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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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ユグドラシル


 午前中は調理や礼儀作法を含めた座学の時間。

 午後は身体能力向上や模擬戦等の戦闘訓練。


 それがアシューニヤ女学園学生の基本的なタイムスケジュールである。

 ヴァルキュリアとなる事だけが目的ではなく、文字通り少女達が学び、育み、知性を身に着け己の為すべき事を見つけられる様。

 そして、たらふく金を吐き出す保護者を納得させるだけの学習を行える様。

 それが、アシューニヤ女学園の方針であり、本心である。


 午後の活動は、何の問題もない。

 山や森を走る時視力の乏しいレイには多少過酷である。

 だが、エリーが手を繋ぎ引っ張れば話は変わってくる。


 信頼と連携。


 ただ手を繋ぐだけで、レイが弱視である事なんて一切問題がない程に動けていた。

 だから、午後は何の問題もなく、エリーもレイも尊敬を集められる程度には上手くやっている。


 だが……午前は別。

 途中参入である事に加え調理という最大級の敵がいる為……ちょくちょくエリーは躓いた。

 エリーは秀才と呼んで良い程多才であり、少ない努力で物事を習得する事が出来る。

 そんなエリーであっても時間のハンデを完全に克服する事は出来ず、クラスメイトに追いつけずにいた。


 いや、途中参入での授業で調理以外そこそこ程度の遅れで済んでいる時点でエリーが優秀である事の証明と言えるだろう。

 そんなエリーを、レイは常にサポートし続けた。

 エリーに対して、レイは全ての授業を当たり前の様に完璧にこなした。

 礼儀作法から、勉学、歴史……その全てを。

 それは二年生だからというだけでなく、先生すらも驚きレイを褒める。

 それ位、レイは良く出来ていた。


 クラスメイトからもどうしてそんなに何でも出来るのかと尊敬の眼差しを向けられ尋ねられる程度には、レイは完璧だった。

 だが、レイはどうしてという質問に答えない。

 そう尋ねられると決まって、少し困った顔で微笑を浮かべるだけ。

 そこがまたミステリアスで、クラスメイトはレイに憧れを抱いた。


 だが、エリーだけはその答えを知っていた。

 以前同じ様に、レイに尋ねたからだ。


『どうして、そんなに完璧に出来るのですか?』

 その時、レイは答えた。

『完璧なんかじゃないわ。大抵がただの付け焼刃よ』

 そう、レイは答えた。

 真実がどうかはともかく、レイは本気でそう思っている様だった。




 そしてそんな学生らしい時間を過ごした後の放課後……レイとエリーはそこに向かった。


 学園の校舎から少し離れたタワー状の建物。

 その建物の入口から中に入る。

 そこでエリーは同じく学生達がレストランの様に簡単な飲み物を楽しみ、サンドイッチ等簡素な食事を取っているのを見る。

 ただ他の場所と異なり、そこにいるのは大体が三年生以上の生徒だった。


 学園の広い学食より尚広いそこは、高級なレストランの様に明るくさっぱりとした雰囲気があり、同時にバーのラウンジの様に落ち着いた雰囲気にもなっている。

 隅の方で学生達がしっとりとした曲を演奏している事もその理由だろうか。


 だが同時に……どこか、ぎらついた空気にもなっていた。

 例えるなら、肉食獣と目が合った時の様な、そんな緊張感と殺気に近い闘気。

 少女達やこの場所の外見だけなら、何時もの学園と何ら変わらない。


 お嬢様に見える生徒達が優雅にお茶、お食事、おしゃべりに夢中になっており、奥の方で受付のスタッフや食事配給のウェイトレスやコック等の方々が上品な仕草で働いている。


 そんないつもの空間だが、その空気は明らかに殺気立っている。

 それは、レイやエリーにとって馴染みのある空気でもあった。


『やけにお上品な冒険者酒場』

 それがきっと、この場の空気を最も適切に表しているとエリーは考えた。


「エリーさん。大丈夫?」

 レイは心配そうにエリーにそう尋ねた。

「何がです?」

「この品定めされる空気よ。あまりこういう物には馴染みがないんじゃないかしら?」

「大丈夫です。お姉様は?」

