Where were you アラヤユイ
クロスとエリーがミューに会い、適応の試練を開始して二週間。
そんな時、イディスにてちょっとした問題が生じていた。
それは、今はまだちょっとしたという言葉通りの、大した問題ではない。
ないのだが……状況次第では大きな問題ともなりかねなかった。
というよりも、このままだと確実に大惨事と呼べる様な事態になる。
その上、どの様に未来が転ぶかさっぱりわからない。
そんな状況を生み出そうとする、ちょっとした問題。
何が起きたのか。
それだけならば、たった一言で済む。
クロスが、行方不明となった。
「……まだ、見つかりませんか?」
ミューの言葉にクロス調査部隊の隊長に任命されたヴァルキュリアは申し訳なさそうに頷いた。
「未だ痕跡すら……。我々では力不足で……。もう泉守様のお力を……」
その言葉に、ミューは顔を曇らせた。
「ごめんなさい。私に先代の様な力は……。それに、今リソースを使う訳には……」
「――いえ、差し出がましい事を言いました。申し訳ありません。すぐ、探索に戻ります。ノルニルの予知、星読みにヴァルキュリアの足、使える物はまだ沢山ありますのでどうかご安心を」
そう言って、部隊長はニコリと偽りの笑顔を見せた。
疲れていない訳がない。
苦しんでいない訳がない。
わかっていても、ミューには何も出来なかった。
「ごめん……なさい……私が未熟なばかりに……。お願いします」
「私達の中で、泉守様を未熟であると思っている方はいません。皆、貴女の努力を……その背中を見ていましたので。それだけは覚えていて下さい。では、失礼いたします」
そう言葉にし、部隊長はミューの部屋から退出していった。
「努力しても……結果が出なければ何も意味がありませんよ……」
そう、ミューは独り取り残された自室で自嘲気味に呟いた。
適応の試練期間である一週間はとうに過ぎさった。
もう、クロスが隠れる必要はない。
この試練を受けた事により、クロスはもうこのイディスの中を自由に歩けるだけの権限を得ている。
それでも、クロスは出てこないし、見つからない。
何一つ、情報が伝わらないし伝える事が叶わない。
当然だが、この女性の為の園で男性が隠れ続けるというのは非常に難しい。
だからこそ、ミューは期間が過ぎたらすぐ出て来ると思っていた。
そもそも、未来予知部隊まで出動しているのだから隠れ続ける事すら不可能であるとさえ思っていた。
ミュー自身、クロスがこの試練を突破する可能性は三割にも満たないと思い……途中ヴァルキュリアに殺されてしまった時はどうアウラに報告しようかとさえ考えていた位である。
それでも、これはやらないといけない事だった。
そういう未来が、視えてしまったから。
一手間違えると、魔王国がそっくりそのまま滅ぶという未来が。
ドラゴンや吸血鬼、雪女等独自の巨大勢力を持つ種族以外の魔物全てを道連れにして、一切合切が灰燼と化す未来が。
故に、それに関わる可能性が高いクロスという存在を調べるなんて義務がイディスに生じてしまった。
やりたいとかやりたくないとか、拒否出来るとか、そういう段階の話ではない。
イディスとして、絶対に為さねばならない最優先事項である。
クロスという存在が将来の重要なキーであると判明した。
良くも悪くも。
故に、結果次第ではクロスを殺す事さえ視野に入れていた。
下手に生かした場合の方がまずいというのが、ミューの視た予知だった為だ。
そんな状況での、行方不明。
ぶっちゃけた話だが、イディスとしての判断によりクロスを故意で殺したり、試練に失敗して死んだ場合であれば、実は何の問題もない。
イディスの業務に文句を言える機関なんて存在し得ないからだ。
だが……。
「試練が終わっても見つからず、そのまま行方不明になりましたなんてのは……」
確かに問題がないだろう。
イディスの業務内により、処理されたのなら。
だがこの状況は、完全に例外である。
イディスの業務ではなく、不祥事、ミスによる行方、生死不明。
