トラブルと敵意の三日目
無理をしていたとは思っていない。
出来る事を出来るだけ積み上げていた。
だが……やはり無理があったのだろう。
歪みを見ないで過ごし、歪を誤魔化し、歪を無理やり修正し……そしてその結果が……。
タキナは心から後悔した。
例え魔王が怖くても、しっかりと無理だと言えば良かった。
こんな誰も得しない展開が起きる位なら……。
子供達の怯える目を、クロスを非難し恐怖する子供達の純粋かつ残酷な目を見ながらタキナは……確かに後悔していた。
理由なんて考えなくてもわかる。
クロスが元人間であると子供達が知った。
勇者の仲間だったと知った。
ただそれだけ。
事情をある程度知ったタキナですら最初は少し緊張したのだ。
何も知らず人間を悪と教わり育った子供にとってみればどれほど怖いかがわかる。
これでクロスが悪人であるなら、言われる様な悪人であればまだ良かった。
その場合ここに来られず、子供達とも会う事がなかっただろう。
だが、タキナは知ってしまった。
クロスも同じ魔物で、仲間で、そして善良な存在であると。
だからこそ、板挟みとなりどうしようもないこの状況に後悔していた。
教室の右側端にクロスは一人座っている。
それでも同じ教室にいる事すら怖いらしく子供達五人は左端に固まり座って怯える様な目をクロスに向けていた。
さて……どうしたものか……。
クロスは内心苦笑いを浮かべながらどうしようか考えていた。
子供達は悪くない。
それなのに怯えているしタキナも困り果てている。
クロスは自分の事を善良などと口が裂けても言えないし思ってすらいない。
勇者達四人と違い自分は地に足付いたただの人であり、欲深い凡人である。
潔癖という言葉など似合う訳がなく、他の誰でもなく自分があの中に居た事を奇跡だと理解している。
それでも、例え善良でない盆暗であっても、子供達を怯えさせ綺麗な女性を困らせる事に心を痛めない様な腐った性根は持ち合わせていない。
だからこそ……まず出来る事を考え、そして結論としてこの場を立ち去った。
少しでも子供達が落ち着ける様に。
「さて……どうしようかねぇ……」
木の上で寝そべりながらクロスはぽつりと呟く。
子供の頃親に叱られるのを避ける為に逃げて木の上に上った事があったが、まさか成人してどころか死んでからまたするとは思わなかった。
と言っても、あの頃と違い降りられなくて泣く様な事はないが。
正直に言えば、嫌われることは居ない者として扱われることの次に慣れている。
だから大して傷付かない。
むしろ子供達とタキナに申し訳ないと思う気持ちの方が強い位である。
ついでに言えば、この状況に対して全く何も出来ないという訳ではない。
絶対とは言えないが七割方の確率で何とか出来るだろう。
だが、逆に言えば三割も失敗するという事になる。
それならば、絶対何とか出来る他の人に対処を任せた方が良いはずだ。
それがわかっているからこそ、クロスはこうして木の上に避難していた。
そうなるとクロスに出来る事は子供達から離れておく事位しかないからだ。
だからこそ現状ではやる事がなく手持ち無沙汰となっている。
ぶっちゃけて言えば……暇だった。
こうして木の枝で寝ころび空を見る程度には。
「あー。あいつら元気にやってるかなぁ」
遠くの友人達の事を夢想し、クロスは微笑みそう呟いた。
きっと大丈夫だろう。
何故ならば、彼らは勇者だったから。
自分とは違い、本物の……。
「ここにいたんですね」
そう木の下から呟いたのはタキナだった。
「あれ。先生。どしたんです? まだお勉強の時間じゃないんですか?」
「ずる休みしている子を怒りに来ました」
そう言葉にするとクロスは首を傾げ、そしてそれが自分の事だと理解して小さく笑った。
「何て悪い子がいたもんでしょうかね」
「いえいえ。皆の為ですからきっと良い子なんですよ」
そう言葉にした後、タキナは表情を曇らせ、木の上にいるクロスに頭を下げた。
