プロローグ:エピローグから始まる二度目の人生(前編)
はじめましての方は初めまして。
そうでない方はまたのお越しありがとうございます。
あらまきです。
新作の構想が思ったよりも難しくてちょいと箸休めがてらに違う構想練っていたのですが気づけばそれをそのまま新作として挙げていました。
一応中、短編ぐらいで考えていますが人気次第ではそのまま長編に変えていこうなんて考える位書き手に都合の良いお話ですがどうかお付き合い下さい。
自分の役割が何なのか。
男はずっと考え続けていた。
そして今――男はその答えをついに見つける事が出来た。
旅の終点、魔王城の中、その魔王が息絶えるその瞬間に――。
男の名前はクロス。
クロス・ヴィッシュ。
小さな村のごく一般的な青年である。
そんな彼が自分の運命を変える者達と出会ったのは二十台後半の時である。
クロスは剣の腕に自信があった。
十歳になる時には大人達にもまれ続け、十五歳で村でクロスに勝てる人はいなくなっていた。
井の中の蛙である事は違いない。
それでも、そこそこの才能はあるだろう。
クロスは決して慢心せず、同時に己の才能を自負し伸ばし続けた。
いつの日か、国直属の兵士となって成り上がり、父と母を王都に連れて行き幸せにするんだ。
そんな大きな望みを持っていた。
そんなある日……クロスの住む村に四人の若者が現れた。
金髪美形の男と三人それぞれ異なる美女。
一人はプリーストらしい恰好をした美しい金髪の女性。
一人は魔女らしい恰好をした赤い髪の女性。
そして一人は非常に愛くるしい以外は普通に見える少女。
美形揃いの彼らはこの小さな村では露骨なほどに目立っていた。
きっとさぞ名のある冒険者なのだろう。
そう思い、彼らは村に好意的に受け入れられていた。
彼らは酒場に行き、愛想の良い笑みを浮かべながら店主にこう声を掛けた。
『腕の立つ道案内を探しています。どなたか雇えないでしょうか』
そう声をかけると店主は困った顔をして酒場の外を見つめた。
理由は単純でこんな小さな村に凄腕冒険者が来るなんて事は今までなく、好奇心から村人のほとんどが酒場の外に群がっていたからだ。
酒場の外では皆が騒めきだした。
『お前が行けよ』
『いやお前だろ』
『道案内ならお前だろう』
そんな押し付け合いの声。
やりたくないわけではない。
彼らが明らかに格上である為に誰もが自信を持てなかったからだ。
そしてそうなると必然的に村一番の剣の腕を持つクロスに視線が集中した。
クロスは天狗になっているつもりはなかった。
だが、五か十かわからないがそれ位下の年齢の彼らになら自分の腕では負けはしないなんて高をくくっていた。
そしてクロスは……勇気を出して四人の冒険者に声を掛けた。
『一応……俺が村一番の剣の担い手だ。幾らで雇う?』
クロスは四人にそう声をかけた。
これが……長い付き合いとなる彼らの最初の出会いだった。
金髪の若者はクロスの方を見て、優雅に微笑んだ。
「幾らでも」
それは自分の腕を価値にしろという挑戦だとクロスは受け取った。
クロスは考えた。
道案内に加えて戦力に自信がある者が欲しいと言った。
つまり村はずれにある森の奥に行くという事なのだろう。
多くの魔物が出て危険ではあるが、逆に言えばそこ位しか冒険者が来そうな場所はなかった。
その場合の相場に自分の腕を加算し……男は銀貨一枚という価値が適切だと考えた。
だがしかし……男はここで大きなポカをしてしまった。
『金貨一枚だな』
別に欲張った訳ではない。
ただ緊張して言い間違えただけである。
金貨なんてお目にかかった事もない村育ちのクロスの言葉に、村人達は皆恐れ戦きざわついた。
「なるほど……。ではそれで」
そう言葉にして金髪の男はお酒の注がれたグラスを持ち、その中に金貨を落としてクロスに手渡した。
クロスは半泣きになりながら酒を飲み、その金貨を受け取った。
「こ、これで依頼成立だな……」
今更否定出来ない。
金貨分の働きをしなければならない。
それはプレッシャーという次元を遥かに超えた負荷をクロスに与え続けた。