イディスは業務上において何をしても問題なく、魔王にすら命令出来る。
それだけの権力を保持しているイディスだからこそ、イディスは魔王に対し誠実で居続けなければならない。
それがイディスと歴代魔王との関係、ルールである。
だからこそ、この不祥事をアウラフィールに報告したら殺されるのではないだろうか。
そう、ミューは思った。
殺されるだけなら全然良い。
誤って泉守になった無能が一体消えるだけで済むのだから。
だが、殺されるだけでは足らずイディスの解体なんて事にすらなりかねない。
ミューから見ても、アウラフィールはクロスに対しやたら世話を焼いているし交友も結んでいる。
もしかしたら将来の旦那候補なのかもしれないとさえ思っている。
そんな相手を誤って殺したと言って、怒りを覚えない訳がない。
恨まない、訳がない。
臆病者のミューだって同じ事をされたら、先代泉守を誰かに殺されたら確実に怒り狂い復讐に明け暮れる。
その気持ちがわかるからこそ、イディスの解体となる様な事をミューは必死に避けようとしていた。
先代より託されたこの場所だけは、護りたかった。
「……相変わらず考え過ぎる癖があるようねぇミューちゃんは」
そんな声が、扉の向こうから聞こえる。
ミューはそれを、聞き間違いと思った。
その声は、この数年で何度も空想し、妄想してきた為馴染みのある、大切な相手の声だったからだ。
だが、違った。
妄想でもいつもの夢でもなく、その声は確かに、現実に響く声だった。
「お師匠様!」
慌てて立ち上がり机に膝を打って地面に転げるミュー。
それでも痛みに負けず、ミューは口角を上げ、誰が見てもわかる程嬉しそうな顔で扉を手をかけ、開こうとする。
だが……。
「はいストップ。開けないで頂戴。まだ入るつもりはないから」
ミューの手がぴたっと止まり、笑顔が凍り付く。
そしていつもの様に、ネガティブな思考で頭が一色となった。
自分が未熟だから会ってくれない。
自分が役立たずだから、顔も見たくない。
必要とされていない、いる意味がない。
邪魔になってしまった。
そう、ミューは思い込む。
先代は、泉守であった頃未来予知を全て的中させた。
完璧なる百パーセント。
九割でも、九十九パーセントでもなく、本物の百パーセント。
一度も外した事がないという、本物の預言者。
だが、ミューは違う。
ミューは先代と同じ様な能力でありながら、その的中率は調子が良くても精々九割。
その差は、別物であるかの如く大きい。
それがミューが極端なまでにネガティブで誰とも目を合わせられない原因そのものだった。
「……違うのよ。ミューちゃんに会いたくない訳じゃなくて……私の問題なの。ごめんね。……色々話したい事もあるけど、あまり時間もないの。用事を済ませて良い?」
「……はい。私に出来る事なら」
そう、ミューは明らかにしょんぼりした声で言葉にした。
「ん。ありがとミューちゃん。まず、クロス・ネクロニアの探索の必要はありません」
「流石お師匠様。何かご存知なのですね」
「ふふーん。まあねー。というかさ、そのお師匠様って止めない? ミューちゃんもう私より偉いじゃん。私はミューちゃんって呼ぶけどね。どれだけ偉くなっても」
「いえ、私にとってお師匠様はお師匠様なので……」
「じゃあ命令しちゃおうかしら。お師匠様禁止。名前で呼んで」
「……はい。わかりましたアラヤ様」
「それファミリーネームじゃない? もしかして私の名前忘れちゃった?」
「そんなまさか! ユ、ユイ様」
正しく名前を呼ばれ、先代泉守、叡智の化身とさえ呼ばれた魔物、ユイ・アラヤは満足そうな声を出した。
「ん。よろしー。本当は様もいらないけどそれはまあおいおいっと。というかさミューちゃん。本当にわからない? クロスさんがどこにいるか」
「はい。わかりません。ノルニルもヴァルキュリアも限界まで使ってますがその痕跡も……」
