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『看護師って、エロいよな』

やっぱり、お食事中の方はご注意を。

『看護師って、エロいよな』



 馬鹿だな。

 この男は間違いなく馬鹿だな。



『ナースキャップとか、白衣とか、エロすぎるよな……』


 エロいDVDとか、動画とか見すぎなんだよ。

 ナースキャップなんて、廃止になってから余裕で10年以上たつ。

 ミニスカートの白衣ってか、ワンピースの白衣なんて着て仕事は出来ない。



 相手をするのもアホらしくて、私は店員さんに生レモンサワーを注文する。


 赤い顔で、ぼんやりと視線をただよわせ、だらしなく口を開けている男は、さらに言葉を連ねる。


『アソコの毛を剃るとき、ジャンケンするの?』


 馬鹿だな。

 やっぱり馬鹿だな。


 私は手にしていた枝豆のサヤをガラ入れに投げつけた。



 剃らねーしっ!


 私の勤務する病院では、必要がある場合のみ手術室で剃ることはあります。



 馬鹿にいちいち、説明してやる義理もない。

 私は思い切りスルーした。



 ちまたに溢れるナースのイメージには、本当に辟易する。


 この妄想暴進中の酔っぱらいも、きっと稀なケースではないのだろう。


 はあ、こんな言葉を投げられるくらいなら、家で寝てたほうがよかった。






 日、深、準、準、休、休、休、日、日……。


 研修で久しぶりに顔を合わせた同期に勤務の愚痴をこぼした。それならばと飲み会に誘ってもらったのが、一週間前。


 駅前の居酒屋の唐揚げは正直食べ飽きた。一人で缶ビールを飲むよりは、きっとマシかなとやってはきた。

 こういう飲み会に素敵な出会いの夢を抱かなくなっていったいどれくらいたつのだろうか。

 全く相手には期待してはいなかったけれど、思わぬ伏兵……。


 とんでもない馬鹿が混ざってた。






 勤務の希望は一月に三回まで。他の人と重ならないようにする。

 締め切りは前月10日まで。

 つまり、4月初めに5月の勤務の希望を用紙に記入しておく、用紙の回収はきっちり10日だ。

 後になって、やっぱり……。なんて通用しない。


 勤務表を作成するのは師長の仕事だ。

 ずいぶん前から、勤務表作成ソフトなるものもあるらしいが、あまりというかほとんど使えないらしい(私はやったことないから知らない)

 得手不得手があるらしく、勤務表を組むことが上手な師長とそうでない師長がいる。

 希望を書いても通らないことがある。

 ありがたいことに、私の休みの希望は受理され、休みとなっていた。




 ーー三連休か……。



 正直、三連休なんぞいならいのだ。

 中日に友人と久しぶりにランチに行く約束をした。そのための希望休み。

 中日に用事があるがゆえに、泊まり掛けで出かけるわけにもいかない。

 急な連休に友人たちが休みであるはずもない。


 休日は四週間で、きっちり8日。つまり、ここで三連休ということは、どこかで長い長い連続勤務があるということなのだ。


 まあ、一般市民(医療関係者以外)の方には看護師の勤務体制はなかなか理解されない。



 休みと準夜勤務が続くと、昼間は自宅にいる。そして、夕方になると出掛けていき、真夜中すぎに帰ってくる。


 きっと、アパートの隣の部屋の人は私を水商売のお姉さんかと思っていたりするのだ。




 三連休明けの日勤は、患者把握のためにいつもより早く行かなくてはならない。

 カルテを読む時間は必ずしもあるとは限らない。……というか、朝はない。なので始業前に読まねば仕事にならないのだ。



 ベッドの中からなかなか出ることの出来ない私は、黄色い声をあげて笑う女子アナの語る、その日の占いのランキングをぼんやりと見つめる。


 ーー12位……。


 益々、行きたくなくなる。



 しかし、行かないわけにはいかない。

 ノロノロと起き上がり、私は身支度をはじめた。






 朝礼中、鳴ったナースコール。

 手伝いを申し出るスタッフの声の低さに引っかかりながら、部屋へと向かう。





 ーー朝イチでコレかよ……。




 部屋いっぱいに立ち込める臭いは、廊下にも流れている。

 予想はついていた。きっと、こねちゃったんだろうって……。


 これほどの有り様は久しぶりかな。

 頬がひきつってしまったことに誰も気づかないといい。



 私は患者さんのべったりと茶色に変色した手を一番に拭いた。


 ーーどこにも触らないでください!


