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幻の歌姫

作者: 雨夜

 昼休み、スピーカーから澄んだソプラノの声が流れ出す。


 街角で流れているようなありふれた流行歌。


 でも歌っているのはオリジナルの歌手ではなく、別の声。


「お、今日の幻の歌姫は新曲か」


「歌姫ほんとうまいよな」


「いったい誰なんだろうね」


 教室のそこここでそんなささやき声が生まれる。


 そんな中、俺は何とも言えないいたたまれなさを感じ続けていた。



 唐突だが、我が高校の七不思議に「幻の歌姫」というものがある。


 放送部主催の昼休みの放送、そこで流されている歌を歌っている人物の事だ。


 その歌唱技術はプロ並みと言っても過言ではなく、その声に全校生徒が癒されている。


 ……なんて言ってるやつらもいるが過大評価も甚だしいと思う。


 と、話が逸れたな。


 何でそいつが七不思議なんて言われているかと言うと、校内の女子を全員当たっても該当する歌声を持った生徒が見つからないのだ。


 正体を知っているはずの放送部員たちはそろって苦笑いをして口をつぐむだけ。


 ゆえにそいつは幻の歌姫なんて呼ばれて七不思議の仲間入りをすることになった。


 わかっているのは幻の歌姫が出現したのは二年前から、故に二年にその生徒がいるであろうと言うことだけ。


 と言うか二年しかたってない七不思議って歴史浅いなと思った奴はまだ甘い。


 七不思議、他の六つは誰も知らない。それこそが真の不思議なのだ。なんて普通に言われてるからな。


 単にそいつの正体がわからないってのが盛り上がったのを誰かが七不思議とか言い出しただけなのだ。


 それもう一不思議じゃねぇかよ。



 おっと、自己紹介が遅れたな。


 とはいっても俺の名前なんてどうでもいい。


 俺は放送部所属の男子で二年。平平凡凡な外見のごく目立たない奴。


 そして、とても不本意なことに「幻の歌姫」とやらの正体である。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 事の始まりはこうだ。


 昔から俺は歌うのが好きだった。しかも運がいいことに小学の担任が声楽に力を入れていて正しい声の出し方から何までしっかりと教えてくれた。


 そんな俺も声変わりを迎えて、もう高い曲は歌えないんだななんて思ってたんだが、ミックスを使えばごく普通に出せるほどの技術を叩き込まれていたことに気付いてしまったわけ。


 以降俺は小学の担任と、低い音も高い音も好き勝手に歌える男に生まれた事の二つに感謝して延々歌いまくっていた。所謂両声類ってやつになったんだが。


 中学時代のある日級友から「キモい」なんてありがたい言葉を頂戴してしまった。


 言われて考えてみると確かに男が女みたいな声でにゃんにゃん歌ってたらキモい。


 その頃はちょうどひげも生え初めて第二次性徴期真っ盛りだったからな。


 なので俺はそれからよほど気が知れた相手しかいない時か、顔を見られない時以外女声は封印してきたのだ。



 中学を卒業した俺は、親の都合で引っ越して遠くの高校に行くことになった。


 当然そこでも俺は歌を歌える部活に入るつもりだったんだが、この学校ブラスバンドはあっても軽音部どころかコーラス部すらないのな。


 絶望した俺はとぼとぼとクラブ勧誘でにぎわう校舎をさまよい、そこで「歌手募集中」なんて書いてある部室を見つけてしまったんだ。


 その時の俺にはそれが救いの神に見えた。もしその時の俺に言葉を送れるなら、ただ一言「冷静になれ」と言ってやりたい。


 そうやって俺はこの魔窟、放送部の扉を開いてしまったのだ。



「すみません、歌手募集って書いてあるのを見てきたんですが」


「却下」


「なんでだよっ!?」


「うちの部が求めているのは女性歌手だ」


「だったらそう書いとけよ!?」


「そうすると先生に怒られるからな」


 胡散臭い眼鏡をクイっと上げながら答えた男は当時の副部長、現在は部長になってやがる。


 そして、せっかく歌える場所を見つけたと思ったのに速攻落とされたあの時の俺はむきになって食い下がってしまったのだ。


「それで女性歌手を探して何やんだよ」


「昼の校内放送で歌ってもらうだけだね」


「それ顔出したりするのか?」


「いや、あらかじめ録音しておいたものか、ここで歌った物をそのまま放送する予定だね」


「じゃあ声が伴っていれば外見は問わないと?」


「無論だ」


 顔を出さないというのならアレが使える。


 その考えは麻薬のように俺から思考を奪った。


 そして俺は歌ってしまった。人前では封印し続けてきていた女声で。


 副部長はしばらくは驚いた顔をしていたが、最後は食い入るようにこちらを見つめていた。


「くっくっくっ、こんな逸材がいるとはな……」


「それで俺は合格か?」


「当然だ、こんな理想的な声を持ち、これほど歌への情熱を持った逸材を逃がしては放送部末代までの名折れだよ。


 ようこそ放送部へ。我々は君を心から歓迎する」


「ああ、だが俺が歌ってるのは表に出さないでくれよ」


「了解した、部員全員に緘口令を敷き。破った者には死よりも重い罰を与えよう」


 こうして俺は悪魔との契約書にサインをしたのだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「よう、歌姫」


