イブローランの娘
この話は三人称視点になっています。三人称は初めてなので読みにくかったらすみません。
薄暗い地下牢の中、一人泣き続ける可憐な少女。彼女の名はミーチェ・イブローラン。彼女の象徴とも言える巻き髪のツインテールは解かれ、身体検査のために衣服も質素な物に替えられてしまった。貴族にとってこの行為は屈辱であろう。哀れな少女は両手で顔を多い泣き続ける。
父親である子爵の不正が発覚し逮捕されてから三日。子爵家への処罰が決定されるまで彼女は軟禁を強いられていた。彼女はいつも静かに泣いていた。見ているこちらが悲しくなるほど美しく泣いていた。牢番や騎士はそんな彼女に同情したのだろう。彼らはミーチェにとても優しく接した。食事を摂ろうとしない彼女のために食事内容を変更して、少し豪華な滋養のある物を運んだ。質素な服を着せられた彼女のためにシンプルではあるが質の良い衣類を運んだ。寝られないと言っていた彼女のため、寝具も清潔で質の良いものに変えた。まだ三日しか経っていないのに、彼女の生活は少しずつ改善されていった。
今日も彼女はしくしくと泣き続ける。それしかミーチェには出来ないから。
◆◇◆
コツ、コツ。ヒールの音が地下に響く。だんだんと大きくなるその足音は、ミーチェの牢の前でピタリと止んだ。誰かがいる。それに気付いてもミーチェは柵の方には絶対顔を向けなかった。しばらくして、その誰かが口を開いた。
「こんにちは、イブローラン嬢。ご機嫌いかが?」
その声を聞いた瞬間、ミーチェはゆっくりと顔を向ける。
「…⁉︎」
「あなたがどうしているのか気になってね。」
そこにいたのは、魔法公爵オリヴィエ・カリーナであった。ミーチェは彼女の声に一瞬恐怖を覚えた。あまりに一瞬で何故そう感じたのかは分からなかったが、すぐに身体をオリヴィエの方に向け土下座する。
「申し訳ありませんでした。先日のパーティーでカリーナ卿に対して 失礼を働いたこと、反省しております。」
しゅんと、子犬のようにうなだれて彼女は謝る。ここを逃せば、もうチャンスは来ないと彼女は分かっているからだ。
「父が不正をしていたことにも私は気付かなかった……自分の愚かさを悔やむばかりです。」
「……………………そう。先日の件の謝罪は不要よ。頭を上げなさいミーチェ・イブローラン。」
その言葉でミーチェはゆっくりと頭を上げる。自分が地下牢に閉じ込められているのは魔公の機嫌を損ねてしまったことも原因の一つだと思っていたミーチェにとって、その言葉は僥倖だった。
「あの……父と母はどうしているのでしょうか?もう二人に会うことは叶わないのでしょうか?」
「子爵と夫人も今のあなたと同じように軟禁されているわ。ご両親に会えるかどうかは分からないし、仮に会えたとしても貴族の身分は剥奪されている可能性が高いわ。」
「そうですか…。」
それを聞いた彼女は一粒だけ涙を流し悲しげに俯いた。
「あなたにとっては悲劇ね。でも、この結末は最悪では無かったと思うわよ。」
「えっ?」
思わずミーチェは顔を上げてしまう。意味が分からない、そんな表情をしている。
「あなたは犯罪者として地下牢に入れられているわけじゃない。犯罪者の娘としてここにいる。それは天と地ほどの差があるでしょう?失敗はしたけれど、この程度の罰で済んでいることは奇跡よ。」
「………あの、カリーナ卿は何が仰りたいのですか?」
そんな彼女の疑問に対して愉快そうにオリヴィエは答える。
「マリア・フローレスを殺そうとしたのは、あなたでしょう?」
その言葉は地下牢の空気を変えた。
「……そんなこと…そんなことしていません!なんで、なんでそんな酷いこと…。彼女は友達です。そんなことするわけないじゃないですか!」
友達。その響きのなんと軽いことか。
「でも、あなたはマリア・フローレスを友達だなんて微塵も思っていないのでしょう?あなたが嫌いそうなタイプだもの、あの子。あなたなら彼女の私物を壊すことも隠すことも容易よね。だって一番近くにいたんだもの。まぁ虐めに関しては他家の令嬢も沢山関わっているだろうし、そもそも彼女自身が引き起こした問題なのだから個人的にはどうでも良いのだけどね。」
「…私はそんなこと」
「あら?一度も思わなかったの?平民の血が混じるマリアが愛されて、何故自分が愛されないのかって。何故自分が選ばれないのかって。」
