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二人だけのお茶会

まさかこんな早くに、またここに来ることになるなんて。今日は私用でクラウダス公爵家を訪れている。先日のお礼ということで、ルリアーナ様のお茶会に招待されたのだ。普段はお茶会や夜会の招待を断る私が、この誘いを受けた理由は二つ。一つは招待された時期。第一王子の失脚で忙しい中、わざわざ時間を作るなんて余程の事なのだろうと判断したからだ。もう一つは参加者が私とルリアーナ様の二人だけだから。普通ならばお茶会に同席するであろう公爵家の侍女もこの場にはいない。正真正銘、二人だけのお茶会。念の為に席に着いた瞬間から、この場には防音と盗聴防止の二重魔法をかけている。


一体、ルリアーナ様は私に何を話したいのだろうか?普段と変わらないように見えるけれど…。紅茶を飲みながら私は彼女を観察する。先日のパーティーで見たドレスとは対照的な濃い青色のドレス。あの薔薇色のドレスも綺麗だったが、個人的にはこちらのドレスの方がルリアーナ様には似合っているわね。それに…今日はあの髪飾りも付けていないみたい。


「ふふっ。やはり、あの薔薇色のドレスは私には似合っていなかったでしょう?」


ドレスに視線を送ったその一瞬で、こちらの思考が読まれてしまった。


「そんなことはありませんわ。ただ……少し驚いただけです。」


彼女は薔薇色のドレスを十分着こなしていたし美しかった。ただ…普段とは異なる印象を受けた。ルリアーナ様は緑色や青色など寒色系のドレスを着ることが多い。本人がその色味を好んでいるというのもあるのだろうが、自分が殿下より目立ち過ぎないよう自己主張し過ぎない色を選んでいるという印象だった。そんな人が自己主張の激しい薔薇色のドレスを着ることに、ほんの少しだけ違和感を覚えただけ。


「正直、私もあの色を選んだ自分に驚いています。何故か分からないけれど、あの色に惹かれてしまって…。普段は選ばない色を纏って、違う自分を演じないと、あの状況を乗り越えられないと無意識に判断したのかもしれません。」


ドレスや化粧は女にとって戦装束。自らを鼓舞し、相手に付け入る隙を与えないよう自身を守るもの。まして先日のパーティーはレイナード殿下の進退が懸かったものだった。当日の彼女は相当気を引き締めていたのだろう。


「あの日から、もう十日になるのですね……。」


ルリアーナ様が遠い目をしている。この十日、国内では様々な変化があった。まずは第二王子であるアルバート殿下が一年後に王太子となることが決定したこと。レイナード殿下の失脚について王家は国民に対して殆ど真実を公表された。第一王子が男爵令嬢を正妃に据える為、罪の無い婚約者を断罪し殺害しようとしたこと。そして王族の身分を剥奪され投獄中であると公表された。正直この公表には驚いた。王家はこの件を完全に伏せるものだと思っていたから。汚点とも言える事件を公表したのは、アルバート殿下に対する国民の不安感を薄める為だろう。ずっと療養していた第二王子への不安は誰しも少なからず持つ。そこにレイナード殿下の話をぶつける事で不安の対象をアルバート殿下からレイナード殿下へとすり変えたのだ。そして王家に対する悪感情を全て、愚かで馬鹿な第一王子に押し付けた。まぁ、公表した内容は殆ど真実なのでフォローも何も出来ないけれど。ルリアーナ様はアルバート殿下の婚約者となった。元々、公爵家の血筋を取り込むための婚約だったので彼女の立場が変わることは無かった。それに何よりアルバート殿下がルリアーナ様を婚約者に据えることを強く望んだらしい。二人の婚約はすぐに決定し、立太子式典の後に結婚することになった。


「王都は大丈夫でしたが、地方は今も混乱しているのでしょうね。」


「いきなり領主が変わりましたからね。ですが、これで良かったのではないでしょうか?」


変化があったのは王都だけではない。卒業パーティーで断罪に関わった三人。マリア・フローレス。ドルトーニ・ランバー。ミーチェ・イブローラン。この三人の家にも、それぞれ変化があった。


フローレス男爵は娘が王子失脚の原因となったことや娘の監督不行きを咎められた。また、税に関する不正が明らかになり現在は拘束されている。領地と爵位を取り上げられるのは確実。男爵家は没落するだろう。件の令嬢マリア・フローレスは魔封じをかけられた上で戒律の厳しい修道院に送られたという。