明日朝出発と聞き、クロスは出来る事を全部、本気で行った。
受け取った金貨を崩し、少しでも高価な保存食と罠、簡易宿泊道具を買いそろえた。
とは言え小さな村である。
金貨の十分の一も使う事が出来なかった。
つまり……クロスは今日山ほど買った資材の十倍もの働きを返さなければならないという事である。
クロスの胃は常に悲鳴を上げていた。
そして五人の冒険が始まった。
始まった瞬間にクロスの胃痛は更に加速した。
確かにクロスは村一番の剣の腕である。
だが四人の技量はクロスの想像より遥か高みにあった。
金髪の男の剣は鋭く、あらゆる魔物を一刀両断した。
その上で剣が血で一つも汚れていなかった。
プリーストの彼女は十字架のついた杖を持っている。
その杖を振るう度に魔物は浄化され、塵一つ残らない。
魔女はそのままありとあらゆる魔法を、欠伸をしながら使っていく。
クロスがあっさり魔物を倒せているのも魔女の拘束妨害魔法による部分が大きい。
残った一人の少女はただの美少女かと思えばそんな事はなく、魔物の気配を誰よりも早く気づき、そして音もなく歩き魔物を殺していく。
パーティーメンバーであるクロスですら彼女の気配はいつもつかめずにいた。
四人で完璧に完結しており、クロスが入り込む余地はなかった。
クロスは彼らに勝とうなんていう甘い希望は早々に捨て去った。
しかし、それでもクロスは何もしない訳にはいかなかった。
金貨を受け取った以上仕事をしなければいけなかった。
今まで行った事もない森の奥で、近寄るなと言われた危険な場所で、クロスは必死に、死に物狂いで戦った。
それでもクロスは、四人の十分の一程度しか仕事をする事が出来ていなかった。
その日の夜、男は買った物をふんだんに使い料理を振舞った。
せめてこういった裏方で役に立とう。
そうクロスは思った。
……誰一人その食事に手を付けなかった。
クロスは泣きながら五人分の食事を独りで食べた。
次の日、クロスは違和感を覚えた。
四人は善良であり、役立たずの自分をないがしろにはしていなかった。
ただ、今日はやけに四人が自分に愛想が良い。
そしてその日の夜、金髪の男はクロスに声をかけた。
『すまない。前日断っておいてムシの良い話だが、私達に昨日の料理を用意してくれないか?』
クロスはようやく自分が役に立てると思い、四人に食事を出した。
今度は四人共、食事を食べてくれた。
美味しいと言ってくれた。
クロスは泣いた。
今度は嬉しくて。
『クロス。君の人となりは理解した。君を雇えた事は俺達の最大の幸運だ』
そこまで言って貰えた。
男は金貨分の仕事が出来そうな事を、依頼人に満足してもらえそうな事を、心から喜んだ。
そしてクロスは道案内兼僅かな戦力として、彼ら四人に手を貸した。
精一杯、彼らには劣っているが、それでも彼らの邪魔をしない様に、彼らが楽できる様に。
クロスは精一杯の気持ちを込めて四人に付いて行った。
森の奥の洋館。
そこにいたのは吸血鬼。
魔物の中でも遥かに高位な存在で、クロスの住む村なら一晩で全滅するだろう。
予想外の繰り返しで驚きすら麻痺する。
だが、クロスは怖くなかった。
吸血鬼よりも、この四人の方が強いと信じていたからだ。
そしてその通り、四人は酷くあっさりと吸血鬼を倒した。
本当にあっさり過ぎて、偽者だったのではないかと疑う位。
それ位四人の腕は常軌を逸していた。
そして……吸血鬼は最後にこう呟いた。
『どうして……こんな場所に勇者が……』
消えゆく吸血鬼の声で、クロスはようやく彼らの正体を理解した。
彼らが任命されし世界を変える者達。
他者の為に立つ世界の救世主。
彼らこそが、この世界最後の希望、勇者だった。
クロスは即座に跪いた。
比べるなんて烏滸がましかった。
共に戦うなんて無礼だった。
彼らは神と同等、一村人である自分など横に立つ事すら許される事ではなかった。
そんなクロスに金髪の青年、勇者クロードは手を差し伸べた。
子供の様な笑みで、本当に嬉しそうに――。
『クロス。俺のパーティーに入ってくれ。君の力が必要だ』
