小さな悩みも大きな想いも、全て一つに包まれて
首を動かし、腕を回し、エリーは体の調子を確認してみる。
己の体という感覚すら失う程の長い旅路であった為不安はあった。
だが、どうやら本当の意味でこの世界に、主の元に戻ってこられたらしい。
「……はい。良い感じです。魂が引きずられそうになる事もないですし発狂しそうになる事もない。これで完全に元通りと思って良いですよクロスさん」
そんなエリーの言葉にクロスはこくりと頷き微笑んだ。
「そか。んじゃ仕事の方はいけそうな感じか?」
「もちろんです。……と言いたいのですが……もう少しちゃんと体動かして良いですか? 問題はないと思いますが戦闘となると少々不安を覚えます」
「ついでに背中の翼も試してみた方が良くない? 前なかったものだし」
そうクロスに言われ、エリーは気まずそうな顔で頬を掻いた。
「あーその……言い辛いのですが……あんまり制御出来なくてですね……」
「飛べないとか?」
「いえ。出せさえすればぱたぱたとゆるやか程度には飛べますよ? ゆるやかーにしか飛べませんが。そしてそれ以上の問題として、出そうと思っても出ない事が多々ありまして……」
「そか。というかさ、その翼って一体何なの?」
「えっと……さあ? ぶっちゃけますけどあっちの世界じゃなくってこっちで戻ってきてから出て来た物なので本当にわかりません」
「うーん……何かまずい事ではないんだよな?」
「はい。その辺りはアウラ様に厳重に調べて頂いたので」
「そか。めっちゃ綺麗だったからあれで飛ぶ所見て見たかったんだけどねー」
綺麗という言葉、主の誉め言葉にエリーは耳をぴくりと動かし、テンションを上げた。
「……あ、今なら出せそうです」
「まじで?」
「はい」
そう答え、エリーはダイニングでは邪魔になる程の大きな翼を背中に生やした。
「――いけました」
何故か自慢げにエリーはそうクロスに告げた。
「だな。ところで聞いて良い?」
「何です?」
「服とかどうなってるの? 服の上から生えてるの?」
「いえ。貫通してますよ服。ほら?」
そう言ってエリーは服の隙間をずらし、翼の根本を見せた。
「……何か、背中をちらっと見せるのってちょっとエッチだよな」
「何を今更……。背中なんて見慣れてるでしょ?」
「いや。こう……見せるってシチュエーションがね……」
「良くわかりません」
「男の浪漫だからな」
「さいですか。とりあえずせっかく翼出せましたし外で試してみましょうか」
「だな。ところで聞いて良い?」
「はい。何でもどうぞ」
「どうやって出るの。その翼生やしたままで」
そう言ってクロスは扉を見る。
どう考えても、扉から出るのは不可能。
それ位翼は大きかった。
「……えっと……その……二階の窓から飛ぶってどうですか?」
必死に考えた末のただの思いつき。
だが、その無意味に思える行動がクロスにはクリティカルな程好評だった。
「ほほー。良いねそれ、面白そうだ! んじゃさっそく俺は外で待ってるな」
面白そうな事は思い立ったら即行動がモットーのクロスは楽しそうな顔で外に出て、そして下から二階の窓を楽しそうに待ち構える。
そして窓からエリーが出て来るのを見るとクロスはぱちぱちと拍手を送った。
「それじゃ、やってみますね」
おどおどとした様子でエリーがそう言葉にした。
「おー。最悪下で受け止めるから安心してくれ」
「はい。それは信じてます。それじゃ、行きますね」
そう言葉にし、エリーはぴょんと窓から飛ぶ。
そして翼を激しく躍動させるのだが――エリーはふわふわとしたゆるやかな自由落下をし、すとんと、地面に着地した。
どこか気まずい空気の中、エリーは困った顔で、ぽつりと呟いた。
「えと、その……どう、でした?」
クロスは何と言ったら良いかわからず、何を言っても良いか悩み、そして一言ずつ感想を呟いて行った。
「まず、窓開きっぱなしになる事は盲点だった」
「あ。すいません。閉めて来ます」
「いや良いよ。後で俺が行ってくる。それと、羽ばたいても飛べなかったのはちょっと予想外だったな」
「というか羽ばたく位で飛べる方が可笑しい気がします。ハルピュイアとかどうやって飛んでるんでしょうかね……。もしかして動かし方が違うのでしょうか……」
そう言葉にしエリーはばっさばっさと翼を動かす。
正面にいるクロスの髪が乱れる位には強い風圧を出しているのだが、エリーは二、三センチ程宙に浮く程度。
それだけしか浮く事が出来なかった。
「それで、一番の感想なんだがな……」
「はい」
「鎧姿で飛ぶべきだったなと」
