失意と怒りの五日目(後編)
「……それで、どうやって、はいる?」
布がこすれ軋む様な不安定な声でタキナがそう言葉にし、金属製の入り口を指差す。
緑生い茂る山の中にぽつんと生える銀の建造物は扉位しか変わったところは見えず、そして当然だがその扉はしっかりと施錠されドアノブどころか鍵穴すら見えなかった。
「……んー。最悪ぶち壊すとして、ちょっと開けられるか試して良いか?」
ピッキングでもするのかと考えタキナは頷いた。
「んじゃ、念のために周辺を警戒しててくれ」
それだけ言葉にし、クロスは扉の方に向かい横にある数字の書かれたボタンを見つめる。
そしてわずか一分後、二度ほどのブザーの後、扉は自動的に開かれた。
「……どう、やったの?」
黒い獣の状態である為上手く感情を表せられないが、タキナは心の底から驚きそう呟いた。
「あー。そうだな。まず、この手の遺跡には何度か潜った事がある。だからキーロック形式という事は知ってたんだが……まああれだ。ゴロツキを雇うのはあんま良くないって事さ」
そう言葉にし、クロスはキーロックの位置を指差す。
そこには特定の数字にだけ土や汗らしき汚れの跡が残っていた。
後は順番を予測し何度か挑戦すれば良いだけ。
誰でも出来る事だった。
「……すごい、ですね」
「そうでもないさ。さて、先に行こう。戦闘能力は低いが一応遺跡探索は経験者だし俺が先頭に行く。良いか?」
タキナがこくりと頷いたのを見て、クロスは頷き扉の中に入り階段を降りていった。
鉄板を多重に打ち付けただけの壁に電気の明かりが灯った通路。
それはクロスの知る古代遺跡の有様と一緒である。
とは言え、埃も汚れもなければ明かりが消えてもいない完璧なまでに生きた遺跡というのは初めてだった。
「……こういう遺跡ってさ、俺ら人間は昔の文明だと思ってたけど……もしかして魔物ならこんな遺跡作れたりする?」
「わたしたちは、むりです。だけど、できるまものもいる。ましんかるてすともそのひとつ」
「なるほどねぇ。……ストップ」
クロスが唐突にそう呟き足を止め、そしておもむろに細長い木の棒の様な物を取り出した。
それは葉巻だった。
「……すまん相棒。最初の使用がこんな方法で」
そう言葉にしてからクロスは未だ無銘で一度も使っていないナイフを取り出し、葉巻の先を斬って壁にナイフを打ち付ける。
その火花を使ってクロスは葉巻に火をつけた。
「たばこ、すうんです?」
「いや吸わない。ああそうそう、これはあの幼稚園にあった奴をぱちった。後で謝ってしっかり弁償したいから悪いんだけど持ち主探してもらえる?」
「……ようちえんに、すうひといないです」
「じゃあ襲撃者の落とし物か。んじゃどうでも良いや」
「それ、どうするんです?」
クロスは四つん這いになり、手を伸ばしタバコの煙を前に翳した。
そうすると、タバコの煙は上に登る際不規則な挙動を見せる。
本来なら真上に煙が登るはずなのに、曲線を描いて露骨に煙が避けていたり、また煙が一部だけ赤くなっていたりと、そんな変化をタキナは見た。
「たばこの煙が曲がった場所と赤い場所には触れない様通ってくれ。『レーザー』だったかな? 当たると面倒な事になる」
そう言葉にしてからクロスは可視化していない光線を器用に回避しタキナに道を示していった。
「……くろすさん。ほんとにすごいですね」
「そうでもないさ」
謙遜でも何でもなく、ちょっとかじった程度しか出来ないクロスはそう言葉にしてから葉巻を通って来た道に投げ捨てる。
そして葉巻が光線に触れた瞬間、ジュッと音を立て赤く光り一瞬で炭すら残らず燃え尽きた。
「さて、先に進もうか」
その言葉にタキナは頷き、二人は足音を立てずゆっくりと一本道を進んだ。
しばらく進んだ通路先の大部屋に入り、クロスは溜息を吐き呟いた。
「わり。見つかってたわ」
マネキンの様な姿の体内に銀色の歯車を見せる機械人形が数体向かってきているのをみてクロスはそう呟いた。
「だいじょぶ」
「んで、あれも一応魔物かな? 意思はなさそうだが」
「わからないけど、どうぐと、おもって、いい」
