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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第十一章 未定
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 課長とは会社から連れ立ってではなく、お店で待ち合わせする事になったけど、元々片づけなければいけない仕事があったらしい。無理やり今日の約束を取り付けなくても良かったのにと思うけど、そうやって後回しにしているうちに、逃げられると思ったんだろうなと推察した。

 まあ、我がことながら、約束しておいて一日経つと怖気づく可能性は否定できないけど、課長に用事があったのは本当なので、ちょうどいいタイミングだったとも言える。


  課長が予約してくれたお店は、大衆向けのチェーン店とは違ってそもそも個室しかなく、居酒屋と言っても完全にプライベートが確保できるようになっていた。 和風の落ち着いた雰囲気の部屋は、二人だけなのに結構広い。掘り炬燵風なので、足も伸び伸びでゆったりしていた。

  こんな部屋使って採算が取れるのかな?と逆に心配になる。メニューを見せて貰ってもそんなに高くないし、サービス料を取るなんてことを謳っているわけでもない。


 会食用に使うには良さそうなお店だなー。……ああ、仕事で使ったのかな?



  そんな事を考えているうちに、疲れた顔をして課長がやって来た。こちらを見て、淡く微笑む。ちゃんと居たな、って目しないで下さいよ。にーげーまーせーんって。


「待たせたな」

「いえ、そんなに待たなかったですよ」

「何か頼んだか?」

「いえ、特には」

 課長は私が嫌いなものはないのを知っているので、お互いに食べたいものを何品か適当に頼んでから、まずはビールで乾杯した。


「お疲れ」

「お疲れ様です」

 ビールを一口。しびれる程冷たくて、ごくごく飲みたくなるけど、自重する。明日も仕事があるし、発送が遅れていたまたたび酒がようやく届きそうなので、なるべく身軽でいたい。睡眠不足は美容にも悪いが、体力の方にも影響が出るので、なるべくしっかりと眠りたいのだ。

 ビールはお互い一本まで。そんな約束をしてる段階でだめな感じもするけど、とりあえず節制を目標に掲げるのは悪いことではないよね。


「仕事が完全に片付いたら、芳賀も入れて皆で飲みに行こう」

「あー、それは凄く楽しみですけど、一体いつになるんでしょう?」

「言うな。取りあえず何か楽しい事が先にあると、励みになるだろう」

「馬にニンジンぶら下げる感じですか」

「……お前は本当に身も蓋もないな。素直に『いつか』を楽しみにしてくれ」

「息切れしないうちは頑張ります」


  そんなことをぽんぽん言い合っていたら、お料理が届いた。

  季節の魚の刺身の盛り合わせ、厚焼き卵に玉ねぎと三つ葉のサラダ、氷下魚(こまい)の一夜干しの炙りに、豚の角煮、ほうれん草の胡麻和えと根菜の煮つけ。……ちょっと多い?家にも弟二人がいるから、こんなもんじゃないのかな?課長のお腹、別に出てないし、っていうか、ここのところの激務でちょっと痩せたような気がする。

 ……あ、訂正。やつれた、だ。



「悪かったな」

 箸をつけ始めたところで、課長がぽつりと言った。

「……なにがですか?」

「広田の事、巻き込んだ原因は俺だろう?」

「あー」

「なんだ、その『あー』は」

 呆れたような顔をする課長に、ぽりぽりと顔を掻いた。ほうれん草の胡麻和えを口に入れて、かみしめる。うん。美味しい。

「……いえ、そんな所に罪悪感を持たれるとは思ってもいなかったので」


 絵に書いたような逆恨みで、悪いのは広田だ。課長は……嫌み攻撃をもうちょっと緩めてくれればいいなーとは思うけどさ。いや、悪いけど、周りが気付くほど気にいられていたとは、全く思っていなかったんだよね。

 話しかけられたことは多かったかもしれないけど、その半分は仕事がらみの嫌味半分、からかい半分?な感じだったから。

 もう一つ、誤解というか、信じられなかった原因は──。


「今考えれば、精神的な視野狭窄になっていたとは思います」


 課長が私の会社での立場を守る為に色々立ち回ってくれたんだって、今は理解できるけど、裏ではともかく表では庇ってくれる訳じゃなかったし、ポジティブに考えられるほど精神的余裕もなかった。


 柏木課長が私に謝罪をしてくれたことと、芳賀さんがはっきり「利用していた」と言ったんだから、会社側が本当に私を信用していたのか?って思いもどうしても付きまとう。

 私にも事情説明をして、課長たちと同じように協力を求めたっていいのに、そうはならなかったから。……下っ端の社員だからって言われればそれまでだけど、課長が一言もフォローしなかったことからも、会社側の私に対する態度が透けて見える。

 ……完全に白だと思っていた訳じゃなくて、どこかで関わっていないか観察されていたんだろうね、多分。



 厚焼き卵を食べ、マヨネーズをつけた氷下魚をもきゅもきゅしながらそんなことを言ったら、課長が頭を下げた。


「上司として庇ってやれなくてすまなかった。なるべく早くお前の汚名を返上したかったからと言うのは、言い訳になってしまうかもしれないが、利用したのは事実だし、それを見越した特別賞与が出るのも確定しているようだしな」

