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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第二章 再会
8/50

3

 






 改めて見てみると、このスライムはやたら大きい。十二畳の部屋の床に敷き詰めたくらいと言っていいのだろうか、動物が通りそうな道に穴を掘って……というか、地面を溶かして潜んでいるのは、機敏に動けなくなった体で狩りをするのは大変なので、自ら落とし穴の罠を作ったということなのだそうだ。


 スライムは核が壊れれば死ぬが、今回欲しいのはそれなので、核が壊れるような攻撃は却下。


 適当に攻撃して核を剥き出しにし、そこをえぐり出すというのが手っ取り早いのだが、大き過ぎて攻撃が通らない。

 物理攻撃は無効。剣で攻撃しようものなら、(それ)が溶かされる。魔法攻撃も何回かしてみたが、とにかくほとんどがこの巨体に吸収されてしまうらしい。


「赤いってことは、火属性なの?」

 よくあるRPGの設定を思い出して言うとその通りで、反属性の水の魔法が効果的なはずなのだが、スライムというのは体の組成に多く水を含んでいるため、相当大がかりな魔法を使わないと意味がない。とすると最初に戻るわけで、堂々巡りをしていたのだそうだ。

 スライムって、RPGの設定通りなら最弱の魔物なんだけどね。


「毒ならいけるかと思って、お前が残した魔道具も使ってみたんだが」

「無駄だったでしょ。あれ、虫用だから」

 先回りして言った。

「用途があるのか」

 驚いているけど、私だって驚いているよ。少なくともこの巨体を前に、スプレーの殺虫剤を使おうと思う頭はないから。イメージ的に、塩とかかけたら溶けそうな感じがする。なめくじじゃないんだろうけど。


「念のためにこれも突っ込んでみたのだが……」

 見せられたのは、この間の蚊の死骸。そんなもの見せるな、気色悪い。


 これを食べた魔物が中の毒も一緒に取り込むせいで、簡単に死ぬそうだ。えーっと、なんだっけ。Gの置き薬で、一度に二度効きます、みたいなのあったよね。それみたいだね。


「何でも溶けちゃうんだ」

「ええ。毒は本来効果的な手段であるはずが、この体の大きさですので、量が足りないのです」

 例の魔物のせいで、弱い魔物があちこちから逃げてきている。その中のいくつかが、これに食べられたのではないかと思われるのだそうだ。一般的に大きくなってもせいぜいこれの三分の一くらいの大きさで、余程効率よくエサを取得しないとここまでにはならない。


「高濃度の毒が望ましい、と」

「そうです。──あづさ殿。動きは鈍いですが、近寄ると危ない……」

 ただ穴に埋まっているだけでピクリとも動かない赤いゼリーが、本当に生きているのかどうか気になって、一歩近寄ったら赤いものが勢いよく良くこちらに伸びてきた。

「ぎゃ!」

 思わず手に持っていた溶けたザルで防いだが、触手のように伸びたそれはぴゅっと焦げたザルと奪い取っていく。


「あーびっくりしたー」

「大丈夫か?」

 慌てたように王子が私を一歩自分の方に引き寄せた。


「お前が鈍いというのは分かっていたが、お前の持つ魔力は魔物にとってとても魅力的に映ると前回言っただろう」

「ああ、そんなこと言ってたね。でも、一言多い」

「いや、触れられていたら肉ごと持って行かれていたぞ。何事もなくてよかった」

「ええ。貴女の持っていたものは犠牲になりましたが……」

 きっと高価なものなんでしょう?と二人から視線で問われたので、首を振った。


「あー、捨てようと思っていたから平気。あれ、もう使い物にならないし」

 焦げたプラスチックと炭化した野菜だ。


「殿下!」

 その時、後ろの騎士さんたち驚いたような声を上げた。

「スライムが、消えていきます!」


「──は?」

「なんだと?」

 スライムの方を振り返ってみると、綺麗なゼリーみたいな赤い色をしていた体が黒っぽい色に変色し、泡立って、見る間に縮んで行っている。

 溶けかけたザルは、更に小さくなってほとんどなくなりかけていたけど、一応それっぽい形が残っていた。

 もちろん、急な変化の原因はそれしかない訳で、こうやって見守っている間にもどんどん水分が抜けるように、大きさが小さくなっていく。


「あれは……毒だったのか?素手で無造作に掴んでいたから、安全だと思っていたが」

「あれだけ大きかったスライムを、あんなに小さな物で殺してしまう毒があるとは……。恐ろしいところなのですね、異世界は」

 いやいやいや、ないよ、そんなこと。

 驚きすぎて言葉にならないので、ぷるぷると首を振った。


 口々に畏敬を込めた口調で讃えられても、ワタクシ身に覚えがございません。だって、あれ、ただのプラスチックのザルだ。

 石油製品が体に悪い?前回と同じように、化学製品に耐性がないとか?

