番外編 落とし穴にご注意を
100万PV突破記念番外編です。場所を移動しただけで内容は変わっていません。
獅子鷲の人へ持って行くマタタビ酒がまだ届かないうちに、私はまた呼び出された。
呼び出しのタイミングがずれる事があまりなかったのに、何だろう?って思っていたら、目の前にお師匠さん……アルド・ラトヴァさんがいて、呼び出された場所も、よく見れば王宮のシスルと魔符作りをした部屋だった。
お師匠さん自身に呼び出されるのって、初めてじゃなかろうか。
「お忙しいところ、呼び出してしまってすまぬ。緊急の議があってな」
「はあ」
終極の魔物がもう近くまで迫って来ているとかだったらもっと切羽詰まった感じだっただろうけど、そこまでの悲壮感は見えないから、なんか別の事っぽい。
獅子鷲の人達との交渉に関して聞きたいのかと思ったらそう言う事でもなく、シスルからの通信魔術であらかたの事情を聞いているので、急を要することもないと言う。
じゃあ何だろう?心当たりなんてないし、大体、お師匠さんとまともに話した事なんて一回くらいしかない……って、あ、一個あった。まさに、その一回話した内容かな?王子がいない時にわざわざ私を呼び出したんだし。
「もしかして、王子の縁談相手の事ですか?」
一つだけの心当たりを口にすると、難しい顔をしたお師匠さんはとっても重々しく頷いた。……そうか、拗れたんだね。
「獅子鷲の元へ旅立つ前に、選りすぐりの方々と会っていただこうと茶会を開いたのだが、ことごとく失敗してしまったのだ」
準備を理由に断られるわ、逃げられるわ、偶然を装って会わせようと画策しても、どうやってか察して回避される。どうにかならないか?って言われても……協力したいのは山々だけど、できることとできないことがあるからねぇ。
「殿下は、結婚そのものは義務として受け取っておられる。だが、釣り書きすら目に通して下さらない有様で、正直手をこまねいている。終極の魔物の方が対処しなければならない危急の事である故、こちらも強く出られないのだ」
かと言って、以前に私が指摘した点──脳筋を危惧しているのも確かだし、第二王子の婚約者が未定だというのも、緊急時の今だからこそ許されるが、終極の魔物を倒した暁にはすぐに婚礼を挙げたいくらい、急ぎの事案なのだとお師匠さんはこめかみの辺りに手をやった。
頭が痛いときの仕種で……そうか、文字通りの頭痛のタネなんだね、王子の相手を見つけるの。でも、筆頭魔導師って、そんなことまでしないといけないのね。ほかに適任がいそうなものだけどな。
「思い起こせば、王子がまともに女性と話しているのを見たのは、そなた位なものなのだ」
後は身内の方々程度だから、ほとほと困り果てているとお師匠さんは私に愚痴を言う。
まあ、どんな感じか想像はつくけど、王子が私と普通に対応するのって、私が王子を色眼鏡で見ないからだと思うよ?要するに、
「女の色気を前面に出してくるような人は不可、身分に惹かれるような人もダメ、権謀術数が得意で、お腹が黒そうな人も無理っぽそう」
私は異世界の人であろうとなかろうと、ライド王子には異性として興味がないけど、それは向こうも同じ。だから王子は安心して気安い態度を取るんだと思う。おまけに私は異世界出身だから、身分もしがらみも関係ないしね。気を遣う相手じゃないって意味では、好かれていると思う。あ、あくまでも仲間とか、同志とかの意味だから。恋とか愛とかは一切ないからね。
「王子の女性の好みはよく分かりませんけど、王子と同じような性格か、正反対の性格のどっちかがいいんじゃないかと思います。ただし、どちらも王子の立場に心酔するようなおんなおんなした人は駄目です。結婚に積極的な人も難しいかもしれません。……言っていること、通じていますか?」
「ああ、分かる。分かるのだが、貴族の女性でそういう方はなかなか見つからないのだ」
身分の比較的低い適齢期の女性を集めた前回が台無しな結果だったから、また新たに見繕わなければならないけれど、そもそも王子に会ってもらえないのではせっかく探しても意味がなく、相手の立場もあるから、そう何度もお願いは出来ない。「王子と会ってももらえなかった見合い相手」だと噂が立ったら、その女性の将来が台無しになる可能性もあるんだって。
私はしばらく考えてから聞いてみた。
「この国には、女性の騎士さん……別に騎士じゃなくてもいいんですけど、戦闘職の人はいるんですか?あと、女性の官吏」
「ああ、数は少ないが、どちらも居ることは居る」
私が考えたのは、とにかく王子の周りに女の人を集めようって事だった。
