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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第十章 処断
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3




「あ。ぐーで殴ってやるの、忘れた」


 会議室への帰り道、私がぽつりと漏らすと、隣を歩いていた芳賀さんがぷっと噴き出した。


「殴るって、二人を?気持ちはものすごく分かるけど、やめときなさい。特に松田さんは、あれだけ騒いでいたんだから、ちょっと叩いただけでも傷害で訴えるって言ってくるはずよ」

「人に濡れ衣着せようとしたくせに?」

「話が通じない人とかかわり合うと、碌なことにならないわ。これから下されるだろう処罰を想像して、静かに溜飲を下げればいいの。いくら腹立たしくても、逆恨みされたら馬鹿馬鹿しいでしょ?君子危うきに近寄らず、金持ちケンカせず、よ」

「……そうですけど、色々腹立たしいです」

「まあ、ね。あれだけ周到に計画していた訳だし、悪意しかないわよね。……愚痴なら聞くから」

 ぽんと背中を叩かれた。


 余計な事を話すなと言われているから、どっかから騒ぎを聞きつけたらしい見知らぬ社員さんから話しかけられても適当にお茶を濁して会議室へ戻ったところで、内線電話が鳴った。


 今、別れたばかりの高山課長からで、さっきの騒ぎで休めなかっただろうから、昼休みを三十分延長していいよと言うことだった。

 立ちっぱなしだったし、無実の罪で責められて神経はがりがり削られるし、最後には超音波並みの悲鳴を聞かされたしで、精神的にも肉体的にもかなり疲れたから、ありがたく会議室の机に突っ伏した。首の後ろをぐりぐりすると、やっぱり相当体に力が入っていたと見えて、カチカチに固まっている。


「芳賀さんは、今の事、どこまで知っていたんですか?」


「試験運用の事?いや、全然知らなかったよ。知ってたら、経理課の方の騒ぎで知ったかぶりして言っちゃったかもしれないから、結果的に良かったのかしら?」


 芳賀さんがお昼休みに居なかったのは、私の机に入れられた切手の件で呼び出されたからで、実は犯人を確定済みなんてことは全く知らず、私の本日の行動を経理課のオフィスで聞かれていたからだそうだ。


 聞きとり人は高山課長で、聞かれた場所は課長の机の脇だったから、今考えると聞かれたこと自体が仕込みだったのかもしれない、と芳賀さんは言った。

 小さな声で憚るような聞き方だったようだけど、同じオフィス内のことだ。聞こうと思えば聞こえるだろうし、本当に聞かれたくない話だったら場所を移すもんね。私に対する調査が入るような振りを、わざわざ見せたって事か。

 ……私が疑われるように仕向けて、犯人が馬脚を現すのを待つために。


 私がぐったりしているのを見かねて、

「課長からは何も聞いてないし、今まで調査してきた書類の中で気になったものもなかったんだけど……」

 と前置きしたうえで教えてくれたのは、広田の被害者同盟の芳賀さんの婚約者、林さんからの情報だった。


 曰く、広田一人ではごまかしの効く範囲が狭い。経理課に共犯者がいるのではないか?というのは広田の事件が公になった段階から噂としてあったけど、実際に仕事の内容を知っている林さんから見ても、経理の誰かが率先してうまくごまかしていたのではないかと思うような部分があったらしい。


「それで、あなたの名前が上がって来た訳だけど、すぐ否定されたでしょう?じゃあ、誰なんだろうと思ってはいたって言っていたわ」

 今回の件と総合すると、共犯者がいるって目星は付けていたし、ある程度証拠は掴んでいたけど、もしかしたら共犯が一人じゃないかもしれないから、慎重に調査していたってことになるのかな?……私を矢面に立たせたまんまで。

 実行犯である松田さんと、共謀?していた山野さんはそんなことを知らずに、私に罪をかぶせる工作をして墓穴を掘ったと言うことなんだろうし、その方が会社側にとって都合が良かったって分かってるけど、心情的に納得できるかはまた別問題だ。


「会社側から謝罪があるかどうかは分からないけど、その分ボーナスに期待はできるんじゃないかな?……正直、そういう方面で報われないと、やってられないでしょう」

 頑張ったことに対して分かりやすいゲージで示されるのがボーナスや給料だから、本当に弾んでくれるようなら、多少はモチベーションを維持できるかもしれないけど、ここしばらくの精神的疲労はどうしてくれるんだ、と思う。


「……そう言えば、山野さんってどうなるんでしょうか?」

 松田さんは実行犯だし、もし広田の共犯者なら懲戒免職の後、逮捕だろう。ただ、山野さんの扱いは微妙だ。


 山野さんの指示で松田さんが動いていたのなら、例え手を汚していなくても主犯って事になるだろうけど、犯罪にかかわっていないと言う主張を信じるなら、処罰はされるかもしれないけど、無実?


