけでそこまでわかる事は稀である。
では答えは何か。
優しい女性、相手を立てる女性、気さくな女性。
喜ばせる事に長けた女性、騙せる女性、お金を吐き出させるのが上手い女性。
いいや違う。
その全てを演技で使い分け、尚且つ相手の求めている物を理解出来る能力を持つ者。
要するに、知性の高い女性である。
と言っても、このクラブハウスにいる女性に馬鹿はいない。
学のない女性や、知能の低い女性は確かに存在する。
何も学ぶ事が出来ないまま成熟判定となり学ぶ機会を失った者や、学ぶべき時を奪われた者など他者に言えない事情を抱えた者。
また獣人の様に適当だったり種族全体で知能が低かったりと種族的特徴による場合。
だが、例えそうだとしても、馬鹿な女性はこの店はいないしいらない。
相手が何を求めているか正しく理解し、その需要を話術で満たし、望んでお金を吐き出させ幸せにさせる。
それを、馬鹿に出来る訳がない。
その中でも新規の客に最初に着く女性というのは何の情報もなく客の情報を集めそれを店に伝えつつある程度以上に気に入られなければならない。
特別知性的であり、それでいて頭の回転が早く洞察力に優れる、そういう特別な女性でなければ出来ない事である。
「とまあそんな感じで私が選ばれました。クロスさんにどういう嬢を付けたら店として好ましいかを調べると同時に気に入られる為に。何か質問あります?」
「……それ、話して大丈夫なの?」
「ここにいるお客様の中には、演技ではなく素で話したいという方もいらっしゃいますので。そういう方に対し『私ーこれが素なんですー』なんて演技しながら言葉にするのは、誠実だと思います?」
「……まーったく思わない」
「そう言う事です。他に何か質問は?」
「んー、さっきのは、本名だよね?」
「はい。アルノルトという名前ですので、源氏名がルトとなります」
「それ言って良いの?」
アルノルトはそっと人差し指を口元に持って来た。
「――ナイショ、ですよ?」
「……それ、演技? 本気?」
「さあ、どっちでしょう?」
そう言って、アルノルトはくすくすと楽し気に微笑んだ。
「……やっぱり、女の子には勝てないなぁ。可愛いからどっちでも良いと思っちゃう。んでさ、聞いていいならもっと君の事教えてよ。もちろん話せる事だけで良いから」
アルノルトはきょとんとした顔をした。
「私の事、ですか?」
「うん」
「えと、どうしてでしょうか?」
「可愛い子の事は知りたいって思うの、普通じゃない?」
アルノルトはそう言葉にするクロスの様子を観察し、裏を探る。
そして気が付いた。
何一つ裏がない事に。
凄く可愛い
綺麗。
ずっと見つめていたいし話したい。
だから、相手の事を知りたいしもっと仲良くなりたい。
そんな、純粋ながらも非常に欲満ちた邪な気持ち。
ある意味においては本当の真心。
だからこそ、その全てが本心であると、アルノルトは理解出来る。
理解出来てしまう。
気付かない方が良いと知りながらも、クロスが全て本気であるという事を理解出来てしまい、頬を朱に染め――即座に、精神制御の魔法を己に貸し感情をねじ伏せる。
アルノルトの様な相手の裏を無意識に探るタイプにとって、心の壁が厚く他者を知らなければ交流出来ないタイプにとって、クロスという存在は甘い毒以外の何者でもなかった。
「……今とても良く理解出来した。クロスさんが賢者と呼ばれた理由も、どうして勇者の仲間となる事が出来たかも、そしてあの集団がどうして最後まで瓦解せずに旅を続けられたかも……」
「え? 俺の話?」
「……何でもないです。私の事が知りたいっていうのは、どういう事ですか?」
「ルトちゃんの事……ああ、別の呼び方の方が良い? それともルトちゃんの方がやはり都合良い?」
「ルトでお願いします。他のお客様に聞かれた時困るかもしれないので」
「了解。可愛いルトちゃんの事色々教えて欲しいなーって。お酒でも飲みながら」
本当に、ただ言葉通り。
特に意味もなく、おそらく昨日何食べたとかでもきっと楽しんで聞いてくれるだろう。
それがアルノルトには理解出来た。
「……じゃあ、その分クロスさんの事も教えてくれませんか?」
「え? 俺の事興味あるの? それは嬉しいね」
「興味ない魔物っていないと思いますよ? ……あ、男性としてじゃないですよ! 知的好奇心という意味ですよ!?」
「ちぇー。ま、わかってたけどね。もちろん良いよ。じゃ、ちゃんとしたルトちゃんとして、一緒に飲み直そうか」
そう言って、今度はクロスがグラスを持ち上げ乾杯を待つ。
それを見て、少し困った笑顔を浮かべながらアルノルトはクロスのグラスにグラスをぶつけた。
「……たぶらかしの賢者様と、知的好奇心に負けちゃう馬鹿に、乾杯」
