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第6話 僕の秘密と母の隠し事

 

 4歳


 4歳になりました。

 何とか30分くらいなら本を読むことが可能になりました。

 休みを挟めばまた読めるようになるのですが、生憎元来本の虫。

 夢中になっていると、いつの間にか寝てしまっているのです。

 体の方は、本来のスペックを少しずつ発揮できるようになってきました。

 身長は大人の半分くらいなのに、全力で競争したらたぶん勝てそうです。

 あの騒動の後、同じことが起こらないようにと、何度も寝落ちしながらマスターした強化魔法も回復魔法も、この調子ですと日の目を見ることは無いかもしれません。


 冬も終わり春が来ました。

 といっても、この国には雪も降らなければ、草原の草が枯れることもありません。

 それゆえに何を持って春と呼ぶのか、といわれたら分りませんが。

 なんとなくです。

 体感で少しずつ暖かくなってきたなー、と思う頃、麦の種まきが始まります。

 前世では、秋蒔きの麦が一般的でしたが、地域によっては春蒔きの麦なんかもあったはずです。

 こちらの世界なのか、この村限定なのかはわかりませんが、春蒔きの麦に近いものなのでしょう。

 お日様に照らされるとポカポカとして、あちこち歩き回りたくなりますね。

 最近では家の外にいても連れ戻されることはなくなったので、大手を振って散策できるというものです。



 ニールが家から出ると、集落の中には活気がなかった。

 種まきの時期だからといって、村の中がこんなに静かなことは無かった。

 不審に思い畑に向かった。

 まだまだ肌寒いですが、もう麦の種まき時期です。

 誰もいないなんて事は無いと思うのですが。

 少し歩いてみるが、やはり誰もいなかった。

 久しぶりに探知魔法でも使いましょうか。

 最近は探知魔法と探索魔法を使わなくなっていた。

 理由は、あまりよくないものを感じてしまったからだ。


 半年くらい前のことだった。

 魔力を消費するためだけに展開している魔法だったため、いつもは気にも留めなかったのだが、その日はなんとなく思い立って家族のことを探ってみた。

 母はいつものように畑にいた。

 姉と次男はそれを手伝っているようで母の周りをちょろちょろと動き回っていた。

 長男は村の外を誰かとゆっくり歩いていた。距離が近い二人は時々動きが止まることがあった。

 たぶん仕事をサボってデートでもしているのだろう。

 あまり出歯亀しても仕方ないので、父に意識を向けると、三件向こうの家の中にいた。

 確か父の幼馴染の家だったと思う。

 父を示す印は他の何かと重なっており、小刻みに揺れていた。

 母や姉弟に仕事を押し付けて何をやっているのか、と怒りに震えたが、その場に踏み込むわけにもいかない。

 腸が煮えくり返っていたが、幼児の身で何かができるわけでもなく、ぐっと飲み込んだ。

 それ以降、探知魔法を使うことは無かった。


 魔力は、その後見つけた『上級魔道具作成法』という本の中にあった魔石作成という技術を使うことで解決した。

 本来は素材に宝石やクリスタルを使うらしいが、錬金魔法で石ころを変性させ魔力を注ぎ込み、魔石を作成した。

 これはもしかしたら、宝石なんかも作れるのではないか。

 含有物の関係で今回はお預け。

 素材によって上限は違うが、魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほど強力な魔石になる。

 魔力を消費する方法としては効率がよかった。

 そのまま放置すると圧縮した魔力が抜け出して大惨事になるが、アイテムボックスに入れておけば問題ないのは確認済み。

 ちなみに、ニールは知らないが、この技術はやろうと思えばそれなりの力を持つものなら可能だった。しかし、それを知る者はいない。

 なぜなら神の知識だから。

 通常魔石を手に入れるには、魔物や魔族を倒して彼らが長年体内に溜め込んだ魔格を抜き取るしか方法がなかった。


 探知魔法を使おうとすると、誰かが走って近づいてきた。


「こんなところにいたー」


 振り向いたところを息を弾ませて走ってきた姉に抱きしめられた。


「おかーさーん。ニールいたよー」


 頬を上気させた姉はニールを離すと、ピョンピョン跳ねて後から来る母に手を振っていた。


「もー、心配したんだからねー」


 母が小走りで近づいてくるのを確認すると、腰に手を当てた姉がむくれる。

 やっとで追いついた母はしゃがんで目線を合わせる。


「ニール、勝手にお外に出たらダメじゃない」


 母と目が合うと、悪いことをしているわけではないのに、咄嗟にそっぽをむいてしまった。


「ニール、しっかりお母さんの目を見て」


 肩をがっしりとつかまれ、正面を向かされた。

 肩を掴む母の手は、いつもと同じ暖かくて優しい感じがする手でしたが、最近また痩せた気がします。

 母と目が合うと、悲しいわけではないのに目の奥から熱いものが込み上げ、搾り出すようにして出した声は震えていた。


「ごめん、ださい。あざ、おぎだら、だでぼ、いだぐで、おそと、いったら、だれが、いる、おぼっで……」


 涙をこらえることはできなかった。

 喉の奥から漏れる嗚咽をこらえようとすると、しゃっくりがでて、うまくしゃべることができなかった。

 母は肩を掴んでいた力をゆるめ、「ゴメンね」と優しく抱きしめてくれた。

 母の鼓動を聞きながら落ち着くと、ニールを真ん中にして3人で手をつないで家に帰った。

 帰る途中、母も姉も優しく話しかけてくれた。

 こっそり顔を見上げると僕は2人の目が潤んでいるのを見た。



 家に帰るまでの間に、なぜ村に人がいないのかを聞きました。

 普段、大人たちは畑に出かけ、6歳以上の子供達はそれを手伝います。

 この村では誕生日という行事は無いようですが、年に一度だけ農作業が始まる前に6歳になる子供と16歳になる子供を祝うお祭りがあるそうです。

 6歳の子供は労働力として認められることを祝い、16歳は成人として迎えられることを祝うようです。

 そして、この通過儀礼を終えることで、翌日から6歳以上の子供は働くことができ、16歳以上は大人と認められ婚姻ができるようになるそうです。

 とても貧しい村ですが、この日だけはいつもより豪華な料理が食べられるので、大人も子供も大喜びらしいです。

 しかし、この集落だけでは毎年その年齢の子供がいるわけではありませんので、付き合いのある近隣の集落と合同で行います。

 今年は隣の集落が会場で、みんなが出て行っているらしいです。

 あれ? 僕それ知りません。


 会場には各人が何かしらを持ち寄るらしいですが、それでも食事は一応全員分確保されているらしいです。

 つまり、父と兄達がたくさん食べるために、僕達はお留守番のようです。

 元々男尊女卑のひどい男だとは思ってはいましたが、これ程とは。


 ……あれー僕は?