 ……そうだったとしてもあんまり一緒に仕事はしたくないなー。

 原因は知らんけど私の事が嫌いなのは確定だし、犯人だって決めつけられた態度は忘れようったって忘れられないよ。事務的に対応なんて出来そうもない。

 芳賀さんだって似た様な被害に遭ったことがあったのに、良く表面的だけでも平然としていられるな。尊敬します。

 ……というようなことを芳賀さんに言ったら、呆れたような顔をされた。……なぜ?


「山野さんに嫌われている理由が分からないの?あんなに分かりやすかったのに!」

「え、そんなにあからさまだったんですか?」

 自分としてはそんなに鈍くないつもりだったけど、KYな事をやらかしていたんだろうか?王子じゃあるまいしって思ってたけど、実はこっそり笑われていたとか?


「いや、そうじゃなくて……。ここではっきり言った方がいいのかしら?……って、もう三十分経っちゃったね。ものすごく言いたいけど、説明し出すと長くなるし……仕方ない、仕事を始めて話はまた後にしましょう」

 この仕事、けちが付きまくってるから、さっさと解放されたいでしょ?


 そう言われれば是非もない。焦らされ感がすごいけど、確かにその通りで、会議室に隔離されて調査をやっている限り、広田への呪いの言葉しか浮かんでこないからなぁ。


 私は気分転換と午後の仕事の景気づけに、まずはコーヒーをたっぷり入れることにした。





 そうやって仕事してどれくらい経ったろうか。会議室の扉が叩く音が聞こえた。


「部外者は入れてはいけないと厳命されておりますので、開けずに失礼いたしますが、どなたでしょうか?」

「柏木です。高山課長の代わりに、事情説明と謝罪に来ました。開けてください」

 興味本位の社員ではないと知って、慌てて私は会議室の扉を開けた。


 ありがとうとお礼を言われて恐縮していると、

「すみませんが、何か飲み物を入れていただいてもいいでしょうか?流石に疲れました」

 笑い混じりにそんなお願いをされて、さもありなんと思いながら、まずは椅子を勧めてコーヒーを淹れた。


「経過報告をあなた方も聞きたいだろうと思って後始末をしていた所ですが、山野さんはともかく松田さんの方が想像以上に難物でして」

 と、柏木課長はコーヒーを一口飲んで溜息をついた。お砂糖とミルクを入れたのは、疲労回復の為って言われれば納得しそうなくらい、美味しそうに飲んでいる。

 時計を見ると、もうすぐ五時だ。お昼過ぎから事後処理にかかりきりだったんだとしたら、そりゃあ疲れるよ。


 山野さんは柏木課長、松田さんは高山課長を担当して話を聞いていたけど、山野さんの聞き取り調査が終わった段階で高山課長の方に顔を出したら、日本語の通じない松田さんの相手にほとほと困り果てたらしい高山課長に泣きつかれたらしく、それを「では、あなたの代わりに事情を説明してきましょう」と言って逃げてきたらしい。

 ……やっぱり狸だね、柏木課長。



「まずは、お詫びをしなければ。共犯者を突き止めるためとはいえ、不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。近々の内にあなたの不名誉な噂が無くなることを約束します」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 うん、ちょっとは気が済んだかな?散々疑われたからね。



 で、今回の出来事について説明してくれたんだけど。

「会議室の扉付近と、会議室の中は元々監視カメラが設置されていたのは知っていましたか?」


 文字通り会議を行う場所であるから、鍵はかかっていなくても勝手に使う事はできない場所なので、カメラが設置されていたのが不思議に思ったのだが、他言無用を約束に教えてもらった理由は、確かに大きな声で言えなかった。


「仕事をさぼったりする場所ならまだいいんですが、ここで不埒な振る舞いをするのがいたようです」

「不埒?」

「不純異性交友ですよ。嘆かわしい事に、勤務時間中に逢い引きをするだけでも社会人としてどうなのかと個人的に思いますが、セクハラというよりは強制猥褻と言っていい事件が起こった事があって以来、会議室には早くに導入されたんです」

