アカルイミライ bleak future
とりあえずエピローグです。
まだ終わる訳ではありませんが。
そこらへんの地べたに男二人が隣り合わせに座る。
玉座にではなくわざわざ下に。
今この時だけは、クロスは人間であり、クロードも王ではなくかつての様にただの勇者。
過ぎ去ったあの日の様に、二人で顔を合わせ微笑み合っていた。
「さて……何から話そうか」
そう、クロスは言葉にした。
「出来たら、楽しい話を聞かせて欲しい。特に、クロス自身が楽しいと感じた事を」
「……んー、沢山あるなぁ」
「そっか。沢山あるのか。……それは良かった」
そう言葉にし、クロードは柔和な笑みを浮かべた。
「……あー、悪い。俺だけ楽しい思いをして……」
流石のクロスでも、クロードが王の生活を楽しめなかった上にそれが自分の所為だと気付き、申し訳なさそうにそう呟く。
その言葉を聞き、クロードは笑顔のまま首を横に振った。
「まさか。クロスが楽しい思いが出来たのなら、俺のこの生活も無駄じゃなかったと思える。だからさ、色々聞かせてくれ。何があって、どういう生活をしてたか」
「……はは。それよりもっと重要な話があるんじゃないか? 魔王と、王、戦争。そんな話をしに来たんだししないといけないだろ?」
クロスの言葉を聞き、クロードは笑った。
柔らかく優しい笑みではなく、いたずらっ子の様な顔で。
「嫌だね。今真面目な話したい気分じゃないんだ。クロス、お前と馬鹿話したい気分なんだよ」
その言葉に、クロスは苦笑いを浮かべる。
クロードはいつも冷静で、優しくて、そして常識的だった。
少なくとも、クロスにとっては。
そんなクロードも偶に我儘を言う事があった。
その時だけは、クロスは何でも聞く様にしていた。
クロードが数少ない、勇者の看板を下ろせる瞬間なのだと考えたら、否定出来る訳がない。
重圧を背負う程の力を持てなかったクロスが、クロードにしてやれる唯一の事なのだから、拒絶出来る訳がなかった。
「んー何を話そうかねぇ」
「ダチとか出来たか?」
「おう。でも運が良い事に女性の方が知り合い増えたな。しかも綺麗な子ばっかりと」
「ほほぅ。んで、クロス様のお眼鏡に叶う子いた?」
「お眼鏡叶いまくりだけど……まあ……うん。目の保養にはなるけどそれ以上はねぇ」
「クロス常識的だもんなぁ。もっとガンガンいかないと」
「いや、結構積極的に行ってるぞ」
「まじか。……まじか……あのクロスが……」
「おう。勇者じゃなくなったからハメ外してやりたいようにやってるぞ。だけど……うん。まあ呪いというか何と言うか……いやまあそれは良いわ。俺が駄目駄目なだけだし。それ以外で楽しい事と言えば……やっぱ飯だな」
「飯か。――クロスの料理美味かったからなぁ。また何か作ってくれよ」
「おう。だけど……あの頃の俺と一緒だと思うなよ?」
そう、クロスは自信たっぷりに言葉にした。
「ほほう。何かあったんだな」
「あったというか知ってしまったというか……」
「何を知ったんだ?」
「ぶっちゃけるけどさ」
「うん」
「魔物の世界……飯、めっちゃ美味い」
「……そんなに?」
クロスは真顔で頷いた。
「魔物世界にある下町の屋台でさえ、こっちの王宮料理より美味い」
「まじかよ……」
「まじまじ。たぶんこっちで飯食ったら戻れなくなる。レシピ何かもすげぇから色々覚えたからさ、そこそこの料理は出せるぞ?」
「楽しみすぎる。さっそく今日にでも……っち! 会話はここまでだな」
クロードは全力で顔を顰め舌打ちをした。
「……何があった?」
「言ったろ? 俺だけじゃないって。お前を待ち望んでいたのは」
そう、クロードが言葉にした瞬間、部屋に大人数が押しかけて来た。
「うっへ。ほこりっぽ。メディメディ。おーねがい」
「……はぁ。しょうがないわね。風よ」
その一言で、部屋中の塵埃が全て飛び、ついでとばかりに部屋中央に明かりが生まれる。
そこでクロスは、彼女達の顔を見た。
