第5話 魔法初心者に大切なこと
1歳
こちらに来て1年の歳月が流れました。
誕生日を祝う習慣が無いのか、ワクワクしながら迎えた1歳の誕生日も、いつもの貧しい食事だけでした。
せめて、おめでとうくらい言って欲しいものです。
そうそう、乳離れが終わり、母乳から普通の食事にランクアップしたんですが……あんなもん食えたもんじゃねえ。
味のしない、すいとんの様な物体と豆の入ったスープ…というかお湯?
味はうっすいし、毎日朝昼同じもの。
正直拷問だよあれ。ちなみに夜はなし。
素材の味?いやいや、せめて味の濃い…………失礼、取り乱しました。
相変わらず、気を抜くと幼い体に魂が引っ張られてしまうようです。
なんにせよ1歳になりました。
未だ夜は早く眠くなりますが、行動可能な時間は順調に増えてきました。
バランスが悪くふらふらしますが、2足歩行もできるようになりました。
頭が重いのです。
歩行可能になると、行動範囲も広くなりましたが、家の外にいるのを見つかると、家の中に連れ戻されるのがもどかしいです。
ステータスだけ見たら前世の自分よりも数倍あるのですから、普通に歩けそうなものですが人生そんなに甘くありませんね。
知覚や感覚などの神経や、筋肉の発達が関係しているのでしょうか。
まぁ、駆け出しの1歳児が跳んだり走ったりしていたら目立って仕方ありません。
自然な成長というのは感謝してもいいのかもしれません。
日常会話の聞き取りは完璧、とまでは言いませんがこの集落で使われている程度であれば理解できるようになりました。
たまにわからない単語もありますが、それを尋ねる能力が無いので、そこはこれからの課題ということで。
まだ口腔内が未発達のせいか簡単な喃語しかしゃべることができないのです。
辞書が読めたらこちらの言葉の勉強もできるのですが、相変わらず文字を読むと5分で眠りにつくのは変わりませんでした。
読書可能時間が延びないのが残念で仕方ないです。
ですので、これまでと変わらず暇な時間は魔法の修練です。
消臭魔法の常時展開をしながらの魔法の訓練にも慣れてきました。
かなりコントロールが難しいですが、魔法は複数同時に展開できるようです。
しかし、段々と魔力を消費しきるというのが難しくなってきました。
初級魔法という事ですし、もともと消費が少ない魔法なのかもしれません。
探知魔法は今では数キロ先まで調べることができ、人や魔物、動物、植物、物などある程度標的を絞ることにも成功しました。
探索魔法も複数対象に同時展開できるようになり、一日中展開できました。
今は3種類の魔法を一日中展開しているわけなんですが、選べる対象が少ないため、完全に家族のストーカーになりつつあります。
あ、また次男が壁の向こうでウ○チしてます。
このままだと、家族の行動だけではなく、性癖や隠し事を知る日も近いかもしれません。お互いのためにも、早急にもっと魔力を消費する魔法を見つけないといけませんね。
そんな時、ちょっとした事件が起きました。
体内の魔力操作をしていると、ハエが邪魔をしてきました。何度も追い払うのですがしつこく付きまとうのです。
消臭魔法がかかっているはずなのですが……。
あまり考えたくないですが、もしかしたらそれを無効化するくらいの強烈な臭いを自分自身が放っているのかもしれません。
今日はいつも以上に念入りに体を拭いてもらおうと思います。
はぁ、お風呂に入りたいです。
少し考え事をしていると、手元の壁に件のハエがとまりました。
腕をゆっくり振り上げました。
そして、的に向かって全力で振り下ろします。
もろたーーー!!
『ドゴォーーーン』
………壁に大きな穴があき、全力で振りぬいた右手は拉げて何かよくわからない肉塊と化していた。
……えっ、なにこれ?
目の前にある結果に理解が追いつかず、唖然としていた。
しかし、段々と激痛が右手から伝わってくる。
やばい、泣きそう。
幼い体が大暴走しようとするのを必死に押さえ込み、何か役に立つ知識はないかと記憶を探った。
咄嗟に以前さわりだけ読んだ、初級魔法書の中にあった回復魔法の存在を思い出した。
ステータスを呼び出し、初級魔法書を開くと索引から回復魔法を自動検索。
本は断然実態のある紙媒体派だが、いまは電子辞書のような勝手のよさがありがたい。
早速、検索した回復魔法の項目を読んでいく。
流石にこの状況では眠ることはなかった。
痛みをこらえながら何とか回復魔法を完成させる。
暖かい光が、血が溜まっているのか象の足のようにポンポンに膨らんだ右手を包み込んだ。
次第に萎み始め、元の大きさに戻ると、爪が剥がれ、おかしな方向に曲がった指が現れた。
長さが違うのは骨が折れているせいだろう。
逆再生しているような奇妙な動きで元に戻る右手を、何ともいえない表情で眺めた。
徐々に痛みがひいていき、元の形に戻ると光も消えた。
なにこれ? 気持ち悪っ。
初めて眼に見える形での魔法を展開し、魔法の万能さを実感した。
ニールは知らなかったが、実際には初級の魔法では切り傷や擦り傷、やけどは治るが、原型を失った手を直すことなんてできなかった。
ただ単純にニールの魔力量によって中級魔法クラスに効果が跳ね上がったのだ。
右手の治療を終え、グーパーして異常が無いことを確認したところで、壁に空いた大穴が目に入った。
ダメもとで再び魔法書を開くと修理の項目を発見。
何とか穴を埋めることに成功するとホッとしたのか強烈な睡魔に襲われた。
眠りに落ちながら、主人公は魔法の有用性を改めて思う。
もう少し魔法の勉強をしてみよう。
後日調べてわかったことだが、今回壁に大穴を空けた原因は、魔力を集中していた腕の筋肉が活性化されていたためだった。
どうやら、魔力を集中した場所は強化され、逆に薄いところは脆くなるということだ。
もし手先にも魔力が通っていたら今回のような怪我をすることはなかったのだが、訓練中で運悪く腕のみに魔力が集まっていたために起こってしまった事故だったようだ。
魔法を使えない戦士の中には、この方法を使って瞬間的に普段以上の力を使うことがあるらしい。
しかし、どこかに集中したらどこかしらには無理が出る。
大人の体でもリスクが大きいのは変わらないため、いざという時にしか使わない方法のようだ。
魔力によって筋肉を強化すると共に体が反動で壊れないように保護するのが強化魔法というカテゴリーなのだが、この方法はそれの劣化版のようなものだった。
今回の顛末を受けて、こう胸に誓った。
魔法の練習をするときは、必ず周囲に人や物がいないことを確認しましょう。
今回は短めですね。
書きたい事が思ったように表現できなくて、削っているうちにこの長さ。
自分の頭の中にあるものが、自動で文字に変換できたらいいのに。