ペパーミントが苦すぎて~中編~
今度は寝坊せずに、無事駅馬車に乗り、エアフォルクへとたどり着いた。
エアフォルクは交易の盛んな街で、私の故国との貿易をはじめ、国中の商品が集まってくる、商業都市らしい。
「宿はいくつかあるんだけど、コストを抑えたいなら金獅子の微笑み亭がオススメかな。料理もおいしいしね。」
安宿にしては、装飾過剰な名前の宿を、フローラは紹介してくれた。
「せっかくフローラが教えてくれたんだ、しばらくそこに滞在するとしよう。」
「オッケー、明日は仕事で一日色んなところをまわらなきゃいけなくてさ。明後日、約束どおり街を案内するからさ、宿まで呼びにいくよ。」
「わかった。二日酔いにならないように、注意するよ。」
結局、駅馬車に乗り遅れて生じた暇な三日間は、毎日酒盛りをしていただけだった。毎朝頭痛に耐えながら、二度と飲み過ぎないと誓うのだが、昼過ぎにはそんなことはすっかり忘れてしまっていた。酒飲みの性分だろうか、フローラも朝顔を合わせた時には今日は止めておこうと言うのに、夜には意気揚々とエールを注文していた。
「それじゃあ、また明後日ね。」
「ああ、お休み、フローラ。」
「お休み、ジーク。」
金獅子の微笑み亭、変わった名前だとは思ったが、宿に入るとすぐに名前の由来がわかった。
「おう、兄ちゃん。一人か?個室と雑魚寝の相部屋、どっちにする?」
金髪に豊かな髭を蓄えた大男が主人だったからだ。
「料金はそれぞれいくらですか?」
「個室が銀貨五枚、相部屋なら三枚だ。夕飯がいらなけりゃ、それぞれ銀貨一枚安くなる。」
酒の飲み過ぎだろうか、十二分にあると思われた路銀も、若干心細くなってきている。
「相部屋でお願いします、夕飯もこちらでいただきます。とりあえず、十泊お願いできますか?」
「おう、荷物は自分で管理しろよ。それじゃあ、銀貨三十枚だ。」
ちなみに、銅貨、銀貨、金貨があり、銅貨百枚は銀貨一枚、銀貨百枚は金貨一枚の価値がある。私の所持金は、金貨にして残り八枚と少しといったところだ。
宿帳に記帳すると、自分が割り当てられた番号の部屋へと向かう。大きな部屋の中に、いくつも寝台が並び、寝台の下は荷物が入れられるようになっている。主人から、余計なトラブルを避けたければ、他人の寝台にはさわらないことだと、注意があった。
部屋には、他にもたくさんの宿泊客がおり、男女の区別もされてはいないようだ。
「ふう。」
私は財布以外を荷物入れに入れると、寝台に寝転がった。揺れにはそれほど苦しめられなかったが、長時間馬車に乗るのは、それなりに疲労を伴った。
明後日はフローラと出掛けるが、明日は一日暇だし、惰眠を貪ることだって可能だ。美味いと有名らしい夕食と、軽くなら酒を飲んでもかまわないだろう。そう決めると、眠ってしまわないうちに食堂へと向かう。
「夕食を食べに来たんだが、ワインはあるかな?」
食堂では、他にも何人かが食事をしたり、酒を飲んで談笑したりと、明るい雰囲気だった。酒場ほど騒がしくはないが、大衆食堂のような雰囲気だ。
「はい、すぐにお持ちしますね。ワインは別料金なんですけど、よろしいですか?」
ウエイトレスの少女に追加の料金を払い、ワインをもらう。出てきたのはパンにシチュー、それにソーセージに付け合わせのザワークラウトだ。
パンは固かったが、シチューにつければ気にならない。ソーセージも臭みはなくておいしいし、ザワークラウトは絶品だった。
「すまない、ワインのおかわりと、ザワークラウトをいただけないかな。」
「はい、すぐにお持ちしますね。ザワークラウト、自家製で自信作なんですよ、お口に合いました?」
「君が作ったのかい?今まで食べた中でも、一番だったよ。」
決して大げさではない。スープの具材にしても、きっとおいしいはずだ。
「お待たせいたしました。」
少女がはこんできたのは、注文したワイン、ザワークラウトに、肉料理が一品だった。
「これは?」
肉料理など頼んではいないはずだが、湯出を立てるおいしそうな豚肉が運ばれてきた。
