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説明回で長くなってしまいました。
部長の言葉に、私は馬鹿みたくかぱっと口を開ける事しか出来なかったんだけど、
「弁解はあるかね」
と言われて、頭が真っ白状態から復活した。
なぜここに課長と芳賀さんがいるか、分かった気がする。
「弁解と言うか、全く身に覚えのない事でとても驚いています。……伺ってもよろしいでしょうか?」
部長が頷いたので、目を真っ直ぐ見ながら聞いた。
「犯罪の片棒を担ぐという言葉は、もう一人罪人がいる事を指しています。それはもしかして第三営業部の広田さんではありませんか?」
「どうしてそう思う?」
「纏わりつかれてとても迷惑をしていました。全く興味のない相手でしたので、何とか自分で対処しようとしましたが、目に余る態度を取られたので、遅まきながらそちらに居る芳賀さんに相談をしましたし、高山課長にも後から話しました。万が一、広田さんが私の彼氏だと思われていて、恋人の為に犯罪に手を染めたのだと会社が判断したのでしたら、事実無根の上に侮辱に等しい誤解です。そもそも、背任罪や横領罪なんてものはとても割に合わない犯罪ですから」
「ふむ……。割に合わない犯罪だと思う理由を訊いてもいいかね」
課長や芳賀さんが私のことをちゃんと報告してくれたらしく、広田に関してきつい口調で否定するのにも特に追及はなくて、そんなことを訊かれたので自分の意見を述べた。
「汚いお金を使う時の罪悪感はなくなりません。まあ、罪悪感のあるような人間はそもそも背任罪や横領罪に問われたりしないんでしょうけど、うちの会社だと、そのまま働いていれば生涯賃金で二億円は稼げるのに、目先のお金でこんな優良企業の職を失うのはとても馬鹿らしいです。すぐばれるような犯罪ですし」
宝くじの高額当選者に配られるという冊子に色々書いてあるらしいけど、特に一等に当たった人に多いのが、分不相応の買い物をして身を持ち崩すことなんだって。
労せずして手に入れたお金は派手に使いたくなるもので、本当にそれが必要なのか?って物を買ってしまったりする。
例えば家を買うのは良いとしても、本体価格が高い家は維持費も当然高くなるって事をあまり考えていなかったりする人が多いのだ。
まず登記するのに百万単位でお金が掛かるし、買った後は固定資産税を毎年四回払わなければならない。広い家にはそれなりの家具や電気製品を買いたくなるだろうし、水道光熱費も以前より高くなる。
で、宝くじが当たったからって仕事を辞めていたりすると、あっという間に貰ったお金を食いつぶして暮らしていけなくなると言う訳だ。
それが汚いお金ならば使えば使うほど出所を疑われるし、凡そお金が絡む犯罪というのは発覚するまで罪を重ねる。簡単かつ気付かれずに一度お金を手にしてしまうと、真面目に働くのが馬鹿らしくなるんだろうけど、一度やってばれなかったからって次も大丈夫だとは限らないし、一生ばれないとも限らないのにね。
何をやったか知らないけど、金額が数千万円程度ではそもそも遊んで暮らしていけない。犯罪者の烙印を押されるくらいなら、真面目に働いている方がよっぽどいい。
「残業が連続するのがちょっと大変ですけど、ちゃんとお給料をいただいていますし、福利厚生も厚いです。ここに採用された時はとても嬉しかったし、自分の判断が間違いなかったと思います」
「そうか。とても実感のこもった説明で、納得ができたよ。……実は君への嫌疑はほぼ晴れていたんだ。疑うような事を言ってすまなかったね」
すまなそうに笑う部長。本心からの笑みに見えるけど、わざわざ誤解するような言い方をしたのは私の反応を見る為だろう。課長と芳賀さんの口添えだけじゃなくて自分でも確認するのは分からないでもないけど、やり方があれだね、タヌキだ。
「営業部の広田に関しては君の懸念は当たっている。残念ながら彼は分かっている範囲で数百万、おそらくは数千万の金額をリベートとして受け取っていると思われる。今までは疑いだったが、証拠がいくつか挙がったので、業務を停止して本日以降は自宅待機だ。箝口令が敷かれているが、いずれ噂も回って来るだろう。いたずらに騒がず、こちらの指示があるまでは黙っていてほしい」
広田の罪に関しては、やっぱりという思いが強い。すり寄ってきた理由が分からなかったけど、私を通じて何かの情報を得ようとしたか、それこそ犯罪の片棒を担がせようとしたんだと思う。
ものすごく馬鹿にされた気がするけどね。男の為に媚びて手を汚すような簡単な女だって思っていたんでしょうから。
「元々君の嫌疑が晴れたら、高山君と横領の調査をやってもらおうと思っていたのだが、予定が早まった。別室を用意するので、芳賀君と三人で洗い出し作業をやってくれたまえ。しばらくは忙しくなるだろうが、よろしく頼む」
仕事の内容は納得したけど、そもそも私が疑われたのはどうしてなんだろう。私の担当は広田とは関わりのない別部署だから、伝票操作をやろうとしても無理だ。本人が近寄っていたからっていう理由だけだったら酷すぎる。
そう言う事をやんわりと言ってみたら、部長は苦笑を浮かべた。
「元々君の名前が上がったのは、第三者の証言があったからなのだよ。だがその証言自体、少々疑わしいところがあったので慎重に調査をさせてもらった。誰がどういう証言したかというのは、すまないが現時点では教えられない」
