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第2話 勇者の体

 「魔王は基本的に悪い奴で勇者は魔王を倒そうと少数精鋭で魔王軍に挑む無謀な奴」ざっくりとした説明を聞きながら、歩き出した神の後ろをついていった。

 その説明だと中心となる人物によって魔王と勇者が入れ替わるのではないかと素朴な疑問を覚えたが、結局自分にとって都合の悪い奴が悪であるのはどこの世界でも一緒なんだと勝手に解釈しました。

 しばらく歩くと何も無かった真っ白な空間にふわふわと淡い光の玉が浮かんでいるのが見えました。

 どうやら神の目的はその光の玉のようです。

 光の玉の前で立ち止まり、神はその光の玉を目の前に差し出しました。

 ふわふわと浮かぶ光の中には、一糸纏わぬ赤ん坊がいました。

 否、見たことはないが、膝を抱え込んでまるまる姿は胎児と言った方が適切でしょうか。


「これはこれからおぬしの器となる体じゃ。まだ母親の腹の中におるが、おぬしが入りこめば直ぐに生まれることじゃろう」


 どうやらこれが自分の体になるらしいです。

 ですが、自分が中に入ったら元から入っていた魂はどうなるのでしょう。


「大丈夫じゃ」


 体を乗っ取ってしまったら人殺しになってしまうのではないでしょうか、そんなことを考えていると神が口を開きました。


「恐らくじゃが、先に他の魂が入っておったらどうなるのかなどと考えておったのじゃろ?」

「ええ」

「だったら問題はないわ。そもそもこの体は転生者のために作られたものだからのう」


 神は手を伸ばすと優しく産毛しかない頭を撫でました。

 その目を細め自愛に満ちた顔はこれまでで一番神らしく、けれどもどこにでもいる好々爺のようにも見えます。

 胎児から手を離すと、すでにその顔からは笑みが消え何事も無かったかのように問いかけてきました。


「では、ステータスは分るな?」

「はい、社会的な地位や身分の事ですね」

「…まあ、そうじゃろうな。そんな気はしておったんじゃ」


 そう言って、また溜息をついたが、不思議そうな顔をする真人を見ながら続けた。


「そうじゃ。一般的にはステータスと言ったら身分や地位のことじゃな。じゃが、わしらの言うステータスはそれらを含めたその者の能力のことじゃな。まぁ、説明だけでは分り辛かろう。ステータスと唱えてみよ」


 何を言っているのかわかりませんが、とりあえず言われるがままにステータスと声に出してみました。




 名前:和仁わに 真人まさと

 性別:男

 年齢:60

 職業:無職

 状態:魂


 HP:102

 MP:0

 力:20

 体力:23

 知力:39

 魔力:0

 精神力:40

 速さ:16


 スキル

 剣術 格闘術 隠密 隠蔽 我慢 交渉 料理




 うわー。

 無職って地味にショックですね。

 今頃ニュースでは交通事故で亡くなった60歳無職の男性とか流れるんですね。

 せめて明日まで働いていれば。

 ですが、法律上では退社日の24時までは会社所属になるんだった気がします。

 突然目の前に現れた文字にへこんでいると、神が話しかけてきました。


「どうじゃ? それが今のおぬしの能力じゃ。ちなみにHPはわかるな?」


 神の発言に少しムッとしました。

 いつも同僚の若い者に向けられる視線を神から向けられるとは思ってもみませんでした。

 確かにcad全盛なのは理解しています。

 自分がcadを使いこなせていない事だってわかっています。

 しかし、いくら年を食っているからってバカにしないで貰いたい。

 確かにPCを使うことは少ないが使えないわけじゃないです。

 ただ使わないだけです。


「それくらいわかります。バカにしないでもらいたい」


 ついつい感情的になり、ちょっと険のある言葉になってしまいました。


「そ、そうじゃな。すまんかっ「ホームページのことですよね」た…………え?」

「それくらい知っています。ですが、ホームページが102ってどういうことですかね。自分のことが書かれているページが102あるってことでしょうか?……あれ、どうしました?」