その言葉はどんな酒よりも魅力的で、どんな女よりも魅惑的で、クロスに断るなんて選択肢が出てくるわけがなかった。
並び立てないとわかっていても……それでも、断るなんて事が出来るほど、クロスは強くなかった。
その日から、クロスは勇者パーティーの本当の仲間となった。
彼らは本当の意味で、仲間だった。
少なくとも、五人はそう思い合っていた。
だが、世間がそれを認める事はなかった。
クロスの実力は平々凡々。
自分で言う通り王国兵士になるのが精々程度の腕である。
確かにそれは国民全体で見たら一握りではあるのだが、国の宝でもある勇者達とは比べる事すら出来ないほどに酷く劣る。
故にクロスは勇者の取り巻き、追っかけ、世話役等、要するに奴隷のポジションであると思われ続けた。
ある時、勇者達が貴族のパーティーに招待された。
その貴族はクロスを下男扱いし、床に皿を置いた。
『下男ならそこで十分であろうぞ。さあ勇者様、こんな奴は放っておいて我らとこの貴族だけのテーブルで楽しみましょう』
そう貴族は言った。
クロスはそれを否定せず、独りで床の上の食事に手を付けた。
周囲の笑い声が響いても、クロスは気にもしなかった。
だが、彼ら四人は間違いなく、クロスを仲間だと思っていた。
何を考えているのか、どうして自分なんかを仲間にしたのかわからない。
だが、間違いなく仲間だと思ってくれていた。
貴族の集まるパーティーで勇者達四人全員は、同時にテーブルから床に皿を移しクロスと共に食事を取った。
それが当たり前であると思う位は、五人の絆は強かった。
旅先で何度も言われた。
『お前なんて足手まといを入れた勇者様が可哀想だ』
『一体どうやって取り入ったのか知らないが役に立たないんだから消え失せろ』
『貴方がいると邪魔なのよ。勇者様の目に入る事すら罪な分際で』
その様な事を言われた回数は数えきれず、またクロスもそれと同じ様な事を常日頃から思っていた。
何度もパーティーから抜けようと考えた。
だが、その度に皆に止められた。
仲間だと言い続けてくれた。
あまりに気になって一度尋ねてみた。
『どうして俺なんだ? 力もない、魔法も使えない。家柄もただの村人。俺はただの凡人だ。なのにどうして俺をこの一員にしてくれたんだ?』
その時、皆は困った顔をし、四人でクロスに謝罪した。
『すまない。俺達の所為でクロスを悲しませ苦しめてしまっている。だが……本当に俺達には君が必要なんだ。君がいないと俺達は何も出来ない』
『それはどうしてだ? 俺は役に立てている自覚がない』
その言葉に、クロードは首を横に振った。
『いいや。君はいるだけで俺達の希望となっている。俺達は君以上に信頼出来る人を知らないんだ』
その言葉が嘘には聞こえず、クロスはその言葉を信じた。
それでも、クロスは常に疑問に思っていた。
『俺は一体何の役に立てるのだろうか』
その答えはずっとずっと見つからなかった。
だが……ついに見つける事ができた。
冒険の最後の最後、このパーティー最後で最大の仕事。
そこで自分の生きる意義を、パーティーとして自分の出来る事を理解出来た。
魔王城にて皆が死力を振り絞り……いや、何も出来ないクロス以外の全員が死力を振り絞り、魔王を討伐した。
全員ギリギリを通り越し、文字通り後ろで立っていただけのクロスは自分を心から恥じ続けていた。
だが、そんなクロスに四人は微笑みかける。
共に仲間だとその目は疑っていなかった。
そんな時、クロスは見た。
倒れ込み、血を流し、既に死に体となっている魔王が手の平だけを勇者クロードに向けているのを――。
誰もそれを見ていない。
限界まで力を使ったが故にそこまで気にする余力がなくなっているのだ。
何もしていない、何も出来ていないクロスだからこそ、それに気づいた。
そしてクロスは、それこそが己が運命なのだと理解した。
自分は勇者の身代わりとなる為に、このパーティーの一員であったと。
己の使命に、唯一見つけた出来る事に一切の不満などあるわけがなかった。
力なく微笑みクロスに抱き着こうとするクロードをクロスは跳ねのけ……魔王の呪いを己が一身に受け入れた。
ありがとうございました。