「あー。もしかしてあれが機械狂信者の作ったペットって奴?」
その言葉にタキナは首を横に振った。
「ちがう。ぺっとは、もっと、こわい」
「おお怖い怖い」
そう呟いて肩を竦めるクロス。
そして武器を構えようとしたその時、タキナはクロスの前に出た。
「ここは、まかせて」
クロスを庇う様にしながらそうタキナが呟くと……クロスは顔を顰めた。
「冒険者なら一度は言いたい台詞を言われたのは嬉しいが……俺が言いたかった……」
敵を前にしても余裕をもってそんな事を言葉にするクロスに呆れる気持ちもあるが、それ以上にタキナは頼もしさを感じていた。
「みぎがわのつうろ。さきにふたり。そしてそのおく、いる」
その言葉に、クロスは真剣な表情に変わった。
「ギタンか」
タキナはこくりと頷いた。
「……わかった。ここは任せた。……道中の敵は生かす必要あるか?」
「どっち、でも。でもわたしは、ゆるさない。ちかくのてき、みな、コロス」
そう呟き、タキナは赤い瞳をらんらんと輝かせ憎悪と狂気を露見させた。
「オーライ。んじゃそっちは任せた」
「……これでも、わたしをこわがらない?」
明確な殺意を、自分の全てを見せても飄々としているクロスにタキナはそう尋ねた。
そしてクロスは……その言葉に首を傾げた。
「どこが怖いんだ?」
その言葉にタキナは困惑した雰囲気を出す。
何と言えば良いのかわからないが、それでもタキナは器の広さを感じずにはいられなかった。
「……わたし、たたかうといしきうしなってあばれる。だから、ごふんは、もどってこないで」
「あいよ。危なくなったら俺の方に逃げてきてくれよ」
それだけ言い残しクロスは右に見える通路に走っていく。
その背後で、タキナの咆哮と機械が砕ける音、部屋の壊れる音が聞こえるがクロスは振り返る事なく先に進んでいった。
見つかっているのならゆっくりする必要はないだろう。
そう思いクロスは全力で走った。
肉体の性能は前世の全盛期とそこまで差はない。
生まれたばかりだからか多少違和感はあるが概ね全盛期に近いだろう。
ただ、体力だけは別格で前世の倍はあるだろう。
そんな風に自分の肉体を確認しつつ目的の場所を目指していた。
そして目の前に木製の扉を見つけたのだが……、クロスは開けるのが面倒になり扉を大した理由もなく蹴破った。
軋み壊れる木の扉の奥には小さな部屋があり、そこにローブを纏った男女が一組驚いた表情でクロスの方を見ていた。
「はて。時間は過ぎているが遅刻かね?」
しゃがれた声の老人は驚きもせず、羽織ったローブを脱ぐ。
モノクルを付け白髪となった老人の外見は人と変わらず、人の好さそうな顔をしている。
赤や緑色、青色の血液だらけの手術服を身に纏い、手元にある銀色の実験器具なのか拷問器具なのかわからない様な歪な道具とよくわからない機械がなければ普通の人だと思っていただろう。
「あら。この子……私と同じ種族じゃない」
やけに嬉しそうな女性の声と同時に、女性はローブを脱ぐ。
二十台後半位の紅い髪の女性。
いかにも仕事の出来そうな感じの美女の頭にはクロスよりも大きな片角が付いていた。
「ほう。ネクロニアか。それで、君の用件は何かね?」
老人がそう言葉にすると女性はあははと笑って見せた。
「博士何言ってるんですか。このタイミングですよ? 敵に決まってるじゃないですか」
「何と……。それは残念だ。ネクロニアはもう解剖し飽きてるというのに。別の種族ならありがたかった」
「ですね。私の体で」
そう女性が言うと二人ははははと楽しそうに笑う。
クロスはそんな二人に口を挟まずただただ耳を傾け続けた。
「という事で我々は君と敵対するメリットが薄い。どうだろう、君もこちらに来る気はないかね? 偉大なる機械の叡智に触れる快楽を共に得ようじゃないか」
「それ以外の快楽が欲しければ私が相手するわよ? お腹の子供を実験に使いたいし丁度良いわ」
「それは良い。母体の中での薬剤投与なんて発想が自分の体で出来るなんて。やはり君は優れた女性であるな」
「博士。どうせなら擬似知能を植え付けません? 死なないようにばらすのは難しいですけど、ほら。赤ちゃん死んでも次作れば良いだけです――」
