断罪の幕開け
翌日。今日も包帯とベールで顔を隠した私は早朝から王宮に来ている。その理由はレイナード殿下と国王陛下の謁見を見届けるため。見届けると言っても、謁見の間の隣にある小部屋で様子を伺いながら待機するだけなのだが。卒業パーティーの様子は私の魔法で陛下に全てお伝えしてある。昨日使った魔法は私独自の連絡魔法。私が見るもの聞くもの全てが、陛下の持つ魔道具とリンクして相手にそのまま伝えることが出来るという便利なものだ。ただし魔道具自体が壊れやすく、回数制限があるので乱用は出来ない。貴重な魔法を使ったお陰で、陛下は状況を全て把握している。なので今日の謁見内容は、やらかしてしまった殿下へ処罰を下すだけだろう。無事に終わることを願いながら、私は小部屋に入る。
「おはよう、オリヴィエ。」
小部屋に入ると一人の女性が椅子に腰掛けていた。
「おはよう、アステラ。」
健康的な小麦色の肌に、赤紫色の波打つ豊かな長い髪。紅色の勝気な瞳。派手なドレスを着こなすこの美しい女性の名はアステラ・アリエス。私と同じ魔法公爵で火属性の魔法を得意とする者だ。今代は六人の魔公がおり、その中で女性は私とアステラだけ。聞いたところによると年齢は四十代らしい。だが、外見はどう見ても二十代後半にしか見えない。
「昨日は大変だったみたいだね。お疲れ様。」
よしよしと、アステラが私の頭を撫でてくる。そう言ってくれる人がいるだけで少しホッとしてしまう。正直、昨日は疲れた。ルリアーナ様の付き添い、卒業パーティーの馬鹿げた断罪劇。会場を出てからは王宮に転移して国王夫妻の元にルリアーナ様をお連れしたり、謁見が終わってから彼女を公爵家にお送りしたり、個人的な野暮用を済ませたり。やっと終わったと思ったら早朝から王宮で待機とはね。
「そんな風に言ってくれるのはアステラだけよ。…あなたもここに来るのは嫌だったでしょう?」
「まぁねぇ。でも陛下に頼まれたらねぇ。」
彼女は平民出身の魔公。貴族社会の独特な付き合い、特にあの遠回しの言葉のやり取りに対する苦手意識が強い。そのせいか普段から極力貴族関連の仕事を引き受けないようにしている。
「アタシも昨日のパーティーの様子をフォエニクス爺さんに聞いたけど、あれはビックリしたわ。話がおかし過ぎて精神支配でもされてるんじゃないのかって思ったぐらい。」
「それは無いと思うわ。殿下の姿を直接見たけど、そんな魔法の痕跡は全く視えなかったもの。」
「そっか。噂の令嬢は相当魅力的な子だったんだねぇ。少なくともレイナード殿下にとっては。」
「……そうね。確かに可愛らしい子だったわ。でも、もう少し自分の立場を考えて動いて欲しかった。」
「そんなことが出来たら、こんなことにはなってないさ。まっ、殿下もまだまだ子どもだしね。若気の至りってやつかな。」
「若いって怖いわ。」
そんなことを呟いたら『アンタもまだまだ若いでしょ』と、アステラに言われてしまった。確かに殿下とは二歳しか違わないけれど。もし同じ立場になったとしても、私はあんな風に動くことは出来ないと思う。婚約者を犯罪者に仕立て上げてまで成就させないといけない恋なんてしたくない。そんな風に考えていたら謁見の間から声が聞こえてきた。
「陛下と宰相様が来たみたいだね。そろそろ始まるかな。」
「あら?老師様も謁見に同席しているの?」
小部屋から見える謁見の間。玉座に座るのは殿下と同じ金髪碧眼を持つヴェルツェルト国王陛下。その背後に国王陛下直属の近衛騎士数名と宰相様と老師様が並ぶ。私が老師と呼ぶのはイストワール・フォエニクス。先程、アステラが爺さん呼ばわりした人物のことだ。彼も魔法公爵の一人で、魔公を束ねる長だ。長い髪に長い顎髭はどちらも白く、まるで絵本に出てくる賢者のような見た目の老爺だ。
「ああ。念の為さ。」