 柏木課長が私の方を振り返った。


「つまり、あなたのここ二日間の足取りは確認されていて、ずっと仕事をしていた事も、席を外した間もごく短い間であるから、何かするような猶予はない事も確認されていたんです」

 やはり私に濡れ衣をかけようとした二人?の証拠を固める為に、潔白が証明されていることを黙って行動を観察していたと。


 で、松田さんは広田の口から名前が上がったことと、事前の調査でほぼ真っ黒。ただし、山野さんが処理した書類も多数見つかったし、私が処理をしたのもあったので(!) 犯罪に関わった人間の限定に苦慮したようだ。


 私の処理したのはたった一つだけだった上に、本来の担当でなかったので、締め前後の連日終電の超繁忙期の中で紛れ込まされたのではないか?ということで意見が一致したようだ。……良かった。

 締め日の厳守が決定されたのも、これがあったかららしく、忙しいからと言って目の前の書類を機械的に処理するだけにならないよう、チェックしましょうと言うのが狙いの様だ。


 因みに、内容が内容だけに、私や芳賀さんの所にははっきりと誰が関わっているか分かる様な書類は回されず、調査も高山課長が一人でやっていたのだそうだ。

 通りで課長があまり会議室にも立ち寄らない筈だよ。


 広田本人からの聞き取りも並行してやっているけど、迂闊に処分を発表すると冤罪を生みかねないので、時間がかかっても何度も同じ話を聞いて整合性を確認しているのだとか。



「問題の山野さんですが、彼女が多くの処理をしてきたことや、水野さんへの攻撃的な態度から事件への関与を疑っていたのですが、彼女が言った『思う所があって』の内容を聞いて、少し印象が変わりました」

 嫌いの理由か。どうせ、聞いてもどうにもならない事なんでしょう?


「彼女は高山課長に懸想していたそうですよ」

「けそう?」

 ……ああ、好きってことね。

 それで何で私が恨まれなくっちゃならないの?いや、告白されたのは流石に忘れてないけど、それ、ごく最近の事で、付き合う事になった訳でもないんだから──。


「──あ、そうだ」

 ちょうど芳賀さんに広田の事を相談した直後に、高山課長が松田さんと電話当番を交代していたのを思い出した。きっと彼女の事だから、山野さんにその話をしたんだろう。


 もしかして、たったそれだけで課長が私を気に入っているとか何とか思って、嫉妬してきたってこと?


「いずれにしろ、時間をかけて調査しますよ」

 今日は疲れたでしょうから、残業しないで帰りなさいと伝言を受けています、と言って柏木課長は会議室を去って行き、確かに精神的疲労がすごかったので、適当なところで仕事を切り上げて家に帰ることにした。





 さらに後日、高山課長に教えてもらったけど、松田さんは「広田に脅迫されていた被害者だから、私は無実だと」言い張ったようだ。


 きっかけは、持ち出した印紙を金券ショップに持ち込んで換金した所に鉢合わせしたから。

 映画やコンサートのチケットが安く売っていたりするので、別に堂々としていれば良かったのに、売りさばいた直後だったせいで動揺して、そこに付け込まれたらしい。


 松田さんがやっていたのは賞味期限の日付改ざんや架空請求の処理などで、賞味期限が切れていない商品を、三分の一ルールで返品された商品を処分するように装って横流しした辺りは、経理の人間でないとできない知識が使われていた上に、何割か知らないけど報酬を貰っていたので強要されたという言い訳は全く通用せず、従犯か共犯扱いになるだろうとのことだった。

 松田さんが私に罪をなすりつけようとしたのは、広田との噂があったからだというのもそうだったけど、山野さんが私の事を良く思っていなかったのを知っていたので、人身御供にするのにうまく誘導しやすいと思って選んだと言っていたようだ。

 山野さんを選ばなかったのは自分と近すぎて発覚するかららしいけど、相当量の伝票処理を任せていた為に、二人とも怪しいと目されたのであまり意味がなかったけど、同じ経理課の人間でも発覚し辛い、単純な処理の伝票を他の人に時々紛れ込ませていたと供述したので、余計に罪が重い。



 その山野さんは利用されていただけのようだけど、彼女が処理した伝票の多さから慎重に調べを進めているが、本人からいち早く辞表が提出されたと言う事で、無実が証明されたとしても慰留しないことが決定しているらしい。





詐欺にならなかったー、と胸をなでおろしています。

これでまた引っ越し作業に戻りますが、また余裕ができたら投稿します。

すみません、よろしくお願いいたします。

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