誰の事を言っているのか理解したクロスはそれを聞き、言葉を返した。
「女の子大好きな愚者と、可愛い可愛い知的少女ちゃんに乾杯」
今度はクロスからグラスをぶつけ、二体は同じ様な笑顔を浮かべグラスを傾けた。
「とりあえず、何から話そうか?」
クロスはそう、アルノルトに尋ねた。
「では、自己紹介からお願いします。出来たら、同じだけ情報を開示してくれたら嬉しいですね」
「んー……隠し事は……あまりないから大丈夫かな?」
「あら。多少はあると。それは逆に好奇心に駆られますね?」
「アウラとかエリーの個人情報だからそれはちょっと」
「ああ……。そういうのは良いので、私はクロスさんの事を教えてくれたらそれで」
「それなら幾らでも」
「言動は取りましたよ」
そう言って少し意地悪な笑みを浮かべた後、アルノルトは自己紹介を始めた。
ただし、名前は他の席に聞こえない様に。
「アルノルト・フェノメノン。元国家魔導錬金術機関マジックワールド所属。一応第一研究局長でした。趣味は研究。知識を蓄える事です」
「あー。賢そうだなーとは思ったけどやっぱりそういう学者様的なタイプなんだったんだね」
「ありがとうございます。まあ、演技の後の素を見るとその落差でそう見えるだけなんですけどね」
「え? ううん。初見から賢いなこの子って思ってたけど」
「……それはどうして?」
自分で言うのも何だが、アルノルトは多少の馬鹿を演じていたつもりだった。
その方が男から見て可愛いからである。
「どうしてと言われても……頭が良さそうに見えたから?」
だが、逆にクロスは答える事しか出来なかった。
アルノルトが演技で媚びるのは、多少頭が悪い様に見せる為。
そして男を立てる為である。
だが、クロスは学がなく、同時に常に馬鹿にされていたという生活環境により、自分より誰かを馬鹿だと思う事が出来ない。
知性という意味でなら自分が一番下だと、適当な獣人どっこいどっこいだとクロスは本気で思っている。
だからこそ、クロスが並の男が騙されるその馬鹿っぽくもあざといその演技に騙される事はありえず、ありのままの相手の本質を見る事が出来る。
あざとい演技が出来る程賢いという、相手を立てる為に自分を隠せるという覚悟を、クロスは最初から見抜いていた。
まあ本質が見えたからと言ってもクロスがハニートラップに恐ろしく弱い事に変わりはなく、見抜いた方がより好きになる為はっきりいって逆効果でしかないのだが。
「……本当、良くわかりませんねぇ。じゃあ次クロスさん自己紹介を……の前に、もう一杯どうぞ」
そう言って喉の滑りを良くする為にアルノルトはグラスに並々酒を注ぐ。
それは、クロスから見てもしゃべりを良くする為の物だとわかるが……それでもあえてクロスはそれを理解した上で一気に酒をあおる。
例えそれが罠であるとわかったとしても、美女の盃をクロスが断る訳がなかった。
「クロス・ネクロニア。一応魔王代行。所属とか立ち位置とか良くわかってないけど、個人的にはアウラの願いを叶える為に傍にいるスタンスが近いと思ってる。趣味は……何だろ? 好きな事は沢山あるかな。料理とか、可愛い女の子とお話する事とかお酒を飲む事とか」
「どんな料理を作るのが好きなんです?」
少し以外な所に食い付かれクロスは少し驚いた後それに答えた。
「城下町と蓬莱の里で買った本が俺の先生で、食べ歩いた下町料理とアウラと一緒に食べた贅沢三昧が俺の知識だな」
「人間の料理ではないんですか? 素材が違うから作れないとか? 人間の頃の料理が作りたいと思わないんです? 料理が合わずホームシックになったりとか……」
ぐいぐいと矢次早に質問を投げつけ続けるアルノルト。
その様子は期待を隠そうともしておらず、無表情ながら瞳は輝いて。
その様子はどこか、冒険に浪漫を感じる自分にも似ている様に思えた。
「待った待った。何でも話すからさ。ルトちゃんの事も教えてよ」
「あ、ごめんなさい私とした事が……見ての通り、知りたがりなんです私。本当ごめんなさい」
「良いよ。でもルトちゃんの事知りたいから。一つだけ……さっきので答えるとすれば……」
「すれば?」
「人間の料理は……雑」
そう、クロスがうんざりとした顔でそう言葉を漏らす。
その顔は、本気で辛く悲しそうだった。
「……そんなに、ですか?」
「子供が作った……生焼けのパンがあるだろ? あれくらいが、冒険者の宿の平均的な味付け」
「……それは……そそられますね。どうしてそんなに不味いのか……興味が尽きません」
「はは。次は俺の番で良いかな?」
「はい。どんと来てください」
だから早く質問させろという意思が隠れもしておらず、クロスはくすっと笑った後、知りたいと思う事を投げつけながら質問に答え続けた。
ありがとうございました。




