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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第七章 対決
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 シスルが色々な考察を口にしていたのは、魔法使用を禁止するのにちゃんとした理由を説明しなければ納得しないだろうという事、腕に関しても説明をしておいた方がいいだろうという事の他、純然たる時間稼ぎをしたかったからであった。


 ──あの時。


 魔符を胸に抱いて祈っていたあづさに、相当量の魔力が様々な物から抜き取られたのがはっきりと分かった。被対象であるからか自分からは持って行かれなかったが、魔物をはじめ人や物、指摘はしなかったが大気や大地の魔力までを収斂し、暴発しないのが不思議な程の魔力が自分に注がれた時、怪我で命を落とすのではなく、人一人では納まりきらない魔力に侵されて死ぬなと、痛みで朦朧した頭で思ったのだ。


 が、最終的に何とかなってしまったのは、ただの幸運であってそれ以外の何物でもない。力技でねじ伏せるように腕の形を作り、体の中の血が増えて。

 痒みと称したのはそれが一番近い表現だったが、体の中をいじられてよくもその程度済んだと思う。


 話しながら脈打つ度に身体を巡る莫大な魔力を自分のものとして扱えるように馴染ませ、溢れ出そうとするのを押さえ込む。じりじりと右手からも魔力が流れて、繋がった部分から少しずつ変化して行くのが分かった。

 元が魔物というよりは、魔石の塊を腕に付けたに等しい感覚に、終極化の魔物に相対するにはこれ以上もない助けとなるが、逆を言えば簡単な魔法すら魔力過多で暴発するおそれがあると、何処か冷静な頭の中で思った。


 一度魔法を使って試してからでないと、攻撃魔法は危なくて使えないな。


 必要な道具を取に行ったあづさをもう一度呼ぶ時に、ちょうど召喚魔法を使えると、王子に自分が呼び出す旨を伝えた。王子はあづさが魔符を使った時に相当魔力を持って行かれたようだったので、特に反対はされないだろう。


 魔力を限界近くまで使用すると、激しい倦怠感に苛まれ、時には意識が混濁する。あれだけの勢いで芋を食べているのだ、さぞかし絞り取られたとのだろうと推察するが、王子は平然とした態度を崩しはしなかった。

 部下の前でも泰然としているのは流石だと思う。上官が慌てたり怯んだりすると即、部下にその精神状態が伝染するので、多少の不調は淡々と自分で回復させるのが習いになっているようだ。


「臭いが酷いから体を洗いたいんだが、なかなか魔力が回復せんのだ」


 目がほとんど見えずに耳と嗅覚、魔力感知で獲物を見つけるあの魔物は、弱ければ同族であろうともなわばりに入ってきたものを食らう。返り血ならぬ体液を全身に浴びた王子は、泥と生臭い臭いで酷い有り様で、今のままでは餌ですと主張しているようなものだから、そう言う意味でも洗い流したいだろう。


「では、私がやりましょう」

「体はもういいのか」

「少々力が滾ってしまっているので、威力がありすぎるかもしれませんが、それでも良ろしければ」

「構わん。アレも近寄ると嫌そうな顔をしていたからな、帰ってくるまでに落としておきたい」

 その発言は意外だった。


「随分と気に入られたのですね」

「それはお前もだろう。回復の魔法を掛けられた後、笑っていたぞ。何時も顔色が変わらんのに、笑う所など初めて見た」

「そう、ですか」

 心配してくれて、危ない橋を結果的に渡ってまで自分を助けてくれたあづさの優しさが単純にうれしかったが、自分が笑った自覚はなかった。

 非常識さは慣れたつもりだったが、これはまた随分なことをやらかしたものだと思っただけだったのに。


 考え込んでいたシスルだったが、彼女と一緒に来た男が冷徹な眼差しでこちらを見ているのに気付いて同じように見返すと、男は堅い声で切り出した。


「──そろそろいいだろうか。自分は巻き込まれた側だが、水野は一度ならず来たことがあるようだ。どういう事情があるのか、聞かせてもらいたい」


 態度の頑なさにこちらにあまりいい感情を持っていなさそうだと思いながら、何か聞きたいから残ったのだろうと分かってはいたので、先に王子に魔法を使って汚れを落としてから経緯を説明した。


 因みに、魔法は何とか制御ができたが、細かな制御に気を使わなければ暴発する可能性があり、やはりなじむまでは時間が必要のようだった。




「水野はあなた方の国でかつて使われていた召喚魔法を使ったら出てきたのか。それで存亡の危機に無理やり協力させていると?」

「無理やりではない。アレは、報酬を寄越せば働くと言った。雇用した扱いで、戦闘は得意ではないが今回のように知恵や道具を持って来る。実際何回かやりとりしているし、報酬も渡している。お前たちを守った指輪も報酬の内だ」

