プロローグ:エピローグから始まる二度目の人生(後編)
クロード・ヴァン・ブレイブ・ディルシール。
元勇者。
魔王を討伐したその功績が認められグリーヴ国の王位を神より授けられる。
それ以降勇者ではなく王として国を統治した。
しかしその功績を忘れる物はおらず、ブレイブというミドルネームの通り彼が勇者であると民は尊敬を示し続けた。
ソフィア・ライト・アポクリス
元勇者パーティーのプリースト。
隣国の王女でありつつ、勇者の婚約者でもあった。
ただ……何か思うところがあったらしく、クロードと結婚せずに教会の一シスターとして神に忠誠を捧げた。
女神の生まれ変わりであると皆が信じ、笑顔の民と共に幸せに暮らしている。
メディール・クロノス・■■■■■■
元勇者パーティーの魔女。
ファミリーネームを失った一族だが、それを気にする様な性格ではなかった。
どこにいるのかわからないらしいが、魔法の研鑽を積んでいることだけは確かだろう。
メリー・ネピ・アドル。
元勇者パーティーのシーフ。
盗賊ギルドに所属する犯罪者ではない方の盗賊である。
パーティーが解散した後は盗賊ギルドの中で穏健かつ幸せな日々を過ごしている。
最後に国に教えてもらったその情報を見て、クロスは微笑んだ。
この最後の情報は既に十年も昔の物である。
だけど、それでも……彼らが幸せになれたという情報はクロスにとって何よりも嬉しい事だった。
今、彼らがどうしているのかはわからない。
誰もいない山で独り暮らしているクロスには、社会がどう変わり何が起きたのかを知る方法はなかった。
魔王の呪いを受け、何もわからず知らされない、誰も来る事がないこの隔離された空間で暮らすクロスには知る方法がなかった。
自分は今、何歳位だろうか。
三十八か、九か……それとも四十過ぎたのか。
一人で生き続けるクロスは時間の感覚が曖昧になり、全てがわからなくなっていた。
だが、一つだけ分かる事がある。
もうじき自分が死ぬという事だ。
これが魔王の呪いなのか、それともただの寿命なのか。
それはクロスにはわからない。
だが、死神の足音は日ごとに強く感じる様になっていた。
この生活に、生涯に後悔はない。
勇者を、次代の王を守れたのだ。
仲間を守れたのだ。
仲間であると胸を張って言える様になったのだ。
だから後悔はなかった。
しかも魔王を倒す様な破天荒な旅をしたのに、ベッドの上で安らかに逝けるのだ。
後悔なんて……あるわけがなかった。
だけど……それでも……。
目を閉じると、クロスは今でもあの時の彼ら四人の姿が鮮明に浮かび上がってくる。
その姿は十数年以上昔のままである事。
その事だけが……クロスは少し悲しかった。
そしてクロスは……勇者パーティーに混じった凡人は、ただの一人で十数年生き、その生涯を空しく終えた。
そしてクロスが息絶え、墓に入れられてから五年後……。
唐突に、何の前触れもなくクロスは全く知らない場所で目を覚ました。
見た事もない世界……いや、僅かにだが覚えがあった。
石レンガで出来たこの城内は以前入った魔王城に良く似ていた。
「これは一体……」
そう呟くと同時に、クロスはもう一つ、とんでもないものを見てしまった。
それは百体を超える魔物の群れである。
一目で魔物とわかるものから人間にそっくりな者達まで、そんな大群。
しかも全員が揃ってクロスに跪いて……いや、土下座をしていた。
「……は?」
何一つ現状を理解出来ないクロスは少しでも状況を知る為に、自分の後ろや周囲をきょろきょろと見回した。
明らかにこの前の魔王城に似ていて、そして違う場所。
この玉座の間の入り口付近に立っているのは自分だけで、それ以外いる存在は無言で土下座し続ける魔物達のみ。
完全にクロスの理解を越えた事態でありクロスは頭の中を疑問符で一杯にしていた。
「僭越ながら……発言してもよろしいでしょうか?」
そんな天の助けとも言える声が聞こえ、クロスは笑って頷いた。
「あ、ああ! どこの誰だか知らないが頼む。何が起きているのかだけでも説明してくれ!」
その言葉を聞き、最前列で土下座していた一人が立ち上がった。
赤い髪と赤い目をした、黒いローブを纏った小さな女の子。
その子はぺこりと頭を下げた。
「初めまして。賢者様。私の名前は――」
「うぇいうぇいうぇい」
「はい?」
「何で俺が賢者? 人違いじゃないか?」
その言葉に少女は驚き目を丸くした。
「し、失礼しました! そうですね確認もしていないのに……。えと、虹の賢者、クロス・ヴィッシュ様で相違ございませんか?」
