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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第六章 嚆矢
23/50

2

 







 あまりの眩しさに一度目を瞑った私は、のしかかってきた黒い影がミミズもどきなのだとばかり思っていた。ぎゅっと力を込められるが痛くはない。


 一秒、二秒、死ぬなら一撃がいい。なぶり殺しなんてことになったら、無駄に痛みが長引くだけだ。食べられるのは避けられないにしても、せめて苦しまないで逝きたい。


 三秒、四秒、走馬灯ってものすごく短い時間の中で、生まれた時から今までの出来事を回想できるんだよね。まだ始まらないけど、ずいぶんゆっくり?


 五秒、六秒……いい加減遅い!



 そう思って目を開けると……からみついていたのは、課長の腕だった。私をかばうようにしてすっぽりと被さっている。……あれ?


 その向こうには緑の光の膜。最初は本当に目が開けられないくらい強かった光は柔らかなものに変わっていて、私たちの周囲を半円形に囲んでいた。自分の手にあった、どこかでひっかけたらしい傷がゆっくりと消えて行くのを見て、シスルの方を振り返ると、蒼白の顔色は変わらないけど痛みが和らいだみたいな様子だった。

 うん、大丈夫。生きてる。


 ミミズはその光を越えられなかった……というか、光の壁に激突、衝撃で目を回していたみたい。目はないけど。


 死んでいたら見事な自爆だったけど、ゆらりと頭をもたげて、再び何とかの一つ覚えの様にこちらに襲いかかって来ようとしたところで、ソレの生涯はあっさりと終わった。

 攻撃範疇からも、警戒範囲からも外していた王子からの不意打ちを受けたのだ。


 黒くて生臭い体液は、幸いにしてこちらに降りかかってくることはなかった。緑の光はそれからも守ってくれたから、本当に良かった。これが最後の一匹だったみたいで、騎士たちが王子の後ろからこちらへやって来ている。


 念のためなのか、時折倒れたミミズもどきたちに留めを入れていて、結構しぶとい性質の魔物なんだなと改めて思った。大きさが違うだけで向こうと同じなら、確か体がいくつかの部分に完全に分かれているから、千切れても結構大丈夫だったりするんだった。小さな頃、弟たちが(つつ)いて悪戯してたのを覚えてる。


 ……で、王子。助けてくれたのはありがたいけど、その体液塗れの体でこっちに来るとものすごく臭いので、せめて風下に移動して。シスルの怪我にも、絶対良くないから。耐えるのに体力使うくらいに臭いの!


 そんなことを思っていると、王子が凄く馬鹿にした表情を浮かべてこちらを見下ろした。

「この非常時に何をいちゃいちゃしているのだ、この破廉恥が」

「いちゃいちゃなんてしてないから!……課長、かばってくれてありがとうございます」

 まさかかばってくれるとは思っていなかったよ。それにしても王子、破廉恥なんていつの時代の人?


「いや、咄嗟のことだったから。それに何の役にも立っていない」

「そんなことありませんよ。いてくれただけで助かりました。それで、この光は王子がやってくれた……訳じゃなさそうだね」

 訪ねた途中で王子の浮かべた表情から、答えを貰う前に分かってしまった。


「シスルが渡した指輪が思わぬところで役に立ったな。それは然程強力な魔道具ではなかったと思ったが……」

「ああ、この光は指輪のものだったの」

 シスルに貰った指輪。言われてみれば、石の色と光の色が同じだ。


 未だに緑の光は展開中で、完全に空間を遮断しているらしく、臭いと音は遮らないけど、王子も光の内側には入れないみたいだった。


「回復の魔符を探していたのだろう。さっさと怪我を治してやれ。それだけ血を失ったのだ、早急に傷を塞いで体力の消耗を防がないと、そろそろ命にかかわる。指輪の術式は解除するな。その光の中には回復の魔法も入っている」

「……ちょっと待って」


 傷を塞ぐ。それは勿論そうしなければいけないのは分かってる。でも、なんかその言い方だと、もう腕は元には戻らないみたいに聞こえるけど……気のせいだよね?

