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今日は朝以降、広田さんに捉まることなく家に帰って来れた。不思議と帰り道に出くわしたことはない。非常にありがたい。是非ともこのままでいてほしいものだ。
家に帰って夕食の準備をしていると、スマホが鳴った。母親からだった。
忙しいの?体調は?風邪なんて引いてない?に始まって、父の事、弟×2の事、自分自身の事を話した後、ようやく本題に入った。
要するに、もうすぐ(と言ってもあとひと月先だ)お盆休みだけど家には帰ってくるのよね?ということで、帰るつもりでいるけどお盆も交替で出勤するから、日程はまだ分からんと言ったら、
『相変わらず忙しい会社なのねぇ』
と嘆息した。
「旅行でも行くの?」
『そうじゃないわよ。明と譲がお姉ちゃんに会いたいってい『何言ってんだババァー』『誰がババァですって?明日の弁当楽しみにしてなさい』『あははは、明、馬鹿だー』って、ごめんね。照れてるのよー『照れてねぇ、勝手に話を作んな!』』
バシッと叩かれた音の後、『いってえ!』って悲鳴が聞こえた。相変わらずだなぁ、この混沌。
「はっきり日程が決まったらまた連絡入れるよ。あと、明と譲に言っといて。そんなにおねーちゃんが恋しいなら、帰ったらあんた達で遊んであげるからって」
『分かった。伝えとくね』
そう言って母は電話を切った。
気が付くと、妙に焦げ臭い。
電話に出る時にコンロの火は止めた筈と思いながら台所へ行くと、コンロの近くに置いてあったプラスチックのザルが黒く変形して焦げていた。
「うわわ、何で?」
慌ててとりあえずコンロを見る。火を消したつもりが消えていなかったようで、野菜炒めを作るつもりのフライパンが弱火とはいえ空焚きで高熱になり、切った野菜を入れておいたザルが近過ぎて引火したみたいだ。
ザルをシンクに移動して水をかける。水は流しっぱなしにして、コンロの火も止める。
「あーびっくりした」
もう少しで火事になるところだった。
取りあえず換気扇を回したけど嫌な臭いが部屋中を充満していて、ザルの中に入っていた野菜は、半分炭化して溶けたプラスチックと融合していた。
「これは……どう見てももう無理だよね」
というか、食べろと言われても食べたくない。変な臭いもしみついただろうし。これだけ水をかけたから、もう一度火が出ることはないよね?よし、捨てよう。
そう思いながらザルを取り上げた時、めまいがした。
──あれ?なんかまた既視感?
気が付けば、焦げたザルを握り締めたまま、どこぞの野山の中に立っておりました。
「よく来たな。すまないが、また力を貸してもらえないだろうか」
で、性懲りもなく目の前には残念な王子と、その脇にはローブ着た青年がいて、恭しく何か重そうなものが入った袋をこちらに差し出してきた。
……いまいち状況が分からない。もういい加減、この夢からは解放されたと思っていたのに。
「何これ」
「報酬だ」
「報酬?」
受け取る前に足元を見る。またまた金色に輝く模様が私の周りをくるくる回っている。
なんで同じ夢を繰り返し見るんだろうね。今回は別に眠くはなかったんだけど、お腹は空いたかな。
「お前が言ったのだろう、報酬なしで働かない、命令は受けないと」
「殿下、以前招いた時は精神のみでしたから、夢と認識しているのではありませんか?最初から説明した方が早いと存じます」
魔導師の言葉に、残念王子は「そうか」と頷いた。
「そういえば、名前も聞いていなかったな」
名前を聞くときは自分から先に名乗るものでしょうという、お約束的な返しをしようかと思ったけど、考えてみれば前回来た時に名乗っていたよね、確か。残念なイケメンとか、きんきら王子とか、無駄な筋肉とかしか覚えてないけど。
「えーっと……私の名前は水野あづさ。水野が家名で、あづさが名前ね」
「うむ。改めて、私はライドという。前に名乗った通り、ラヴァーン国第二王子だが、今は近衛騎士団団長としてここにいるのだ」
「私は筆頭魔導師であるアルド・ラトヴァが弟子、シスルです。よしなに、あづさ殿」