ランバー侯爵は今回の件と無関係であったが、責任を取り領地と爵位を国王陛下に自ら返上。そして魔公による魔封じを望み宮廷魔術師団長の役職も辞任しようとした。だが彼の功績と能力を惜しんだ王の采配で、当主交代と宮廷魔術師団長の任を解かれるだけで済んだ。現在は宮廷魔術師団の研究機関で一人黙々と研究に励んでいるらしい。ランバー家の当主は父親の補佐をしていた長男のリベリーが継ぐこととなった。殺人未遂を犯した次男のドルトーニは魔封じをかけられ投獄されている。すぐに極刑に処さなかったのはジワジワと彼を追い詰める為だろう。現に、彼は魔法が全く使えないことに落胆し精神を病んでいるらしい。


イブローラン子爵はバロック伯爵と共同で不正や悪事を重ねていたことがこのタイミングで露見してしまったそうだ。子爵と伯爵は拘束された。また、フローレス家と違い家族や使用人も拘束されているという。領地と爵位が取り上げられるのは決まっているそうだが、まだまだ余罪が出てくるそうで完全に処罰が決まるのは先になりそうだ。


「不正を働く領主が居なくなって民の負担が減るのは良い事です。まだ混乱は続くかもしれませんが、国王陛下やアルバート殿下が良いように取り計らってくれるでしょう。」


今回取り上げられた領地には、すぐに新しい領主が着任するだろう。実力があるのに正当な評価をされず埋もれていた人達が着任すると聞いている。特にランバー領はきっと良い方向に進むだろう。あの家は次男であるドルトーニが次期領主となる予定だった。その理由は魔法が使えることで侯爵家の更なる発展が望めるからというもの。魔法が使えない長男は引き続き領地経営の補佐をする予定だったという。次男のドルトーニより長男のリベリーの方が領民と接する時間が多く領民から慕われているそうだし、彼が行ってきた仕事内容は殆ど領主と変わらないものだという。多少の混乱はあるだろうが、すぐに落ち着くだろう。


「そうですね。…………カリーナ卿はこれで良かったのですか?」


「…?ええ。」


「そうですか。」


そう言って、ルリアーナ様は紅茶を一口飲み黙り込む。…この違和感はなんだろう?ルリアーナ様がそんな質問をしてきたことが何故か引っかかる。普段なら切り捨てるような小さな違和感。これは一体?


「カリーナ卿、私はあなたにお渡ししなければならない物があります。」


ルリアーナ様の纏う空気が変わる。どうやらここからが本題のようね。彼女が取り出したのは細長い紺色の箱。視たところ、悪い魔法はかかっていないみたい。


「中を確認してもよろしいですか?」


「どうぞ。」


私は慎重に箱を開ける。その中には小さな薄い銀色の板が入っていた。見覚えのあるそれは、ルリアーナ様が大事に持っていた栞。この栞が今日ここに呼ばれた理由ということかしら?


「これはあなたの物ですから、お返しします。」


……………。返す、ね。ルリアーナ様の言葉で私は全てを察した。彼女は私の正体に気付いているようね。私の過去を知る人物を騙しきれないなんて私もまだまだ未熟者だ。それとも、心の奥底で彼女に気付いて欲しいと願っていたのかしら?それが詰めの甘さを生んでしまったのかもしれないわね。………もう良いか。彼女に正体がバレたところで別にもう支障は無い。彼女は他人の秘密を好き勝手に吹聴して回るような人間でもないし、潔く観念しましょうか。


「確かに受け取りました。わざわざありがとうございます。」


私は今までとは別人のような声を出す。普段よりも低く暗い印象を与える声色。この声で話すのも二年ぶりか。久しぶりで声の出し方を忘れているかと思ったけれど、体はちゃんと覚えているみたいね。私の声を聞いてルリアーナ様も懐かしそうに微笑んでいる。私の声と彼女の微笑みで、張り詰めていたこの場の空気が柔らかいものへと変わっていく。


「こちらこそ長い間お借りして申し訳ありませんでした。……カリーナ卿、今この時だけはあなたの真名を呼ぶことをお許し下さいませんか?」


「このお茶会の間だけなら構いませんよ。」


そう優しく告げるとルリアーナ様はホッとしたように私の真名を紡いだ。


「ありがとうございます…ヴィオラ・イブローラン様。」

遂にブックマークが100件を超えました。本当にありがとうございます。まだまだ拙い所は多々ありますが、これからも頑張ります!

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