アウラ、エリーと共にする、女性三人。
ソフィア。
メリー。
メディール。
かつての仲間であった彼女達は、穏やかな目でクロスの方を見ていた。
クロスの外見は全く異なっている。
だけど、疑いすら持っていない。
かつてと全く同じ様に、仲間としての顔を、彼女達はクロスに向けていた。
「――ただいま、で良いかな?」
そう、クロスが言葉にすると――メリーが飛び込み、クロスに抱き着いた。
「おっかえりー!」
そう、元気いっぱいの子供らしい声で、メリーは答える。
ただし、目じりには涙を浮かべていた。
「すいません。感動の再会の前に少し宜しいでしょうか?」
ニコニコとした顔で、クロスの従者、騎士エリーは言葉にする。
その顔に、クロスは見覚えがある。
それは、怒った顔だった。
「あ、はーい!」
メリーは素直にクロスから離れ、エリーはニコニコ顔のまま、クロスの傍に寄った。
「え、えと。エリーさん。何か私に用事でしょうか?」
「いえいえ。ただ、彼女達とお話していると一つわかったのですが……クロスさん。クロード様と戦う事そのものが目的だったと。つまり……死ぬつもりでしたね? 最初から、自分だけで」
クロスはそっと顔を反らした。
「ええ、ええ。それがやりたい事なら何も言いませんよ。ですが……ええですが! せめて私に位ちゃんと言って下さいよ! これでも私尽くしてるつもりですよ? 願いは極力聞いてるつもりですよ!」
「ご、ごめん。置いて行って」
「そこじゃないです!」
「え?」
「やりたい事を、教えて貰えなかった事に怒ってます! クロスさんが無茶をするのなんて今更です。そうではなく、本当にしたい事が、クロード様と戦いたいと、クロード様を一人にしない事と言うのなら、それを予め教えて下さい……」
とん、とんと、エリーは力なくクロスの胸を叩いた。
「……あー。うん、すまん。何と言うか……口にしたくなかったんだ。うん。たぶん、俺にとって大切な事だから」
「……察せなかった、駄目な従者でごめんなさい。彼女達は皆……理解してたのに……」
「そんな事ないさ。いつも感謝してる」
「……私は、貴方のエリーです。なので、どうか私を上手くお使い下さい。貴方の幸せの為に。そして、貴方の為すべき事の為に」
「……ああ。ありがとう」
「――はい、私の話は終わりです! どうぞ続きを」
そう言ってエリーは微笑み、クロスの隣に当たり前の様に陣取った。
女性陣が少し悔しそうにしているのに気づきながら。
「あー、クロス。まずさ……この子達の紹介頼んで良いか?」
クロードは小さく手を挙げ、エリーとアウラの方を見ながらそう言葉にした。
「さて、何から話そうか……」
積み重なった時間が長く、ただの紹介でも話したい事が沢山あるクロスはそう楽し気に呟いた。
クロスがお互いの紹介をし終わった後事情を話し出し、そこでようやく、クロスは掛け違えたボタンの様な出来事でしかないのだと知る事となった。
クロス側、魔物側からすれば世界崩壊を予言する能力者の助言によりクロスが魔王となった瞬間に人類が宣戦布告をしてきた……となる。
ではどうして宣戦布告をしたかと言えば……本当に大した理由はない。
クロスが魔物世界にいる事が判明したから、その調査の為にかつての勇者パーティーが向かう為の大義名分である。
お互いの事情を知った今なら、クロスはこの戦争のきっかけがボタンを掛け違えた程度の下らない出来事だと理解出来た。
とは言え……とは言えだが、魔物世界という意味でなら、本当に滅亡する可能性はあった。
クロード達はクロスが見つかるまで、魔物世界を更地にしながら進軍するつもりだったのだから。
つまり、クロスが魔王となり乗り込まなかったら、もしアウラがその責任感からクロスに黙っているという選択を選んでいれば、魔物世界は本当に滅亡する予定だった。
そしてその時魔物でありアウラに仕えるクロスがどういう行動を取るかと考えれば……そう考えたら、下らないが本当に滅亡の可能性は確かにあった。
