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とりあえず思いつく武器になりそうなものが購入可能かどうか、スマホで調べてみた。
塩酸と硫酸は……あ、薬局で買えるのか。判子と身分証明書提示すればOKと。未成年に売っちゃいけないなら、そりゃあ身分証明を見せてくれって言われるよね。大量には無理だろうけど、一応買える。……うーん?用途を訊かれる場合あり?あー、こういう場合、なんて言えばいいのかな?現実としても十分人を傷つける凶器になるから、当然と言えば当然なんだけど、異世界で使いますからなんて言ったら本格的に頭がおかしな人になる。
……保留にしよう。
カセットコンロ用のボンベはカセットコンロと一緒に買ってあったので、用意しておいた段ボールの中に入れた。一人鍋じゃないよ。いくらなんでも寂し過ぎるでしょ。これはあくまでも非常用です。ガスが止まった時に使う用なの。本当だからね。
その他に芋切干と、ホットケーキミックスを入れて、あとは……。
「あれが使えるといいんだけど」
振り返った視線の先に、木天蓼酒と書いてあるラベルが貼ってある瓶がある。獅子鷲の人に効果がなければ仕方がないので、今回買ったのは、大瓶二本だけだ。
この程度だったら、元は滋養強壮の薬酒らしいので王子達だけで飲めるだろう。なにせ、またたびは疲れた旅人が飲んでまた旅に出られるようになったと言うのが語源だそうなので、薬だからと言えば、多少味が変わっていても問題ない。……いや、味見してないから、何とも言えないし、飲んだことのある人のウェブ上のコメントを見る限り、美味しそうじゃないんだけど。
それで、獅子鷲の人に効果が出れば、もしかしたら終極の魔物にも効果があるかもしれない。匂いでふらふらになっているところを遠距離攻撃が理想的だけど、そう簡単に行かないよね。体が大きいから酔ったとしても簡単に回らないだろうし。
あとは武器って言ってもなぁ。既に王子たちは立派な剣を持っているから、買うとしたら自分の護身用とか?それでも日本刀なんてやたら買えないし、買ったとしても扱えないし。使うとしたら、大きめの高級包丁くらい?あ、ホームセンターで鉈を買ってくるのもいいかも。今、ちょっとしたナイフも銃刀法違反でやたら持って歩けない筈だしね……。包丁は一本買ってみて、使わなかったらそのまま自宅使用、鉈は向こうでも使い道はあるだろうからあげちゃえばいいし、何に使うかよく分からないバタフライナイフみたいなのを購入するよりは、ハードルは低いよね。
……よし、これは要検討と言う事で。
後は、武器というよりも、兵器だ。
『中二病全開で言うと、爆弾並みの火力を発生させるものは結構作れるよ』
と言われた通りに、ナパーム弾並みの火力が出る原料の作り方とか、理科の勉強でやったテルミット反応を利用した火炎爆弾とかの作り方をざくっと教えてもらったので、その材料を見てみるけれど、何にせよ、やたら使うとこちらまで巻き込まれそうで怖い。
一応ね、混ぜるな危険って書いてあるトイレの洗剤と、混ぜちゃだめな他の洗剤を混ぜて毒ガス発生なんていうのも考えたんだけど、あれって無差別攻撃だから確実に周りに影響が出るでしょ。
もっと簡単な灯油とかガソリンで火炎瓶でも作るにしても、カセットコンロのボンベを燃える炎の中に投げ込んでみるにしても、どれだけ威力が拡大するか分からないから、テストしてもらった方がいいと思うんだよね。
そんなことを考えながらその他にも荷物を詰め込み、大体の用意が出来たところで、タイミングよく呼び出し……というか、いつもの目眩が来た。
あっちに行くの、何だか久し振りの様な気がするなぁ、一瞬だけどこの気持ち悪さも慣れないんだよね、なんて思いながら目眩が治まってから顔を上げると、目の前にまたポーズ付けて王子が立っている。
若干埃まみれだけど、相変わらず無駄に爽やかだ。長めのきんきらの金髪に空色の瞳って、組合せのせいかな?まあ、見かけだけは正統派王子様の見てくれをしているよね。
対するシスルは長い茶色の髪に濃い緑の目をしていて、王子に比べれば地味だけど落ちつく……ってあれ?シスルがいない。
「王子、シスルは?」
ついでに騎士さんたちの人数も、前回の時の半分くらいしかいない。今回呼び出された場所は、獅子鷲の巣の外なんだろうなと思うけど、どうしたんだろう?と思って訊いたら、王子は朗らかに笑った。
「ぐずぐずしているから呼んでやったのだ」
「……何の事?」
そう返しても王子は笑うだけで答えない。ごまかすつもりはないのかもしれないけど、私の持って来た荷物を興味津々な様子で覗き込んで来た。
「芋は持って来たか?」
「沢山はないよ。食料よりも、武器になりそうなものを試して貰おうと思ったからね」
「試す?」
怪訝な顔をする王子に、ガスのボンベを取り出して見せた。一見すると殺虫剤と似ているせいか、「虫ばかりに効果があってもな」とか言ってる。
「いや、これ外見は似ているかもしれないけど、中に入っているものは別のものなんだ。えーっと、炎の魔法の威力を上げるもので、これで威力が弱かったら、他にも考えてあるから今度持って来るよ。とりあえずどれくらいの威力になるのか、見てみたいんだよね。王子だって、新しい剣がいくら良く切れそうだからって、いきなり実践はしたくないでしょう?」
「当然だ」
「だから、シスル立ち会いの下、これに火の出る魔法をかけて見て欲しいんだ」