 開いた口が塞がらない。

 その字面通り口をポカンと開けて呆気にとられた神は正気に戻ると大きく頭を下げて謝ってきました。


「すまんかった。わしが悪かった」


 申し訳なさそうにしながら神は丁寧にステータスについて教えてくれましたが、その不憫そうな目で見るのはやめていただきたい。

 しかしそんな神の姿を見ると、小学校の低学年のときに担任だったおじいちゃん先生と呼ばれていた恩師のことを思い出してしまいました。


 神によると、名前・年齢・性別については現在のものが示されているが、新しい体になった際に更新されるらしいです。

 職業は後から説明するらしいです。

 力や体力・速さは年によって低下したようで、最盛期には知力や精神力と同じ位の値を示していたであろうということでした。

 現代日本人の最盛期の平均は25~35で、自分の数値はやはり若干だが他の人よりは高かったようで、すこし嬉しいですね。

 MP・魔力については、地球には自然発生する外的魔素が少ないため、まず持っている人間はいないらしいですが、魔素って何でしょうね。

 例外的に魔素の濃い霊山などで修行した者やその家系に魔力を持つものが現れることがあるらしいですが、それも極少数のようです。

 スキルというのは、その者が取得した技術であり日々の生活の中で研鑽したものが示されるらしいです。

 しかし、同程度の技量があったとしても示される者と示されない者がおり、これが世に言う才能と言うものらしい。

 ちなみに、ここに示されるようになるとそれなりにボーナスが発生するようで、その恩恵はなかなかのもののようだです。

 



「それにしても、隠密に隠蔽とはなかなか物騒なスキルを持っておるな。おぬし本当に一般人なのか?」

「あー、なんとなく心当たりはありますね。本社に用事がある時は上司の目に付かないように気配を消していましたし、隠蔽の方は同僚のミスの中で火の粉の降りかかりそうなものは上司に見つからないよう処理していたのが反映されたのかもしれませんね」

「現代日本は割と平和な国だと思っておったが、そんなに殺伐としておるのか?」

「人間社会をなめてはいけませんよ。成果の強奪、足の引っ張り合い、責任の擦り付け合い、奸智術数権謀術数の数々。欲にまみれた人間社会なんてどんな時代だって変わりませんよ」


 ニッコリ笑ったつもりでしたが、なぜか神の顔が引きつっていました。


「そ、そうか。世知辛い世の中じゃな」

「本当にその通りですね」

「す、すまんかった」

「いえいえ。起こってしまったことは仕方ないですし、過去は過去です。きっとこれからいいことがありますよね?」

「あ、ああ、そうじゃな」

「当然ですよね」


 そう言って神と目を合わせたままにっこりと笑うと、なぜか神は一歩後退りました。

 もしかしたらこれまで生きてきた60年の中で一番の笑顔だったかもしれません。



「それでは今度はこれを見てもらおうかのう」


 ゴホン、そう咳払いし胎児を示した神は、おもむろに私の頭に手を置いてきました。

 神の手は思いのほか大きく暖かかった。

 この歳になって頭を撫でられる日が来るとは。

 老人がおっさんの頭を撫でる。

 あんまり綺麗な絵づらではありませんね。

 そんなことを考えていると、そこから何かが体に入ってくる感覚がありました。

 自分にもわからない体の中の何かを探られているようで決して気持ちの良いものではありませんが、だからといって不安に駆られるようなものではありませんでした。


「今おぬしの中に新たなスキルを埋め込んだのじゃ。その解析というスキルじゃが鑑定というスキルの上位スキルじゃ。鑑定は道具や薬、食材など物のステータスを見ることができるが、解析は物に限らず人や動物、全てのもののステータスをのぞく事ができるのじゃ。とりあえずこの体も見てみるのじゃ」




 名前:???

 性別:男

 年齢:0

 職業:勇者の器

 状態:空っぽ


 HP:200

 MP:300

 力:100

 体力:100

 知力:0

 魔力:200

 精神力:0

 速さ:100


 スキル

 限界突破 アイテムボックス 

 魔力操作 肉体強化 自然治癒 状態異常耐性 全魔法適正 スキル取得適正 品質向上




 解析を使用すると目の前に表示された。


「なんですかこれ?」


 還暦を迎えたとはいえ、胎児よりも能力が低いのはおかしいです。

 胎児以下。

 少しへこみました。


「じゃから、勇者用の体なんじゃよ。知力や精神力は魂が入っておらぬゆえ0じゃが、おぬしが中にはいるとそれ相応に強化されるゆえ結果変わらんがのう」

「それでも強すぎませんか? 大人でも簡単に倒せますよ?」

「確かにのう。じゃが、あくまでも普通の人間相手ならじゃな。冒険者と呼ばれる者たちの多くは剣術なんかのスキル持ちや魔法を使うものがほとんどじゃし」

「ああ、確かにこの体には適正があっても攻撃が可能なスキルを一切持っていませんね」

「その通りじゃ。例え強い魔力、強い体を持っておろうとも所詮それだけじゃ。兵と相対そうと思うのなら力任せではまともに戦うことはできんじゃろう。無論魔王と戦おうなんぞ夢のまたゆめじゃ」


 そういえば、昔剣道の師範も「例え相手が武器を持っていようともそれを持つものが未熟なら武器足りえない。逆に達人が持てば枯れ木の枝ですら武器になりえる」とかなんとか言っていたきがする。