 そして、こってりと汚れたシーツをはがしながら、体やお尻を拭き、ベッド柵はとりあえず外して、脇に置いておく。寝間着を着せて、オムツを交換して、車イスに座らせてから、


 患者さんの手を丁寧に洗った。


 にっこりと微笑み、少し眠そうな黒目がちな瞳は大型の草食動物を思わせた。


 うつらうつらとまどろむ彼をベッドに戻す。

 とても、満足そうに横たわり穏やかに眠りにつこうとする彼に、私はそっと布団をかける。





 外科病棟のベッド数は47床。たいてい稼働率は90%超え(いや、90を切ることなんてないっ)


 日勤は6人、早出と遅出が1人づつ、六時間のパートさんが2人。

 毎日、入院は3つから8つ……。

 手術は、5つから9つ……。


 ムラがあるのは、救急指定病院の悲しいところ。


 この慌ただしさや、あり得なさはきっと外科病棟に勤務しないと、看護師でも、わからない。


 私は日勤のフリー業務をこなしていく。


 患者さんの体を拭き、着替えをして、オムツを使用中または、尿道留置カテーテルがある患者さんには、陰部洗浄を行う。



 清拭は、看護処置の中でも基礎で基本。

 清潔を保ち、体を観察し、患者さんの状態を把握する。

 顔色、呼吸の状態、体動時の痛みの程度、腹部の柔らかさ、点滴の刺入部、ドレーンなどなど、そして患者さんの精神状態をも観察していくのだ。

 陰部洗浄は感染の予防、清潔の保持、褥創の予防などの目的がある。


 私は陰部洗浄用のボトルを手にして、石鹸で洗う。コットンで優しくこすり洗う。

 皮もめくって、裏も、カスが残らないように丁寧に、汚れが残っているとそこはかぶれてただれてしまうこともある。





 今までに何回したのか、全く覚えてません。


 ここだけの話、サイズもいろいろです。

 ぶっちゃけ、真珠付きなんてのもありましたよ。




 ーーこれって何ですか?


 無邪気に聞いてきた若い看護師に説明したら、絶句してました。

 新人のころ、私も同じ経験しましたから。


 こんな仕事じゃなきゃ、知らないまま過ぎていきますよ。

 別に知りたくなんてないよね、知らなくていいよね。






 ナースコールは鳴り止まない。

 コールの対応に追われながら、ケアに回る。



 残尿測定。

 これは患者さんにとって、とても苦痛の伴う処置なのだ。


 山田さん(仮)は64才の男性。病気は結腸…やっぱり省略。

 手術の後、自尿の量が減り、泌尿器科のフォローを受けている。

 医師の指示で、排尿後、毎回導尿をして、その膀胱内に尿がどれくらい残っているかを測るのだ。



 認知症もなければ、高齢者というには、若々しい山田さん。


 トイレに行く度に、ナースコールで導尿を依頼しなくてはならない彼は、お忙しいところすみませんと、整った眉毛をハの字にして小さくため息をつく。



 羞恥心を伴うからこそ、いつもに増して、黙々と淡々と。清潔操作は正確に、素早く手早く出来るよう準備は抜かりなく。


 山田さんのズボンを降ろし、下着も下げて、むんずとソレをつかむ。

 尿道口を消毒し、直径五ミリほどのカテーテルを潤滑油で滑らしながら、進めていく。



 ーーおっと、前髪が……。



 私の悪い癖だ。集中すると顔を近づけてしまうのは……。気がついたとき、ソレとの距離は30センチを切っていた。

 後ろでひとつにまとめた髪が、思った以上に乱れている。

 私は顔を上げて処置を続ける。




 ゆっくりと少しずつ押し進めると、コツリと止まる。

 そうしたらば、少しソレを倒し、カテーテルを短く少し強く進める。



 つっ!!




 ーー痛いんだよね、すみません……。


 山田さんが顔をしかめているのを横目で見ながら、さらに進めると、


 チョロチョロと流れ出てくる。


 尿器に余すことなく、膀胱内に残っている尿を導き出す。




 ーーまだ180もあるわ。


 尿器の中で、たぽりと揺れる黄色い液体。



 山田さんもため息をつきながら、ズボンをあげている。


 残尿が早く減るといいのだか、こればっかりはわからない。このまま、残尿が減らないならば、山田さんは退院後は自己導尿をせねばならない。


 きっと、山田さんも不安なのだろう。何か気のきいた言葉をかけられるといいのだけれど、私には思い付かない。



「また、トイレの後、教えてくださいね。お疲れ様でした」


 ありきたりの言葉をおいて、私は部屋を後にする。






 確かに、私の仕事にはシモが溢れている。

 毎日、毎日、シモに関わるのだ。

 シモなくして私の仕事は成り立たないのかも、しれない。



 そこから、エロいなどという発想が現れるのだろうか?



 だとすれば、

 やっぱり、馬鹿だ。



 患者さんにとって、失礼きわまりないことに気づかない馬鹿なのだ。



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