あなたは来ない
「…カリーナ卿。そろそろ参りましょうか。」
薔薇色のドレスを着た令嬢が、諦めたように私に声をかける。
「もうよろしいのですか?」
「ええ、もう良いのです。」
ここはヴェルトナ国王都にあるクラウダス公爵の屋敷。私に声をかけて来たのはルリアーナ・クラウダス公爵令嬢。腰まで伸びる白金の髪に緑色の瞳を持つ美しい少女だ。穏やかな微笑みを絶やさない気品溢れる令嬢で『月の令嬢』と呼ぶ者もいるという。
今日は王都にある国立学園の卒業記念パーティーが催される日。この学園は十五才になった貴族の子息令嬢が三年間通うもの。ルリアーナ様は今年の卒業生でこのパーティーに出席する。そして私も来賓として招待されていた。
だが私達はまだ会場入りしていない。パーティー開始時刻は十五分後。この時刻にはとっくに出発していなければならないのに、二人とも未だに公爵家に留まっていた。
何故こんなことになっているのか。それはルリアーナ様のエスコート役である婚約者が迎えに来なかったからだ。彼は使者の1つも寄越さなかったらしい。一応この展開も想定内である。だからこそ、この場に私がいるのだが…。
「これが彼の答えなのね。」
ルリアーナ様と共に歩まない未来を婚約者の彼は選んでしまった。彼女は最後まで彼のことを信じていたというのに。彼にはその想いは届かなかったようだ。
「カリーナ卿、お願いします。」
私は立ち上がり、ルリアーナ様の手を取る。
「ルリアーナ。会場ではそのような顔をしていてはダメよ。カリーナ卿、娘のことをお願いします。」
「ええ。無事に会場まで送り届けます。ご安心下さい。」
クラウダス公爵夫人も娘のことを心配しているのだろう。普段は華のように明るい夫人の顔がどことなく暗い。安心させるように出来るだけ優しく声をかけたが、包帯とベールで隠したこの顔では、どこまで伝わっていることか。
「ルリアーナ様。転移致しますから、念の為に目を閉じて下さい。」
「分かりました。お母様、行ってまいります。」
ルリアーナ様が立ち上がり目を閉じたのを確認して、私は転移の魔法をゆっくりと発動する。足元に現れた魔法陣の発する白い光に包まれて、二人は公爵邸から姿を消した。
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