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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第八章 畢竟
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リベートは、横領ではなくて背任罪だとのご指摘を受けて、七章部分の表現を一部変更しています。

教えていただいた方、改めてありがとうございました。

 






 二匹の獲物は獅子鷲であっても少々手に余るものだったのか、掴んだまま空を行く速度は遅い。だがこちらは徒歩(かち)で、行く先にはまだ多くの魔物が棲む湿原を突っ切らなければならない。


「殿下、先ほどと同じものを使っているのでは成分を抽出するのに時間が掛かりすぎます。もう一つの効果が強いと言っていたものを使用しましょう。あと少し距離が縮まれば追跡魔法の(くさび)を打ち込めます」


 腕のおかげで魔法の威力は飛躍的に伸びた。大分馴染んだが、繊細な調整が必要な魔法に関しては今一つ自信が足りない。魔力を多く注ぎすぎて感知されることは避けたかった。距離が近くなればもう少し調整も出来るだろう。


 王子が頷いたのを見て、一人の騎士が先ほどと同じようにバケツと水を用意し、その中にあづさが洗剤と呼んだ方のどろっとした液体を少し垂らしてかき混ぜる。

「いいか、こちらに向かって来るものだけを相手するように。敢えてとどめを刺す必要はない。急ぐが足元に十分注意しろ。ばてたら置いてゆくぞ」

 笑い交じりに王子が命令を下した。置いて行くというのは奮起させるための言葉なのだろうが、全員が真剣な顔をして頷いた。


 進行方向に向かって、道を敷くように細く長くバケツの中身の雨を降らせる。水の中に潜んでいる分、効果が出るのが遅いのかと思っていたら、次々に隠れていられなくなった魔物が姿を現した。強力と言っただけあって、それ以上暴れる体力も残らなかったらしく、すぐに力なく横たわる。とどめを刺す必要もなかった。


「これはまた……凄い効き目ですね」

「そうだな」

 短く会話して、すぐに小走りに進んだ。水たまりが思いがけなく深くなっているこの湿原では、それでも精一杯の速度だ。勿論探索魔法を使っているが、以前とは比べ物にならない精度で周りに害意のある生き物がいないことが確認できる。情報量が多すぎて少し目眩がするくらいだ。

 同じ轍を踏まぬように探索の網を広げて水の中の反応を探るが、少なくともすぐに襲って来る様な範囲に、生きている個体はいない。


 およそ一刻程走って距離が縮まった所で、追跡魔法を使う。


「うまくいきました。これで距離が開いても追いかけられます」

 賢い獣だ。追跡されていることはもうわかっている筈。元より自分たちの目の前で見せつける様に獲物をさらって行ったので、おびき寄せる目的もあるのかもしれないが、どちらにせよ住処まで行かなければならない自分たちにとっては好都合だった。



 休憩をはさみつつ二日間追いかけて、たどり着いたのは山の中腹にある洞窟だった。風が中から吹いてくるので、通り抜けられる穴がどこかにいているのは確実だが、隧道のように狭くうねって視界が悪い。


「反応は中からです」

 改めて反応を確認したが間違いはない。かなり奥深くに反応がある。その近くに似た様な反応もあることから、ねぐらにしている場所に間違いはなさそうだった。


「罠の可能性が高そうだな」

「どちらにしても他に道はなさそうです。ただ、中は一匹や二匹ばかりではないみたいですね。ずっとこのまま道が細いということはまずないでしょう。おそらく中に広くなっている場所があります」

  視線を合わせたのは一瞬。罠であったとしても行くしかない。

 王子が先頭を行くのはかろうじて止めさせて、騎士二人に前をその後に自分と王子、殿(しんがり)を残りの騎士たちに任せて細い道を進んだ。


 何も襲って来るものはいなかったが、探索魔法を使い、ようやく少し開けたところに出た時、拙速を悔いた。いくつもある足場にずらりと並ぶ獅子鷲の数、およそ数十匹。以前よりも精度が高くなっているはずなのに、少なくともシスルには感じられなかった。……これほど多くの個体が潜んでいることなど。

 一度に飛び掛かって来られたら、とても対処できない。

 よくて大怪我、何人かの命と引き換えに王子は逃がさなければならないと、静かな殺気が満ちる中でシスルがいつでも魔法を使えるように懐に手をやっていると、王子がすっとこちらに向かって手をかざした。


 手を出すな。


 意図することは分かるが、これだけ警戒されては対話も難しいだろうと思っていると、獅子鷲たちがすべて一、二歩引いた。満ちていた殺気が少し柔らかくなり……決して消えてはいないが、警戒されている程度に抑えられた。

 同時に奥から出てきたのは、一匹の獅子鷲だった。

 鷲の頭に獅子の体は他の物と同じ。だが体が一回り大きく、首の辺りの羽が血のように赤い。嘴も他は生成色(きなりいろ)をしているだが、それだけは銀だった。 金色の瞳は理知的でいながら警戒を露わにしてこちらを睥睨している。


