魔法使いについて
魔法とは、才能が物を言う世界と言われている。
だが当の魔法使い達は逆に、才能による上下が最も少ない世界であると考えていた。
確かに、魔法には才能は必要である。
人間であった時のクロスがどれだけ努力を重ねたところで魔法を使う事は難しい。
クロスの知性が向上し学者レベルの頭脳と記憶力を持つならば、多少は魔法を扱える可能性はあっただろう。
まあ……クロスがいきなり学問に目覚める可能性なんてのは、クロスが唐突に何の前触れもなく魔法を覚える可能性よりも低い事だが。
魔法というものは何よりも正直な物である。
努力を積み重ねた者だけが上に立てるという世界なのだから。
才能という土台に隠れているが、魔法に重要なのは学ぶ意思と、どれだけ学んだかである。
頂点に到達した魔法使いは皆、才能なんて関係ないと口にする。
中には人間の頃のクロス程度の才能しかないのに頂点の一体となった魔物さえいるのだから。
己が得意とする発動形式を徹底的に頭に叩き込み、使用する図式を叩きこみ、呪文を扱う為のコードを暗記、理解し、術式そのものを構築し直し……。
暗記、研究、考察、実証、検証……。
そう言った事の繰り返し、積み重ねが魔法使いに必要な才能。
魔法使いとは要するに、魔法探究……いや、研究者であると言っても良いだろう。
だからこそ、魔法は正直である。
それがどれくらい努力したか、頭に叩き込んだか、苦しんだかで実力が如実に変わるのだから。
そしてそれ故に、人間という身では魔物に魔法で敵う事はない。
魔力の有無、大小という差はある。
だがさきほど言った通り魔法は努力の世界であり、才能は二の次。
問題はその、努力の方。
基本的な文明、知性の差。
魔法研究の環境。
そういう物も確かにあるが、最大の問題点はそこではない。
魔物が人間に勝っている、魔法と言う分野において人間では絶対に叶わない理由。
それは、寿命にある。
努力をするという誰にでも許された行為でさえ、人間は魔物と並び立つ事が許されていなかった。
身体能力が異なり、魔力に大きな優劣の差があり、種族的特性で魔法が生まれつき使える者もいて、それでいてほぼ全ての種族が人間と比べ長寿。
故に、魔物は魔を扱うに長けている。
その中でも、魔王アウラフィールは間違いなく頂点に近い一体だった。
と言っても、アウラは自らの能力をそこまで高い物であると考えていない。
魔王という魔物種族最上位に位置する事など烏滸がましいとさえ思っている。
知性というよりも、策略。
相手を陥れ、疑心暗鬼に陥らせ、絡め取り、動けなくする。
それがアウラの最も強い武器。
それを除き、戦闘という面で見ればアウラは歴代魔王最弱であると言っても良いだろう。
同時に、得意分野である魔法でさえアウラは頂点たりえなかった。
では、アウラフィールは魔法使いとして劣等なのか。
いや、決してそう言う訳ではない。
ただ、頂点ではないと言うだけで。
アウラフィールには後ろ暗い謀略という能力を除いても、確かな強みが存在している。
それは偶然にも、クロスと似た様な能力となっていた。
まず、魔法という物に限界は存在しない。
学術である以上、最適なる解は存在しても完璧な解などと言うものは存在せず、それ故に無限に研究を続けられる。
だからこそ、魔法使いの頂に登る者は皆、己の得意とする魔法の発動形態や術式に特化している。
才能に関係ないと言っても、才能を利用する事が最短ルートである事は確かな事実だった。
詠唱呪文に優れた者は同時に五十の詠唱を唱え、攻撃呪文に優れた者は近接戦闘と絡めた独自の戦闘術を開発する。
アウラの父グリュンは魔法使いの頂点という訳ではないのだが、それでも一分野、特定条件を加算した広範囲殲滅魔法という分野でなら、圧倒的にアウラを超えている。
幾ら魔物の寿命が長いからと言っても同時に複数分野を専攻する事は難しく、極めるという過程である為己の得意な術式、法則、能力を生かせる様学ぶ事を先端化させていく。
