踊り子の憂鬱~前編~
毎日毎日酒を飲んでばかりいる。幸か不幸か、金にはしばらく困らない。毎日部屋で寝ているか、食堂で飲んでいるかだった。ただ、食堂の明るい雰囲気、周りの客も、ウエイトレスの対応もだ、それらはつらかった。金に困った素振りを主人に見せたのに、毎日飲んだくれていたら不審がられるのではないかという気持ちもあり、どこか別の場所で飲もうと思った。
ふらふらと夜道を歩いていると、一軒の酒場が目にとまった。
「テンツェリン・・・、ここにしようか。」
店内に入ると、普通の酒場とは少し違った。ステージがあって、楽器の演奏と、それにあわせて踊る数人の踊り子。
「エールと、何かつまみをくれ。」
カウンターに座ると、口髭を生やしたマスターに注文する。無言で金を受けとると、エールとチーズにハムが出された。演目が終わったのか、踊り子たちは客にお酒やチップをねだっている。
「マスター、あの娘たちは、店で雇っているのか?」
「雇っているわけじゃないですよ、私は場所を提供しているだけです。まあ、女の子目当てにお客さんにきてもらえるのもあるんで、共存共栄ってわけです。」
無料の従業員みたいだと思った。きっと、彼女らが客に払わせたうちから、いくらかが給金になるのだろう。
愛想よくチップやお酒を得ている踊り子たちだが、一人だけ、オロオロするだけで客に声をかけられていない子がいた。
「マスター、あの子は?」
そう尋ねると、マスターは困ったように答えた。
「ああ、アメリアですか。歌も踊りもダメで、自分からお客さんに声もかけられなくて困ってるんですよ。娼館にでもいかせれば、買い手もつくとは思うんですけどね。」
私はそっと席を立つと、アメリアの肩を叩いた。
「ひゃあ!?」
ビクッと飛び退くと、目を丸くさせてこちらを見ている。
「ああ、驚かせてすまない。一緒に飲まないかと思ってね。一杯ご馳走しよう、何がよかったかな。」
そう言って私は席に戻る。チラッと後ろを振り返ると、アメリアはついてきていた。
「マスター、エールと・・・、アメリアっていうんだってね、アメリアは何がいいかな?」
「あ、えっと・・・、じゃあ・・・、えっと・・・。」
顔をキョロキョロさせるアメリア。待てども暮らせどオロオロしているばかりだ。・・・うん、埒があかない。
「マスター、ホットワイン、あるかな。ハチミツたっぷりでね。」
甘いものなら、女の子でも問題ないだろうと、勝手に注文する。
「あ・・・、ありがとうございます・・・。」
ホットワインが出されると、チビチビと飲み出した。選択としては悪くなかったのかもしれない。
「乾杯。」
そう言って、グラスをぶつけると、アメリアはビクッとして謝ってきた。
「あ・・・、はい!あの・・・、えっと・・・、いただきます・・・。」
それだけ言うと、またうつむいてしまう。なるほど、確かにこの仕事には向いてなさそうだ。
「私はジークフリート、ジークって呼んでくれ。君はアメリアだから、ミリーでいいかな?」
「は、はい、ジーク・・・さん。」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ、実は元々は騎士でね。自分では紳士的なつもりさ。」
「騎士様・・・、ですか。」
落ち着きなくソワソワしているようだが、グラスは空きそうだ。
「マスター、つまみの追加とエールを。ミリーは同じものでよかったかな?」
「は、はい!ありがとうございます。」
エールとホットワイン、それにナッツが出される。
「わぁ、わたし、これ、好きなんです。」
はじめて明るい表情が見られた。ナッツを食い入るように見つめている。
「食べていいんだよ、マスター、もう少しナッツ、もらえるかな?」
「あ・・・、あの・・・、いただきます・・・。」
やれやれと私は苦笑した。こんな酒場より、カフェ、そう、フローラと行ったカフェなんかで働いてる方が似合いそうなものなのに。
「ミリーはここは長いのかな?私はこの街に来てからは一月ほどなんだがね。」
「わ、わたしは産まれたときからずっとです。」
「ああ、悪い。そうじゃなくて、この酒場で仕事をはじめたのは?」
「あ・・・、えっと、ここは、二日前からです。他にも色々やったんですけど、クビになっちゃって・・・。」
そういってうなだれるミリー。確かに、あまりきびきびとは動けなさそうだし、客商売も向かないだろう。
「そ、そうか。まあ、私も色んな仕事の経験があるわけじゃないから分からないが、きっとミリーにもピッタリの仕事が見つかるよ。」
「今のお仕事も、やっぱりダメそうですか?」
正直ダメそうだ。この子からは、全く営業力を感じない。
「うん、あんまり得意じゃないだろう?人と話すの。」
しゅんとしてしまうミリー。うーん、やっぱりダメそう。
「まあ、徐々に慣れていけばいいんじゃないか?ほら、今日私と話せたみたいに。」
「そ、そうですね・・・。ありがとうございます、がんばります。」
ポリポリナッツを食べて、チビチビホットワインを飲んで、なんだかリスみたいだ。
