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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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奇跡なんて言葉では言い表せない程の特別な子(前編)


 この日、アマリリスをどうするかについては後日決定するという理由で、クロスとエリーはパルスピカの集落に泊まる事になった。

 と言っても、それはただの建前に過ぎない。


 実際はタイガー達がクロスをダシに騒ぎたいというとても下らない理由からである。


 アマリリスはあまり外に出たがらない。

 出不精とかそういう次元の話ではなく、ほとんど拒絶に近い。

 それには三つの理由がある。

 一つは、国家反逆者である自分に周りの者を巻き込まない為。

 一つは、長年人間と魔物両方に追われ続けた故、肉体がボロボロとなっている事。

 そして最後のもう一つ、パルスピカにすら告げていないその理由――それは……アマリリスは心が疲れ切っていた。

 長い逃亡生活の所為だろう。

 パルスピカ等極一部の例外を除き、誰かと接するという事自体が、誰かと一緒にいるという事が、アマリリスには苦痛となっていた。

 長い時間人からも魔物からも襲われ続けたからか、他者の醜い部分を見続けたからか、それとも自分を醜いと思っているからか……。

 その理由は誰にもわからないが、アマリリスは他者と接する事に対し常に苦痛を感じていた。


 何故かそこまでアマリリスに教えてもらったクロスは少し考え、そしてアマリリスに与える刑罰は『極力この家から出る事を禁じる。もし生きるのに必要な物があるのなら、すぐ近くの集落にて入手する事』にしようと考えた。

 外に出たくないなら、外に出られない事が辛いと感じないだろう。

 そう考えたからだ。


 同時に、アマリリスが外に出られないとなるとアマリリスが苦痛に感じない唯一の例外であるパルスピカは当然、それ以外の集落の皆や周囲の集落の恩義を感じる者達が勝手に世話を焼くだろう。