それが魔法使いの頂点の登り方。
そして……その得意分野が、アウラにはなかった。
魔法には適正と呼ばれる才能がある。
例え同等の実力者であっても同じ様に習得できるものはいない。
炎の呪文を覚えるのが早い者もいれば、逆に炎が苦手で氷が得意な者もいる。
口頭呪文が一切唱えられない代わりに無音詠唱で口頭並の威力を出せる者もいれば、難易度の高い魔法が一切使えない代わりに簡単な魔法の威力が数百倍に跳ね上がる様なピーキーな素質もある。
素質はあくまで素質である為、口がないとか魔力が皆無とかそういう特例を除けば、苦手な魔法であっても努力次第で覚え使う事は可能だ。
だが、普通に習得するだけでも他者の何倍、何十倍も努力をしなければならない。
魔法とは、幾ら極めても学び終わる事がない学問である。
だからこそ、通常の魔法使いは得意な資質を中心にして学び伸ばし高めていく。
資質とはつまるところ、ジャンプ台の様な物と言えた。
ちなみにだが、クロスにはその得意な資質、ジャンプ台が一切存在していない。
代わりにクロスには苦手な資質さえ存在していない。
それは普通あり得ない事だった。
魔法にかかわる全ての才が百パーセントの割合で覚えられる。
全ての魔法を均等均一に覚えるだけの才能を持っている。
他の魔法使いは百二十パーセントや二百パーセントの世界で生きているから一概にそれが良いとは言い切れないが。
普通ならば、そんな才能が均一化される事はありえない。
先代魔王の遺した肉体だからこその能力だろうとアウラは考えている。
そう――全ての魔法の才が七十パーセントのアウラは理解していた。
アウラはクロスと似た様な資質を持っていた。
全てが均一という。
ただし、作られた才であるクロスとは少々異なる。
アウラは、全ての魔法が若干苦手だけど覚えられる程度の才となっていた。
故に、アウラが魔法使いにおいて頂点となる事はない。
器用貧乏な資質が、アウラに頂点という夢さえ見せなかった。
では、アウラという魔法はそこまで弱いのかと言えば……それははっきり違うと断言出来る。
アウラは良くも悪くも、クロスと似た様な状況である。
魔法使いにおいての大原則は、たった一つ。
魔法使いの力とは、努力という軌跡。
それ以外は幾らでも覆せる。
アウラは超が付く一流の魔法使いであるが、頂点からはかけ離れている。
逆に言えば、その程度の資質でありながら超一流の魔法使いになるだけの努力を重ねたという事である。
そして――アウラは現世代において最も優秀な魔法使いであると周囲から呼称されてもいた。
頂点でないのに、最優秀と言われる。
どうしてかと言えば、答えは単純。
アウラは、それだけの努力をしてきたからだ。
資質、才能を上回る程の。
アウラは天才と言われる様な治療魔法使い程の力を持たない。
だが、並の治療術士と比べたら百体を超える程度の能力は持っている。
アウラは転移魔法の専門家の様に気軽に転移魔法を使えない。
だが、一握りしか習得出来ない転移魔法を儀式形式でなら行使する事が出来る。
アウラは自然環境を調整するような、大規模に土や風、水を操作する魔法を扱えない。
だが小規模でならあらゆる属性の自然調整が可能である。
アウラは父グリュールの様に数百キロ範囲をまるまる屠る様な魔法を使えない。
それでも、半径十キロオーバーを丸焼けにする程度の魔法は使える。
故に、アウラは魔法使いにおいて最も優秀であり見本にすべきだと言われた。。
これほどオールマイティな分野を一流と言えるまで修めた魔法使いは歴代魔法使いでさえ数える程もいない。
それも才能や資質ではなく、努力のみでここまで上り詰めたのだから。
知識の研鑽こそ、魔法使いの本分である。
故に、アウラフィールは魔法使いとして最も優秀と称えられ、魔法使いの本分、努力を怠らない大切さを伝えてくれる偉大なる魔法使いとして、格上の魔法使い達からさえ敬われていた。
そう、厳しい条件があるとは言え、即席で転移魔法を用意出来る魔法使いなど魔物であっても片手で数える程しかいなかった。