「ごめんなさい。私の所為で……」
「いやいや。ぶっちゃけ悪いの俺でしょうが。タキナさんは何も悪くはないですよ」
「いいえ。私が……ちゃんと断っていれば、クロスさんにもっと負担がかからずクロスさんの事をあまり知らない場所に行く様に言っていれば今頃は……」
そう呟くタキナが泣きそうになっている事に気づき、クロスは慌てて木から降りた。
「いやいや。俺がこんな場所に来たのが悪かったんだから。先生は良い先生だよ。そんな事俺でもわかる。だからあんまり自分を責めないでくれ」
「でも……でも……」
「ほら? そんな事よりもどうするか考えようぜ? な?」
「……一応。答えは考えています。例えばクロスさんにはここを辞めて頂き代わりにクロスさんの事を知らない幼稚園並びに児童養護施設に送るという形だったり……」
「ああ。それなら問題ないな」
「……クロスさんはそれで良いですか?」
「もちろん。子供達が苦しまないなら文句はないさ」
その言葉を聞き、ようやくタキナはほっと安堵の息を吐き、微笑んだ。
「良かったです。それでは後の事はお任せ下さい。……私の命を懸けてでも成し遂げますので」
そう言葉にして立ち去ろうとするタキナの肩をクロスは慌てて掴んだ。
「ウェイウェイウェイ。ちょっと待って。何か今ニュアンスが可笑しくなかったか?」
「はい? 何かおかしかったですか?」
「いや。命を懸けてってのはそういう気持ちで頑張るという意味だよな?」
その言葉に、タキナは優しく微笑んだ。
「魔王閣陛下の命を失敗し成し遂げられなかった事、それどころか逆らい新しい意見を提出意見する事、養護教諭としての義務を果たせなかった事、途中で生徒を放り出す事。どれを取っても重罪です。最低でも資格剥奪、場合によれば極刑も……」
「……何か重くないか? たかが先生だろ? そんな極刑って」
「先生だからですよ。人間の世界ではどうか知りませんが、我々魔物の世界で教師とは誰からも尊敬される職業であり、誇り高く、それこそ軍と同列に扱われる程の尊敬を受け同時に権力すら持っています。だからこそ代わりに罰則は非常に重く指定されています。当たり前ですね。他人の命を……いえ、宝物である子供を預かる仕事なんですから」
クロスは顔を顰め、情報を整理し始めた。
今回の騒動をタキナが何とかすれば、タキナに軽くない罪が、それこそ極刑すらあり得るほどの罪が下される。
アウラに相談すればきっと解決できるが、それでもタキナに迷惑が掛かる事は間違いないだろう。
結論で言えば、偉い人やタキナに頼むのはアウトという事である。
「タキナさん。聞きたいんだけどさ、それ、俺がこのクラスに馴染めば何も問題ないんだよな? タキナさんが処罰される事はないんだよな?」
「はい? ……まあそうですね。魔王様の命を受けたのにそれを失敗し意見する事、それと死んでもいないのに自分の預かった生徒を他者にゆだねる事。重罪となるのはそれらですから、それ以外は何とでもなります」
「……よーしわかった。ぶっちゃけ胃が痛いけど……俺が何とかする」
「――え?」
茫然とするタキナの目は『何言ってるんだこの人』という呆れ切った目となっている。
そりゃそうなるだろう。
それはわかっていても……クロスにはそうするしか選択肢はなかった。
「ぶっちゃけ自信ない。だからさ、手伝ってくれ」
「えっと……その……何か、するんです?」
「仲良くなるんだよ。あいつらともう一度」
「出来るんですか?」
「するしかないんだよ」
「……どうしてです?」
「はい?」
「いえ。たぶん、相当無茶をするんだと思います。何をするのか想像も付きませんが。だからこそ、どうしてです? クロスさんとしては別の場所に行った方が絶対楽ですよ? これからもこんな事あるかもしれませんし」
本気でそう言い放つタキナを見た後クロスはやるせない気持ちで空を見て……そしてゆっくり息を吸い……そしてもやもやした気持ちと同時に息をゆっくりと吐きだす。