「くれると言うなら貰っておきます」

 私がへらっと笑うと、課長は一瞬で全身をまとう空気を変えて見せた。


「告白したこと自体を流された事は、腹を立てているぞ」

「…………」

「広田の件を探る為に口説くような真似をしたのかとか、へんてこな考えにたどり着いたこともな」

 あ、やっぱりその話、掘り返すんだ。

 と一瞬思った。で、そんな思いが顔に出ていたらしい。


「確かに、それ以上にインパクトのある事柄に接すると、そちらの方しか印象に残らないのは仕方ないんだろうが、な」


 私にとっては広田の事件が。

 課長にとっては向こうに行く羽目になった事自体が。


 そう言われて、話を逸らそうと思ったわけじゃないけど、用意していた荷物を取り出した。


「これ、駄目にしてしまったスーツのお詫びです」


 渡した紙袋には、有名ブランドのネクタイとカッターシャツ、ベルトにスーツのお仕立て券が入っている。靴はサイズが分からなかったので、取りあえず保留したけど、この間のミミズもどきを退治した時だめになってしまっただろう、着ていたもの一式プラスアルファだ。


 シャツもオーダーがあったけど、やり過ぎか?と思って既製品に落ち着いた。ネクタイは普段課長がしている物に似た柄を記憶の中からひねり出して選び、同じようにベルトは人気のある品の中から流行のない物をお店の人に選んでもらったので、そんなに悪いチョイスではないと思うんだけど、どうだろうか。


「……これはお前が出したのか?」

「厳密に言うと違います」

 出所は王子達から貰った金貨だ。金貨を五枚売り払ったものだから、私の懐は全く痛んでいない。

 課長には、前に持って行った品の報酬だと言ったら、微妙な顔をされた。

「お前、一体どういう事情であんな事になったんだ?

 手のひらでお仕立て券の入った封筒をもてあそびながら課長が言う。


「金銭を対価に力を貸す。そういう雇用契約になっているような話は聞いたが、どんな金額を貰おうとも、金で命は買えないだろう?いつもあんな危ない目に遭っているのか?」

「今思うと、課長と一緒に行った時が一番危なかったですよ。私は基本的に運搬人なんです」


  前回の出来事が特別だった事を強調して、今まで呼び出された時の事を簡単に説明したけど、課長の眉間に更に深い溝が刻まれた。

「自覚はないかもしれないが、最初に呼び出された時に実験動物扱いされていないか?あいつらは、観察しているだけで、命の危険があったんだから」


  最初かぁ。あの時は夢だと思っていたからなぁ。


 あっちも勘違いしていた事を説明したけど、課長は更に不機嫌そうに顔を歪めた。


「力を出し惜しみしていたように感じた、だって?それで俺は前回、死にそうな目に遭ったのか?」

 私と課長は同種族だから、獣の姿に戻れば機敏に動けるだろうって予想をされていた事は想像に難くない。

「今だから笑って済ます事が出来るかもしれないが、一歩間違ったら死んでいたって事になるだろう。無事だったのは結果論だ。……自分が安全なところにいるから大丈夫だと思っていたのか?」


 今までは大丈夫だった。危ないところでも、ちゃんと守ってくれたから。


 ……でも。


 国で一番の魔導師であるアルド・ラトヴァの一番弟子であるシスルでさえ、腕を失いかけた。血が止まらなければ命に係わる大怪我だった。


「だが、もしもという事もある。お前が戦場に行く事自体危ない事で、第一、この間みたいに誰か一人護衛として付くのなら、完全に足手まといで、あちら側としても、貴重な戦力を取られる事になる。召喚獣だったか、お客さん扱いでいられるうちはまだいいが、これから本当の敵と対峙するに当たって、どこまで関わるのか、ちゃんと線引きをした方がいい」

「…………」

「まさか、仕事や何やらが嫌になって、向こうの世界に引きこもろうなんて思っていないな?」

「思ってはいないですけど……」

「けど?」


 ちょっとは考えた。

 仕事場に行くのが苦痛で、逃げたいって思うことがあったけど、王子やシスルは保護者にはなってくれるだろうが、生活が立つわけじゃない。第一、向こうに行ったって、終極の魔物をどうにかしないうちは、逃げ場にもならない。


 ──そんな事考える段階で、結構後ろ向きになっていた事を気付かされて、返事が出来ないでいるうちに課長の手が伸びて来て、頬に触れる。


「逃げるなよ。俺からも、仕事からも、この世界からも。お前の大事なものは、全部こちら側にあるんだろう?」

 見透かされたようにそんなことを言われて。


「逃げませんよ」

 そう言ったけれど、声には我ながら力がなかった。


 会社と言う拠所(よりどころ)に、信じてもらえていなかった。それが自分で思っていたよりも、ずっと堪えていた。






章のタイトルは「決まっていない」ではなく、

「未だ定まらず」という意味になります。

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