「んじゃあクロード。宣戦布告を撤回出来る訳だな?」
「ああ。もう俺負けたって事にして終わろうかなって終わってる。ぶっちゃけ王とか勇者とかもう疲れた。後続に託す」
そう、勇者の座も王の座も捨てようと画策するクロードは言葉にする。
そうすればこっそりクロスのところに向かえるからだ。
「いやいや待ってよクロード。そんな事したらまた人間同士の争いになっちゃうよ」
そう、クロードの意思を理解し妨害する為だけに、メリーは言葉にした。
クロードはぴくりと、顔をひきつらせた。
「まあ、そうだな。まあ無難な所で魔王である俺が負けたって事にすれば……大丈夫?」
ちらっと、アウラとエリーの方を見ながらクロスはそう尋ねる。
どちらもこくりと頷いた。
「はい。クロスさんの名誉に傷が付きますが……ぶっちゃけどうでも良いでしょ?」
エリーの言葉にクロスは頷いた。
「ああ。どうでも良いな。んじゃ、俺が乗り込んだのに負けて逃げ帰って……いやちょっと待てよ」
クロスは少し考え、自分の考えが不味い事に気が付く。
自分の名誉が傷つく程度の事は気にしない。
だが、今の立場では自分の名誉だけで済む訳でない事位クロスにも理解出来た。
一応程度だが、今のクロスは魔物の王である。
そのクロスが負けて逃げたとなれば、それは王の権威に傷が付く事と同意義。
アウラとエリーが問題ないというのは、クロスの立場でなら問題ないというだけ。
後に戻り魔王となるアウラの事は完全に度外視して考えているというだけである。
「あー。めんどい事になってたんだなぁ。今更か……」
「欲張れる程度に状況が改善したという事ですよ」
アウラは苦笑いを浮かべそう言葉にした。
「でも、後でアウラが困るんだろ?」
「ええ……まあ多少は……」
「……だよなぁ。クロード。何かない? クロードとアウラどっちの名誉も……いや、人間も魔物もどっちも傷付かず問題なく戦争を終わらせられる様な理想の条件」
「クロス。それは聞く相手間違ってないか?」
「ん? そりゃ一体……ああ、そうだったわ。メリー。頼めるか?」
そう、頼む相手が違うのだ。
そういうあくどい事、裏工作、謀略の類はいつも盗賊ギルド出身のメリーが考えていた。
こういう時は、いつも無茶な人助けをメリーに頼み、そしてメリーはそれを為してくれた。
忘れてはならない恩が、クロスにはあった。
クロスの言葉にメリーは微笑んだ。
「もちろん。クロスがそう望むならね」
「なら頼むわ。後先考えずに動いてしまった後始末みたいなもんだから面倒かもしれないけど」
「そんなのいっつもの事じゃーん。そしてそれがクロスの良いところでもあるし。メリーちゃんにお任せあれー」
くるくる踊る様に回るメリー。
クロスが罪悪感を持たない様わざと楽し気にするメリー。
それがわかるからこそ、クロスは嬉しかった。
永い時の先であっても、変わらない関係を築いてくれる彼らの気遣いが、心から嬉しかった。
「と言ってもぶっちゃけ私だけじゃちょっと難しいんだよねぇ。そっち側で誰かこういう事が得意な人呼んでくれない?」
メリーの言葉に、クロスとエリーは自然とアウラの方に目を向いた。
「あ、一応私そういうの得意な方です」
アウラは恥ずかしそうに手を挙げそう口にした。
「まじで? アウラ様そうなの? 全然見えないんだけど……」
「おや? それはお互い様ではないです?」
「……確かにそうだった!」
メリーは自分の容姿を考え笑いながらそう言葉にした。
「えっと、私からも大丈夫だと言わせて頂きます。アウラ様は……そっち方面に特化しておりまして……元敵だった私が保証します。……はい」
苦笑いを浮かべながらのエリーの言葉にメリーはきょとんとした後笑って頷いた。
「ん。それなら大丈夫ね。それじゃアウラ様。ちょっとあっちでお話しましょうか?」
そう言ってメリーは部屋の隅を指差した。