 ……でも、物質的に毒だったら、食品に使う道具になんかするわけないよね。

 焦げてたから?

 炭化した食品を食べ続けると癌になる、っていうけど、それは長期にわたって大量に摂取した場合だし。


「────あ」


 不完全燃焼したプラスチック製品に付きものの有害物質。


「ダイオキシン?」


「それが毒の名なのか?とてつもなく効果がある毒だな」

「全くです。固形で安定し、手で触れても問題がなく、溶かして初めて効果を持つ強力な毒など、聞いたことがありません。時間があればぜひとも研究したいところです」

「あ、あははは……」


 笑うしかない。あれは偶然の産物ですが、なにか。とはとても言えない雰囲気になっていた。

 王子と魔導師の他、騎士たちからもなにやらきらきらした尊敬のまなざしをもらって、非常にいたたまれない感じがする。



「どうだ、使えそうか?」

 そうこうしているうちに、スライムは完全にお亡くなりになって、核だけがころんと穴の開いた地面に転がっていた。それをシスルが拾い上げて使い物になるか確認しているが、近来例のない質と大きさで、想定以上の上物だったようだ。


「問題なく使えます。加工するには少々難物かもしれませんが、こういう想定外は歓迎します」

 赤いソフトボールくらいの大きさの石を、大事にシスルは懐に入れ、出会い頭に渡してきた袋を改めて私の方に差し出してきた。


「ありがとうございました。今後もよろしくお願いいたします」

 確か、報酬って言ってたね、これ。何なんだろう。


「それで足りなければ、遠慮なく言ってくれ」

「はあ」

 まあ、夢だし、くれるというものは貰っておこう。

 袋を受け取ると、ずっしりと重たい。さすがにこの場で開けたりはしないけど、一体何だろう。


「そういえば、前回おっしゃっていた問題は解決したのですか?」

「は?」

 シスルが唐突にそんな質問をした。

 なんでも、私ははっきり覚えていないが、前回来た時に気持ち悪い男に粘着されているという愚痴を言っていたらしい。

 

「随分具体的に、兄弟子に絡まれたりするかとおっしゃっていたので、覚えておられるかと思いましたが、そうでもなかったようですね」


 夢は現実の裏返し、願望が素直に表れるというから、対応に悩んでいた私は藁にも縋る思いだったんだなぁとため息を付いた。今朝の出来事が結構堪えてるようだ。

 広田め!夢の住人に愚痴を吐きだすほどストレスのもとになっているんだぞ!

 王子には聞くだけ無駄だから、一応、人は選んでいるけどね。ここなら、何のしがらみもない。余所に漏れる心配もない。


「いやあ、それがね。気持ち悪いけど、生活習慣をずらして会わないようにするしか方法が浮かばなくて。上司は男だから、相談しにくいし」

イヤミ眼鏡だし。

「ええ、そうおっしゃっていたので、上司以外でご自分よりも立場が上の方に相談したらいかがですかと申し上げたんです。同性ならなお良し。人選と聞き方は注意しなければいけませんが、一人で悶々としているよりはまだ建設的だと思いますよ」

 同性で、自分より立場が上か……。


「ああ、時間切れのようです。折角助言したのですから、今度会う時に良い結果を聞けるといいですね」

 王子に比べれば地味だけど、端正な顔をしている割に無表情なシスルが、にっこりと笑った。




 おー、笑ったよーなんて思ったところで、気が付けば、自分の部屋の台所にぼんやりと立っていた。


 どのくらいの時間、部屋を空けたのか分からないけど、いない間も換気扇はちゃんと仕事をしていたようで、焦げた臭いは感じない。ただ、シンクに焦げた野菜がこぼれている。


 ザルは……ない。その代わりに、手には重い物が入った袋が握られていた。

 その袋はシスルに渡された報酬の袋で……ここはまぎれもなく夢ではなく、現実で。


 私はおそるおそる袋を開けて、中を見てみた。


「──金貨?」


 十円玉と同じくらいの大きさの金貨が……えーっと、いっぱい。表(だと思う)方に、冠をかぶったどこぞのおっさんの横顔が、裏にはクロスした抜き身の剣が浮き彫りにされている。ちょっと絵柄がこすれて消えかかっているのが、多分現実に使用されてたってことで……。




 …………夢じゃ、なかった?あれもこれも、現実にあったこと?





 嫌な予感は何度かあったけど、現実を認めたくなくて、私はとりあえずダイオキシンを恐れて石鹸で丁寧に手を洗ったのだった。





Gの置き薬はホウ酸団子というか、〇ンバットというか。

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