そして、自分の本音を一切飾らず、自分らしく伝えた。
「美人で綺麗な子が犠牲になるとか胸糞悪いんだよ。そんなん見て見ぬふりしたら後悔するに決まってるわ。ついでにいや、俺としてもちょっとだけ良い事もあるし」
「……それは?」
「その美人で綺麗な子とこれからもお話出来るし生意気で良くわからん生態してるが可愛いガキ共とじゃれ合える。それだけ良い事がありゃ頑張ろうって気になるでしょ」
そう言って笑うクロスを見て、タキナは茫然とした。
「何と言うか……色々ありますけど……その……美人というのは私の事です……よね?」
「おう。他の目はどうか知らんが俺にはそう見えるぞ。ま、たぶん美人の基準は変わらんと思うがね」
「あ、その……ありがとう……ございます」
頬を赤らめそっぽを向き、タキナはそう言葉にする。
少しだけ、言ってしまった事を後悔した。
「ま、そう言う訳でやるだけやってみるからさ、ちょいと手伝ってくんね?」
「それは良いですけど……大分砕けましたねぇ。話し方」
「……あー。戻した方が良い?」
「いえ。どちらでもお好きな様に。それで、何をすれば良いです?」
くすくすと笑った後、真剣な表情に切り替えタキナはそう尋ねた。
「とりあえず……色々貸してくれ。昔取った杵柄、いや、付け焼刃だが……まあそれっぽくはなるだろうさ」
そう呟き、クロスは空を見た。
翌日、何時もの様に子供達は教室で待っていた。
いや、何時もと少々違う。
いつもなら全員揃ったらわいわいと騒ぎながら先生であるタキナを呼びに行く。
だが、今子供達はそちらに行く事が出来ない。
クロスがいるかもと思ったら、怖くて子供達は待つ事しか出来ていなかった。
人間達の最終兵器勇者。
その一人があのクロスだったと聞き、子供達は恐怖を覚えた。
とは言え、それは心からの恐怖とは言い難い。
確かにとても怖かったのは事実だが……わずかな間でも仲良く出来ていた。
その記憶がある為、子供達は困惑し悩んでいた。
そんな時、そっとタキナが教室に入って来る。
それを見て挨拶しようとし、子供達は息を止めた。
その後ろに、クロスがいたからだ。
タキナの隣、教室正面に陣取るクロス。
むしろ正規の先生でもあるタキナより真ん中に近く、まるで自分が先生であるかの様な態度。
それを見て、子供達は一斉に教室の後ろに逃げた。
動きの遅いマモルを竜人であるイナが背負い、後ろで威嚇するようにクロスを睨む。
この中では一番強いという自覚があるからこそ、イナは敵意をクロスに向けた。
そんな子供達をクロスは気にもせず、淡々と高めのテーブルを組み立てる。
そしてそのテーブルの後ろに立ち、クロスは紙を持ちながら高らかに宣言した。
「はーい。勇者の仲間、虹の賢者による紙芝居、はーじまーるよー」
そう言葉にすると、タキナがわーわーとカスタネットを鳴らしながら拍手をする。
「それでクロス君。今日はどんな話をしてくれるのかなー?」
「今日はねー、皆の知らない勇者とその仲間の話をしたいと思いまーす」
「わーわー。それじゃあ皆、静かにして見ていようねー」
タキナはそう言った後、ぱーっと紙吹雪を投げて鈴を鳴らし、紙芝居始まりの合図を出した。
クロスは子供達に見やすい様手書きの絵を見せる。
その絵には、五人の人間が描かれていた。
「まずは自己紹介。真ん中の金髪でカッコいいのが勇者クロード。魔物の天敵、そして、今は人間の王様です」
そうクロスが言った後、タキナがカンペを取り横で補足を始めた。
「ちなみに、人間の王様は魔王陛下と違いあんまり戦わないので、人間を攻撃しない限り勇者が出て来る事はないから安全ですね」
「そうだね。そして二人目は神聖魔法の使い手ソフィア。お淑やかな外見でどこに行っても人気者だったなー」
「ちなみに魔物に対しても積極的に攻めてこないので今代魔王閣下の方針と噛み合ってますねー。だから安全ですねー」