「私は別にどうでも。気にもならないわ」

「流石です。私も過去にこういう空気を感じる事になる様な経験があったので大丈夫ですよ」

「……こういう経験って……どういう経験か尋ねても?」

「あ、はい。そうですね……一番近いのは……軍部にいた時、非合法の闘技場への潜入任務を請け負っていた時ですかね。あっちはもっと過激な雰囲気でしたが」

「あら。随分危なげな話ね」

「はい。何しろ女性が観衆の前で嬲られるという噂を聞いての潜入ですから」

 レイは顔を顰めた。

「……それは、不愉快な話ね」

「ですね。まあそんな事はなかったですけど」

「それは良かったわ」

「はい。逆だったんです」

「……逆?」

「観客の大半は女性。そして闘技場で嬲るのもまた女性。つまり、男性が被害者です。要するにそこ……男性を嫌悪する女性優位主義者の為の場所だった様で……」

「そう。それはそれで不愉快な話ね」

「まあ、その時もこんな感じの空気でした。いえここよりもっとねちっこい悪意に満ちていましたので……むしろこういった闘気溢れる様な目を向けて来るなら私は嬉しい位です」

「……そう。貴女意外と好戦的だものね。私は……気にはなりませんがあまりこういう空気好きではないわ。品定めされているならともかく、獲物と思われるのは……」

 大切なエリーがとは言わずに、レイはそう言葉にした。


「お姉様はあまり体を動かさずもっとゆっくりとした時間を過ごすのが好きですものね」

「あら。そうでもないわよ。私はエリーさんとの一緒にゆったりとした時間を過ごすのが好きなだけで、賑やかなのも嫌いじゃないわ」

「えへへー。ありがとうございます」

「どういたしまして。……むしろ私が嫌なのはこの子達と戦う事……いえ、何でもないわ。避けられない事をとやかく言うのは私らしくないわね。とりあえず、行きましょうか」

 エリーは頷き、レイの手を引いて受付らしき場所の方に歩き出す。

 その仕草は酷く目立っていたが、そんな事彼女達は全く気にしなかった。




「ユグドラシルへようこそお嬢様方。本日はどの様な御用でしょうか?」

 受付の女性はにこやかな表情でそう言葉にする。

 その顔は、確かに笑っている。

 だが、一切暖かい物を感じない。

 恐ろしい程に事務的で、そして、空虚。

 そんな笑みだった。


「今日初めて来たの。この場所について説明をしてもらえるかしら?」

 レイの言葉に受付は仮面の様な笑みを浮かべながら頷いた。

「畏まりました。本日の御予定は挑戦という事でよろしかったでしょうか?」

「ええ。一応そのつもりです」

「わかりました。では簡単な説明をさせていただきますので少々お時間を下さい」

 そう言葉にした後、受付はユグドラシルについての説明を始めた。


 ユグドラシル。

 学園生の模範となるべく力を付け、より良きヴァルキュリアとなる為の希望参加型模擬戦闘場。

 それが、この場所、六階層の円形タワー。


 とは言え、内容はシンプル。

 単独、ならびに契約者でのタイマン。

 要するにここは――決闘場という事である。


 戦闘は模擬戦の様に専用のトレーニングエリアが用意されているが、授業で使用する物よりもその設定がわざと低くされている為、怪我はする。

 流石に死亡や治療不能な大怪我をする事はないが、骨折位なら日常茶飯事、最悪のケースだと腕がもげた事が過去にある。

 とは言え、それも治療の範疇である為問題はないが。


 六階層の構成は――。

 下級下位。 

 下級上位。

 中級下位。

 中級上位。

 上級下位。

 上級上位。


 この六つに分けられ、その結果や実力によって上に登れる。

 それぞれ場所にはそれぞれ異なった名前があり、そこで戦う闘士もまた別の名前が付けられる。

 とは言え、それを別に覚える必要はない。

 闘士となった以上、上に上がるのだから一々道中を覚える必要なんてない。


 覚えるべきなんてのは、最上位――上級上位の名称『虹の橋(ビスレストの先)』の一つだけ。

 最上位に上がる事。

 その実力を持つ証明、その名誉。

 その一点がこのユグドラシルに所属する闘士の、本当の目標であり目的。


 とは言え、虹の橋に到着したからと言ってそれで終わりという訳ではない。

 虹の橋、上級上位同士の戦い、ヴァルキュリアと遜色ないどころか下手なヴァルキュリアよりも実力の高い物同士の誇り高い決闘こそがユグドラシルにおいて最も重視すべき戦い。