「それは構いませんが……どうかアウラとお呼び下さい。公式な場はともかくそうでない場所ではあまり偉ぶりたくは……」
「いやー。敵側とは言え王様だし尊敬もあるから中々それは……」
ついでにクロスの最有力本妻候補である為出来るだけ媚を売ってもおきたいとメリーは考えていた。
「クロスさんは私の事呼び捨てにしてくれますよ?」
「わかったアウラ。私達もそう呼ぶね! 友達と思って大丈夫?」
メリーはくるっと手の平を返した。
他のどんな事よりも、クロスの意向が最優先となる。
それがかつての勇者パーティーでの暗黙の了解であり常識だった。
「――はい。もちろんです」
あっさりと態度を変えるメリーを見ながら、アウラはにっこりと微笑んだ。
先程のおちゃらけた会話の中でも、お互いの情報と考え方の共有が含まれる。
そしてそれが為せたという事は……そういう会話が出来るという証明そのものだった。
「……うん。アウラ、貴女となら面白い話が出来そう」
「はい。私もそう思います」
そう言って、アウラとメリーはニコニコと楽しそうに微笑み合う。
お互い幼いと呼べる程の外見で、愛らしい少女と言っても良い。
なのにその空気はどこか冷たく、それでいておぞましかった。
「あっちで腹黒が今後の事考えてる内に、ちょっと聞きたいんだけど……」
そう、クロスに声をかけたのはメディールだった。
「ん? ああ。何が聞きたい? アウラから聞いた事以上の事を俺が知っているとは思えないが……」
「そう。それとか」
「それ?」
「そのアウラとどんな関係なの? 立場とかじゃなく、心情的な意味で」
少し身を乗り出す様にし、メディールはそう尋ねた。
「……へ?」
「後、そっちのエリーちゃんとは一緒に暮らしてるんだって?」
「え? あの……えっと……メディールさん?」
「へぇ……。ふーん。そうなんだ……まあ良いけどさぁ。私にはそんな他人行儀なんだぁ……」
そう呟き、メディールはクロスをジト目で見つめる。
意味がわからず、クロスはきょとんとしながら怯えた。
「あの……メディール様? その……」
「……はぁ」
メディールは困惑するクロスに小さく溜息を吐き、困った顔で微笑んだ。
「別に怒ってないのよ? ……本当に、うん、たぶん。ただ気になっただけなの。クロスがどういう生活をしていたのか知りたいだけ」
「……本当に?」
「本当よ。怒る訳ないじゃない。……それはそれとして、その……貴方の女性関係については、ちょっと興味あるの」
そう、メディールは呟き頬を染めちらっとクロスを見つめる。
似合っていない事位わかっている。
百人が見たら百人が魔女と答える外見、スタイルが良すぎてサキュバスと言われる体。
それでそんな態度を取るのは、らしくない事位一番わかっている。
それでも、これがメディールの精一杯だった。
これが、精一杯のアピールだった。
……まあ、クロスにはまるで届かないが。
決してクロスは鈍い訳ではない。
同じ事を他の誰かがしたら自分に気があるとすぐに気づくだろう。
ただ、クロスにとってかつての仲間は特別過ぎて、それ故に、クロスはその好意に気付かず、変な勘違いをした。
「ああ。うん。今のところ勇者の名前を汚さない程度しかないし誰かと付き合ったとかもないぞ。……そういうの、昔から興味あったもんな」
「そう言うのって、どういうのよ一体。クロスは私を何だと思ってるの?」
「恋愛事に興味深々で乙女心全開。そういう小説読むの好きでこっそり見てたもんな」
クロスはそう呟き微笑むと、メディールは顔を真っ赤にして杖を取り出し振り上げた。
「今記憶を失うのと殴られて失うの、どっちが良い?」
「私何も言ってません何もありません忘れました。……おーけー?」
「……オーケーよ」
じりじり後退しながらとじりじり追いながらのメディール。
二人はくすりと笑うとメディールは振り上げた杖を下ろした。
「まだ、持ってたんだな。それ」
クロスはそう言って微笑んだ。
「当たり前じゃない。……覚えていてくれたのね」
