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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第十章 処断
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「水野、これに何か身に覚えはあるか?」

 静かに問う高山課長に、私もなるべく落ちついた声を努めて出した。感情的になったら負けだ、そう唱えながら。


「全くありません。第一、事件が発覚してからというもの、私はこちらに殆んど顔を出していませんし、切手や印紙を触るような真似もしていませんから、なぜ私の机の中に入っていたのか不思議なくらいです」

「そんなの、どうとでもごまかせるでしょ、この盗人!」

 山野さんが私の方に向かって毒突くのに、柏木課長が止めた。


「山野君と言ったね。少し落ち着きなさい。それと今は検証している所だから、不用意な発言は自分の立場も悪くすると自覚しなさい」

 山野さんがちょっと顔を赤くして口を閉じる。そんな様子を横目に、私は二人の課長の方を見上げた。


「山野さんはどうとでもなると言いましたが、逆に教えていただきたいです。私が会社の中で噂の的になっているのは皆さんご存じの通りですが、会議室内で仕事をしている時は別にして、社内のどこに居ても色んな社員の方々の視線に常にさらされている状態です。これだけ注目されていて、どうやって人目に付かないで行動できるんでしょうか?」

 今入って来た時だってじーっと見られてたんだよ。勿論高山課長と知らない部外者(柏木課長)と連れ立って来ていたせいもあるけど、私はどこに行ってもこんなもんだ。隠密行動はとても無理。

 そんな中で、切手や印紙をシートで持ち出したら、絶対見咎められる。黙って机に入れようものなら、泥棒っていうか横領って言われるよね。


 小さな声で「そうだよね」とか「言われてみれば確かに無理だよ」とか、私の言い分が道理に適っていることに同意する声が上がる。

「ふむ、一理あるね」

 柏木課長も頷いてくれた。……山野さんは、自分の考えを否定されたせいなのか、面白くなさそうな、ふてくされた様な顔をしている。


「それに、自分で言うのもおかしいですが、机の中に隠すくらいなら、まだ自分のバッグに入れる方が見つからないと思います。それも、誰かに見つけてくださいと言わんばかりに机からはみ出していたんですよね?分かりやすすぎますよ」

 盗むんだったら後ろめたいから余計に厳重に隠すし、ブツを持っているだけで疑われるんだからとっとと現金化するために持ち出すと思うしね。机なんかに入れたら、取り出した時に見つかるかもしれないじゃない。


 そんな様なことをもうちょっと丁寧な言葉で伝えたら、どちらの課長も頷いてくれた。……話を振ってみてこちらの対応を観察されてたのかな?

 元々そんなに疑われてなかったのかもと思っていたら、柏木課長の方がこんなことを言った。 


「潔白を証明するために指紋を取らせてほしいと言ったら、応じてくれるかな?」


 結構喰えなさそうなおじさんだよね、人の良さそうな顔してるけど。

「こちらからお願いしたいくらいですが、それをやるんだったら、この課の人全員の指紋を採取しないと意味がないですよ。そうしないと誰が入れたのか分かりませんから」

「そりゃあそうだろうね」

 人の良さそうなおじさんに見える柏木課長は、高山課長の方へ「いいかな?」と了承を求めた。

「ええ。はっきりさせた方がいいでしょうし、後ろ暗いところがなければ嫌がる者もいないでしょう。……皆、協力してくれるな?」

 了承を求めているけど、それは強制だよね?な台詞を課長が吐いたので、実は穏便に課に所属する社員全員の指紋採取が目的だったりして、と思ったんだけど、それは然程間違いではなかったみたい。戸惑いながらも同意の声を上げる社員の中で、慌てた様な声を上げたのは、山野さんだった。


「私、嫌です」

「……なぜ?」

 高山課長が山野さんを見る。他の社員も、柏木課長も。


「だって、私、取り出す時に触っちゃったから……」

 印紙と切手に指紋が付いていると。……でもそれは当たり前のことだから、別に心配する事じゃない。──山野さんが私の机の中に入れたんじゃなければ。


「何を言ってる。山野が見付けたんだから、お前の指紋が付いている事は分かってるさ」

  課長が安心させるように朗らかに笑う。

「そう……ですよね」

  山野さんの強張った表情が緩んだけど、散々イヤミを言われた私だからわかる。課長、目が笑ってない。

 