 文字通り死力を尽くし、己の存在を相手に刻み込む舞踏会。

 その頂点に立つという事こそが闘士最大の名誉。

 ビフレストの先にあるアルフの門をくぐりし最強の名『レギンレイヴ』。

 その名を奪い合う闘争が、このユグドラシルの存在意義そのものである。


「ユグドラシルの闘士となる事でのメリットは闘士のランクによって変わりますが……まあハイロウの修復、改修、改造に怪我の優先的かつ高度な治療、そして金銭に名誉に授業の代休申請……。後は……様々なチケットですね」

「チケットって何です?」

 エリーの言葉を聞き、受付は実際にその紙を見せた。

「こういう物です。学園に存在する色々な物の優先配布券の様な物です。内容は様々ですが……デザートが人気があります。例えばこれは食堂で一日十個限定の黄金蜜のプリンのチケットです」

「ほほー。そういうものがあるんですね」

「はい。ちなみにこのチケットは一日十枚配布されております」

「十個限定で、十枚配布。……つまりここで戦う方しかそのプリンは食べられないと」

「まあ、基本的には」

「なるほど。モチベーション上がってきました」

 そう、エリーはふんすとやる気を見せて、両手をぐっと握りしめた。


「……まあ、やる気になるのなら何でも構いません。それで、参加をするにはどうしたら良いかしら?」

 レイの言葉に受付の女性は二枚の紙を手渡した。

「こちらにそれぞれ記入していただけばその時点でお二方をユグドラシルの闘士だと認定させていただきます。あらかじめ申しておきますが、事情なしに一月の間決闘への参加がなければ闘士の資格は消滅しますのでその事はご了承を」

「ええ。わかったわ」

「それと、貴女方は対戦の御予定ですか? それとも……」

「この方は私のお姉様です!」

 エリーは元気良くそう答えた。


「……エリーさん。貴女、またぽやんとしてません?」

「いいえ全然! やる気になってるだけです。強いて言うなら……」

「言うなら?」

「私の主に少し性格が似て来たのかもしれませんね」

「……そう。あんまり真似しない方が良いと思うけれど……私が言う事ではありませんね」

 そう言葉にし、レイは小さく溜息を吐いた。


「あ、話終わりました? ではこちらが契約者の証明用紙となりますのでこちらにも記述をお願いします」

 受付の言葉にレイは頷きながらその紙を受け取り、さらさらと先程の紙も含めて記述し受付に返した。


 エリーはそれを見て、慌てて紙の記述を始めた。

「エリーさん。ゆっくりで構いません。だから丁寧に書いて下さい」

「は、はいお姉様!」

 それでもレイを待たせている事もあり、エリーはいつもよりも雑な字で殴り書き受付に渡す。

 その様子にレイは苦笑を浮かべた。


「はい。これで貴女方はこのユグドラシルの闘士となりました。さっそく決闘を行いますか?」

「ええもちろん。ところで質問があるのだけど?」

「はい。何でしょうか?」

「私達は契約者としてなので、合同の成績になるのですよね?」

「はい。もちろんです」

「では、私達が別々に戦う事は出来ないのかしら?」

「それは、エリー様とレイ様が戦うという事でしょうか?」

「いえ。エリーさんと私が別の相手と一度に戦うという事です。これなら一度の時間で二戦出来るので」

「……契約者のメリットを捨ててという事でしょうか?」

「一度に戦果を稼げるというのも十分なメリットだと思うわよ。私は」

 受付は少し考え、そして、答えた。

「少々お待ち下さい。上の方に確認を取ってまいります」

 そう言葉にしてからそこを去り、そして十五分程後に受付は疲れた顔で戻って来た。


「大丈夫だそうです」

「ありがとう。じゃあ……エリーさん。独りで大丈夫ですね?」

「はいもちろんです。お姉様こそ大丈夫ですか?」

「平坦な場所なら問題ないわ。という事で、二体同時の挑戦という事でお願い出来ま――」

「ちょーっと待った―!」

 そう、背後から叫び声が聞こえエリーとレイは後ろを向く。

 そこにいたのは金髪ロングぱっつんヘアーの可愛らしい少女。


 アンジェリア……スルーズクラスのアンジェが二体の方をドヤ顔笑顔でかつ挑戦的に見つめていた。



ありがとうございました。

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