航海を始めた日
無人島を出航してから、二日が経過した。次の島を目指して航海しているが、次の島に到着するのにまだ時間がかかりそうである。
「ポールさんとスミスさんはどうして航海に出ようと思ったのですが?」
俺とスミス、ソフィアは看板で海面を見ながら雑談をしていた。ソフィアは俺たちが航海を始めた理由を訊いてきた。船は自動運転でまっすぐ進めている。思えば初めてこの船に乗った時は、自動運転があることを知らなかった。
「俺とスミスは二年前に航海を始めたんだけどな……」
俺はゆっくりと、航海をすることになった経緯を話し始めた。
二年前の出航を始めた日。
当時の俺は、ぼんやりと一人、港で無限にも続きそうな広大な海を眺めていた。空には不自由なことなど何一つ無さそうな鳥たちが連なって飛んでいた。
その時の俺は窮地に立たされていた。普段、貿易商人として働いていた俺だが、今日納品されるはずの香辛料や宝石その他諸々を積んであった船が海賊船に襲われてしまい沈んだという連絡を海上保安官から受けた。
「ちくしょう、どうしたらいいんだ……」
納品されるはずの品を王族のお偉い方に五時までに届けなければ俺は文字通りクビを飛ばされる。この島の王族は思い通りにならなければ容赦なく制裁を加えてくるのである。
どうする? いっそのこと逃げ出だしてしまった方がいいのだろうか。
しかし、俺は一緒に暮らしており、学校に通っている妹のことを気にかけた。俺が逃げ出したら、代わりに妹が制裁されてしまうだろう。妹のスミスだけが唯一、自分の残った家族である。
妹は――スミスだけは見捨てるわけにはいかない。
ならば大人しく俺が制裁されるのを選ぶか。時刻を確認するとすでに四時を回っていた。
俺は覚悟を決めた。十六という短い人生だったが、妹の為に命を棄てるなら本望だ。
そんなことを考えていた時、小型発信機の音がなった。
俺はポケットから発信機を取り出し、応答した。発信者はスミスだった。
「お兄さん! 今、大丈夫?」
「ああスミスか。どうした?」
「今日、お兄さんの誕生日でしょ? ケーキを作って待ってるから。なるべく早めに帰ってきてね! それじゃ!」
プツリと音信が途絶えた。そうか俺、今日誕生日だったのか。すっかり忘れていた。
誕生日が命日になるのか……
いや、そんなのはごめんだ。俺は生きてスミスのところへ帰りたい。
先ほどまで死を覚悟していた俺だがスミスの声を聞き、急に命が惜しくなった。
俺は五時までに王族に納品するという約束をすっぽかし、家に戻った。
家に戻るとスミスが待っていた。スミスは学校の制服を着用していた。
「あ! お兄さん。早かったね。誕生日おめでとう! 早速ケーキを食べよう!」
帰宅するやいなや、スミスはクラッカーを鳴らし、俺の誕生を祝ってくれた。現在進行形で祝ってくれているスミスには悪いが一刻の猶予はない。ここにいれば、俺を殺りに王直属の軍兵がやってくる可能性がある。
「悪い。ちょっと聞いてくれるか?」
「ん? 何?」
俺は簡潔に今、自分の置かれている状況を妹に説明した。
「それは、結構やばい状況だね。お兄さんはどうするつもりなの?」
「この国から逃亡したい。なぁ、一緒に付いてきてくれないか?」
俺は妹に一緒に逃亡することをお願いした。重い決断だとは思う。慣れしたんだこの島での生活を諦めることを意味しているだから。もし嫌だというなら俺は潔く妹のために命を落とそうと考えていた。
「もちろんだよ。お兄さん。お兄さんがいない世界なんてつまらないからね」
「そうか、ありがとう……」
スミスの言葉の嬉しさのあまり、俺は妹に抱きついた。
「え…….ちょ、お兄さん……」
妹から離れると何故かスミスは顔を赤くし、俯いていた。