「忘れる訳ないじゃん」
そう呟き、二人の目はメディールの持つ樫の木の杖に集中する。
かつて、クロスがプレゼントしたその杖に。
想い出というよりも、それはクロスにとって恥ずかしい笑い話でしかない。
内容もまた失敗も非常にわかりやすい。
魔法という物が良くわからないけど、魔法使いって杖を持っていそうだからというそんな曖昧な理由でメディールに杖をプレゼントした。
特に何か曰くがある訳でもない、ただの樫の杖を。
後で無意味だと知って赤っ恥となり揶揄われる事となったが……当然、メディールにとっては大切な宝物である。
想い人からの贈り物なのだから。
「何何。何の話―?」
楽しそうな声を出しながら、メリーは後ろからクロスに抱き着いた。
「おやメリー。もう話し合いは終わった?」
「うん! アウラやばいね。笑えて来る位やばい。私よりやばいの初めて見た。というかちょっと怖い」
メリーは真顔でそう言葉にした。
「まあ、俺には良くわからないがそっち方面で魔王になったからな」
「あはは……。だろうね。ありゃ政治力の化物ですもの。うん、まあそれはそれとして、私も興味あるんだけどにゃー」
「何に?」
「クロスの女性関係。アウラと結婚して魔王になるの?」
「その予定はないぞ」
「んじゃエリーちゃんが本命とか?」
「悲しいけどそれもないな」
「ふーん。じゃあ本命とかいない感じ―?」
「んーまあ、そんな感じだな」
曖昧にぼやかす様、クロスはそう言葉にする。
丁度そのタイミングで、エリーはぽつりと呟いた。
「本命がいるとかいないというか、クロスさんハーレム志望ですもんね」
それは、まさしく爆弾だった。
「ちょ。エリー!?」
「すいません。ついちゃっかり言ってしまいました」
「いや、ちゃっかりって。あの……」
クロスは恐る恐る、仲間達の顔を見る。
メリーはニヤニヤした顔でクロスを見て、メディールはいつもよりも鋭いジト目で、そして何故かソフィアは嬉しそうな顔をしている。
その様子を、クロードは少し離れた位置で諦め混じりのおだやかな表情で見つめていた。
「……やる事決まったからあんまり遊ぶ時間ないんですけどねぇ」
アウラは苦笑しながらそう呟くが、彼らの楽し気な時間を止めるつもりはなかった。
彼らが数十年、どんな思いをしてきたか。
それを考えたら、この位の良い事はあるべきだろう。
人間という敵対種の事でありながら、アウラはそう思えた。
かちゃん、とティーカップを置く時にうっかり乱雑な音を鳴らしてしまい、レイアは顔を顰めた。
「レイアちゃん。もう少し丁寧に置きましょうね」
そう、ユイ・アラヤは手元の新聞を読みながら言葉にした。
「すいませんお母様」
そう言葉にし頭を下げてから、レイアは小さく、溜息を吐く。
叡智の泉守イディス。
自然の楽園の中生活をする女性の花園。
その中にある絢爛豪華や屋敷の一室にて、レイアは母親からマナー講座を受けていた。
しなくてはならないという訳ではないのだが……お嬢様学園に通う以上必要となる場面は多い。
更に言えば、レイアの外見はあまりにもお嬢様らしいお嬢様である為、皆からそういう風に期待もされてしまっている。
実際、過去レイアに別の中身があった時は完璧オブ完璧お嬢様であった。
対して今のレイアは生まれてまだ間もなく、そして記憶も知識も何もない。
空っぽの器。
当然、マナーなんてわかる訳がない。
それなのに……クラスメイトからの呼び名は未だに『レイア様』である。
呼び捨てで良い、年下と思って良いと言っても……このお嬢様らし過ぎる容姿が邪魔をし未だに出来る先輩イメージのまま。
そんな理由で、レイアは学園の勉強以外にも大量に学ばなければならないという苦労の日々を送っていた。
今日マナーを習いに来た様に。
「疲れた?」
ユイの言葉にレイアは申し訳なさそうに頷いた。
「正直言えば少し……。難しいですわね。マナーって。あの方はどうしてあんなにあっさり出来たのでしょうか……」