「んー。ただ難しく考え過ぎなだけなんだけどねー。ま、時期が来たら戻って来るから調査もいらないよ。リソースもったいないし」
「了解しました。捜索部隊長にすぐ報告します」
「お願いね泉守のミューちゃん。んで次だけど、エリーちゃんっているじゃん。クロスさんの従者の」
「はい。現在アシューニヤ女学園で適応の試練を受けています」
「そそ。ちょっち理由があるからその子の様子を見に行ってくるね。んで、その際ちょーっち騒がしくなるかもしれないけど私がいるから介入しない様にしといて」
「それは構いませんが……もう少し詳しく教えてもらえませんか。特にその介入の意味を」
「適応の試練のチェックも私がやるからさ、終わるまでアシューニヤ女学園に触れない様にして欲しいの。色々あるし色々起きるけどスルーして頂戴」
「……それは……ユイ様の視た未来に関わる事ですか?」
「違うわ。ミューちゃんの視た未来とは関係してると思うけど。そんでそんで……とっても大切な事。とってもとーっても、ね」
「わかりました。もともとこの泉守の席はユイ様より預かった席です。異論などある訳がありません」
「ごめんね席譲ったのに茶々入れて。これが最後だから」
「最後……と、言いますと?」
「私がミューちゃんに命令をするのは今回の事態が最後。後は私、完璧に引退しまーす!」
「……引退、ですか」
「そう。お休み」
「どこかに、行かれるのですか?」
また、置いて行かれる恐怖からミューは震えながらそう尋ねた。
「まっさか! もうちょっとだけ待ってねミューちゃん。全部終わったら、また一緒に過ごそう。ミューちゃんが嫌じゃなかったらだけど」
ミューは息を飲み、そして、歯を食いしばり泣くのを堪えた。
「嫌な訳……ありません。ずっと……寂しかった……です……。ずっと……会いたかったです。夢じゃなくって……現実で……」
「ごめんね。うん、寂しいのわかってたけど……ほんとごめん。もうちょっとだから。もうちょっとしたら、必ず会いに行くから、待っててね」
「はい……まちます。何時でも、何時までも……」
そう、言葉にする時にはこらえきれず涙が零れていた。
「あ、そうそう。関係ある様でない様でやっぱり関係あるそんな話なんだけどねー」
「……相変わらずふわっとした上に回りくどくぼやかして話しますねユイ様。それで、どんな話です?」
「エリーちゃん、ルーンの絆結んでるでしょ?」
「……えっと、アシューニヤのパートナー制度ですね。はい。正直信じられませんが、結んでいますね」
「その相手、私の娘なのよ。だからエリーちゃんの事調べるのはついででそっちに会いに行くのが本題だったりします」
「え!? 娘さん!? もしかして跡継ぎとか、でもユイ様にお相手がいたなんて……はっ! まさか知らない間に出産を!? だから数年会えずユイ様はどこか行って――」
「違うわよ。残念ながら私はフリー。今も昔もお相手募集中。というかミューちゃん私の事忘れてない?」
そう言われてからようやく、ミューはユイが孤児を集め身内にしていた事を思い出した。
「ああ……。エーデルグレイスの一族ですか……」
孤児を集め、エーデルグレイスの名を与え、養育機関に送り込む。
それは泉守であった頃からの趣味の様な物だった。
「そそ。まあ血の繋がりはないけど大切な娘の一体には違いないわ。今のところは」
「今のところ?」
「言葉の綾よ。気にしないで。という訳でしばらくアシューニヤ女学園がにぎやかになるけど許してね。じゃ、またね私のミューちゃん」
そんな言葉と同時に、扉の向こうから感じる暖かさが失われ、ミューは孤独という寒さに震えた。
「……ずっと、待っていたんですから。もう少し位は、我慢しなくちゃ」
そう、ミューは呟きやるべき事を行う事にした。
クロスの探察を打ち切りアシューニヤ女学園をユイに任せるという通達を、ユイの命令通りアシューニヤ女学園を除くイディス全域に発令する。
それが良くも悪くも今回の事態を動かす事だと知っていながら。
ありがとうございました。