その辺りで、クロスは二人の声を耳に入れない様にした。
聞くべき価値もない声であると理解したからだ。
クロスはそっとナイフを手に取り、ぽんぽんと手元で投げてその感覚を確かめてみた。
「ふむ。中々に面白い武器を持っているじゃないか」
老人がそう言葉にすると女性はきらっと目の奥を光らせた。
「博士。どう面白いんですか?」
「どうやら金属が固定されていない。自己修復……いや、成長か? つまりは生きた剣のパターンと酷似しているという事だ。ああデータを取りたい。私か助手の体で実験を――」
その言葉を遮る様に――ナイフは宙を飛ぶ。
それを見ても老人も女性も避けない。
キラキラと期待に満ちた目で飛んでくるナイフの刃先を見るだけだった。
そしてナイフは――そのまま女性の胸に突き刺さった。
理由は特にない。
強いて言えば、女の方の発言がより腹が立ったから。
それだけである。
「あ……な……なぜ……。貫つ……でー……」
女性は老人の方に縋る目を向ける。
老人はそんな女性の真意に気づき、しっかりと頷いた。
「ああ。わかっているとも。君の肉に流れるリキッドメタルをいともたやすく貫通する。これはデータを取らなければね!」
そう言葉にしてから老人は女性に刺さるナイフを抜き、その傷跡を指で広げ見つめる。
間違いなく女性は致命傷である。
にもかかわらず、老人は女性を助けようとしない。
そして女性の方も、抵抗らしい抵抗をせず喜んで自分の体を差し出していた。
「……ふむ」
そう呟き、老人はメモを取った後女性の体にナイフを打ち付ける。
だが、今度は貫通せずギンと金属がぶつかる音を響かせるだけだった。
「なんと……。そうかユーザー登録制か! 君! 今すぐ、彼女が生きている内に再度ナイフを刺すんだ! 早くしなければ死んでしまう。死んでからでは意味がないんだ!」
そう言葉にしてからナイフをクロスに差し出す老人と、縋る様な期待する目でクロスを見る女性。
それを見て、クロスはこの場所が地獄なのだと理解した。
「まじで狂信者じゃねぇかよ……」
溜息を吐いた後、クロスは老人の脳天にナイフを突き刺す。
「データ……とラナ……ナナ……ナナラ……ララ……」
老人はそう呟き、ペンを握り虚空に向けて手を動かした後、ぴたりと動かなくなった。
そのままクロスはナイフを抜き、二人を無視して奥に向かう。
クロスの背中の方を向き、女性は絶望的な顔のまま息絶え絶えに呟いた。
「データ……取っ……て……」
それが女性の最後の言葉だった。
「……あんだけメカメカしいのにここだけは違うのかよ」
牢屋の様な部屋が続く通路を進みながらクロスは顔を顰めそうぼやく。
中に誰もいないのは幸いな事だが、過去誰かがいたであろう痕跡が窺えるのは心底から不快極まりなかった。
そしてしばらく進むと綺麗な牢屋が続き、その一番奥に、震える小さな岩の塊をクロスは発見した。
「ギタン!」
そうクロスが叫ぶと岩はびくりと動き、体を起こし小さな子供の姿と変わった。
「クロス……?」
「無事か? 何かされてないか?」
その言葉にギタンはおずおずと頷いた。
「良かった。すぐに開ける。ちょっと待ってろ」
クロスは針金をいじり、鍵穴に差し込んだ。
「……ちっ。思ったよりも硬い。なんでここだけちゃんとしてんだよ。……時間かかるだろうが絶対に助ける。待っててくれ」
クロスはギタンの方を見て微笑み、真剣な様子で鍵穴を睨みつけた。
「……ごめん……」
ぽつりと、ギタンは呟いた。
「あん? 何がだ?」
「……バチが、当たったんだよ」
「何だそりゃ。そんな訳ないだろ。捕まえた奴が悪いだけだ。良いから気にせず待ってろ」
そう言葉にし、クロスは不安がるギタンを安心させる様微笑んだ。
それを見たギタンは安心するどころかぽろぽろと堰を切ったように泣き出した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
何度も繰り返し謝るギタン。
その様子にクロスは困った顔を浮かべた。
「だから悪くないって。俺もタキナ先生も悪い人達にはちゃんとお仕置きしたから。な?」
