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プロローグ

並走していた騎士が、矢を受けて落馬した。その一騎だけではない。自らの前で、後ろで、降り注ぐ矢の雨に討たれる者は少なくない。


ほんの少し運が悪ければ、今死んだのは自分かもしれないと分かっているのだが、どことなく現実味が無く、なんとなく自分は絶対に死なないような気がしていた。それは、自分は栄えある聖騎士団の一員であり、騎士団長である兄は剣聖として名高い、近隣国家全てを含めても比肩する者のいない実力者であり、そんな頼れる兄の背中がここから見えるからだろう。


隣国との数十年ぶりの戦争、命のやり取りを恐れてはいなかった。友を、家族を、国を守る仕事だと誇りに思っていたし、そのために努力、鍛練も重ねてきた。自分が戦場で活躍する妄想をしない日はなかったし、待ち望んでいたくらいだった。


兄のことを尊敬していた。いつだって強く、気高く、優しい兄は私の、いや、我が国の誇りだった。


やや後方を駆ける私からは、敵を切り伏せる兄の勇姿が見えていた。敵との間には多数の味方の騎兵がおり、私は矢傷を受けないように盾を構え、前へ前へと進んでいく。頼もしい兄の背中が、その勇姿が、自分の背中を押してくれているようだった。


開戦から一時間も経っていなかったのではないだろうか。目の前で戦っていた兄の、頭が吹き飛ばされたのは。


戦争は試合じゃない。この戦場に兄より強い者はいなかっただろう。それでも兄は死んだ。呆気なく死んだ。勇猛な敵将と戦うでも、敵の軍団と切り合うでもなく、カタパルトの一撃に、不運にも直撃して。


そこから味方が瓦解するのは早かった。単純な騎兵突撃を敢行した騎士団は矢と石をこれでもかという程浴びせられ、指揮官を失い、敵の重装騎兵の突撃でバラバラになった。

兄の指揮が悪かったのか、作戦を立てた貴族の将軍が悪かったのかはわからない。


私は死にたくない一心で馬を駆けさせた。分かりやすく言えば、恐くなって逃げたのだ。あの兄があっさり死んでしまうのだ。自分がこのまま戦場にいて、どうして生き残れようか。


夢中で馬を駆けさせた。気が付けば戦場は遥か遠く、なんとか生き延びることができた。そして私は、二度と故郷に戻ることはなかった。






私は中立だった隣国へと落ち延び、騎士の甲冑といくらかの装飾品、更には国王から下賜された聖剣すらも売却して、路銀を手にした。


もう戦場には戻りたくなかったし、恐怖で戻れそうもない。故郷に帰ったところで、敵前逃亡で死刑、家名にも大きな傷がつくだろう。それならば、私は兄と共にあの戦場で、護国のために戦死したのだと思われていた方が、どれほど家族にとって良いだろうか。


厳格な父、優しかった母、愛らしい妹や弟たちにもう会えないのだとを思うと、さみしくないと言えば嘘になる。しかし、もう戻れない。今、一族の誇りであり英雄たる私は、戻ることで忌まわしい罪人となるのだ。


だから私は名を捨てた。貴族の次男、聖騎士としての私ではなく、一介の旅人として生きていくことを決めたのだ。






「何か、私にもできる仕事はないだろうか。」


国境近くの小さな村にたどり着いて三日目、私は宿屋の娘、ビアンカにそう問いかけた。


「え、お仕事ですか?」

「ああ、暇を持て余していてね。都市への馬車がくるのは一週間も先だということだし。」


小さな村にあまり長く滞在すると、余所者は目立つだろう。私は一月に一度往復しているという馬車で、都市を目指すことにしていた。貴族として生きてきたが、騎士団での活動のおかげで、世俗に疎くはない。野宿や自炊の経験だってあるくらいだし、景気よく装備を売り払ったおかげで、幸い路銀にも不足はない。


「あー、なるほど。薪割りとか手伝ってくれると助かりますけど、宿賃はまけられませんよ?代わりに一品、夕食のおかずを増やしてあげることならできますよ。」


やや冗談っぽくビアンカが答える。ビアンカは母親と二人で宿屋兼食堂を経営しており、父親はいないのだという。薪割りは単純な作業だが、女性にはしんどいものがあるだろう。


「充分だよ、ありがとうビアンカ。」


ビアンカに案内され、宿の裏手で薪割りを行う。炊事をするにも、暖をとるにも、薪は必須だ。薪割りに限らず、男手が必要な時もあるだろうに、母娘二人で懸命に生きるその姿に、心惹かれるものを感じた。


それからの数日は、薪割りを手伝ったり、屋根の修理を手伝ったり、時にはビアンカと森に薬草を採りに行った。ビアンカはいつもニコニコと笑顔で接してくれていたし、私も悪い気はしていなかった。