 アマリリスは困惑するだろうが、他者とのほんの僅かな触れ合いはきっと無いより良いはず。

 そう、クロスは考えた。


 そして夜――祭りが始まった。

 アマリリスが死なずに済んだ事、そして外からお偉いさんが来た事。

 そんな建前での飲んで食っての大宴。

 この集落だけでなく周囲の集落からも食べ物と酒の匂いに釣られて獣人達がやってきて、わいやわいやと賑やかな事この上なかった。


 獣人達の最初の村でクロスは相当以上に激しく接待を受け、飲んで食っての大騒ぎをした。

 あれはパルスピカの足止めの策略によるものであるのは間違いないが、余所者が来たらもてなして騒ぐというのは元からの風習だった。




 どこか遠くの方で、大きな声で言い争いや物が壊れる音が聞こえる。

 それを静かな場所で聞くパルスピカだが、特に慌ててはいない。

 この辺りにいる獣人は酒が入るといつもこうだからだ。

 誰が強いとか、誰が偉いとか、そんな理由で喧嘩して……。

 心配するのはいつも自分だけ。

 殴り合っている奴は知らんぷりで、それどころか気づけば殴り合っていた同士が肩を組んで再度酒を飲み始める。


 いつもそうだから心配するだけ損である。

 それがわかるパルスピカは巻き込まれない様遠くで独り、ゆっくりと空を見ていた。


 母親が救われた事に安堵しているのも事実だが、旅が終わってしまった事を寂しいと感じるのもまたパルスピカの中にある明確な事実だった。


「隣、良いかな?」

 そんな声を聞き、パルスピカは上に向けた視界を正面に戻す。

 そこにいたのはクロスの従者、騎士エリーだった。

「エリーさん。どうかしましたか? 何かもめごとです? ナンパされたら殴ってでも止めて良いですよ」

「いえいえ。そうじゃなくってパル君と話したいなと思いまして。……あっちに馴染めそうにないですし」

 その言葉にパルスピカは苦笑いを浮かべた。

「わかります。困ったら喧嘩して笑って騒いで唄って、そして気づけばまた喧嘩して……。意味がわかりません」

「男ってああいう物ですよ」

「僕も男ですよ? まだ子供ですけど」

「パル君はパル君ですから」

「どういう意味ですかそれ」

 そう言ってパルスピカは小さく微笑んだ。

 こんな軽口での会話も、今日で最後だと思うと少しだけ寂しかった。


「パル君。少し訊いて良いです?」

「あ、はい。何です?」

「パル君って、お父さんの事どう思ってます?」

「えーっと……どう……と言われましても……見た事もないですし聞いた事もないので何も思わないというのが現状です」

「知りたいと思います?」

「まあそりゃあ……。ですが……僕の予想が正しかったら知らない方が良い様な気もするので……」

「と、言いますと?」

 パルスピカは銀色の髪を触り、狐の様な耳をピコピコ動かした。

「……これ、モーゼ様によく似てません?」

 クルスト元老機関の議員、モーゼ。

 今回の騒動の首謀者。


 髪の色や耳だけでなく、その容姿そのものが、パルスピカはモーゼによく似ていた。


「お母さんは裏切るまで魔王直属の軍、しかも諜報とかそういうので働いていたって聞いてます。モーゼ様が父親と仮定するなら……あまり望ましくない事があったのでしょう。それが何なのかはわかりませんが……」

 思いつく内容自体本当に幅広い。

 モーゼとアマリリスの禁忌の恋。

 または母が諜報工作の一環でモーゼに近づいた。

 他にも、無理やり手籠めにされたとか、誰かの命令だったとか。

 ただ、母の後の扱いからどうあっても決して愉快ではない終わりをした事が分かっている為、パルスピカはそれ以上追及しない事にしていた。


「まあ、誰が父親でも僕はお母さんの子供ですから。それに、母の言う通り本当にいきずりの相手と燃え上がっただけかもしれませんし」

 そう言って、パルスピカは微笑んだ。

 父親の事なんて、パルスピカにはどうでも良かった。


「……最初はですね、気づかなかったんですよ。あまりにも違い過ぎてましたから。ただ……当たり前なんですよ。違うんですから」

「……エリーさん。どうかしましたか?」

「でもですね。魂が似ていたんです。……でも、それはあり得ない。あり得る訳がないんです。今でも、九割位は非常識過ぎてそんな訳ないと思ってますから。でも……一割位、もしかしたらとも……。それなら、パル君のお母さんの行動にも……」

