恋は盲目
イブローラン伯爵令嬢をイブローラン子爵令嬢に変更しました。
「イブローラン嬢。先日君が見たことを、もう一度話してくれないか?」
栗色の髪の令嬢が一歩前に出る。彼女はミーチェ・イブローラン。ラベンダー色のドレスを着た彼女は、イブローラン子爵家の娘。虐められていたフローレス男爵令嬢にも親しげに接していた人物。目を伏せたイブローラン子爵令嬢は、恐る恐るといった感じで口を開く。
「マリアが襲われる三日前のことです。図書館の近くで、ルリアーナ様が黒いフードを被った怪し気な者と一緒にいらっしゃるのをお見かけしました。何か話していらっしゃいましたが、内容までは分かりませんでした。ただ、この国の言葉でなかったのは確かです。」
「⁉︎」
「あのクラウダス公爵家の娘が他国の者を使ってマリアを殺そうとするとはな。ハッ、堕ちたものだな。」
会場全体がざわめく。外交を得意とするクラウダス公爵家は、他国も一目置いている存在。中には王家より公爵家を信頼している国もある。だからこそ公爵家は国内でも屈指の権力を持つのだ。そんな家の者が他国の者を使って犯罪を行うなど、背信行為にも等しい。
「お待ち下さい。確かに私は黒いフードの方と一緒でした。それは認めましょう。ですが、あの方は正規の手続きを経て学園を訪れたこの国の高位の魔術師様です。異国語を話しているように聞こえたのは、魔術師様が盗聴防止の結界を張られていたからです。記録を調べていただければ、どこの誰か分かるはずですわ。」
「この場で名前を明かすことが出来ないのなら、それだけでも怪しいだろう。しかも学園内で盗聴を防ぐような結界を張るなんて、やましいことを話している証拠だ。」
普通はそう考えるわよね。殿下の言い分はもっともだ。ただし、例外というものはある。もしも件の魔術師が国王の信頼の厚い者だったら?国内最高位の権力を持つような者だったらどうするつもりなのかしら?その可能性を全く考慮せず最後まできちんと調査をしなかったことが、この会話からすぐ分かる。これは大きな失態だ。
「これだけではない。お前はマリアに呪いをかけていただろう!」
「私は魔法は使えません。それは殿下が一番分かっている筈ではありませんか。」
「魔術師にでも依頼したのだろう。先程、高位の魔術師との関係を認めたしな。私の友人がマリアに守護の魔道具を渡していなければどうなっていたことか。」
殿下は鋭い目つきでルリアーナ様を睨みつける。呪いとは悪意を糧に人間を衰弱させたり、攻撃する魔法の総称。守護の魔法がかかった魔道具を持っていれば、この魔法からは守られる。人を殺す威力の呪いは高位の魔術師にしか使えないし、人間にかけることは原則禁じられている。
「ドルトーニ!」
殿下がある青年に声をかける。薄茶色の髪の背の高い青年。彼はドルトーニ・ランバー。殿下の側近の一人でランバー侯爵家の次男。侯爵兼宮廷魔術師団長を父に持つ、見習い魔術師。宮廷魔術師というものは見習いから始まり、下級・中級・上級に分けられる。父親に似て魔法の才に優れた彼は、学園を卒業した後すぐに上級魔術師となることが決まっている魔法のエリートだ。彼は懐から赤い石が付いたシンプルなペンダントを取り出す。
「これはマリアがいつも身に付けていた守護の魔道具です。今もちゃんと別の魔道具を身に付けていますから、変な事は考えないで下さいね、クラウダス嬢。」
殿下同様、彼も凄い目でルリアーナ様を睨みつけている。噂ではフローレス男爵令嬢に恋をしていたとか。この殺気はそのせいか。
「守護の魔道具というものは呪いを無効化する物ではありません。向けられた呪いを主人の代わりに受ける物なんですよ。この魔道具に呪い返しの魔法をかければ、術者と術者に依頼した者に呪いを全て返すのです。」
「私を脅しているのですか。ありもしない呪いを返すと。」
ルリアーナ様が微かに震えている。
「ルリアーナ。全てを認め謝罪するなら今の内だぞ。」
「やってもいないことを認め謝罪することなんて出来ません。私はフローレス男爵令嬢を虐めてなどおりませんし、彼女に危害を加えてもおりません。女神ヴェルトナに誓いますわ。」
「お前はどこまでも強情だな。どうしてそこまで堕ちてしまったのか……。レイナード・アルテスマの名において、この場での呪い返しの魔法発動を許可する!」
「では、お言葉に甘えて。」
ドルトーニが呪い返しの魔法のために魔法陣を展開する。魔法発動まであと三十秒…二十秒…十秒…三…二…。
パリンッ!!
「面白い話をしておりますわね。私も混ぜて下さらないかしら。」
彼の魔法を打ち消して、私はルリアーナ様の前に立つ。姿を隠すのはここまでだ。
「だっ、誰だ⁉︎」
いきなり黒ずくめの女性が現れたら、そりゃ驚くわよね。殿下は隣にいたフローレス男爵令嬢を守るように背に隠す。周りの卒業生達も驚愕している。驚いていないのはルリアーナ様ぐらい。
「どうして…あなた様がここに…。」
どうやらドルトーニは気付いたらしい。先程までの勢いはどこにいったのか。すっかり顔が青ざめている。
「えっ⁉︎あの服って。」
「嘘でしょ⁉︎」
周囲の者達も私が誰だか気付いたようだ。気付いていないのは殿下ぐらいか。恋は盲目というけれど、ここまで酷いとはね。呆れを通り越して悲しくなってくる。少し冷静になれば、この服を見ただけで私が誰だか分かるだろうに。
「殿下、この方は。」
「申し遅れました。私は魔法公爵、オリヴィエ・カリーナと申します。」
ドルトーニの声を遮り、私は殿下にお辞儀をする。さて、そろそろこの茶番を終わらせましょうか。
ご拝読ありがとうこざいました。