「山野が心配するのは、これらに自分の指紋しか付いていない場合だ」

「えっ?」

「そうだろう?お前しか触っていないって事は、お前が水野の机の中に印紙と切手を入れたと疑われても、仕方ないよな?」

 絶句してうろたえる山野さんに、柏木課長がたたみかけた。

「水野さんにも言ったから、君にも聞こうか。……身に覚えがあるかな?」

「あのっ」


 そんな時に声を上げたのは、山野さんと仲のいい松田さんだった。


「そんなに最初から疑ってかかるのはどうかと思います。それに、指紋の採取はあくまでも任意なんですよね?だったら、私も嫌です。犯罪者扱いされているみたいだし」

 普段おっとりしている松田さん。仕事の面でも割とおっとりの癖に、今回はやたらとはっきり言い切った。


 あのー、さっきまであなた達がやろうとしてた事が、まさに証拠もないのに人を犯罪者扱いしてなかった?どの面下げて言ってるの?口にはしなかったけど、山野さんと同じ様なこと、心の中では考えたよね?


 私は呆れた顔をするのを隠せなかったんだけど、山野さんと松田さん以外にも「疑われている事自体が嫌だ」という理由で、指紋採取に協力出来ないという人が数人出て来た。

 松田さんがさらに、

「採取した指紋がいつまで会社に保管されるか分からないですし、今回の為だけに使うかどうかも保証がないですよね。そもそも、個人情報保護法違反なんじゃないでしょうか」

 と続けたからだ。


「それに、皆さんお忘れみたいですから言っておきますけど、その切手には少なくとももう一人二人くらいは経理課の人間の指紋が付いていると思われます。その切手や印紙を買って来た人は、素手で触って所定の場所に入れたんでしょうし、他の種類の切手や印紙を出そうとして触ったかもしれない。指紋が何時付いたかなんて、分からないですよね?意図せず触って指紋を残したら犯人扱いなんでしょう?……それじゃあ、酷すぎます」


 ざわりと吐息の様な、何かの言葉の様なものが社員の人たちから漏れた。……確かに、何日前に買った物か分からないけど、お使いに行った人だって、とんだとばっちりだと思うだろう。考えてみれば、売りさばいた郵便局員の人の指紋もついているだろうし、本当の犯人がこっそり指サックとかを付けて私の机に入れたとすれば、証拠は無い。広田の事があって会社側も犯人自身も警戒しているのなら、それぐらいするかもしれない。


 松田さんは私の方を向いてにっこり笑った。

「水野さんが自分は潔白だって証明したいのは分かるけど、指紋を取ったからって分かる物じゃないでしょう?自分ならバッグに入れますって言う位なら、ロッカーの中を課長たちに調べてもらってかまわないよね?」

「……はあ?」


 ようやく分かった。親切ぶって言ってるけど、松田さん、私の事全然信じてないよね。それこそ犯罪者扱いじゃないの、荷物検査なんて。


「ちょっと待ってください」

 静止の声を上げたのは、芳賀さんだった。


「誰が水野さんの机に入れたのかは分かりませんが、少なくとも彼女を陥れようとしていたのは確かです。これでロッカーに行ったら、また何かを放り込まれていたとしても不思議はありません。もしそうなったら、今度こそ水野さんが犯人にさせられてしまいませんか?濡れ衣もいいところなのに」

「濡れ衣なんて、どうして分かるんですかー?自分なら鞄の中に隠すって言っておけば、確認しないだろうって高をくくっているだけかもしれないじゃないですか」

「──山野、言いすぎだ」


 高山課長が復活した山野さんの言葉を遮る。けれど、柏木課長が今度は、山野さんの肩を持った。

「どちらにしろ、一度ロッカーを見せてもらった方がいいかもしれません。……水野さん、構いませんか?」

「ええ、構いません」



 こうなりゃ自棄だ。堂々と見てもらおうじゃないの。




名前を確認していて、大変な間違いをしていることに気づき、修正をしました。

以前、広田と付き合ったことがあるのは山野さんで、松田さんではありません。

すみません。よろしくお願いします。

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