そう言って慰めるのだがギタンは泣き止まず、謝罪の中にぽつりと呟いた。
「俺が……言ったんだ。クロスは人間で、怖い奴だって……。だからバチが当たったんだ。クロス良い奴なのに……ごめん。ごめんなさい……」
その後、ギタンはわんわんと泣き叫ぶ。
今までずっと溜め込んでいた恐怖に自責が加わり、ギタンは自分で自分を追い込んでいた。
「別に事実だろ? 俺が勇者の仲間だったのは。だから気にすんな」
「――へ?」
怒られる、叱られる、怒鳴られる、見捨てられる。
そう考えていたギタンは驚き、涙も止め鼻水塗れのままきょとんと間抜けな顔をした。
「だから謝らなくても良いさ。どうせ誰かが気づけば同じ事になっただろうし。それに……理由も大体察せるしな」
そう言葉にし、クロスはニヤリとした笑みをギタンに向けた。
「り、理由は……」
言い淀むギタン。
それを見てクロスはニヤニヤした顔を加速させる。
それと同時に、ガコンと音を立て、檻の鍵は開かれクロスはガッツポーズを取った。
そのままクロスは檻の中に入り、ニヤけた顔のまましゃがみこんでギタンの肩に腕を回し、耳元でぽつりと呟いた。
「お前、エンフが好きなんだろ」
その言葉にギタンは答えない。
だが、照れて困った顔から答えは一目瞭然だった。
コウモリ族のエンフは大人びているからかクロスにべったりだった。
だから悔しくてクロスの悪い部分を探して、人間だったと知って皆に言った。
どうせそんなとこだろう。
そうクロスは考えた。
「……そんな事で、俺はクロスの事を……」
そう言葉にして悔やむギタンを見て、クロスは小さく微笑んだ。
「マジで気にすんな。男なんて皆同じ様なもんで、同じ様な事する生き物だからな。歳も関係ないぞ。好きな子の前で、いやかわいこちゃんの前で恰好付けるのが男ってもんだ」
むしろ反省している分ギタンはマシな部類であろう。
そう思ったクロスはギタンのごつごつした頭をぐりぐりと撫でた。
その言葉に安心したのか、ギタンはクロスを抱きしめ再度わんわんと泣いた。
罪悪感や後悔ではなく、恐怖が去った安堵から。
種族がゴーレムだからか締める腕は骨が折れそうなほど痛かったが、クロスはやせ我慢で何とか乗り切った。
帰り道、タキナは泣き疲れて寝たギタンを背負いニコニコとした表情で帰路を進んでいた。
その隣にはクロスが申し訳なさそうな顔で付いてきている。
本来ならば男であるクロスが子供を背負うべきなのだが……それは出来ない。
単純にギタンが重たすぎて持てなかったからだ。
その重量は岩である事を考えてもまだ足りず、サイズで考えれば鉄よりもはるかに重い事が窺える。
だからクロスが持てないのはむしろ当たり前であり、どうしてタキナが軽々と背負えているのかが謎である。
タキナは慣れだと言うが慣れでどうにか出来るとは思えなかった。
「それでタキナさん。ここからどうやって帰るんだ?」
その言葉にタキナは少し考えた。
「えっと、とりあえず近場の街から幼稚園の方に連絡を入れて、そこから状況次第ですね。テレポートかタクシーか、はたまた一晩泊まって迎えが来るのを待つか」
「タクシーって何だ? 馬車?」
「いえ。有翼種の方が色々な方法で送迎しています。それをひっくるめてタクシーと呼んでいるんですよ。グリフォンとかが有名ですね」
「へー。なるほど。あ、街ってどの辺り?」
「あちらの方ですね。見えます?」
タキナの指差す方をクロスはじっと見つめるが、平原が続くだけで街どころか人影すら見えなかった。
「……何も見えないな」
「そうですか。えっとですね……後三十分位の距離ですかね。走ればすぐですが……走ります?」
「タキナさんは走れるの? ギタン背負ったままだけど」
「はい。全然走れますよ。クロスさんが疲れていないなら走りましょう」
その言葉にクロスが頷くとタキナは迷わず走り出した。
正直に言えば色々とあって精神的にも肉体的にも疲れていたが、タキナが走りたそうな様子だったのでそれを飲み込みクロスは足をしっかりと動かしてタキナについて走った。
ありがとうございました。