「なっ⁉︎」
ミーチェは思わず目を見開く。そんな彼女に構わず、オリヴィエは言葉を紡ぐ。
「彼女を殺して、殿下の心の穴でも埋める気だった?あなたはマリアと共にいたから、他の令嬢よりも殿下からの信頼は得ていたものね。それとも公爵家の失脚が狙い?マリアが死んでも死んでなくても、罪は全てルリアーナ様に被せれば、公爵家の力が削げてバロック伯爵辺りが喜びそうよねぇ。」
第一王子が失脚すれば、病弱な第二王子ではなく第三王子が次代の王となる可能性が高い。第三王子のエリオット殿下とバロック伯爵令嬢は年も同じで仲が良く、有力な婚約者候補だと噂されている。バロック家は伯爵位ではあるが、古くから続く家。娘を王妃に出来れば家の威光は更に高まる。伯爵自身はどちらに転んでも良かったのだろうとオリヴィエは思っている。どちらに転んでも王族との縁を繋げるし、クラウダス公爵が失脚すれば、その領地の何割かが自分の管理下に入る可能性もある。あくまで後者は、そうなればラッキーぐらいにしか考えてなかっただろう。
「マリアを襲った賊は既に殺しているのでしょう?証拠は永遠に見つからないわね。あなたがしたことは殿下やドルトーニを言葉巧みに誘導しただけ。あの二人は自分達が良いように動かされていたなんて気付いてもいないでしょうね。そもそも口車に乗せられて暴走した二人にも責任はあると思うわ。彼等が暴走したおかげであなたのシナリオは全て変わって…あぁ違うわ。マリアの暗殺に失敗した時点でシナリオは狂ってしまったのよね。ご愁傷様。みんな驚くでしょうねぇ。マリアの友人が黒幕だったなんて誰も考えないもの。」
「………そんな怖ろしいこと、私に出来るわけが…。」
ギュッと自らを抱くように小刻みに震えるミーチェ。瞳に涙を溜めて、まるで追い詰められた小動物のような姿に大抵のものは心を打たれただろう。だが、その行動がオリヴィエに与えるのは、あざといという心象だけ。だからこそ彼女は、その姿を嘲笑うように言葉を続けるのだ。
「家族以外の者はあなたをそう判断するでしょうね。あなたは外面がとても良いもの。けれど、私は知っているわ。あなたの可憐さに隠れた惨忍さを。そうでしょ?オリヴィエ・カリーナ魔法公爵殺害未遂事件の黒幕さん。」
その言葉を聞いたミーチェは目を丸くする。
「何を、仰っているのですか。私があなたを殺そうとしたなんて、何の冗談ですか。」
ミーチェは困惑していた。魔法公爵を殺すなんて、そんなデメリットしかないことをする者はこの国にはいない。そもそもオリヴィエ・カリーナ卿という人物は社交の場に現れることが稀なのだ。先日会ったばかりよ人物を殺す理由なんて無いし、魔法公爵を殺すなんて危険な事をする訳がない。この人は何を言っているのだと、彼女の頭の中は混乱していた。
「あなたがそう思うのも無理はないわ。だって公には発表されてないもの。この事件はね、世間ではこう呼ばれているのよ。"イブローラン領教会火災事故。もしくはイブローラン子爵令嬢焼死事故"とね。」
「⁉︎」
「もう分かったかしら?」
「まさかっ……⁉︎」
ミーチェの頭に浮かんだのは一人の人物。自身とは似ていない黒髪の女。血筋だけは良いイブローラン家の出来損ない。自身と半分だけ血の繋がった彼女の名前は
「ヴィオラっ……。」
顔を歪めながら、彼女は異母姉の名前を吐き出す。
「久しぶりね、ミーチェ。」
殺した異母姉の名前を覚えているとはオリヴィエは思っていなかったのだろう。この異母妹は案外律儀なところがあると密かに感心していた。
「何で…何で…。そんな…。何で。何で…なんで…なんでなのよっ‼︎」
ガッシャーン!と、ミーチェが凄い勢いで柵に掴みかかった。彼女の心に湧き出る恐怖や疑問は、すぐに怒りへと変換され彼女を突き動かす。柵の隙間から手を出し、彼女は必死にオリヴィエを掴もうとする。だが、その手は届かない。
「なんでお前が生きているのよっ‼︎なんでっ‼︎なんでっ‼︎」
小動物のような可愛らしさは消え、まるで地獄の鬼のように怒りを露わにするミーチェ。オリヴィエはくすりと小さく嗤いながら、怨嗟で歪んだ彼女の顔を眺めていた。
ここまでの話も三人称に直そうか悩むところです。文章スキルがもう少し高くなったら直すかもしれません。個人的にミーチェは怖くて好きです。今回もご拝読ありがとうございました。