「……そうですか」
多分、同じ部署の誰かが証言したんだろうけど、その人が私を陥れようとしたってことで……なんだか人間不信になりそうだった。
部屋を出てから課長から指示された第三会議室へ行くと、既に書類の山とパソコンが三台設置されていた。
経理課のパソコンはネットバンキングができるように設定してあるため、基本的に一人一台で他の人間が使用できないようになっている。通常業務だけだったら、パスワードを入力してサーバーにアクセスすればいいので、これでも十分だ。
引っ張り出してきたのは、広田が担当していた会社の全データ。いつからごまかしていたのか、本人の弁は当てにならないので、数年分を遡って調べることになる。全く気が遠くなりそうだ。
「話の内容からすると結構前から疑われていたみたいですけど、リベートを受け取っていたのはなぜ分かったんですか?」
「最初は内部告発があったからだ」
御社の第三営業部、広田が下請け会社の共羽産業からリベートを取っている。
そんな匿名の封書が来たのは半年ほど前なのだそうだ。ワープロ打ちの無記名だが、共羽産業の名入り封筒が使用されていた。
第三営業部は食品を扱っており、広田の担当はコーヒーだ。輸入した豆を小分けにして売ったり、さらに一杯飲みきりのドリップ式のフィルターが付いた形まで加工して売ったりしている。
共羽産業は、うちの会社が豆を提供してドリップ式に加工してもらっている会社だ。
「内部告発だけでは単なる嫌がらせかもしれないから、本人には内密に調査をしていたんだが、仕入れ価格は確かに少し高かった。ただ、材料が高騰傾向にあるのはこちらも分かっていたので、不自然と感じるほどではなかったんだが……。結果として広田が馬鹿やらかしたから、早く分かったんだがな」
大きな案件の契約を取った第三営業部のトップ、林さんがしばらくそのプロジェクトに架かりきりになるので、今まで担当していた営業先を何人かの部下に引き継いだことが始まり。
広田はその中でも一番いい取引先が欲しいとしつこく強請り、仕方なしに林さんはとある個人経営のコーヒー専門店を任せた。
小さく見えても大事なお客さんだからくれぐれも失礼のないように頼むと伝えていたのだが、広田本人はわざと小さな顧客を紹介されたと腹立たしく思ったらしい。
林さんがそのお店に特値でコーヒーを卸していると知った広田は、引き継いだ後すぐに値上げ交渉をしに行った。
円安、原油高で輸送コストも上がっている、この値段ではもう出せないと。
林さんに、自分の仕事が落ち着いたらここの営業は自分に戻してもらう、何か変更する事や新規にサービスをするようだったら、何があってもまず自分を通せと言われていたのに、全く無視して。
オーナーに言った値段は今までの価格の五割増しで、全く話にならない価格だと言われたが、
「だったら取引を止めたっていいんですよ」
と嘯いて、「お金を個人的に融通してくれたら、考えなくもないですよ」ということを、ものすごーくオブラートに包んで言ったらしい。
オーナーはその場で取引停止を通告した。
「こんな吹けば飛ぶような売上、なくなったって構いませんから」
そんな捨て台詞を吐いてその場を辞したが、会社に戻った広田に待っていたのは、クレームと取引停止の連絡の嵐だった。
「その人は個人経営の店のオーナーであると同時に、組合の上役であり、コーヒー協会の方でも高名な人でもあった。その人が『こんな事を言われたからうちの会社には注意した方がいいよ』と言ったら、『あの人がそんなことを言うのならば余程の事だろう』と取引を停止するような会社が続出するような人だったんだ」
取引停止を連絡してきた所がその時点で既に数社。売上金額にして数千万円の取引が無くなった。
林さんもその上役の人達も、広田の黒い疑惑は当然知っていたが、単なるご用聞き程度だったらそこまで大きな問題を起こさないだろうと高をくくっていた。ところがいざ任せてみたら、とんだ大問題になってしまったのだ。
本人から営業部の部長宛てに、お宅の社員からリベート要求されたから取引停止するね、という連絡と共に、広田の言葉を一言一句違えずに伝えて、吹けば飛ぶような売上かもしれないけど、塵も積もれば山となるんですよと言われて部長も平身低頭で謝罪した後、林さん本人が慌てて問題のオーナーに謝罪に行って来たそうだ。赦してもらえるとは思っていないが、とりあえず謝らせてほしいと言って、土下座してきたらしい。
「それが昨日の昼過ぎの事で、営業部は事後処理に大わらわ。その後の追及で本人が自白した」
「うわぁ」
「何て言うか、頭が悪いとしか言いようがないわね」
第三営業部の人は本当に修羅場だったんだなと気の毒に思ったけど、今日の我が身を考えれば私も大して変わりはなかった。
これから怒涛の連日終電作業が待っているのだから。
私の事を陥れようとした人と一緒に仕事をしないだけいいかもしれないけど、間違えられない根気のいる作業になる。非常に頭が痛い。
「昼過ぎには共羽産業からの資料が届く。それまでここにある資料でやれることをやって行こう」
その後はひたすら洗い出しに取りかかったんだけど、課長の方から普段使っていないオーデコロンが香って来て、もしかしなくても一度や二度お風呂に入ったくらいじゃ臭いが落ちなかったんだと改めて申し訳ない思いに駆られたのだった。




