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特大の魔石を手に入れた一行は、すぐさま王宮へと帰還した。
すぐさまこれを使用できるように仕立てるためだ。シスル自身の魔力になじませる時間も必要なので、完成までにはそれなりの時間がかかる。
この後シスルは師と合流して魔符を作る作業を手伝うことになっているが、武器防具作成の他、終極化の魔物を見つけるまでの食料の用意等、まだまだやることは山積している。
スライムが自分たちではどうにもならないと分かった時、転移魔法で召喚獣が持ってきた例の毒薬を取りに帰ろうかと進言したが、ライドが「強力な毒の使用は、もっと緊急時に使用した方がいい」と言ったため、却下された。
それに、転移魔法は飛ぶ先を感覚でつかむことが重要になってくる。自分の部屋は良く覚えているが、初めて行く場所にある部屋の記憶など、余程注意深く観察していないと覚えていられない。それがただの山の中となれば尚更で、王宮まではともかく、そこからの戻りは自力での移動となれば、時間を優先する一行には、やはり召喚魔法に頼らざるを得なかった。
ライドが終極化の魔物討伐を志願した後、アルド・ラトヴァは悠長に召喚魔法の解読をしている暇もないと判断し、解読自体を諦めると宣言した。
だが、改善しないで同じ召喚魔法使用すれば、呼び出した時にまた命令を聞かないかもしれない。言う事を聞かない時間が長ければ、今はともかく戦場に於いては致命的だ。
「だったら、本人から聞き出せばいい」
間違いを指摘したのだったら、あの難解な古代魔法そのものも理解しているのだろう。
こともなげにアルド・ラトヴァは言って、魔法陣の仕組みを少し弄って、召喚獣の精神だけを呼び出す魔法陣に変えた。
「それを使えば、少なくとも道具は持って来られまい。暴れられないように下手に出て、うまく聞き出すのだ」
知らぬ相手はその場に居ない方がいいと、聞き出すのはライドとシスルの二人だけ。アルド・ラトヴァは成り行きが気になったのだろう、違う部屋から魔法でその光景を見守るに留めた。
召喚魔法を使うと、呼び出した召喚獣は完全に眠っていた。
確かに精神だけと見えて、ゆすって起こそうにも向こう側が透けて見えていて、触れようとしても突き抜けてしまう。声をかけても、うにゃうにゃと何か言葉にならないことを口にして寝がえりを打った後、また深く寝入ってしまった。
戦闘に長け、気配に敏いライドが、呼び出されても声をかけても安穏とした様子で眠ったまま起きない召喚獣に、呆れた様子を見せた。
「鈍いと思ってはいたが、さすがに目が覚めないとは思わなかったぞ」
「時の流れ方が彼の地とは違います故」
こちらでの時の流れと、召喚獣が棲む世界の流れ方は必ずしも一致していない。決定的なのは前回呼び出した時、以降である事のみ。
実体のある召喚獣だ。食べもすれば眠りもするだろう。呼び出した時が、たまたま眠りの時間であっただけだ。
「それでも私は、異常があればすぐさま起きるがな」
「ですが、これではっきりしたではありませんか。戦いは得意な種族ではないのだ、と」
「そうだな。予想していたとはいえ、やはりこちらがある程度守ってやらねばなるまいか」
騎士とは守るのが本分とはいえ、ライドがそんなことを言うとは思わなかったので、シスルは少し驚いた。
自身の能力が突出しているため、ライドは他を顧みずに己だけで決着を付けようとする傾向にある。猪武者が指揮官だと戦では負けるが、戦うのは魔物ばかりであったので、さほど痛い目に遭うことなくここまでやって来た。そのため誰も無謀を指摘できなかったが、逆に足手まといがいることで行動が慎重になるのだったら、歓迎すべきことだ。
何しろ、今度の討伐は失敗ができない。誰か一人欠けた段階で失敗に終わる可能性が高く、その「誰か」はライドの可能性が高いと思っていたからだ。
二人で声を何度かかけるうちに、半分寝ボケてはいるものの目を覚ました召喚獣から、様々なことを聞きだした。
最初は、相変わらず言う事を聞かない召喚獣にライドが「命令」してしまい、少々面倒なことになったが、聞こえないように師の言葉をライドに伝えて言葉使いに気を付けるようにすると、態度が次第に軟化した。
召喚魔法の内容を聞いてから更に「命令」に反抗する理由が分かった。