「よう、姫」


 部室に入るなりそんな声がかかる。


「姫は止めろ」


「じゃあひーちゃん?」


「頼むからそれから離れてくれ、俺の名前には“ひ”も“姫”も含まれていない」


 確かに緘口令は守られた。俺の秘密は部の外には一切漏れていない。


 だがこいつらは外でいえない分まで部室で容赦なくからかってくる。


 それは俺に幻の歌姫なんて恥ずかしい名前がついてからますます加速した。


 部長に抗議をしたところ「それは契約に含まれていない」の一言で切って捨てられている。


 それどころか「もし放送部をやめたらばらす」と言うありがたい言葉までいただいた。鬼だ。


「それで今日集めたのは何なんだ?収録日はまだ先だろ?」


「来る文化祭、我が部の出し物を決めようという話だな」


「いや、文化祭の放送関連全部押し付けられるんだから忙しいだろ」


「だがそれではつまらないと思わないかね。私の最後の文化祭だ。最大限に盛り上げなければ」


 まぁ当然、この悪魔に俺の意見が通じるわけもない。


「それで、どうせあんたのことだから何をやるかはもう決めてるんだろう?」


「ああ、部内でも賛成多数で可決されている。あとは最後の一人に承諾させるだけだな」


 それを聞いた瞬間ものすごい悪寒が走る。


 出入り口へ振り返ると入り口を封鎖する部員ども。


 三階だというのに窓にもしっかりと人員を配置し防御は万全である。


「幻の歌姫オンステージ。それが我が部の出し物だ。なに、君は舞台に出て歌うだけでいい」


「ふざけんな!?それ完全に契約違反じゃねぇか!?」


「契約とは部外に君の事を公開しない、と言う物だろう?それならば何の心配もいらない」


 タイミングを狙ったようにきらりと光る部長の眼鏡。


 ああ、叩き割りてぇ。


「君には女装をして出てもらう。これで君が男子生徒だとわかる者はいなくなるという寸法だな」


「却下」


「その却下は受け入れられない。なぜならこれはもう多数決で決まったことだからね」


「数の暴力だ!?」


「部の規則にも書いてある、多数決には従うこと、とな。


 なに、放送部女子の全面協力によりこれでもかと言うほど化粧を施す。


 君は安心して飾られているといい」


 ギギギ、と音がしそうな動きで女子の方へ振り返る。


 そこには目をキラキラと輝かせた肉食獣どもの姿。


「一回姫ちゃんを女装させてみたかったのよね」


「あれだけきれいな声で歌うんですもの、見た目をかわいくしたら完璧よね」


「腕が鳴るわ」


「とのことだ、愛されてるな君は」


「結局俺の一人損じゃねぇか!?」


 俺の絶叫が空しく部室に響き渡った。



◇◇◇◇◇◇



「これはまさかの強敵ね」


「素材はそれほど男っぽくないはずなのに」


「何でこの違和感が消えないのっ!?」


 椅子に固定された俺の前でそんなことをわめく女子連中。


 俺はと言えば女装しなくてよくなりそうなこの流れに少しホッとしている。


「男であることを隠しきれないんなら俺が歌うのは無理だな、さすがに契約違反だろ」


「これは困ったね……、しかしもう後戻りはできないのだよ」


「ちょっと待て、何をやったお前」


「すでに部費で君のための女子制服を買っている。それに先生方にも出し物を報告済みだ」


「マジどうすんだよ!?俺の顔で女装なんて無理なんだよ!!体型だけでも無理があるのに顔隠して出ろってか!?」


 と言うか何で俺の制服のサイズ漏れてるんだよ。こえぇよ。


 俺が戦々恐々としていると「それだ!」という言葉と共に部長の眼鏡がまた光る、まじ叩き割るべきだと思うんだアレ。


「なるほど“隠す”か。オンステージと言うことで公開する事ばかり考えていたのがだめだったのだね」


「部長、何かいいアイデアがおもいついたんですか!?」


「ああ、とっておきのモノがね。君たちの力も依然必要だ」


「わたし達に汚名返上のチャンスまでくれるなんてありがとうございます!」


 部長と女子が芝居がかったやり取りをしているのを椅子に固定された俺は冷めた目で見ていた。


 いい加減この紐ほどいてくれねぇかな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌日の昼下がり、俺は荷馬車に乗せられた子牛の気分で部室に向かっていた。


