空転
イブローラン伯爵令嬢を子爵令嬢に変更しております。
「ああ、そうそう。伝えなければいけない事があるのでした。」
私はわざとらしく声を上げる。
「今回のパーティーの様子は、最初から全て国王陛下にお伝えしております。陛下から伝言ですわ。『卒業パーティーは中止。第一王子はすぐに王宮に戻るように』とのことです。迎えの者もすぐに参ることでしょう。逮捕者も出てしまったことですし、余興の続きは王宮でなさって下さいな。それでは行きましょうか、クラウダス嬢。」
「はい。それでは皆様失礼します。」
「待ってくれ、カリーナ魔法公爵!」
ルリアーナ様と共に退出しようとした私を、レイナード殿下が呼び止める。
「何か?」
「話はまだ終わっていない。ルリアーナを連れて行かれては困る!」
ピシッ。擬音語で表すなら、それが一番近い表現だろう。殿下の一言を聞いた私の纏う空気がピリピリとしたものに変わる。
「続きは王宮で、と申した筈ですよ。」
ドルトーニを逮捕した時のように低い声、冷たい空気。別に私は怒っているわけでも、イラついているわけでもない。これ以上この場で踏み込んでくるなという感情を表に出しただけ。この空気を肌で感じた瞬間、普通の貴族なら身を退くだろう。
「迎えが来るまでまだ時間がある筈だ。」
だが、殿下には伝わらなかったようだ。この馬鹿げた断罪劇をまだ続けたいのか。私がこの場に留まれば、私の言葉が殿下の首を絞めることになるというのに。
「この場でお伝えする気は無かったのですが、仕方ありませんね。」
本当に残念だ。深い溜息を吐いて、私はゆっくり口を開く。
「クラウダス嬢が黒いフードの怪しい人物と接触していたという先程の話。イブローラン嬢が目撃した人物とは、恐らく私のことですわ。」
「⁉︎」
レイナード殿下とイブローラン子爵令嬢に視線を送り、大袈裟と言われてもおかしくないくらい不快感をあらわにして私は語る。
「今年度はこの学園の敷地と建物に掛けられていた数種類の魔法を更新しまして。私は魔法公爵となってからまだ日が浅いものですから、魔法の経過観察のために度々学園を訪れておりましたの。もちろん正式な手続きもしております。学園で過ごす生徒の意見も聞きたかったので、知人であるクラウダス嬢に協力して頂きました。彼女は魔法は使えませんが、優れた観察力を持つ方です。魔法をかける前と後で違和感はあるか、また他の生徒の様子などを聞いておりました。イブローラン嬢は、その場面を見て勘違いされたのでしょう。」
この学園にかけられている無属性魔法は三百年以上前に当時の無属性の魔法公爵によってかけられた古い魔法。無属性の魔法公爵が中々生まれず、魔法が経年劣化を起こしていた。私がやっと生まれた無属性の魔法公爵であったために、主要な建物に掛けられた魔法を昨年度から順番に更新していたのだ。
「魔法公爵の装束を身に付けなかったことや盗聴防止の魔法を使用したこと。それは生徒の皆様を不安にさせないため。魔法公爵が出入りしているとなれば、何かあったのではと勘繰る方もおられるでしょう?その二点に関しては国王陛下と学園長先生のお二方にも許可を頂いておりました。訪問許可の証である腕章も両腕にきちんと着用していたのですけどね。学園訪問記録にも、私が訪れたことはきちんと記載されている筈です。それにイブローラン嬢の証言した日時にこの学園を訪れた魔術師は私だけですわ。」
正式な許可を取った上で任務に就いていた魔法公爵と令嬢を疑った。それだけならばまだ良い。だが、彼等は証言の裏付けも取らずに呪いの術者として公の場で私達を糾弾してしまった。その意味を今になって悟ったようだ。レイナード殿下とイブローラン子爵令嬢の顔が少しずつ青ざめていく。
「もっ、ももっ、申し訳ありません!カリーナ魔法公爵様!まさか、まさか魔法公爵様だとは思わなかったのです。申し訳ありません!」
イブローラン子爵令嬢の謝罪の声が会場内に響く。先程のドルトーニのように青い顔で震えている。
「人前で証言する度胸は素晴らしいかもしれませんが、その言葉には責任を持ちませんとね。まぁ、私はもう気にしておりません。次からは気を付けて下さいね。」
ミーチェ・イブローラン。あなたに次があればね。私は心の中で冷たく告げる。あら?私の感知魔法が反応している。そろそろ王宮からの迎えが来る頃かしら。さてと、退出する前にもう一つだけ言葉の爆弾を落としておきましょうか。
「そういえば先程、クラウダス嬢が女神の名にかけて自身の無実を宣言されましたよね。あの宣言は私がこの場にいたことから特殊魔法として履行されました。その意味、皆様なら分かりますよね?」
それは裁判で使われる特殊魔法の一種。簡単に言うと嘘を発見する魔法。魔法公爵のいる場で女神の名にかけて無実を宣言する。それが嘘であった場合、宣言者の全身に黒い模様が浮かび上がり、宣言者の体をジワジワと締め付けるというものだ。私は姿を隠してはいたが、ずっとこの場にいた。よって魔法の発動条件は満たしている。そのことに思い至った生徒達は凄い勢いでルリアーナ様に目を向ける。ルリアーナ様はフローレス男爵令嬢を虐めていない、危害を加えていないと宣言した。そして今も彼女の体に異常は見られない。
この瞬間、ルリアーナ・クラウダス公爵令嬢は無実だと会場にいる者全員が認識した。レイナード殿下も含めて全員だ。
「それでは今度こそ失礼しますわ。」
愉快に告げる私の言葉を遮る者はもう誰もいなかった。
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