楽しい時間が過ぎるのはあっという間で、気が付けば、馬車が到着する前日になっていた。ビアンカによると、今晩は村で祭りが行われるらしい。


「それは、随分と良いタイミングだったな。」

「ええ、ジークさん、相当運が良いですよ。あまり娯楽の無い村ですけど、一年に一回、お祭りの時だけは飲んで食べて、歌って踊って大騒ぎするんです!」


それはもう楽しいのだと、ビアンカが身振り手振りで説明してくれる。広場で大きな焚き火を行い、それを囲んで大騒ぎするそうだ。


「それは楽しみだな。ビアンカ、よかったら一緒に行かないか。食堂の仕事、休めればだけれど。」


私はビアンカを誘って祭りに行きたいと思った。この数日間、彼女といるのは本当に楽しかったからだ。


「もちろんいいですよ!毎年この日は食堂もお休みしてるんです。でも、いいんですか?」

「いいって、何がだい?」

「ジークさん、楽しすぎて、毎年来たくなっちゃうかもしれませんよ。」


ビアンカがイタズラっぽく笑う。私は、いつまでもこの笑顔を見ていたいと思ったし、もうしばらく、この村に留まってもいいかもしれないと思いはじめていた。


「それは楽しみだな。でも、これだけ期待のハードルを上げたんだ、責任はとってもらうぞ?」







祭りの会場で見たビアンカに、私は目を奪われた。いつも邪魔にならないように結んでいた髪を下ろした彼女は、いつもよりずっと大人っぽく見えた。


「じゃあ、ジークさんとの出会いに乾杯!」

「乾杯!」


小さな村の安酒なのに、今まで飲んだどんな高価な酒より美味しく感じた。


「さ、ジークさん、踊りましょうよ!」


ビアンカに手を引かれ、焚き火の周りで踊る。貴族の舞踏会とは違って、思い思いにステップを踏む粗野なダンスだが、とても心地よかった。


何杯も酒を飲み、ダンスを踊ったことで、酔いも回ってきたようだ。焚き火の光のせいか、酔いのせいか、ビアンカの顔も赤く見える。私はビアンカを促してもう一度腰掛けて休むことにした。


「大丈夫か?私も少し飲みすぎたかもしれないな。」

「大丈夫ですよお。あー、楽しいなあ。でも、ジークさん明日にはいなくなっちゃうんですね。」


ビアンカが少しうつむいて呟いた。


「ああ、そのことだったんだが、ビアンカ、もし君がよければ、、、。」


そこまで話したところで都市からの馬車が到着したのか、たくさんの人が村の入り口から入ってきた。

予定より半日早く到着したのか、祭りに間に合わせようと調整したのか分からないが、たくさんの人が荷物を抱えて広場にやってくる。


「ビアンカ!」


その中の一人、二十歳くらいだろうか、青年がこちらに駆け寄ってきた。


「カール!」


ビアンカはパッと顔を上げて、嬉しそうに声をあげた。


「ただいま、ビアンカ。なんだ、酔ってるの?しょうがないな。」

「おかえりなさい、カール!帰ってくるなら手紙をくれれば良かったのに!」

「仕事の任期があけて、色んなことが思ってたより早く片付いたからさ、すぐに馬車に飛び乗って帰って来たんだよ。」


そこで彼、カールは私に気が付いたのか、軽く会釈してきた。


「あ!そうだ、こちらジークフリートさん。宿屋のお客さんで、とてもいい人なのよ。ジークさん、こっちはカール、私の幼なじみなの。」

「あ、ああ。私はジークフリートという。よろしく、カール君。」

「ビアンカがお世話になってます、カールです。」


急な乱入者に驚いたが、幼なじみが帰って来ただけだったか。彼も雰囲気を見て気をきかせてくれればよかったのだが。


「そうだ、ビアンカ。君にお土産があるんだ。」

「お土産?」


カールは荷物から小箱を取り出すと、ビアンカに差し出した。


「ビアンカ、僕と結婚してほしい。」

「「え?」」


私とビアンカの声が重なった。今、彼はなんと言ったのだ?


「ずっとお金を貯めてきて、ようやく自分の畑がもてるだけのお金が貯まったんだ。君と、この村で生きていたいと思ってる。」

「カール、、、。」


カールが小箱を、開けると中には指輪が入っていた。


「ビアンカ、受け取ってくれるね?」


カールが尋ねると、ビアンカは泣きながら頷いた。周りで話を聞いていた村の若者たちは、次々に二人を囃し立てた。

万雷の拍手に包まれる中、二人は幸せそうに、ビアンカは私の見惚れた笑顔で笑っていたようだが、私はあまりこの後の記憶がない。






「ジークさん、是非また遊びにいらしてね!」


ビアンカが馬車乗り場まで見送りに来てくれた。十日も泊まったお得意さんだ、また来年遊びに来るかもしれない上客だ、見送りにもくるだろう。そんな卑屈な考えが頭をよぎる。


「ああ、ありがとうビアンカ。それじゃあ、元気でな。」

「ええ、ジークさんもお元気で!」


馬車が走り出すと、彼女は姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。


「羨ましい、、、。」


カールと幸せに、とは言えなかった。結局、彼女の私に対する態度はなんだったのか。おそらく、私が勝手に期待しただけで、彼女は誰に対してもああなのだろう。友情と愛情を取り違えた私が愚かだったのだろう。ただ、あの時カールが帰って来ていなければ、との思いが頭を離れない。


「結婚、、、か。」


もう二度と来ることのないであろう村での生活と、祭りの喧騒、そして、ビアンカの笑顔を思い出して、私は次の街へと向かうのであった。安住の地と、愛するパートナーを求めて。

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