  王子の返答に男は小さな声で「何をやっているんだ、あいつは」と罵った。

 相手を心配する言葉ではあるが、自分があづさの身内だと定めて、こちらを部外者だと線引きをしているような態度が見える。


「では、もう止めていただこう。あいつもこれほど危険だとは思ってもいなかった筈だ。今あなた達が言った通り、本人は争い事に向いていない。残酷な光景を見せたくないし、危険な目にも合わせたくない」

「本人がそう言うならばともかく、赤の他人であるあなたが言うことではないのではありませんか?……もしやあなたはあづさ殿に懸想をして纏わりついていたという相手でしょうか」

 自己中心的な考え方が気になって尋ねたら、

「……そんなことまで言っていたのか」

 男の愕然とした様子に、少し溜飲を下げる。自分は直属の上司で、纏わりついていたのは別の男だと言うので、そこはただ頷くにとどめた。


「言っていたというか、どうしたらいいのか相談されました。上司は男で相談しにくいと言っていたので、それ以外の同性の上役に話してみたらいかがですか進言をしたのです。どうやら心を割って話して貰えるほど親密な間柄ではなさそうですが、単なる上司の方が本人の意思を確認しないで断じて良いのですか?」

「……上司だから、だ。それに、同じ世界の人間だからでもある。こちらの常識も知らないで訳も分からず諾々と従っているようならば、年長者として助けてやるのは当然のことだろう」

 すぐに方便だと簡単に分かった。知らない所で、知らない誰かとかかわって欲しくないだけだ。


「年長者?導く立場であるとおっしゃる」

「ああ、そうだ」

「では伺いますが、彼女がこちらに持って来れるのは、呼ばれた時に触れていた物だけです。それが呼び出した当初はぴったりとくっついていらした。上司で導く立場の方が、仕事と称して何をしていたのでしょうか?」


 あづさも気が付いていたようだったが、男には魔法陣がない。当然だ、呼び出したのは彼女だけで、男は完全な余禄なのだから。

 結果として魔法を使う際の助けとなったが、ただぼーっと立ちすくんでいただけで物の役に立っていないのに、あづさがいなくなった途端に口を出す権利があるとばかりに尋ねてくる、その態度も鼻についた。


「成人女性に本人の合意なく性的な意味合いで接したら、性的嫌がらせという罪になると教えていただきましたが、上司が立場を利用して親密な態度をとるのもそれに当てはまるのではないですか」

「それは……」

 なんと言おうとしていたのかは分からないが、口を開いた男を遮って笑い声を立てたのはライド王子だった。


「シスル、お前ふらりとやって来た野良猫が、せっかく懐いて来たら実は他にも通っていた所があったみたいな感じになっているぞ。なに、どうせ猫が選ばなければ首輪をつけることは叶わぬのだから、鷹揚に構えていろ。私もなあ、つい最近似た様な目に遭った。我が愛馬はよく走るが気性が荒いのを知っているか?世話をしてやるのも私でないと受け付けなかったので手ずからやっていたのだが、最近になって馬番にも許していると知ってな。浮気された亭主のような気分だった。あれは辛かったから、お前の気持ちはよく分かる」

「…………」

「…………」

 

 分かっているようでいて全く分かっていない台詞を吐かれ、なんだかすっかり毒気が抜けてしまったが、続きを聞いた時は看過できなかった。


「確かにアレも珍しい青毛でなかなか毛並みもいいからな。気に入るのもわかる。じゃじゃ馬ならしは楽しいものだ。びくびくされて碌に反応しないようなのよりは、余程好ましい」

 青毛とは黒い毛並みの事で、こちらでは馬の青毛はそれほど珍しいものではないが、黒髪の人間は少ない。

 誰のことを言っているのかは明白だった。


「……初耳です。師が何人かのご令嬢とお会いして頂く算段を立てておりましたのに、顔どころか名前も聞かないで逃げ出した方のお言葉とはとても思えません。参考にさせていただきます。そして今度会う方には、万難を排して臨んでいただきますから、どうぞご覚悟下さい」


 出発する準備に忙殺される中、王子の相手を探したのは師だったが、仕事のしわ寄せは当然ながら自分に来た。睡眠時間を削って仕事をこなし、最終的には碌に休む時間もないままに出発する羽目になった。

 索敵魔法の不備はあったかもしれないが、反応が遅れたのは確実に疲労のせいだ。


 痛い思いをした分の借りはきっちり取り立てますから。


 そんな思いを込めて真っ直ぐに王子を見やると、あからさまに視線を外した王子が「そろそろ呼んでもいいのではなかろうか?」と言い出したので、ひとまずは追及の手を緩めることにしたのだった。







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