「完全につぶれて読めない部分は、私の推測だけど」
と前置きされた魔法陣の内容が、召喚獣を讃え、敬い、さらに報酬を約束するものだったのだ。
召喚に応じて見れば、魔法陣に記された文言と違った対応をされる。
それでは契約不履行に付き、言う事を聞かなくても仕方がないだろう。
解説している召喚獣でさえ、子供ながら高位らしい気位の高さで、獣と呼んだら暴れるなどと言ったのだ。これで成獣が出て来ていたら、どうなるか分かったものではなかったので、結果的には良かったと思われる。
本気を出されて暴れられたら困るので了承したが、満足そうな笑みを浮かべた幼い顔がかわいらしかった。
そんな時だ。
「お兄さんさー、兄弟子とか、ちょっと上の立場の人に絡まれたりする?」
と言い出したのは。
あちらの世界の仕組みなど聞いたこともなかったので、興味を持って聞いてみたら、何でも直属の上司ではないが、それなりの地位にある異性から執着されているらしい。
「なぜ私に聞かないんだ」
とライドが不満そうだっだが、
「王子って身分で傅かれている人には分かんないでしょ」
ライドに向かって「のうきんめ!」と言っていたが、本当に時々分からない単語が混じる。
確かに王子に比べれば、シスルの身分は低い。貴族出身でもない人間が王族に近い地位にいるという事は、様々な軋轢を呼ぶ。うまく立ち回らないと、いらぬところで足を掬われることもあるので、特に貴族に接するときには気を使っていた。
誰か信頼する人に相談しろと、ある意味、丸投げの返答をしたが、異界にもこちらと同じような煩わしさがあるのだなと思ったところで時間切れになった。
「高位の召喚獣ともなると、それなりの扱いと報酬が必要なわけだったとは思いもしませんでした。スライムに手間取っている時に呼び出したところ、至極協力的でしたので、魔法陣の修正もうまく行ったようです。戦闘が苦手なのは確実ですが、相変わらずあの召喚獣の持ってくるものは素晴らしい効き目でした」
シスルは懐から赤い魔石と、もう一つ、スライムが溶かせなかったものを出して師匠に手渡した。
実はザルのなれの果てだが、これがなんだったのかは召喚獣本人しか知らない。
「今まで彼の召喚獣が持って来たものは、悉く理解を超えるものであったが、これもどのような性質のものかよくわからんな。焦げているようだが、これは最初からの様であるし。どういった用途なのか、時間があればゆっくり話でもしたいものだが、そうも言ってられぬのがつくづく残念だ」
「そうですね。時間はあまりありませんが、信用させれば口もなめらかになるでしょう」
「それであの人生相談もどきなのか」
「召喚獣との関係が円滑ならば、話も聞き出し易いですから」
「……そうだな」
手元のプラスチックの塊を観察しながらそう相槌を打った後、アルド・ラトヴァは弟子の顔を見やった。
「楽しそうな顔をしている」
「……?興味のある研究対象に出会ったのですから、楽しいですよ」
それがどうしたのですか。 そう続ける弟子に、師である老魔導師は首を振った。
「お前はどんな時も表情があまり変わらない。私の弟子になった幼い時から、王宮で暮らすには必要な技能だったかもしれないが、楽しい時も嬉しい時も、怒りに震える事もなくなった。諦観なぞ、まだまだ早い。そうやって笑っていた方がいいと思ってな」
「…………」
自分は笑っていただろうかと、シスルは自問した。
よく分からない。
よく分からないことはとりあえず放置することにして、アルド・ラトヴァの手元にあった書きかけの魔符を取り上げた。
「師匠、これも召喚獣に書かせたらどうでしょう。魔法陣の内容を簡単に分析して見せたのです。きっと、我々が知らぬ術式も知っているのではありませんか?」
露骨に話題を変えたと分かっていただろうが、魔導師は基本的に己の興味、知的好奇心の方を優先する。あっさりと魔法の使用を許諾した。
──そして。
いつもの通り召喚魔法を唱えて呼び出した召喚獣は、なぜか泣きそうな顔をしてへたり込んでいたが、シスルを見るなり持っていた白い四角い塊を投げ捨てて、飛びついて来たのだった。
「怖かったよー!」
抱きしめた体は、少し震えていた。
何も考えないで適当に主人公の名前を付けましたが、見返してみたら、当方作品の主人公の苗字と一字違いだったことに、今になって気づきました。
ちゃんと考えればよかったと後悔中です。