口頭では出力が足りず、儀式形式の魔法にしなければならない。
地面に描く度に淡く青く発光するチョーク、大規模儀式魔法に特化した手作りのその道具で魔法陣の外円を描き、口で魔法を詠唱しそれを物理的、魔導的両方の意味で固定する。
本来この術式はこの段階で五体の魔物で作業を分担して行う物であるが、アウラはそれを自分専用にアレンジし簡略化し一体でも行える様にしていた。
そしてその後に儀式の本題である転移の術式を魔法陣内側に描き、同時に地形を把握していく。
エリーから流されるこの地の魔力、勇者の魔力に汚染されきった魔物にとって不浄でしかない魔力を解析し、土地データを脳内にインプットしていく。
この脳内地図で描ける範囲までしか転移は叶わない。
本来なら数キロ程度が関の山だが、その足りない出力は自然そのものと言える精霊エリーが補っている。
およそ百三十キロ先にある場所。
その姿が、アウラの脳内に浮かび上がった。
陰鬱で、近づくだけで吐き気がしそうな程濃い魔力が渦巻いている、その古城が。
地形データを把握し、その位置データを魔法陣の中に刻みインプットする。
そして再度固定の術式を行使すると……淡く光る魔法陣はとたんに強い光を発し出した。
だが、まだ終わりではない。
転移の魔法にはまだまだ複雑な工程が必要である。
だが、悠長にそんな事している時間は、今のアウラ達にはなかった。
アウラはバッグから小さな小瓶を取り出し、その中にある赤い液体をぽたりと一滴、魔法陣に垂らした。
「呪文詠唱一、簡略化行使」
再度、別の小瓶を取り出し同様に赤い液体をぽたりと一滴地面に垂らした。
「詠唱二、儀式工程一、続いて二。……儀式安定化調整一、周辺地形の分析、および分担……」
合計して九つの小瓶を取り出し、全く同じに見える赤い液体を一滴ずつ垂らし、詠唱とは異なる何かを唱えるアウラ。
そしてそれが全て終わると、魔法陣は淡く輝く美しい青から、若干暗い赤色の光に変化した。
まるで、血の様な赤い色に。
「これで終わりっと。クロスさん。どうぞこちらに!」
遠くの方で、ぐにゃぐにゃ体を動かしたりずさーっとすべって土塗れになったりとやたらとコメディチックな動きで矢を避け続ける器用な曲芸師クロス。
外見は面白いが必死さがわかるからこそ、アウラはその感想をそっと心の内に秘めた。
「アウラ様。さっきの赤い液体なんですか?」
そう、隣にいるエリーは尋ねて来た。
「ん? 私の血」
「え? 血!? どうしてです?」
「私の血を媒体にして術式その物を刻み込んでるの。儀式簡略化用に」
「……すいません。ちょっと理屈とか意味がわかりません」
「儀式魔法って凄く時間かかるの。具体的に言えば九日以上。その一日を、事前に行っておいてその工程を血に記憶させる。そしたら使う時すぐに使えるという寸法ね。詳しい内容を省くとその程度の事よ」
「その程度って……そんな事出来る方いるんですか?」
「儀式の簡略化は儀式魔法使いの基本技能であり奥義よ。まあ、血界魔法を応用したこの儀式省略法は私オリジナルの技能だけど」
「アウラ様が凄いという事はわかりました」
「そうでもないわ。私なんてまだまだ……。歴代の魔王様に恥ずかしい思いしかさせてなくて……」
そう言葉にし、アウラは小さく溜息を吐いた。
「どうでも良いけど早くしてくれ! ぶっちゃけ息上がってきた。相手本当手強いんだって!」
わたわた走り汗だくでクロスはそう叫んだ。
「あ、すいませんクロスさん。すぐに」
そう言葉にしてからアウラはクロスとエリー共に魔法陣の上に乗ったのを確認し、手に持っていた魔法陣を描くのに使うチョークを、魔法陣の中央にぽいっと放り込む。
その瞬間、真っ白な光が魔法陣から洩れ、三体の姿は魔法陣ごとその場から別の場所に移動した。
クロス達が次に見た光景は、荘厳で歴史を感じる様な作りで、同時にやたらと威圧感を放っている巨大な城だった。
ありがとうございました。