実際に使うのはシスルだろうけど、これは魔力を使わないでもOKから、いざとなったら騎士さんの誰かが使ってもいいし。威力が弱くても、牽制くらいにはなるでしょう。
「なるほど」
王子は頷いて、ガスのボンベを持ち上げた。そのままでは危険なものではないので注意はしない。けど、見ていてもどうにかなる訳でなし、王子の注意はすぐに他に移った。今度はホットケーキミックスの袋を持ち上げて私の顔を見る。……まるっきり子供だ。
「それはホットケーキミックスって言う、簡単にパンケーキが焼けるもの。後で作り方を教えるから、開けないでね」
教えるのはもちろん騎士さんに、だ。王子は見ているだけでやった事はないと思う。 でもやっぱりというか、目新しい食べ物と言うだけで、王子は目の色を変えた。
「ちょうどいい、小腹がすいたところだ。作り方を早く教えてくれ」
「いやいやいや、ちょっと待って。そっちの大瓶を見れば分かるでしょ。ダリアさんに約束した通り、薬になるかもしれないお酒を持って来たから、そっちを優先しようよ」
切羽詰まった病人優先でしょうと思って私はそう主張したのだけれど、王子はひどくあっさりと言った。
「騎士の一人を使いに出す。この間のように匂いのあるものならば、狭い場所で試すのは止めた方がいいだろうからな。待つ間に調理すれば良かろう」
「……もっともらしい言い訳してるけど、食べたいだけでしょ?」
「試すのは当然だ」
胸を張って言うことじゃない。……はいはい、分かりましたよ。
絶対引かない気配がしたので、騎士さんに簡単に作り方を教える。王子は王子で、ダリアさんにお使いを出す指示を出していたのだけど、私の方を振り返って、
「シスルを呼んで来てくれないか」とお願いしてきた。
「向こうの方で転移魔法の魔法陣を設置しているのだが、獅子鷲の誰が来るにせよ、そろって迎えた方がいいからな」
転移魔法っていうのは、イメージが大事なので、基本的に一度も行ってないところには行けないっていうルールがあるんだけど、魔法陣を設置して目印にしてやると、そのルールが適応されないんだって。シスルはその魔法陣を設置しているから、この場にいないと。
案内兼護衛も付けてくれないので、危なくないし、すぐ近くにいるんだろう。まあ、ホットケーキを焼く人間を取られるのは嫌だったからかもしれないけど。
示された方に歩いて行くと、すぐに小さめのお堂みたいな雰囲気の建物が見えた。建物の脇に立つシスルと、何か作業をしている騎士さん達も。
「シスル!お疲れ様」
びくりと肩を揺らしたシスルが私の方を見た。……あれ?表情が固い。
「あづさ殿?……王子に呼び出されたのですね」
「うん、そう。……シスル、何だか疲れてる?顔色が悪いね」
王子はいつもの通り、無駄に爽やかで元気だっただけに、シスルの顔色の悪さは顕著だった。青いというか、白い。さらに、気のせいか目の下に隈が見える。
「……いえ、何もありません。強いて言うなら、魔法陣の作成にかかりきりだったせいでしょうね」
「そう?無理しないでね。あの……腕の影響じゃないよね?」
魔法だから治ったのは一瞬だったけど、切断面から体内に雑菌が入ったろうし、そもそも普通は腕を繋いだ後リハビリをするものだ。一度失ったものが元に戻ったとしても、腕がなくなった時の喪失感はかなりのものだったと思う。トラウマになったとしてもおかしくない。幻視痛なんてものもあるし、肉体的に問題がなくても後から何かが起きてもおかしくはないと思っていたんだけど、どうなんだろう?
どこか他に悪いところでもあるんじゃないかと思って訊いてみたんだけど、それはきっぱりと否定された。
「腕は全く問題ありません。魔力があふれて困るぐらいですが、すぐに慣れるでしょう」
「そう。良かった」
ほっと一息を付いた。今になって影響が出てきたとかって思ったよ。じゃあ、シスルの顔色の悪さは何だろうと思って見上げるけど、なんだか視線をそらされた。……なぜだ。
「あの、あづさ殿。この間一緒にいらした上司の方は、いつでも会えるのでしょうか?」
「へ?」
視線を合わせないようにしながらも、深刻そうな顔をしたシスルに、唐突に言われて変な声が出た。
「うん、まあ、顔を見る事ができるかどうかって言えば、同じ仕事をしているからできるよ」
今後もしばらく隔離状態が続くから、今なら個人的な話しはしやすいかもね。
「そうですか。では、私が謝罪していたとお伝え願えませんか?本来、こちらから伺うべきところですが、我々の方からあなた方の世界に行く術がありませんので。お詫びの品は王宮に戻ったら用意いたします」
ああ、衣服を汚したお詫びというか、囮に使ったお礼なのかな?
「あー、巻き込んだお詫びはしておいたけど」
前にもらった金貨から、衣類の類いを弁償しておいた……と言うとシスルががっくりと肩を落とした。
「私はこんなところでも至らないのですね……」
ぼそぼそとした呟きだったせいで、はっきり聞こえなかったから
「え?何て言ったの?」
と訊き直したのだけど、シスルは「いえ、こちらの事です」と首を横に振って教えてくれなかった。
「あづさ殿のお詫びはこちらへ連れてきた事への詫びでしょう。私共の詫びは討伐への協力への礼と、その際の扱いについての詫びですから」
言いきられて、それ以上の突込みは出来なかった。
疲れと手が腱鞘炎気味で、遅くなりました。その分ちょっと増量中。
いくらなんでも長くなりすぎたので、中途半端なところで終わっています。