「マイスーできたよー」


 家に帰ると、姉が運んできたいつもの粘土みたいな練り物を作って持って来た。

 いつも心で粘土って言っていますが、実はこれってマイスーっていうんですよ。

 去年は不作だったため、今は豆の入ったスープみたいなお湯すら食べられないことが多かった。

 別にご馳走ではなくてもいいのですが、もう少し味のする物が食べたいです。

 お椀に3杯分しかない粘土もといマイスーを、母は一口だけ食べると食欲が無いと言って僕と姉の器に分けた。

 僕だけではなく姉も怪訝そうに母を見たが、母は軽く首を振るだけだった。

 いつもより多いマイスーを残したい気持ちにもなりますが、食べ物を粗末にするわけにはいきません。

 拒否反応を起こして涙が出そうになるが、必死にこらえて流し込んだ。

 そんな僕と姉を母はニコニコと見つめるだけだった。


 そして、食事が終り、お椀を片付けようと立ち上がった時、母が倒れた。



「「おかあさん!!」」


 僕は倒れる母に気がつきながら、何もできなかった。

 立ち上がろうとして中腰になったとき、お椀が手からこぼれ落ち、前のめりに倒れるのを。

 その瞬間、母の目玉がグリンと回り白目をむいたのを。

 受身を取ることもできず、顔を地面に打ちつけたのも。

 全部見えていたのに、体が動かなかった。

 怖かった。

 ただただ、怖かった。

 突っ立っている僕を尻目に、姉が駆け寄って倒れた母を抱き起こした。


「お母さん大丈夫!!」


 姉が母の体を揺らした。

 必死な姉を見て、「そんな時は揺らしちゃダメだ」なんて言うことすらできなかった。


「あらあら、大丈夫よ。ちょっとふらついただけだから」


 気が付いた母は、泣きそうな僕と姉を見て母は目を細めたが、どう見たって大丈夫ではなかった。

 今まで母が痩せてきていることも、顔色が悪いことも、気がついてはいていた。

 でも、そのことについて真剣に考えたことは無かった。

 姉の肩を借り、藁束の上に布を被せただけのベッドに横たわる姿は、どう見ても病人にしか見えなかった。


「大丈夫よ、少しだけ休んだら元気出るから。ゴメンね、ちょっとだけ休むわね」


 僕と姉が見守る中、しばらくすると弱弱しい母の寝息が聞こえ始めた。



 しばらく様子を見ていたが、スッと立ち上がった姉は、玄関とも呼べないような粗末な扉の前で立ち止まった。


「父さん達呼んでくるから」


 姉は僕だけに聞こえるような声で呟くと、静かに扉を開けて走り去った。

 振り返ることは無かったが、僕は真っ赤にした姉の目に涙が溜まっているのを見た。


 姉が走り去ると、家の中には僕と母の二人だけが残された。


「ごめんなさい」


 僕は母に聞こえないような声で小さく呟いて母に『解析』を使った。

 今まで病気に気がつかなくて、ごめんなさい。そして………。

 解析の結果、母の現在の状態にはこう表示されていた。



 HP:5

 過労、栄養失調、奴隷


 僕は母が父の奴隷だということを、前から知っていた。

 初めは、小さな疑問だった。

 なんで母は父と結婚したのだろう。

 確かに顔は整っているが、誰もが振り返るような美男子ではなく、ろくに働かずいつも偉そうにふんぞり返る父を見てそう思った。

 小さな疑問は次第に大きくなって行った。

 なんで母は父の言うことに従うのだろう。

 隣の夫婦もその隣の夫婦も、そのまた隣の父の幼馴染の夫婦でさえ夫婦喧嘩をすることがあった。

 しかし、僕は生まれてこの方、両親の夫婦喧嘩を見たことが無かった。

 ただただ父が文句を言い、母はただ従うだけ。

 父が理不尽なことを言おうとも、暴力を振るおうとも、母が怒ることは無かった。

 そして、あの時だ。

 僕が偶然知ってしまった父の秘め事も母は知っていたようだ。