「いや、重たくて飛べないですよ。私服でこれだけなんですから」
「でもさ……その……」
「その?」
「ヒント。ローアングル」
エリーは自分の服がスカートだった事に気づき、頬を赤らめクロスの頭を軽く叩いた。
「あいてっ。うん。本当に戻ったみたいだね」
クロスの言葉にエリーは首を傾げた。
「はい? 何の話です?」
「いや。こっちの話さ」
数日前のエリーだったら捨てられる恐怖と離れる恐怖から羞恥を覚える行動でもクロスが喜ぶならと歪な献身を行おうとしていた。
それがなくなり素のままエリーとして話し行動が出来る様になった事にクロスは安堵と喜びを胸に秘めた。
「んじゃ、もちょっと翼のテストとエリーの能力チェックしますか? どこ行く? どっか訓練場借りる?」
「いえ。せっかくなので公園にしません? 飛行許可が出てる公園に」
「オーケー。それならお弁当用意しようか」
「あ、それは嬉しいです久しぶりのクロスさんのお弁当」
「何食べたい?」
「野菜たっぷりのサンドイッチって駄目です?」
「いや。良いよ。んじゃ先に食材買いに出かけようか」
「わかりました」
そうエリーは楽しそうに答え、二体は城下町の商店街に向かおうとする。
だがお財布を持っていなかった事と二階の窓が開きっぱなしな事に気づき、慌ててクロスは一旦家に帰った。
そして食材を買って家に戻り、調理の手伝いをする為にエリーは無意識に翼を仕舞ってしまう。
次出せるのかわからない翼を。
それに気づき苦笑いを浮かべながらクロスはサンドイッチを大量に用意し、二体はデート感覚で公園に向かった。
恐ろしい程に予定もへったくれもないぐっだぐだな行動の数々。
無意味かつ無駄過ぎる時間の使い方。
だからこそ、クロスとエリーはいつもの日常に戻ったのだと、ようやく強く実感する事が出来た。
「えー。テスト結果を発表しまーす」
しばらく公園で色々試した後、エリーの言葉にクロスは不本意そうな顔で頷いた。
「えーこの翼ですが……飛べます。非常に良く飛べます。ただし……羽ばたく必要はありません。というか羽ばたいたら飛べない事がわかりました」
そう言葉にし、エリーはすいーっと真上に浮き上がった。
翼を微動だにせず、垂直に浮かびそのまま左右に移動するエリー。
それは生物としてあり得ない挙動、まるで吊るされるマリオネットの様な動きだった。
「なんでそんな非生物的な動きに……」
「外見は翼ですけどこれ飛行補助具みたいですね」
空中にぴったりと静止しながらエリーはそう呟く。
速度は出ないしそこまで高度も上げられない。
だが、地上以上に自由自在に飛ぶ事が出来ていた。
「うーん。……いや、これはこれで幻想的な感じはするかな」
そう言ってクロスはエリーを見上げた。
金色の髪を靡かせ純白の翼を背負うその姿。
それは確かに、綺麗だった。
女性としてだけでなく、生物としても、あり得ない程に。
「あ、下から覗いたら蹴りますから」
「……はい」
クロスはちょっと残念そうにそう呟いた。
「そいやエリー髪伸びたね」
「あ、はい。翼が生えてるので少し合わせてみました。精霊なんで多少の長さは思うがままですので」
「便利だな精霊」
「クロスさんも少し……いえ、大分伸びましたね」
そう言われ、クロスはこの世界で一度も髪を切っていない事を思い出した。
最後に切ったのは、旅の途中。
先代魔王を討伐する前ソフィアに切ってもらって以来だろうか。
「あー。一度も切ってないからな。どうしようか?」
「それじゃあ美容院探しに行きます? 流石に私の知っているところは……」
「そこじゃ駄目なのか?」
「女性向けですのでちょっと……」
「ああうん。止めとくわ」
「その方が良いかと……それじゃ、探しましょうか。せっかくですので普段行かない方向を探索しません?」
城下町である為この街は非常に広く、またゴーレムが主体だからか拡張スピードもとんでもない。
一週間も目を話せば建造物が二、三増えている位には。
だからここは、とても探索し甲斐がある街だった。
「それも楽しそうだ。せっかくだし夕飯までぶらぶら歩こうか。一緒に」
「はい! 歩きましょう。……一緒に」
そう言葉にし、エリーは翼を仕舞いクロスのすぐ横、肩が触れ合う距離に移動する。
前まではもう少し距離があった気がするが、今はこの位が一番落ち着く距離になった。
そこで、エリーはクロスの方を見上げる様に見つめた。
「それじゃ、どっち行きましょうか?」
クロスはきょろきょろと周囲を見て、そして左手側を指差す。
それに従い、二体はてくてくと楽しそうに足を動かしだした。