「それじゃ、早速この国から逃げ出す。準備してくれ」
せっかくスミスが作ってくれたので急いでケーキを食べ終え(正直、宇宙を感じるくらい不味かった)、俺は妹を引き連れ港へ移動を始めた。俺とスミスは衣服や食料など必需品をカバンに詰め込んだ。また、顔がばれないようにマスクとサングラスを着用した。
家を離れてから三十分後、港に到着した。港には漁や貿易用の船がいくつか停めてある。それを頂戴しようと考えた。
「よし、あの船だ。あれに乗るぞ」
俺は一般の漁使う船を指差した。小型だが、二人乗るには十分な船である。普段、俺が仕事で使っている船である。
すると、妹は露骨に嫌そうな顔をした。
「えー! なんかボロい。シャワーとか付いてるの、あれ?」
「いや、付いてないが」
「それじゃ、あの大きい船にしようよ」
妹は旅客船に使われる大きめな船を指差した。
「無茶言うな。いいか? 船を動かすには鍵が必要なんだ。あの鍵がない以上、あの船は動かせない」
不服そうな顔をした妹だが、突然、顔色が明るくなった。
「みて、お兄さん! あの船から誰か出てきたよ! あれ、船長っぽくない?」
「そうだな。でも、だからなんだって言うんだ?」
すると、妹は眩しい笑顔でサムズアップをし、
「無理やり奪ってくる!」
そう言い、船長っぽい人に近づいていった。
「はぁ? おい、やめろ!」
止める暇もなく、妹は船長っぽい人に話しかけた。
「あのー、すみません」
「はい? 何でしょう」
にこやかに船長っぽい人は答えた。
「あの、遠くに見えるのあれ、何ですかね?」
妹が海の海面の方を指差した。
「え? あれというのは?」
船長っぽい人は妹が指を指している方向を凝視した。
「あれです。あれ。ほら、なんか大きい生き物みたいなの見えますよね?」
「大きい生き物?」
妹よ。何をする気なんだ?
「お、お前一体何を……」
嫌な予感がする。妹は船長っぽい人の後ろに移動し、そして、
「隙あり!」
首の後ろに思いっきりチョップをした。バコッという鈍い音が聞こえてきた。
「グフ!」
船長っぽい人は妹のチョップをモロにくらい、気絶した。
「よし!」
スミスはよっしゃとばかりにガッツポーズをした。
「よしじゃねぇ! お前、ひでぇな!」
妹の外道な行いに対して思わず突っ込んでしまった。
「いいから早く! 鍵を探そう」
俺は急いで気絶している船長っぽい男の服から鍵を探した出した。すると、銀色の鍵を見つけた。おそらく、これだろう。
「そこで何をしている!」
前の方に、警官の服装をした男がいた。幸いにも距離はそれほど、近くはない。
「急げ! 船に乗るぞ!」
俺は叫んだ。
「うん!」
「あ、こら君たち! 待ちなさい!」
急いで、俺と妹は船に乗り込んだ。看板にある操縦室へと移動した。
鍵穴にさっき手に入れた鍵を差し込んだ。ブルルルルというけたたましいエンジン音が聞こえてきた。俺はアクセルを踏んだ。
ぶっちゃけ俺は最初に乗るつもりだった船の方が運転しやすいくてよかったのだが。まぁ、今更愚痴を言っても仕方ないか。
俺はアクセルを踏み、舵輪を回し、舵を切った。
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
俺は出航の合図を宣言した。
「おおー!」
ノリよく妹が返事をしてくれた。
出航してから十五分ほど経過した後、巡視船が近づいてきた。くそ、保安官の奴ら、もう追いついたっぽいな。最高速度で走行しているもののジリジリと距離を詰めらていく。
「止まりなさい! 止まりなさい!」
サイレンの音がうるさく鳴り響いた。
「はぁ、追いつかれちゃったよ。お兄さん」
妹はやれやれといった顔をしている。
「しょうがない。これを使ってみよう」