「あの方? ……ああ、クロスさんか。クロスさんの場合はわかりやすいわ。貴女と同じよ」
「同じ、ですか?」
「そう。必要だったから覚えた。ただの田舎村の男が、勇者の仲間になった。やっかみもあって相当目の敵にされた。公式の場でマナーが出来なかったら当然、ボロボロに叩かれる位にはね」
「だから覚えたと……」
「そ。自分が馬鹿にされるのは良いけど、その所為で仲間達の名誉に傷が付かない様に必死にね。気にし過ぎなだけなのに」
そう言ってユイは苦笑いを浮かべた。
「……やっぱり、私は派生なのでしょうね」
「ん? 派生って?」
「いえ、私はあの方に似てるなと思う事が多いので。……あの方の、優しい想いで生まれたのですから……」
エリーを独りにしないという、その気持ち。
それがレイアが生まれた理由であり、その根本。
だからこそ、レイアは思い悩んでいた。
自分は、クロスという男のただのデッドコピーではないのかと……。
だが――。
「それは違うわレイアちゃん。似てる部分は多いけど、全然違う部分も多いわよ」
そう、ユイは言い切った。
「そう、ですか? 私にはそうは……」
「クロスさんは割と要領よく物事を覚える。その代わり、頭脳労働は一切出来ないけど。そしてレイアちゃんは頭脳労働も可能で、要領が悪くはないけどクロスさん程良くもない。ね? 違うでしょ?」
「……そう、言われたら……そうかもしれませんけど……」
「クロスさんは、優秀で必死。レイアちゃんは勤勉で冷静。結構違うわから安心しなさい。貴女は貴女。ちゃんと可愛い可愛い私の娘のレイアちゃんよ」
そう、レイアとクロスは完全に別個体と言って良い。
クロスはレイアの様に大量の学術書を読み知識を蓄えるなんて事出来ない。
レイアはクロスの様に命を賭け続ける様な狂気の道に堕ちて平常心ではいられない。
どっちが優れているとかそう言う話ではなく、分離し完全に別の存在となっていた。
「そう、ですね。気にし過ぎました。私は私、ヒルドクラスのレイアなのですから」
そう言って、レイアは微笑んだ。
あの時と何も変わらず受け入れてくれ、あの時と違い本当の劣等生となった自分を受け入れ愛したくれた彼女達の事を想いながら。
「それはそれとしてレイアちゃん。……お母さん少々色々な話を聞いて……イラさん、でしたっけ? どうやら中々に素敵な夜をお過ごしとか何とか……」
レイアは、クロスと違う個体である。
だが、クロスから生まれた事は確かである。
そしてクロスと異なり、正しく、本当の意味で、恋愛的な内容でエリーを愛してしまった。
自分が愛されないとわかっていながら、それでも、愛してしまった。
その事をレイアは悩み苦しんだ。
クロスではないという事実が己を蝕んだ。
それでも、レイアは立ち直れた。
独りではなく、ヒルドクラスの仲間達がいたから――。
だがそれはそれとしてレイアはクロスに似て……いや、レイアの趣味嗜好として女の子大好き自由恋愛大好きである。
と言っても、別に女性が好きと言う訳ではない。
ただ、女性も好きなだけである。
まあ要するに……自由恋愛が大好きで学園内で問題行動を起こす様なイラと非常に相性が良く……まあつまり……。
レイアは母親の追及を誤魔化す為、上体はそのまま顔だけを反らし、そっと部屋の外を見つめた。
ユイの視線が痛くても、気にしない様に。
「はぁ。口にするけど実際手を出そうとさえしないクロスさんと真逆よねその手の早い部分は……。まあ良いわ。別に私は気にしないし。ある意味私も似た様なものだし」
ユイはそう呟いた後、手に持っていた新聞をレイアに手渡した。
「これは?」
「新聞よ。……ただし、ミューちゃんが作った」
「泉守様が?」
少しだけ驚いた後、レイアはその内容を読む。
そこに書かれていたのは、この騒動の主軸である勇者と魔王の戦い、人間の国、小国クリーヴで起きた事。
それがあり得ない程事細かに書かれていた。