なるほどね。この場には宮廷魔術師が誰もいない。宮廷魔術師団長の息子がやらかしてしまったので、あちらも対処に追われているのだろう。それに魔術師団長が今回の件に関わっている可能性もある。その場合、他の宮廷魔術師では何か起きても防ぎきれないかもしれない。だからこそ魔法公爵の長を同席させているのだろう。何があっても対処出来るように。
しばらくして謁見の間の大扉が開く。レイナード殿下が入場され陛下の前で跪いた。その姿の美しいこと。昨日のように暴走したらどうしようかと心配だったけれど、一晩経って少しは落ち着いたようだ。
「レイナードよ。余に何か言うことがあるであろう?」
「はっ!父上にお聞きしたいことがあります。マリアを一体どこへ連れて行ったのですか?」
開口一番とんでもないことを言い放った。皆同じことを思っただろう。『こいつ何言ってるんだ⁉︎』と。隣にいるアステラを見れば、ぽかんとして開いた口が塞がらないようだ。謁見の間にいる者達もその表情を崩さないようにきっと必死でしょうね。
「昨日の一件を詫びるでも説明するでもなく、男爵令嬢の所在を優先するとはな。お前が連れて来た令嬢なら昨夜から別室に待機させておる。………こんな話から始めねばならないとは嘆かわしい。レイナードよ、お前は自分の立場がまだ分かっていないようだな。」
呆れの篭った声は低くこの場を覆う。その声だけでビリビリと威圧感が伝わってくる。隣の部屋にいても重い空気を感じるのだ。目の前の殿下が感じるものは、こんなものではないだろう。
「祝いの場を壊し、未来の王妃を無実の罪で断罪し殺害しようとしたのだ。相応の罰は受けてもらう。」
「待ってください、私は殺害しようとまでは…。」
「側近に騙され、殺害の場を整えたのはお前であろうが!そもそもルリアーナ嬢が男爵家の令嬢を虐め暗殺を企てたとお前は言っていたな。彼女には護衛の為に、王家の暗部が二十四時間体制で張り付いておる。そのようなことがあればすぐに余に報告されておるわ。」
「で、ですが。」
「気付いていなかったようだが、お前にも暗部が付いておる。ここ一年半のお前の堕落っぷりも全て報告されておる。王家の望んだ婚約者をないがしろにし、男爵令嬢との恋に溺れ、公務まで放棄した事。余の耳に入っておらぬと思ったか。昔から何度も言った筈だ。ルリアーナ嬢と共に王族の務めを果たせと、自身の責務を忘れるなと。だが、お前はその言葉を忘れ王族の自覚を無くした。そんな者を王太子に据えることは出来ぬと、半年前にはお前を臣籍降下させることは内々に決まっておった。」
驚愕のあまり、殿下は金魚のように口をパクパクさせている。どれにビックリしたのかしら?監視に気付かなかったことか、王に全て知られていたことか、臣籍降下が決まっていたことか。あるいは全てかしら。
「だがその決定に異を唱える者がいた。学園卒業の日までその決定を下すことを待って欲しいと。あまりにも必死に頼み込むのでな。余はその者の意を汲み、再度お前にチャンスを与え様子を見ることにしたのだ。その者がいなければ、お前は第一王子としてあの場には立っていなかっただろう。最後までお前を信じたその忠臣が誰だか分かるか?」
その問いを受け、レイナード殿下は次々と名前を挙げていく。宰相や大臣、その子供達。学園の教師や乳母、家庭教師。自分と関わりのある者達の名を挙げていくが、その『忠臣』には辿り着けない。その者ではないと否定される度に殿下は思い知る。名前を挙げた者達が自分を見限っていることを。
「ここまで言って出てこないとはな。まぁ良い。教えてやろう。その忠臣の名はルリアーナ・クラウダス。お前が切り捨てた元婚約者だ。」
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