「話す訓練って訳でもないが、よかったら明日か明後日にでも、何か食べに行かないか?ミリーは甘いものは好きかな?」
「え?あ、えっと、あ・・・、はい、好きです・・・。」
オロオロキョドキョドしている、なんだか、誰でも簡単に引っかけれそうだ。
「お昼なら、明日でも明後日でも大丈夫です。」
「よし、じゃあ、明日の昼に、この店の前で待ち合わせにしよう。」
約束したよりも少し早く待ち合わせ場所に向かうと、そこには既にミリーが立っていた。
「やあ。」
「ひゃあ!?あ、おはようございます・・・。」
「ああ、おはよう。」
今日も相変わらずキョドキョドしている、並んで歩くと誘拐犯にでもなった気分だ。
ミリーを連れてきたのはもちろん例のカフェだ。ここはどんな子を連れてきても絶対に外れないと、自信を持って言える。
「好きなものを頼んでいいんだよ、私がご馳走するから。」
「ええっ!?あ、ありがとうございます・・・。ど、どうしよう・・・。」
天気もよいので、テラス席に座る。すぐに店員が注文を取りに来た。私はハチミツのパンケーキ。ミリーはフルーツ盛り沢山のパンケーキにしたようだ。
「おいしい、これ、すっごくおいしいです!」
運ばれてきたケーキを一口食べると、感激したように声をあげるミリー。
「そう言ってもらえると、つれてきた甲斐があるよ。ところで、今まではどんな仕事を?」
「お金持ちの人のお屋敷のメイドさんとか、食堂の店員さんとかです・・・。」
大体想像がつく、高価なツボを割ったとか、食器を落として割ったとか、そういうエピソードが目に浮かぶようだ。
「わたし、トロいから、何やってもうまくいかなくて・・・。」
またしゅんとしてしまった。いけないいけない。
「そ、そうか。私よりかなり、若く見えるのだけれど、今いくつなのかな?」
「十五です、来月、十六になります。」
「十五!?」
若い、私より十も若いではないか。
「ご両親は何か言ってないのかな?」
十五で酒場で踊り子は、あまりよろしくない気がする。
「わたし、孤児院で育ったんです。だから、お父さんもお母さんも会ったことないんです。でも、孤児院の皆が家族みたいで・・・、あんまりお金ないみたいで、少しでも助けてあげたいと思って、お仕事色々やったんですけど・・・。」
親の威光で就職、そこからも逃げ出した私とは大違いだ。能力の有無はともかく、偉い。とても偉い。
「そうか、じゃあ、頑張らないとな。」
私にはそっと応援することしかできない。
「それで、よかったらジークさん、孤児院に遊びに来ませんか?」
「孤児院に?」
唐突なミリーの提案。
「わたし、昨日皆に、すごく良い人に会ったって話して・・・、皆、会ってみたいって・・・、ダメですか?」
どういうことだろう。お兄ちゃんたちにボコボコにされるのだろうか、このロリコン野郎って罵声を浴びて・・・。
「そ、その、皆っていうのは?」
「弟や妹たちです、本当の兄弟じゃないかもしれないですけど、皆仲良くて、わたしは本当の兄弟みたいに思ってます。」
セーフ。ボコられる未来は回避できそうだ。
「そうか。それなら、行ってみようかな。」
「はい!」
孤児院は思ったよりボロボロで、五十くらいの女性院長と、幼い子供たちだけだった。どうやら、子供たちの中ではミリーが一番年上らしい。
「まあまあ、ようこそおいでくださいました。アメリアがお世話になっております。」
「いえ、私こそ。お一人でここを運営しておられるんですか?」
「ええ。私財を投じて、幼い子供たちの将来を、と考えたのですが、中々うまくいきません。最初は出資してくれたお貴族様たちも、慈善運動に出資したという実績が欲しかっただけなのか、それ以後はぱったり・・・、あら、ごめんなさい。こんなお話。」
「いえ。それでミリーはなんとか仕事を見つけようと・・・。」
泣ける話だ。あわよくば良い思いをしようなんて考えていた、昨日の自分を殴りたい。何が自分では紳士的だと思っている、だ。恥ずかしい。
「おにーさん、ミリーおねえちゃんのかれしー?」
「かれしなのかー?」
子供達が集まってきた。
「こら!ふざけてないで、お客さんにちゃんとご挨拶なさい!」
おお、ミリーがハキハキしゃべった。
「ご、ごめんなさい。変なことばっかりどこかで覚えてきちゃうみたいで・・・。」
と思ったが、やっぱりいつものミリーか。
「おねえちゃんのお菓子おいしいんだよー!」
「お料理上手なんだよー!」
「お店のより上手だもんなー!」
「おいしいんだよー!」
子供達が次々にまくしたてる。お菓子・・・、お菓子・・・。そうだ!
「ミリー、お菓子、作ってみてほしいんだが、いいかな?材料費なら、私が出すから。」
「え?お菓子・・・、ですか・・・?もちろん、かまいませんけど・・・。」
何も無理に勤めに出なくてもいい。広場でオリジナルお菓子の販売、もしかしたら、ミリーの腕次第では、商機があるかもしれない。
その後、ミリーが作り出したお菓子の山を見て、それを一心不乱に頬張る子供達を見て、私は勝利を確信した。
「よし、ミリー。実は提案があるんだ。ミリーの作るお菓子をだな・・・。」
「は、はい・・・。」
決戦は、明日だ。