「相違ございます。何だその虹の賢者って。名前は合ってるけどさ……」
「え? 勇者パーティーの一人としてパーティーの仲介役、並びに調和役として努めるその手腕から我らは虹の賢者と呼び恐れておりましたが……」
「まじか……誤解が誤解を呼んで凄い呼び名ついたんだな俺……」
「誤解……でしょうかねぇ。まあとりあえず……自己紹介をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。頼む」
「はい。私は今代魔王のアウラフィール・スト・シュライデン・トキシオン・ディズ・ラウルと申します。是非アウラとお呼び下さい」
「あ、ああ」
長い名前だが貴族と触れ合った時にそういう名前の人も多くいた為、そこはクロスは気にしない事にした。
それよりもその称号の方が気になった。
「……魔王……なのか」
「はい。魔王です」
その言葉にクロスは顔を顰めた。
「……その魔王様が俺をこんな場所に……死にかけの俺を呼び出して何をしようって?」
何をするのかわからないが、自分が利用されてあの輝かしい四人の邪魔だけはしたくない。
いざという時はどんな方法でも自死を選ぶ。
その覚悟を持ち、クロスはアウラを睨みつけた。
だがアウラは……。
「……あらかじめ申しておきます。私は貴方に対して非常に残酷で凄惨この上ない事を申します……。もしその事が納得出来ないのであれば……どうか魔王である私の命にて償いたいと願います。ですがもし、私達の償いを受けて下さるのでしたら……賢者様が今度幸せになれる様、出来る限りの賠償をさせていただきたいと願っております」
「……は? 一体何の話だ?」
「私達は穏健派。先代の過激派とは異なる思想で集まっております。ですが……先代の罪は我々の罪です」
「だから一体何の話を……」
「先代魔王の呪いの話です」
その言葉にクロスはぴくっと反応した。
「――あの呪いは一体何だったんだ?」
十年以上何も起きず、今でもその正体がわかっていない。
だからこそクロスは自分の体ながら常に不気味に思っていた。
死んで発動する可能性もあった為自死も選べず、この呪いの為にその余生を孤独に過ごして来た。
気にならない訳がなかった。
「結論で言えば……転生の呪いです。先代は勇者に対する嫌がらせに加えて戦力向上の為、勇者が亡くなった後に魔物として転生する様勇者に呪いを放ちました。ただしその呪いを受けたのは勇者を庇った勇敢なる賢者様でした」
そう、淡々と発するアウラの言葉。
その意味をクロスが理解したのはたっぷり数秒してからだった。
つまり……今の自分は……。
「……誰か……鏡貸してくれ」
その言葉にびくっと震えた後……あらかじめ用意していたのかアウラは手鏡をクロスに渡した。
震えながら、まるでぶたれる前の子供の様な顔のアウラから手鏡を受け取り……クロスは勇気を出してその姿を見た。
その顔は自分の顔ではなかった。
だが……。
「……良いじゃん」
「……はい?」
クロスの予想出来ない言葉にアウラは言葉を失った。
クロスはもう一度自分の顔をしっかり確認した。
角が生えている。
顔に模様が入っている。
舌がほんのわずかに紫がかっている。
だが、それだけである。
角と言っても右側のおでこに小さな角が生えているだけで別に違和感なく、顔の模様もあまり激しくない。
むしろアクセントとして悪くない部類だった。
そして地顔は明らかに前の自分の顔よりも良い。
イケメン具合で言えば前の数十倍と言っても良いだろう。
現状をまだ理解していないクロスだが、今の自分の顔は割と気に入っていた。
「……ああ。もしかして魔物達だとこの顔ってブサイクな方に入るのか? 醜悪が逆転してるとかで」
「えと……それはわかりませんが、美形よりな面持ちであるとは思いますよ?」
「……良いじゃん。これってさ、俺これから魔物として生きるって事だよな」
「はい。申し訳ありませんが……」
「んで、さっきちらっと言ってたが穏健派って事は人間と争う事はないって事だよな? もしかして違う?」
「概ねその認識で間違いないかと。この場は人間が住むに向かない環境でして、ここで引きこもり人間とは極力接さずに、戦わない様にするというのが私達の考えです」
「……良いじゃん」
顔に感動したクロスはそれしか言わなくなっていた。
「え、えぇ……」
思った以上に好感触で色々とフレンドリーに尋ねて来るクロスに対し、アウラは驚き以外の表情を浮かべられなかった。
ありがとうございました。