 実にいい天気だ。そんなところまで歌に忠実じゃなくていいのに。



「姫が来たぞ!」


「さっそく確保よ!」


 部室に入ると同時に左右から腕をつかまれる。


 俺って一体なんなんだろうな。


「それで今度はどうするつもりなんですか」


「こいつを使う」


 そうやって部長が見せたのは、顔の上半分を覆う白いマスク。オペラ座なアレだな。


「これで君の顔の下半分だけ化粧をすれば足りるようになる。


 君の正体も決してばれない。


 君が隠すと言ってくれなければ思いつかないアイデアだったよ、さすが幻の歌姫だね」


 あー、墓穴掘ったな……。


 その後人生初のスカートを強制的に体験させられた。


 だれか俺に人権をくれ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「え?マジでこれで人前に出るの?止めようぜ?」


「ここまで来ておいて何を言っているのだね。なに、君はいつも通り歌うだけだ。進行は我々に全部任せろ」


 気が付けば文化祭が始まっていて、今いるのは舞台袖。


 俺はどのぐらい放心してたんだよ……。


 落ち着くために深呼吸、ふと違和感を感じると胸に詰め物までされている。


 いやほんとこれいつ着たんだよ俺。マジで記憶ねぇぞ。


 どんな姿になっているのかと鏡を探すが見当たらない。


 鏡を見てしまったら余計逃げたくなっただろうから無くて正解なのかもしれない。


「ではいよいよ、我が部の誇る幻の歌姫の登場です」


 舞台からそんな声がする。


 もう逃げ場はない。


「では参りましょう。エスコートはお任せください、姫」


 気持ちを落ち着かせるために、そんなことを言う男を殴ってから舞台袖を出た。


 眼鏡を光らせてるのが悪い。



 舞台に上がると、体育館は予想以上の熱気に包まれていた。


 一歩前に進むと「歌姫様~!」とか「姫ちゃーん!」なんて声が上がり、それに怯んで足が止まる。


 そんな俺の手を取ったのは光る眼鏡。俺はその悪魔に引きずられるようにステージの中央に立った。



 俺の顔にはまるオペラマスクを見た観客が「顔見せてー!」とか好き勝手に騒ぎ出して、思わず一歩引いてしまう。


 そんな俺の腰に手をやり支えてマイクの前に戻す眼鏡、なんかエスコートとして様になってるのがマジむかつく。


「申し訳ありません、彼女は恥ずかしがり屋なので顔は隠させていただきます」


 そう言って優雅に一礼。


 こいつは誰だ。そして彼女って誰だ。俺?俺は男だし。


「では早速最初の曲に入らせていただきたいと思います」


 前奏が流れ始め、会場が一気に静かになる。


 歌い始める直前の慣れた空気。


 それに俺はやっと落ち着きを取り戻して、歌にすべての感情をぶつけた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「以上、幻の歌姫でした」


 一礼し舞台袖に戻る道中。会場から割れるような喝采が飛び交う。


 俺が一曲歌うたびに会場が盛り上がる。


 会場が盛り上がるたびに俺の歌が輝きを増す。


 そんな夢のような時間は終わりを告げた。


「君はずっともっと光が当たる場所、表で歌いたがってたみたいだったからね。いらぬ世話を焼いてみたのだが、満足してくれたかね?」


 部長のそんな言葉に、素直に返す。


「ああ、すごく楽しい時間だった」


「そうか、それほど女装が気に入ったのならその制服は君の物だ」


「そっちじゃねぇ!?」


 少し見直したとたんにこれである。ほんとこの眼鏡は悪魔だ。


「なに!?そんな声で歌うからてっきりそういう趣味があるものだと」


「いや俺普通に男声でも歌うからね!?歌うの全般好きなだけだからね!?」


「なっ!?君男声で歌えたのか……」


「あんたは俺を一体なんだと思ってたんだよ!?」


「……歌姫?」


「ふざけんなっ!?」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「よう、ファントム・プリンセス」


 部室に入るなりそんな声がかかる。


「止めろ、俺の名前に横文字は含まれていない」


 文化祭でうっかり歌わされてしばらく。


 あの時かぶっていた某オペラ座なマスクの持ち主である怪人からの連想で、「幻の歌姫」には恥ずかしいカタカナのルビが追加されることとあいなった。


「と言うか何でプリンセスなんだよ!?歌姫ならディーヴァだろ!?」


「その辺を高校生の英語力に期待する方が野暮だという事だな」


「よう、プリンセス」


「よう、プリンちゃん」


「マジで止めてください」


 全力で頭を下げる。


「じゃあファントム?」


「姫にそれはかっこよすぎじゃね?」


「……もう、姫でいいから、カタカナは止めて、お願い」


 思わず口から洩れる。


「みんな聞いたか!?」


「ああ、ついに姫から公認が出たぞ!」


「われらの姫を崇めるのだ!」


 部員どもが俺を取り囲む。


 そのまま全員から巻き起こる姫コール。


「姫!」「姫!」「姫!」


「いやお前ら今まで散々人の事姫姫言ってたよな!?何なのこのノリ!?」


「本当に愛されてるな君は」


 部長の眼鏡がきらりと光った。

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