俺はとあるボタンを押した。旅客船には防衛用に砲弾が付いている。舵輪の下にはスクリーンが映っており、横にあるレバーで標準を合わせ、レバーの上にあるボタンを押した。
俺たちが乗っている船からは砲弾が発射され見事、巡視船に直撃した。巡視船は激しい水水しぶきを上げ、沈んでいった。
「おお、すごい! さすがお兄さん!」
「そうでもないさ」
職業柄、海賊と戦うこともそれなりに会った。その経験が今生きた。
すると、今度は別の巡査船が近づいてきた。
「うわぁ、また来た。しょうがない。もう一回撃つか」
しかし、撃つ前に巡査船に乗っていた保安官がジャンプで俺たちの船に乗り込んできた。その巡査船は一人しか乗っていなかったのか、船の動きが止まった。
保安官が俺たちの方に近づいてきた。
「随分と好き勝手してくれたな。お前ら。ここでお前たちを処刑させてもらうぞ!」
保安官が腰に差してあった剣を抜いた。やばい、これ勝てるだろうか。持ってきた荷物にはこれといって大した武器が入っていない。だが、やるしかないか。
俺は操縦席から離れ、短剣を取り出した。
「そんな小さい剣でやろうってのか? ふん、なめてもらっては困るな」
保安官がバカにしたように笑った。
「ちょっと! お兄さん、操縦は?」
「すまん、ちょっと代わりに頼む」
「ええー? 無理だよう」
「適当に右のペダル踏んで舵輪回してればなんとかなる。頼んだぞ!」
「うーん……分かった!」
渋々、妹は操縦席に座り、操縦を始めた。
「お前もお前の妹も、あの世に送ってやる」
「妹にだけは手出しはさせない」
「お兄さん、頑張れー!」
妹が操縦しながらエールを送ってくれた。俺は保安官に近づいた。すると、素早い刀での突きが俺の顔に迫ってきた。
間一髪、俺はそれを紙一重で躱した。
短剣の届く間合いに入りこんだ俺は、保安官の肩を切った。
「うぐぁ!」
痛みに悶絶したようで、大きい声をあげた。
「き、貴様ァ! よくも、よくもぉ!」
大きく刀を振り上げてきた。俺は短剣で刀身を受け止め、ガラ空きになった保安官の腹に蹴りを入れた。
「あが!」
蹴られた衝撃で保安官は刀を落とした。俺は保安官が落とした刀を拾った。
「これで終わりだな。諦めな」
「く、くそ! どうしてこんなに強いんだ! 何者だ! お前は?」
小さい頃からよく妹と一緒に格闘ごっこや喧嘩したり、学校で武道を習っていたから、それなりに強いと自負している。貿易商人として働いてからも海賊船に襲われることを想定し、独学で剣術を学んだ。
「俺か? 俺は今日から旅人だ。スミス、後は頼む」
「オッケー!」
「な、お前! 何をする? え、おい?」
スミスと運転を交換した。スミスは保安官の頭を殴り、気絶させた後、縄で縛り上げた。
「お兄さん、こいつどうすんの?」
「どこか無人島があったらそこに置いていこう。発信機も持ってたしな。多分救助が来てくれるだろ」
「ふーん、優しいねぇ。私だったら海にポイなんだけど」
「お前は逆に外道すぎるぞ」
こいつ、我が妹ながら恐ろしすぎるな。
「見て! お兄さん、夕焼けだ! 綺麗だねぇ」
海の水面には今にも地平線に沈みそうな夕焼けがキラキラと輝いている。港で働いていたため、飽きるほど日が沈む前の夕焼けを見ていたのだが妹と一緒にいるせいか、今日の夕焼けは一段と美しく感じた。
「そうだな。なぁ、スミスこれから一緒に船旅をすることになるけど、よろしくな」
「うん! 一緒に大冒険しよう! お宝とか見つけられるといいね!」
お宝か。俺にとっての一番のお宝は自分の妹だと思っているが、恥ずかしてくて口が裂けてもスミスには言えないな。
「そうだな、そんじゃ、新しい島に向かってしゅっぱーつ!」
「おおー!」
俺は再び、新しい島を目指して舵を切った。