 旦那が他所の女と隠れて逢瀬を重ねているのを知っていて、なお相手を眺める母はただ困ったように笑うだけだった。

 ついに不審に思った僕は、母に『解析』を使ってしまった。

 吐きそうだった。

 父のことを気持ちが悪いと思った。

 そして、母も。

 それ以来、僕は他人に『解析』を使ったことは無い。

 他人が身の内に秘めているものを覗き見る趣味は僕にはなかった。


 今まで病気に気がつかなくて、ごめんなさい。

 そして、隠し事を知ってしまって、ごめんなさい。

 気持ち悪いなんて思ってしまって、ごめんなさい。

 例え母が奴隷だったとしても、例え僕が父に無理やり生まされただけの人間であっても、僕が神に作られた模造品だったとしても、母が母なことにはかわりがない。

 誰に何を言われようとも、やっぱり僕は母が好きだ。

 死ぬなんて絶対ダメだ。


 疲労は治癒魔法で何とかできそうだった。

 だが、問題は栄養失調だ。

 これは流石に魔法でもどうしようもなかった。

 治療といえば、栄養をとらせることだろう。

 しかし、母はすでに食事を食べる体力もなくなっている。

 前世だったら栄養剤を点滴で投与したり、流動食やサプリメントなどの栄養補助食品で足りない栄養素を補填することができた。

 しかし、この世界にはそんなものはなかった。

 そもそも、お金が無い。

 ニールの持ち物といったら、麻で作られた膝下丈のシャツ1枚とアイテムボックスに無数に死蔵された魔石のみだった。

 今まで言う機会がありませんでしたが、パンツは穿いていません。靴もありません。

 冬はこのまま毛皮に包まるのみです。

 洗濯中は完全無敵の全裸です。

 失礼、少し混乱していました。

 魔石はお金になりそうだが、魔物を倒して剥ぎ取らないといけないものを4歳児が持ってきても、怪しまれてお仕舞いだろう。

 例え買い取って貰えたとしても、その後の身の安全が危うい気がする。

 お金がかからなくて、何か滋養のあるものは無いだろうか。

 そんなものがあったら、すでにみんなが食している気がするのだが。

 無い頭を捻ったところで、良い考えが出てくることは無かった。

 そもそも、こちらのことなんてほとんど知らないのだ。


 こんな時こそ、苦しい時の神頼み。


 神の指南書によるとナールング草というものがあるらしい。

 魔素を多く含み栄養価が高い。しかも、世界中に分布しているらしい。

 上級のスタミナポーション(ユン○ルみたいなものだろうか?)の素材になるがあまり知られていないみたいだ。

 ただし、魔素が濃い場所にしか生えないため採取量が少なく、精力剤の材料になるため貴族が買い求め、あまり市場には出回らずかなり値が張るらしい。

 殆どの人はこの時点で諦めるだろうが、ニールには探索魔法があった。

 探索魔法は対象の名前さえわかれば、対象範囲内にある対象の方向がわかる。

 対象についての情報が多いほど精度が上がり、対象に近づくことでも精度はあがる。

 幸いなことに、神の指南書の中の植物図鑑はやけにリアルなカラー写真つきだった。

 早速探索魔法を展開すると、いくつかの存在が感知できた。

 中には壁の向こうにもあるようだが、おそらく誰かの持ち物だろう。

 残りのものは同じ方向にあり、もしかしたら群生地が在るのかもしれない。





マザコンのタグを入れようか少し迷いました。

でも、まだ4歳なんで、大目に見てやってください。


人や物、町の名前を考えるのがすごく苦手です。

はじめは呪文の詠唱なんていうのも考えようかと思いましたが、何事にも向き不向きというものがありますね。

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