「料理、誉めてもらったお礼です。ザワークラウトの上に豚の腿肉を置いて、蒸し焼きにした料理です。これも、自信作なんですよ。」
「ありがとう、そういうことなら、よろこんでいただくよ。」
ちょっとした会話、ちょっとした気遣い、こういったやり取りも、旅の醍醐味だろうか。決して少女に好意的な対応をされて浮かれているわけではない。
食事を終え部屋に戻ると、心地よい酔いのせいもあり、すぐに眠りに落ちていった。
爽やかな朝、のんびりとした朝、このまま二度寝してしまおうかとうとうとしていたが、とんでもないことに気が付いて飛び起きた。
「そんな馬鹿な!!」
突然の私の叫びに、同部屋の人間が顔をしかめる。しかし、これが叫ばずにいられようか。朝起きると、確かに昨日まで持っていたはずの、財布がない。
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!」
荷物入れにもない、懐をさぐっても出てこない。
「そんな、どうすれば・・・。」
確かに部屋に戻るまでは持っていたはずだ、ということは、寝ている隙に誰かに盗まれたのか。
「明日はフローラと会うんだぞ、無一文では・・・。いや、その前に生活をどうする?」
宿代は十日分前払いしているし、夕食はなんとかなる。しかし、その後はどうすればいいのか。
「考えていても仕方がない、くそ!」
念のため、主人に落とし物がないか尋ねてみたが、届いているはずもない。このまま宿にいても事態は好転しない。なんとか、目先の危機を乗り切るだけの金を稼ぐ必要がある。
「何か、すぐに少しでも稼げる仕事はないんでしょうか?」
「んん?俺に聞かれてもどうにもできんが、仕事が欲しけりゃワーカーギルドに行ったらどうだ?」
「ワーカーギルド?」
宿の主人が言うには、この街には商人ギルド、職人ギルド、それにワーカーギルドと三つの組合があり、日銭を稼ぐような仕事から、一攫千金の仕事まで、ワーカーギルドには様々な仕事が集まるらしい。
「ありがとうございます、とりあえず行ってみます!」
主人から場所の説明を受け、ワーカーギルドへと走る。なんでもいいから、金を稼がなければならない。
「何か、今日中に報酬がもらえる仕事はないか!?」
ワーカーギルドにたどり着くと、受付に駆け込んで質問する。今は、一分一秒が惜しいのだ。
「あら、えーっと、こちらには初めてこられたんでしょうか?」
「あ、ああ。失礼した。ここには初めてきたんだが、なんでもいい、今日中にいくらか稼げる仕事が欲しいんだ。」
私の必死の形相に、受付嬢は引き気味だった。
「えっと、そういったお仕事ですと、ほとんどが早朝からの工事作業などですね。城壁を直したり、街道を整備したりで、今の時間からだとむずかしいかと思われます。拘束時間は日の出から日の入りまでで、報酬は銀貨八枚くらいが平均ですね。」
「つまり、今すぐには何もないと?」
ああ、絶望。昨日は飲み過ぎてはいなかったのに、不注意でこの様だ。明日のフローラとのデートも行けない。それに、丸一日働いて銀貨八枚では、生活費だけでほとんど消えていく。宿代に夕食だけでも銀貨三枚だ、私の旅はここでおしまいだ。
「後は、あちらの掲示板を見ていただければ、様々な依頼が掲示してありますので、もしかしたらお探しの条件の案件が見つかるかも・・・。」
「ありがとう!探してみるよ!」
受付嬢の言葉を遮って、掲示板へと飛んでいく。食い入るように即日即金、もしくは前金の仕事を探す。
「ペットの猫探し・・・、屋敷で働くメイドの募集・・・、商店の売り子募集・・・、こんなものしかないのか!?」
どうにもならない。大した金にもならなそうだし、すぐに手に入れることもできなさそうだ。
「くそ、何かないのか、何か大金を稼げる仕事は!!」
その時、目にとまった一枚の依頼。依頼主に家名があることから、おそらくは貴族。依頼内容は行方不明の娘の捜索。
「これは・・・。」
依頼書に書かれた人相書きは、フローラに瓜二つだった。