プロローグ2 陰陽堂にて
「たのもーう」
カラカラと引き戸を開けると、カウンターには着物姿の老婆が座っている。
「いらっしゃい。」
「お、お邪魔します。」
その老婆の顔もなんだか怖く見えて、遠慮気味に足を踏み入れる。
中は「怪しい」と表現するのが正しいような、狐の面や、古い本、掛け軸なんかが並べられていて、まさにアベ☆ハルのアニメそのもの。
ここが聖地なのがひと目でわかるくらいの再現度合である。
「修学旅行生どすか?」
「そっ、そうでござる」
「さよでっか。ゆっくり見てっておくれやす」
「あ、ありがとうございます」
軽く会釈だけして狭い店内を見回す。
「トシオ殿、これ見るでござるよ。アベ☆ハル第2話でハルカたんが使っていた本によく似ているでござる!」
「本当でござるな!」
「それは古いまじないの本やな。」
「あっ、こっちは5話で使った式神の絵に似てるでござるよ!」
「それは妖怪絵やな。どっちも古い本やからなぁ…ほんまは2000円やけど、500円でよろしで。」
む…このババア…出来る!
拙者、この手の押しには弱いでござるよ。
「よし、買ったぁ!」
「あっ、タクシ殿、後でその本見せて欲しいでござるよ!」
「勿論でござるよ!トシオ殿の本も見たいでござる」
と、二人貸し合うことを約束し、一冊ずつ購入する。
「ヒヒ。まいどです。」
お金を渡すと、老婆は一冊ずつ紙袋に入れてくれる。
「あ、あんたら修学旅行やさかい、これ、オマケで入れといてあげよ。」
そういうと、老婆はカウンターの後ろの古びた棚から白い紙切れを二枚取り出し、胸ポケットに入れてくれた。
「これな、ヒトガタいうてな、あんたらに何かあった時に身代わりしてくれるさかい。肌身離さず持っときぃよ。」
「あ、ありがとうございます」
そうして、紙袋を受け取り、拙者達は陰陽堂を後にしたのでござる。
「いい買い物をしましたな!」
「そうでござるな!早く宿に帰って読みたいでござるな!」
「一時はどうなることかと思ったでござるが、無事に聖地巡礼も出来て満足でござる」
「本当でござるよ。怖かったでござるなぁ!」
「あのババアの顔も怖かったでござるなぁ!!www」
「ところで…今何時でござるか?」
タクシ殿の質問に、拙者、凍りついたでござる。
携帯を見ると、20時30分…いつの間にか、自由時間も終わりの時間だったのでござる。
「時間、忘れていたでござる…」
「ヤバいでござる!」
「ヤバいでござる!」
この後、拙者とタクシ殿は人生で一番速く走ったでござる。
それはもう、風。
その時、間違いなく拙者とタクシ殿は風だったでござるよ。
裏路地から新京極へ、飛び込むように走り込み、汗はダラダラ、息は絶え絶え、ようやく約束の場所にたどり着いた頃には約束の時間を10分も過ぎており、般若になった小雪殿と取り巻きに「おっせぇんだよ!」とドヤされ、また尻を蹴りあげられ、飛び上がりながらバスまで帰ったのでござる。
この女共、絶対許さんと心に誓いながら。
「ヒィーヒィー」
なんとかギリギリ間に合ったものの、当然ながら、バスの搭乗は拙者達の班が一番最後でござった。
「ブヒブヒ言ってんじゃねぇよ。私らまで走らされたんだからな!後でジュース奢れよ!」
「お茶で勘弁して欲しいでござる…」
「あほかwお茶は食堂に置いてあんだろw」
バスの中でまで小雪殿は怖いでござる。
「まぁまぁ、小雪ちゃん。修学旅行なんだしさ、佐藤くんと木村君も時間忘れるくらい楽しかったんだよね?」
「ミコ殿は優しいでござるなぁ。天使でござる」
小雪殿を宥めに入ってくれたのは朝霧ミコ。クラス委員長の彼女は、眉目秀麗、容姿端麗、才色兼備なまさに大天使。
「なんだよキモタク。んじゃ私は鬼か?え?鬼か?w」
「鬼でござる…」
よし、よく言ったタクシ殿!
「お前なぁ。」
「まぁまぁ。」
ミコ殿が鬼神小雪殿を宥めてくれている間にも、バスは宿泊先の伏見に向かって走り続けている。
明日は伏見稲荷大社を観光してから新幹線でござる。
拙者、アベ☆ハルを観てからというもの、伏見稲荷大社にはとても興味があるのでござる。
ハルカたんのお母様が狐という説にグッときたのでござるよ。
第21話の千本鳥居の戦いは幻想的な背景にスタイリッシュな動き、まさに神回でござったからな。
バスは進む。
繁華街を抜け、大きな川を越え、橋を渡り、どんどん進む。
と、その時。
「きゃあっ!」
「なっ、なんだ!?」
急にバスの電気が消えた。
「なに!?なんなの!?停電!?」
車内がざわめく。
見ず知らずの土地で当然でござった。
「電気のトラブルが起きたようです。少し先の路肩で点検しますのでしばらくお待ち…なっ、なんだあれは!!」
スピーカーから聞こえてくる運転手の声に、一同はパニックになる。
「トシオ殿!あれは!!」
「あっ!」
タクシ殿の声に、前の席から少し顔を覗かせてみると、走行中のバスの前に何やら丸い光が。
「あれは…何でござろうか。」
それは魔法陣のような、星型の模様が書いてあるようにも見える。
「これは…もしや…。異世界召喚でござるか!?」
「ま、まさか。…でも…だとしたら、タクシ殿はどうするでござるか?」
「勇者になって世界を救うでござる!キリッ」
「拙者も一緒に勇者となって、世界を救ってみたいでござるよ」
「拙者達の時代がやってきたのかも知れませんなぁ!w」
キキーッ!!
その光を避けようとして、バスが急ハンドルをきる。
「きゃあっ!」
「うおおおお!」
吹っ飛ばされそうになりながら、何とか前の座席を握り、耐える。
あってよかったシートベルト、でござる。
しかし、運転手が避けたはずのその光はどんどん大きくなって…
拙者達の目の前は真っ白になり、もう何も見えなくなった。