「その人たちの中からできれば優秀な人を選出してください。で、本人にも王子にもお見合いであるってことは伏せて仕事の依頼を出したらどうでしょう。女性官吏には、いずれ王子が公爵になった時の領地経営の手伝いをしてほしいから、今から王子の近くに侍って勉強してほしい。女性兵士の人には、婚約者の警護をしてほしい、と伝える。更に婚約者は年齢の幼い女の子にして、その子の行儀作法の教師の名目で何人かの女性を付けて……って言う風に、仕事を名目としたお嫁さん候補の人達で固めるんです。王子にはもちろん、本人にも王子のお嫁さん候補であることは伏せて事をはこべば、王子の野生の勘も働かないんじゃないでしょうか」
「いや、それは……もちろんそう出来たら良いが、一番の問題は婚約者をどうするかだから、本末転倒ではないのか?」
「そこは、ほら、戦いの前に婚約するのは王の勅命だからとか何とかって、うまく王子を言いくるめてください。それで、適齢期に満たない女の子を婚約者に持ってくるんです。その子と婚約しておけばとりあえず面目は立つし、年齢が幼いから数年は結婚しなくてもいいって、さも王子の立場に同情したみたいに言えば何とかなりませんかね」
貴族のご令嬢として育てられた子よりも、平民に近い、元気な女の子なら「女」じゃないから王子はかわいがりそうだけど。一応、今だけっていう言質を与えておけば、了承しそうな気もするんだけどね。
「だが、それだと、候補の方々には何年も待たせてしまう事になりかねない。特に貴族の女性には無理は言えんし、適齢期を逃すことになる。……酷な事だろう」
「いや、別に貴族階級の人にこだわらなくたっていいと思います。こればっかりは私はこちらの世界のルールがよく分からないんですが、とにかく、王子の相手を見つけることが第一で、身分は二の次と割り切った方が良くありませんか?こちらの方には、身分の低い相手と高位貴族が婚姻するときには、適当な相手と養子縁組をして身分差を少なくする方法は取らないんでしょうか?」
「ああ、まあ、あまり一般的ではない方法であるが、ない訳ではない」
「じゃあ、貴族と平民どちらからでもいいから、仕事に生きて『結婚しなくてもいいや』くらいの女性がいればいいですね」
その方が王子は警戒しないだろうし、例え行き遅れになったとしても、王子の周りの独身近衛兵辺りを紹介して責任とってもらえばいい。
王子が公爵になるのは決定事項なんだから、男女問わずに優秀な人物だったら何人いたっていいでしょう。婚約者が成長するまでにどうにもならなかったら、開き直ってそのまま結婚させちゃえばいいんだし。
私はそう言い切った。
完全に他人事だったので、後から思い返すと候補者になった女性たちには結構酷いこと言っていたと思う。まさか、殆どそのまま採用されると思っていなかったから。
王子には酷くないのかって?だって、王子の立場だから選べるだけいいと思うんだよ。それに、義務って分かっていて逃げるのは卑怯って思うし。
で、意外や意外、終極の魔物を倒しに行く前に、王子はお師匠さんに説得されて子爵令嬢(十二歳)との婚約を了承したらしい。
どうやって了承させたんですか?って聞いてみたら、お師匠さんはにっこりと笑った。
「なに、そなたの質問をそのままぶつけただけだ」
「あー、なるほど」
物凄く納得しました。
私の質問?えーっとね。
「そうだ、アルド・ラトヴァさん。私、一回聞いてみたかったんですけど……王子の周りって男ばっかりで、男色の噂って出てないんですかねー?」
です。
いや、本当に王子にくっついている旅の仲間でもある騎士さんたち、王子に心酔しきってるの。きらきらな目で私を見詰めた時もアレだったけど、観察していたら、王子に注がれる視線の非じゃなかった。恋でもしちゃってるんじゃない?みたいな感じ。体育会系のノリで分からなくはなかったんだけど、どうしても聞きたくなっちゃったんだよね。
王子の婚約が発表された後、やっぱりあった男色の噂は消えた。
その代わりに、今度は王子のロリコン疑惑が持ち上がったらしいが、日ごろの行いが物を言うのだなと私は心の中で思うに留めたのだった。
私が王子の婚約話に一枚噛んでいることは、王子は知らない。
番外編を書くにあたって、ネタをどうしようかと診断メーカーの「お題ひねりだしてみた」に頼ってみました。
因みに、
「水野あづさと高山課長へのお題は『愛する貴方へ宣戦布告』です。」
「水野あづさとシスルへのお題は『分かってるから何も言わないで』です。」
と出て、なんとなく当たっているかも?なんて思ったのですが、最後に
「水野あづさとライドへのお題は『落とし穴にご注意を』です。」
と出たのに、なんという三段オチ!と笑ってしまいました。他の二つは割と真面目な内容になりそうなのに、空気を読んだか、診断メーカー! みたいな。
そのまま使わせていただきました。
日替わりで内容が変わるそうですが、いろいろ試して面白かったですよ。