「そして三人目、魔女メディール。正直良くわからないけど……」
「実は半分魔物ですので半分は私達の仲間です。だから怖い人間じゃないですよー」
「え、待ってそれ初耳なんだけど」
クロスはくるっと振り向きタキナの方を見つめた。
「あ、そうなんです? まあ詳しくは後で説明しますがそういう感じです」
「え……えぇ……」
クロスはそう呟くことしか出来なかった。
ちなみにこれは子供達に安全と言う為であり大分話を盛っている。
実際には一族の繁栄なんて下らない理由で両親に生贄にされ、呪いを体に宿し人を半ば止めたというのがメディールの事情である。
「せんせー。クロスくーん。続きはー」
ぽやーんとした様子でスライムのマモルはイナの上でぷるぷるしながらそう呟いた。
他の子供達も敵意こそあるものの、それでも全員紙芝居の方に目を向けていた。
「ああ。ごめんね。それじゃあ四人目。盗賊メリー。宝箱を開けたり罠を仕掛けたり、そういうのが得意な人だった」
「ちなみに盗賊ギルドは魔物側のスパイ拠点でもありますので実質仲間ですねー」
「え。待ってそれも聞いてない」
タキナはにっこりと微笑みだけをクロスに向けた。
「……えーこほん。そして最後、五人目の仲間、クロス。彼は……ぶっちゃけ微妙でした」
そうクロスは自分の事ながら言葉にする。
実際四人に関してはそこそこかっこよく描かれているのだがクロスだけは頭身も低く雑に、そして泣き顔になっていた。
クロスは紙をめくり、二枚目の紙を子供達に見せる。
その紙には落とし穴や魔物に良い様にされ傷だらけで顔がバッテンマークになっているクロスが描かれていた。
「四人はとっても強いのにークロスはとっても弱かったー。落とし穴があればすぽっとハマり、魔物がいたら負けてすたこらいつもトンズラ。そしてこけて泣く。そんなどんくさい男でした」
それを見て、子供達はワハハと楽しそうに笑った。
内容にではなく、こけたり負けたりするクロスの絵を見て笑っていた。
「でも、そんなクロスにも一応役に立つ事はありました……それは……」
クロスは次のページをめくり、それを示す。
そこには鍋の絵が描かれていた。
「クロスは料理が出来ました。と言っても別に美味しい訳ではありません。そこそこです。それでも、忙しい勇者達にとってそれは助かる事に間違いはありません。そう。勇者の仲間クロスは雑用係、お手伝いさんだったのです」
その言葉をクロスが言った瞬間にタキナがずっこける演技をする。
それを見て、子供達は楽し気に笑った。
気づけば、子供達は教室の後ろではなく紙芝居のすぐ傍まで来ていた。
「そして……そんな勇者パーティーに大変な事件が起きるのです。それは……」
そう言いながら、クロスは次のページをめくる。
子供達も楽しそうに、その続きを期待しワクワクした表情でクロスの方を見つめていた。
その紙には……続くとだけ書かれていた。
「はい。続きはまた今度。見てくれてありがとねー」
そうクロスが言葉にし、タキナが拍手をする。
それを聞いて子供達はえー、と激しいブーイングをしてみせた。
「続きはー。ねえ続きはないのー?」
エンフの言葉にクロスは申し訳なさそうに首を横に振った。
「ごめんねー。まだ出来てないんだよー。でも、ある事を約束してくれたら明日続き作ってくるよ?」
「何?」
「この教室で一緒にお勉強させて欲しいな。そしたら明日も紙芝居の時間を先生が作ってくれるよ。ね? タキナ先生」
タキナは微笑み頷いた。
「そうね。クロス君もお勉強しないといけないからねー」
子供達はえー、と再度ブーイングをしてみせる。
「じゃ、こうしよう! 一緒にお勉強してくれたらお昼寝の前に先生とクロス君で新しい紙芝居を作って披露するから。それなら良いかな?」
「はーい!」
子供達は元気良く、そう返事をした。
タキナは安堵の息をこっそりと吐き、クロスは予想以上に上手く行きにっこりと微笑んだ。
ありがとうございました。




