あなたがいなくなってから
「私は…………怒っています。」
ぽつりぽつりと、少し震えながらルリアーナ様が言葉を紡ぐ。
「何も、言ってくれなかったことも……私を頼ってくれなかったことも。何も出来なかった自分に対しても………。生きていてくれて良かったという気持ちは本当です。でも、もっと早く知りたかった…。教えて欲しかった…。」
涙を拭うこともせず彼女は語る。ゆっくりと、その思いをなぞるように。
「あなたが亡くなって…ミーチェ様が学園で泣いていて…形見となった栞をイブローラン家の方に返すべきだと思いました。…でも、返せなかった…。ミーチェ様はあなたの死を悲しむ振りをしていたから、それを見てしまったから…彼女にこれを渡してはいけないと頭の中で警鐘が鳴って…。あの火事のことも、秘密裏に公爵家の手の者に再調査をお願いして…。でも何も出てこなかった。」
怒りと失意の混じった声に、ほんの少しだけ罪悪感を覚える。
「本当はあなたのことをもっと自慢したかった。ヴィオラ様がどれだけ素晴らしい人か、皆の誤解を解きたかった。……でも、約束だから。誰にも言わないって約束したから。だから……あなたを弔うことも出来なかった…。私は次期王妃だから…例え知人が亡くなっても揺らいではいけないと…自分を律して。」
私とあなたの関係なんて周りに知られたら、あなたの評価が下がるだけでしょうに。本当に、あなたは優しい人ね。その優しさが私には眩しくて痛い。
「私の言葉がルリアーナ様の心を縛ってしまったのですね。本当に申し訳ありません。私と関わることで、あなたに悪い噂が立ってはいけないと思ったものですから。」
ぶんぶんと、彼女は先ほどより強めに頭を横に振る。
「私が未熟だっただけですから…。だからレイナード殿下も………。」
ほんの一瞬、彼女は口を噤む。だが、一度決壊して溢れ出した気持ちを止めることは出来ないようだ。彼女はゆっくりと語り続ける。
「進級してから…レイナード殿下はマリア様と親しくなって。殿下は王族で、ずっと貴族と関わってきた方だから。だから…平民の母を持つマリア様と話すことが新鮮なのだと。最初は特に気にも留めなかった。」
でも、それは間違いだった。レイナード殿下はマリアに恋心を抱いてしまった。
「少しずつ、私への態度が変わって…公務も…孤児院や農園の訪問を少しずつされなくなって…。話をしても、はぐらかされて。だんだん私の話を聞いてくれなくなって…。まるで人が変わったように…。重要な公務よりも…マリア様のことばかりで…陛下がレイナード殿下を臣籍降下させると…この国を任せられないと…でも…私は殿下を信じたくて…。」
大粒の涙が、その目から零れていく。
「……互いに恋愛感情を持っていた訳では無かったけれど…幼い頃から共にいて…私達は国を治める同志として…良い関係を築いていると…そう思っていました。友として、彼を信じたかった…。陛下の決断を遅らせることは出来たけれど、この話を殿下にすることは禁じられて…。殿下の資質を見極めるためだと…。」
そう、陛下はレイナード殿下に最後の機会を与えた。彼が自身を顧み態度を改めることが出来なければ婚約は破棄し、臣籍降下させると。卒業パーティーの日。殿下がクラウダス公爵邸を訪れる予定の時刻が最終期限だった。王子としての責務と、一人の人間としての望み。彼がどちらを選ぶのか。それを見届けるために、私は国王の依頼で公爵邸に待機していた。そして彼は…ルリアーナ様とは共に歩まない道を選んだ。
「殿下は国よりも、友よりも、恋人を……。私は…選んでもらえなかった…。友愛は恋愛には勝てないのですね。………ごめんなさい、こんな醜態をお見せしてしまって。」
涙で濡れた目を閉じて、悲しげに彼女は微笑む。そっと、私は彼女の傍へと寄りハンカチでその水滴を優しく拭う。
「それで良いのです。」
そう、私が見たかったのはこの顔だ。気持ちを吐き出して、涙でぐちゃぐちゃになった顔。彼女の中の理想の令嬢から程遠い醜態。それが見たかった。それを引きずり出したかった。
「感情を捨てた人形になる必要はありません。あなたは人間なのですから。」
小さい頃から王妃教育を受けてきたからこそ、誰よりも王族に嫁ぐ者としての責任を、重さを彼女は知っている。出来る限り感情を表に出さぬよう教育を受けて、彼女はそれを必死にこなしてきた。だが…感情を表に出さぬことと、感情を見て見ぬ振りして無かったことにするのは同義ではない。知人が死んだなら悲しんで良いのだ。婚約者を奪われたのなら怒って良いのだ。友に裏切られたのなら嘆いて良いのだ。泣いたって良いのだ。それで前に進めるのなら。
「今この時だけは王子の婚約者という肩書きも、公爵令嬢の肩書きも忘れてしまいなさい。」
その思いも、その涙も…幻影が全て持っていってあげるから。
そう耳元で囁くと、ルリアーナ様はまた泣き出した。小さな子どものように私の胸に顔を埋めて涙を流し続けた。号泣する彼女を私は優しく撫でる。母親が子を慈しむように優しく、優しく。
本来こういう役目は私ではなく、アルバート殿下がするものだと思う。けれど、アルバート殿下の前では泣けなかったのでしょうね。元婚約者のことで泣けば、その弟である現在の婚約者を傷付けてしまうと思ったのでしょう。それに彼は…真綿に包むように彼女に優しくするでしょう。彼女が悲しい顔をしなくて済むように。けれど、それでは駄目なのだ。人を傷付けない優しさだけでは、彼女はこれ以上前に進めない。だからこそ、ルリアーナ様は私を選んだのかもしれないわね。『私』なら、その吐き出したい思いを容赦無く引きずり出してくれると思ったのかもしれない。まぁ、彼女を追い込んだ要因の一人として私にも多少の非はあるでしょうから、せめて陽が沈むまでは彼女に選ばれた者として傍にいてあげましょうか。
それが…ヴィオラ・イブローランの死を唯一悲しんでくれた彼女に対して私がしてあげられる、たった一つのことだものね。
長いお茶会がやっと終わりそうでホッとしてますε-(´∀`; )
今回もご拝読ありがとうございました。