結局美容院は見つからず、翌日アウラに尋ねようと二体は決めた。
そして思ったよりも長く歩いていた為空腹を訴え、外で夕飯を済まし、帰ってテーブルに着く。
そこで、クロスはとんとテーブルの上に自分の相棒の短剣を置いた。
「今更だけどさ、俺良くわからんのだが。この短剣の名前って『アタラクシア・エリー』で良いの?」
エリーはクロスにお茶を出した後、隣の席に座って答えた。
「いえ、違いますよ。その名前も私が入っている時はそうですけど今入ってませんし」
「んじゃ『アタラクシア・ 』なるのか?」
「そうなるんですが……そもそもですけど、アタラクシアって名前でも何でもないですよ。強いて言えば種族名。私が精霊、クロスさんがネクロニアっていうのと同じです」
「それじゃ、この短剣の名前って何て言うんだ?」
エリーは首を傾げた。
「さあ?」
「……うーむむ……良くわからん」
少しは相棒の事を理解出来た様な気がしたが、さっぱり。
あの時強く感じた絆はエリーとの物であり、この短剣の物ではなかった。
だが、時折短剣との繋がりを感じる事もあるのだから、この剣にもきっと何か意思の様な物がある。
そう、クロスは思い込んでいた。
「まあ一つ分かる事は……その短剣に意思があれば、きっと女の子ちゃんですね」
「……まじで? どして?」
「なんとなくです」
きりっとした顔でそう答えるエリー。
ぬるい空気と言い適当さと言い、どこかクロスに似てきたエリーの言葉にクロスは納得したかのように頷いた。
「うむ……女の子だったのか。……まあだからと言ってどうこうする訳じゃないけどな。何時も通り大切に、相棒として頼りにするだけさ」
ほんの僅かなな下心込みのクロスの言葉を聞いてか、短剣の刃がきらりと光った様に見えた。
「……こっちの相棒も頼りにして下さいねー」
何時の間にやら今日買った兎のぬいぐるみのパペットを手にはめ、ぶんぶんと動かしながらエリーはそう言葉にする。
その顔は、どこか拗ねた様な顔だった。
「……ぷっ。くくっ……。何だそりゃ。当然だろ」
笑いを堪えながらのクロスの言葉にエリーはにこりと微笑んだ。
「そいや、兎って寂しいと死ぬらしいな。いや別に他意はないが」
そんなクロスの言葉にエリーは少し考え込み、そして首を横に振った。
「いえ。そんな事ないみたいですよ本当は。むしろ縄張り意識が強いので群れるとストレスで死ぬそうです」
「そうなのか」
「はい。でも、私は寂しいと死にますのでちゃんと定期的に構って下さいね」
兎のぬいぐるみをびしっとポーズを取りながらそう言葉にするエリー。
それにくすりと笑った後、クロスはエリーの頭を娘に構う父親の様優しく撫でた。
少しだけ、エリーはクロスに申し訳ないと思っている事がある。
それは――恋愛感情がない事。
これだけ楽し気に会話をしてるし、周りからみたらいちゃついている様に見えている事も自覚している。
だが、それでも、エリーの中にその感情はない。
クロスの事を愛していると自覚はある。
それが例え敬愛で友情だとしても、それはエリーの中で間違いなく愛である。
その気持ちを恥だと思った事はないが……やはり、胸に小さな棘が刺さった様な、そんな罪悪感を覚えずにはいられない。
もし恋愛感情があればクロスはもっと喜んでいただろう。
それも理解している。
だけど、ない物はないのだからしょうがない。
恋愛感情など入り込む事が出来ない程、感情全てを捧げてしまったのだから。
だからこそ、エリーは今を大切にしていた。
クロスと正しく恋や愛で結ばれた誰かが出来たら、きっと今の様にクロスに甘える事が出来なくなる。
その時もこの様な事をしていると、いつか自分の存在がその相手にとって嫉妬を覚える様な邪魔となり果ててしまう。
だからこそ、その特定の相手がいない今に、エリーはクロスに心の底から甘える事にしていた。
その終わりがそう遠くない日に来るだろうと思いながら、その日を心の底から祝える様にする為に。
ありがとうございました。
ここから二部的な感じになるのですがもう一つが忙しい事に加えて二部の骨組みを調整中ですので更新が滞る可能性が高いです。
申し訳ありませんが少々お待ち下さい。
それと、もし掘り進めが足りないキャラがいてその話が見たいという方がいましたら、ここでも別の場所でもどこでも良いので私に伝えて下されば、本編開始までの穴埋めとしてさせていただきますので是非連絡下さい。
ただしクロス含めた勇者組は諸事情で除きます。
……こう書いて一通も来なかった事何度もあるのにどうして私はこりないのだろうか(´・ω・`)