「エリーさん。何かわかったんですか?」

 エリーは困った顔で、首を横に振った。

「ううん。正直あんまり。ただ……そろそろ、お母さんに聞いても良いと思うよ。特に……君も大きくなったんだから……」

 エリーが何を言っているのか、パルスピカには全くわからなかった。

 ただ、いくら父親がどうでも良いとはいえ気にならない訳ではない為、パルスピカは酒と喧嘩しかないつまんない祭りを早々に切り上げ母親の元に向かって行った。




「え? お父さんの事が気になる? 珍しいわね、何年ぶりかしらそう言いだしたのは?」

 アマリリスはパルスピカの頭を撫でながらそう嬉しそうに呟いた。

「別にお父さんがいない事を気にした事はないしお母さんを大切にしない辺りで好きにはなれないよ。だけどまあ……気にならないという訳じゃあないから」

「そりゃそうよね。……うん。貴方も大分大きくなったし……少しだけ、お話してあげる。今まで話せなかった……話すべきでない事を……」

 そう言われ、パルスピカは驚きとショックの様な物を同時に覚える。


 確かに何かあるなとは思っていたが、実際にそうだと聞いたらやはり何か感情が揺さぶられるものがあった。


「……貴方の友達にネラって子いたよね? 覚えてる?」

 少し予想外の切り出しにパルスピカは面食らった。

「え、あ、はい。いましたね。遠くに行ってしまいましたけど……」

 そう呟き、パルスピカは何とも言えない悲しい気持ちで遠くを見つめた。


 ネラという少年はパルスピカと同じで成熟期がまだ来ていない少年の獣人である。

 そのネラというのはこの集落につい最近までいて、パルスピカと非常に仲が良かった。

 だけど……ある悲劇が……いや、悲劇とすら言うのも正しくないだろう。

 ある自業自得の所業が発覚し少年ネラはこの集落からいなくなってしまった。


 結論だけ言うと、ネラは獣人二体を同時に孕ませたのだ。

 それも、二股かけていると黙ったまま。

 ハーレムという訳ではなく、一対一で付き合っていると、ネラは双方に言っていた。


 パルスピカと友達ではあったネラだが、パルスピカと違いこの集落らしい特徴を強く引いており……つまり、ネラは頭と下半身が非常にゆるかった。

 適当に付き合っておけば大丈夫だろうという甘い考えからの同時妊娠。

 本来なら血を見る様な所業なのだが……思っていた以上に、相手の女性が強く、したたかで、そして愛が深かった。


 そのネラに孕まされた二体の獣人は同じ男を好んだという理由で喧嘩どころか何故か意気投合し、親友となりついでとばかりに二体でネラを管理しようと考えた。

『君は私達を騙していた罪を償う必要があるよ。それと、これ以上誰も見ない様にする為に調教をする必要もね』

 という事で……現在ネラはどこにいるのかわからないが地獄の様な経験をしながら二体の母と生まれる子供の為の金銭を稼いでいる……はずである。


「それで、そのネラがどうかしました?」

 下半身のゆるい友が自業自得な目にあったというだけで、特に話に関係性が見いだせないパルスピカはそう尋ねた。

「別に直接関係がある訳じゃないのよ。ただ……友達がそういう事になる位だからそろそろちょいとシモの話をしても良いかなと思ってね」

「……はい? どういう事です?」

 アマリリスはパルスピカの肩をぽんと叩いた。

「お父さんを恨まないであげて。貴方のお父さんは、貴方が生まれた事すら知らないのだから」

「まあ、いきずりの相手ですからそうかもしれませんね」

「ううん。そうじゃないの。そうじゃないのよ……」

「……?」

 パルスピカは首を傾げた。


「いやね、貴方のお父さん、その日お酒をたっぷり飲んでベッドでぐっすり寝ていてね……。それでちょいとそのシンボルがそそり立っていたから……ちょっと眠りが深くなるお香を焚いて……」

 何を言っているのか、パルスピカは最初理解出来なかった。


 そしてその発言の意味、自分が生まれた理由、母親が何をしでかしたか。

 それを理解した時、パルスピカは心の底から後悔した。

「そういうことを……聞きたかったんじゃないんですお母さん……」

「ふふ。また一つ賢くなったわね。私のパルスピカ……」

「良い話にして良い感じな雰囲気作って終わらせようとしないで下さい。要するにお母さん性的犯罪者でもあるって事じゃないですか」

「法律でもセーフの相手だから大丈夫。ついでに言えば相手もばれてないから尚セーフ。だからお父さんパルが生まれた事知らないのよ」

「何がセーフですか、どうであれ道徳的にアウトですよ……緊張して話を聞いた僕が馬鹿でした」

 そう呟き、パルスピカは盛大に溜息を吐いた。





 その後、パルスピカは父親の人柄について本当に触りだけだが教えてもらった。

 凄く真面目な人で、優しくて子供と動物が好きで……。

 それが惚気だなと思いながらも、優しい母親の声は心地よく、パルスピカはベッドの中で寝息を立てだした。


「それでね、妙に暖かいんだけど同時に決断出来てね……ってあら。寝ちゃったか」

 アマリリスはにっこりと微笑み、パルスピカの頭を撫でた。

「……貴方は本当に……奇跡なんて言葉では表せない位特別な子よ。……本当に……」

 そう呟き、アマリリスは再度パルスピカの頭を撫でる。


 最初は、死ぬつもりだった。

 生きているつもりはなかった。

 人と魔物両方を敵に回したアマリリスは先代魔王が殺された時点で死のうと思っていた。

 贖罪の様な感情しか残っていなかったからだ。


 そんな時に、パルスピカが生まれた。

 想定していなかった事だった。

 だけど心から愛しいと思える奇跡そのものだった。

 だから……頑張って生きようと思った。

 この子が誰かに託せる歳になるまで。

 物心つくまで、自分で自立して生活できる様になるまで。


 そう思いながら育て……自分が死ぬのを後回しにし続け……気づけばこの子の未来を見たいから死にたくないとまで思う様になってしまった。

 だからこそ、この子は他の何よりも、特別だった。


「……お父さんは、貴方の事を知ったら何て……いえ、可愛がるに決まってるわね。そんな事、考えなくてもわかる事だったわ」

 そう呟き、アマリリスはその父親の事を思い出す。


 それは、まだアマリリスが軍にいて熱心に仕事をしていた時の事――。



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