「そうですね。ただ、自分が魔王と戦うなんてことはありえませんが」

「まあ、そうじゃな。じゃが、転生先は普通に生きようと思えば一生おぬしの望んだスローライフというやつじゃ。もしその生活に飽きるようなことがあったならば、勇者になってみるのも一興じゃろうて、職業は勇者一択じゃろうし」

「なにそれ!?」


 神の説明ではステータスの職業欄は経験したことのある職業であれば設定することが出来るらしい。

 試しに開いてみると『無職・童・学生・平民・サラリーマン・剣士』のラインナップ。

 無職だと切ない気分になるので、ひとまず平民をセットしておいた。

 どうやらセットしている職業によって能力値の成長率が変わり、覚えるスキルも変わってくるそうだ。

 そして、当然のように成長効率が一番良いのは勇者であるという。


「じゃから、おぬしがその肉体に入ったら手に入る勇者をセットしておくのが一番良いと思うがのう」

「でも、それでは勇者というのが一発でばれるじゃないです」

「…ああ、おそらくそれは大丈夫じゃろうて。解析なんてスキルを持つものはほとんどおらん。それに、例え出会ったとしても隠蔽のスキルで見られたくない所を隠しておけば問題ないじゃろう。そもそもステータス自体知っているものは少ないしのう」

「それなら安心ですね」


 早速隠蔽のスキルを使用するが、何も変化が現れませんでした。

 しばらくして相手がいないことには成立しないことに気がついたときには、少し恥ずかしくなりました。


「それよりも、本当に勇者であることをばれたくないのなら、アイテムボックスを人前で使うことは控えるべきじゃな」

「なぜですか?」

「アイテムボックスは生き物でさえなければ無制限に物を入れられる便利なスキルじゃが、勇者の称号とセットなんじゃ」

「なにか誤魔化す方法はないのですか?」

「空間魔法にも似たようなものはあるが、あちらは魔力量によって内容量が変わるものの基本は有限じゃ。ポンポンポンポン無制限に出し続ければ即ばれるじゃろうな。空間魔法自体も習得が難しいからのう、いい訳として使うこともおススメはできんよ」

「それでは難しいですね。まあ、ばれないように気をつけるしかないですね。それにしても、勇者しか使えないスキルがどうしてそんなにも有名なんですか? 確かに便利ではありますが、同系統の魔法?があるのでしたら、気をつけてさえいればそこまで知られることはないと思うのですが」

「まあ、勇者という奴らはどいつもこいつも自己主張が強いのじゃ。人前で力を使うことを厭わんし、何でもかんでも力で解決しようとするのじゃ。ひどい奴は他人の家に堂々と上がりこんでタンスや壷をあさる奴までいる始末じゃ」

「それは犯罪以外の何物でもないのではないでしょうか」

「まあな。じゃが自分よりも強いものがいたら身を守るためには差し出せるものは差し出す。そうやって己の保身に勤めるそれが世の常じゃな」

「どこに行っても世知辛い世の中ですね。ちなみに勇者という人たちは今何人くらいいるんですか?」

「今は、おぬしを含めると丁度20人じゃな」

「へー、意外と少ないんですね」


 意外におもいつぶやくと神は苦笑いを浮かべた。


「それでは、そろそろ転生の時間じゃ。最後に2~3力を与えようかの。何か欲しいものはあるか?」

「言葉が通じるようにしてください。異世界の言葉がわからないと大変ですし、どうやらあちらにはいろんな人種がいるようですしね」

「わかった。それでは意思疎通のスキルを」


 そういって再び真人の頭の上に手を置くと、何かが体の中に入ってきました。


「他にはどうじゃ?」

「それでは、知識をください。魔法なるものについても全然わかりませんし、あちらにあるものは自分の知らないものばかりだと思いますので」

「それは、全ての魔法を使えるようにということかのう。それはちと欲張りすぎじゃな」

「え?あーと、そうではなく、辞書や図鑑のようなものはないですか? 時間はたくさんありますし、読書や調べ物は好きなんです」

「なるほどの。わしはおぬしのような奴は嫌いじゃないな。少々やりすぎな気もするが、丁度よいものがあるのじゃ。ステータスから確認できるからのう」


 また訪れるあの感覚の後、神の言葉にしたがってステータスを確認しました。

 スキル欄には意思疎通のスキルが追加され、ステータスの項目の中に先程まではなかった項目が追加されていました。

 神の指南書(パーフェクトガイドブック)


「それでは、よいスローライフを、じゃ。」


 なんとなくその項目を開きました。


「…紙媒体じゃない」


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