 間違いなく、これがこの群れの長だ。


 シスルがそう思う間もなく、王子が一歩前に出た。

「私の名前はライド。ラヴァーン国第二王子だ。だが、ここへは同じ大地に住まう者の一人としてやって来た。──協力を求めたい」


 あづさに以前言われた事──「いきなり命令されて無償奉仕しろと言われたら、あんた達は働くのか」と言われた事が経験として生きているなと、シスルは王子がいきなり頭ごなしに命令をしなかったことに内心で安堵のため息を付いた。

 自分もあづさを魔物の群れの前に蹴り出した当人であることを棚に上げて。 


「既に知っているかもしれないが、終極の魔物が西からやって来ている。空に逃れられるそなた達は、戦わずとも命は助かるかもしれない。今見る限り、子供はいないようだが、一族すべてが飢えずに済むだけの獲物の確保は難しくなるだろう。すべて終極の魔物に食われるのだから。私たちも同じだ。座して死を待つよりは足掻き、魔物を倒す算段だ。勝利を確実なものにするために、助力を願いたい。力を貸してもらえるのならば、出来る限りのことはさせてもらうつもりでいる。……どうだろうか?」


 しばしの沈黙の後、長は低く唸った。と同時に体がぶれ、目の前で黒いドレスを着た女性の姿に変化した。複数の姿を持つ生き物は、すべからく魔力が強い。まして獅子鷲がそのような力を持つことなど、誰も知らなかったことだ。

「……芸達者だな」

 辛うじて王子がそんな軽口をたたく。


 赤い髪に目鼻立ちのはっきりした、きつい顔立ちの肉感的な美女の姿だったが、よく見ると炯々とした金色の眼の瞳孔が縦長だ。にっと笑う笑顔も肉食獣のそれ。

「話としては面白い。聞くだけは聞いてやろう」


 長が合図をすると、居並ぶ獅子鷲たちは身をひるがえして視界から消えて行った。ただ、いくつかの気配が残っているのでこちらを完全に信用している訳ではないようだった。まあ、それはこちらも同様で、シスルは手のひらの中に攻撃用の魔符を握りしめたまま、見つからぬようにそっと懐から手を抜いた。


「さて、出来る限りと言うたが、具体的な内容はなんだ?」

「それはこれからの話し合い次第だな。金銀宝石を用意しても、そなた達には無価値と言われれば贈っても意味があるまい。美しい女性にはその身を飾る宝石の一つや二つ、あった方が良いと個人的には思うが、もう一つの姿には必要なかろう。ない方が雄々しく美しいからな。勿論欲しいというのだったらいくらでも用意する」


 王子は追従を口にするような性格ではないので本気で言っているのだろうが、人間の女性に対しての褒め言葉だったら雄々しいは駄目だろう。だが、いくら匂い立つような美女だとしても、人をも餌にする猛獣だ。王子の言葉が純粋な褒め言葉だったせいか、悪い気はしていなさそうだ。

「確かにそんなものを貰っても腹の足しにもならん。珍しい餌でも貰った方がよほど良い。……そなたの右腕は美味そうだ」

 唐突にシスルの方を見て、長はそんなことを口にした。表面上は平然とした態度を崩さなかったが、文字通りの意味でもあり、おそらくは手の中の魔符の存在を見抜かれている。

 まぎれもない本気の色も伺えて、ここで冗談でも「いりますか?」と口にしようものならば、本当に一咬みで持って行かれるだろう。

 人の姿をしていても、言葉が通じても、これは違う(ことわり)の生き物なのだ。そういう意味ではあづさに初めて相対した時、魔力の強さにうそ寒いものを覚えたあの時と状況が似ている。


「では、お前たちが聞いたこともなければ食べたこともない、美味な食物を与えよう。どうだ?」

「……お前たちから変わった匂いするが、もしそれの事ならばいらぬ。我らは肉を好む種族だ」

 芋切干を渡すつもりだったのだろうが、あっさりと却下されたので、王子はシスルの方を一瞥した。

 あづさを呼ぶつもりか。……下手をすると、あづさをみて「美味そうだから、それをくれ」と言われそうだが、背に腹は代えられないようだ。


 長に、攻撃魔法ではなく、便利な道具を持ってくる召喚獣を呼び出すこと、湿原の魔物を倒した薬を持って来たのもその召喚獣であることを説明した。出来る限りのことはするとは言ったが、召喚魔法の使い方は教えられないし、呼び出した召喚獣も餌にはしてくれるなとくれぐれもお願いする。

 眷属から話が伝わっていたらしく、湿原の魔物を窒息死させた道具の話をしてやると、興味を持ったようだ。


 絶対に食べないことを約束したので、あづさを呼び出すことになった。





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