一礼する魔導師青年。本人達の言葉を信じるならば、国の武力一番と魔力トップクラスがこの場にいるわけだ。あ、後ろにも騎士っぽいのが何人かいるね。
「前回の魔物の襲撃は、理由がある」
本来、魔物と人間は棲み分けができていて、お互いの領域には入らないことになっている事、終極化の魔物の事、食い散らかすその魔物から逃げるために、魔物たちが弱い魔物を追い出して人間の住む土地にまでやってきている事。前回の魔物はその先駆だということを聞いた。
続きものの夢って初めてだけど、なんか設定が凝ってるな。前回と同じパターンだったら、何か役目を果たさないと目が覚めないんだろうか。
「終極化というくらいだからもちろん強い。この間の魔物なぞ、比べられないくらいに強い。だが、終極化の魔物は、食べるものがなくなったら、最後には街にまで押し寄せる。その頃にはすべての魔物を食べつくして、手出しができないほど凶悪な魔物になっているだろう。人も何もかもを食べつくして、その巨体が維持できなくなった後、飢えて死ぬまで止まらない」
「あー、それって、人類消滅フラグ?」
「ふらぐ?とはなんだ?」
首を傾げる王子サマに、「前兆現象というか、きっかけというか」と言ったら、それは否定された。
「基本的に、終極化の魔物は生まれた大陸を出ることができない。海を渡る翼がない。泳いで渡る前に飢えて死ぬ。翼があったとしても、途中でやっぱり飢えて死ぬから、この場合は我が国の……この大陸に住まう生き物の消滅『ふらぐ』だな」
それはそれで鬱だね。
「それで消滅をただ待つより、まだ弱いうちに討伐するために隊を派遣することになったのだ」
国一番の騎士であるライドと、国一番の魔導師の一番弟子のシスルを代表に隊を組むのか。ライドは第二王子だから、途中で死んでも王太子がいるので後継ぎがないってことにはならないし、師匠が国一番の魔導師なら弟子がどうかなっても国の守りは盤石なわけね。
「それって、無謀って言うんじゃないの?」
この間の魔物にだって、他力を頼るあたりでろくな戦力がないと見た。態度を見る限り、人身御供って言うよりは志願したって感じだけど、これ、死亡フラグと違うんだろうか?
「もちろん、このままでは無理だ。準備を重ね、助太刀を得てから挑むことになったのだが……」
王子が言葉を濁すと、魔導師青年、シスルが後を引き継いだ。
「まずは魔法の強化をしなければなりません。あと、簡略化ですね」
シスルが魔法を得意とするのは確かだが、どれだけの長丁場になるか分からない戦いの中、精神力が持つか分からない。魔法陣と魔符の作成は現在、アルド・ラトヴァがやっているが、それだけではとても足りない。
「魔符ってなに?」
「唱えると、少ない魔力で強力な魔法が発揮できる札だ」
「ああ、なるほど」
で、こちらはこちらで魔力が切れても補充できる宝具を作るために、核となる材料を取りに来たのだそうだ。
「ああ、充電器みたいなもんね」
「分かるのか?」
「似たような道具があるから。でも、それはこっちの道具とは根本的に仕組みが違うと思うよ?」
それの材料を頂戴とか言われても無理だ。
「ええ、それは勿論承知しています。あなたが残していって下さった魔道具を見る限り、使いこなすのは難しそうだ」
魔道具?……あれか、殺虫剤と蚊取り線香の事か。なくなったと思ったのは、こっちに残ったからか。
……突き詰めて考えると、おかしなことになりそうだから、とりあえずそれに関しては流す。
「それで、とても上質の魔石を見つけたのですが、採取が難しいんです」
「魔石?」
「ええ、あれです」
示された方を見ると、地面に大きな穴が空いていて、そこに赤いゼリーみたいなものが、みっしり詰まっていた。
「何これ?」
「スライムです。これの核が欲しいのですが、攻め倦ねておりまして。……ご覧ください」
シスルが石を投げ込むと、見る見るうちに溶けていった。拳大の大きさの石が影も形もなくなるまで、約三秒くらい。
「これをなんとかしろって?」
出来るわけないじゃん。