クロスがかつての仲間と会い、彼らと仲良くなり、全員で共謀し戦争を終わらせた事も、その内容も、クロスがハーレム主義である事をエリーがばらし人間女性陣営全員が目の色を変えた事も。
クロス以外の登場人物全員の内面もひっくるめ書かれていた。
エリーの爆弾発言を聞き――。
メリーは妾でも愛人でも何でも良い。
傍にいられるのなら、それで良い。
ただまあ出来るなら、クロスと赤ちゃんプレイがしたい。
思いっ切り甘やかしてママになりたい。
そんな、酷い内容。
ソフィアはぶっちゃけ愛人の方が望ましかった。
出来るなら、クロスが愛する人達皆で自分だけをめちゃくちゃにして欲しい。
だからハーレム主義万歳だけど、教会の聖女、神に仕える身として口に出来ない為内面外面共にニッコニコで何も言わずにただ見守るだけとした。
メディールだけはマトモで、本当は自分だけを見て欲しいと思っている。
だが、自分も含めた勇者パーティー全員がクロスがいない状況に耐えられるとは思えない。
それなら全員で押しかけて一緒に愛された方がきっとマシだろう。
そう思う気持ちに加え、クロスはあれだけの偉業を為したのに何の恩賞も得られず殺された。
だからこそ、それを望むのならハーレム程度の幸せがあったってバチが当たる訳がない。
それを否定する奴がいたら殺そう。
そう、メディールは強く想う。
同時に、出来たらその一人に、自分を入れて欲しい、愛し愛されたい。
そうとも――。
ただ一つ、メディールには心配な事があった。
クロードについてである。
クロードの気持ちは自分達の方に近い。
全員が全員こじられ病んで、男女とか、恋愛とか、そんな感情全員超えてしまっている。
クロスこそ、世界。
だからこそ、世界であるクロスを求める。
クロスに全てを捧げる事を幸せと思っている。
恋愛感情という部分も含めている為その部分が異なるが、概ねエリーの持つ忠義の気持ちに近いと言っても良いだろう。
それは皆と同じくクロードもそうなのだが……クロードだけは己を捧げる事が出来ない。
だからこそ、メディールは女体化出来る薬を作る事が出来ると軽く聞いてみたが、クロードはそれを首を横に振った。
『クロスは親友として俺を求めている。ならばそれに答えるのが俺としても最良だろう。少なくとも、よほどの事がない限りはずっとこのままさ』
そう、少し寂しそうで羨ましそうな笑顔で。
もし自分達の誰かの念願がかなった時、その時のクロードが、メディールは少しだけ心配だった。
そういう、本人しか知り得ない内容に加え彼らが政治的に今後どう動くかも新聞には事細かに書かれていた。
「……これ、他の方には見せない様にしましょうね」
「見せないわよ。必要な人にしか」
そう、ユイは言葉にした。
「はぁ……。ところで聞きたいのですが、お母様はどこまで予想していました?」
「どこまでって?」
「彼が魔王となり、勇者の元に向かい和解して問題解決して終わるという未来が視えてました?」
「いいえ。そもそも私はもう未来は視えないわ」
「では泉守様はそうなる様予言をしていました?」
「いいえ別に。こうなるなんて誰もわかっていなかったわよ」
そう、楽しそうにユイは言葉にし紅茶のカップを手に持った。
「そうなんですか? でも、厄災を回避する為にお母様達は動いていたのでは?」
「ええそうよレイアちゃん。私は来たる最悪を回避する為に色々勝手な事をやったわ。だけどね、今回の事は私良く知らなかったし興味もなかったの。この意味わかる?」
楽しそうに尋ねられ、レイアは少し考える。
そこで、ある事実に思い当たった。
ユイが破滅を回避する為に行った事の一つに、レイアを生み出した事がある。
だが、レイアはまだ何もしていない。
それはつまり――。
「……もしかして……お母様がおっしゃっていた厄災とはこれの事ではなくて……まだ……終わっていないと……」
ユイは答える代わりに、にこりと微笑んだ。
ありがとうございました。