「魔法を使えば、元に戻るんでしょ?魔力はたくさん使うかもしれないけど、魔法は不可能を可能にするんだよね?」


「欠損した場合は、もう戻らないんですよ」

 かすれた声で、シスルが言った。意識がないと思っていたのに……。

 言われたことの重みで、胃の中に苦いものが湧きあがってくる気がする。


「もういい加減、痛いのも我慢してきましたから、早めに治療して頂けると助かります。体調が万全なら自分で魔法を唱えるのですが、この状態では無理がありますので」


 シスルは書き物をするのに右手を使っていた。利き腕だ。それがなくなったりしたら、この先の生活でどれだけ不都合が生じるだろう?それ以前に、これから魔物の討伐に行くのに片腕で戦えるんだろうか?

 戦線離脱もありうるだろう。でも、そうなったら……「アルド・ラトヴァ」の一番弟子はどうなる?



「ごめん、シスル。ちょっとだけ待って」

 やる事全部やってから駄目だったのなら諦めも付くけど、あそこでああやっていればっていう後悔だけはしたくない。


 回復の魔符を探し出してから、ポケットに差していたボールペンで、思いつく限りの単語を書き加えた。


 気が済むまで書き加えると、手に持って目を閉じて念じる。魔力の込め方はやっぱりよく分からなかったけど、とにかく願った。

「どうかシスルの腕も、何もかも、以前の通り戻りますように」

 と。


 何かが抜け落ちた感覚がしてゆっくり目を開けると、目の前で持っていた魔符が崩れ落ちた。燃え尽きると言うよりは形を保っていられなかったみたいに。


「……駄目か」


 力なく呟いた時、シスルが苦しみ出した。体を海老のように丸めてうめき声をあげ、のた打ち回る。一時もじっとしていられないようで、私は慌ててもう一人、魔法を使えるはずの王子を見上げた。


「え、なんで?回復魔法ってこんなに苦しむものなの?」

「そんな訳なかろう、お前、何をやったんだ!」

「効果を増幅させる筈の文字を書き加えただけで、そんなに悪い事が起きると思わないでしょ!前にも手伝ったことあるけど、その時はこんなこと起きなかったもの」



 私が魔符作りを手伝ったというのは、主に文字の監修だった。


 魔符は、私の周りを相変わらずくるくると回っている金色の魔法陣と同じく、魔法を発動する文言を紙に魔力を込めて刻んだものだ。

 私は魔力の込め方なんて分からないから、例えば炎を呼び出す魔法の場合、小さな煮炊き用程度の炎しか出ない文言「焼き焦がす炎よ」とかに「全てを」を頭に付け足したり、あるいは「炎」を「烈火」に変えたり、効率アップと強化の模索、後は単純な字の書き間違いを指摘していた。

 

 実際にこれで威力が焚き火レベルから、火炎放射器レベルに上がったらしいと聞いて思ったのだ。


 今ある魔符に言葉を書き加えたら、もっと強力なものができる?

 強力な魔符は相応の魔力を食うけど、なんでも魔力ダダ漏れらしい私なら、問題なく使えるんじゃないの?


 材料は私が提供したからいいとして、ちゃんと発動する魔符は貴重だから実験に使いたいとは言えなかった。


 ただ、今は時間もない。効果を試すこともできない一発勝負で、どうなるか分からないけど、腕がないままそこを治してしまったらもうお終いだと思ったのだ。



 欠損が治らないのなら、時間が戻ればいいんじゃないの?と思ったので、私が書き込んだのは「再生」、「復活」、「よみがえる」なんかの単語と、「全治」、「全快」、「治癒」とかの怪我が治る単語。


 どうしてこれでシスルが苦しんでいるの?と他の回復の魔符を探そうとしたところで、止められた。

 シスルの、骨が折れてたと言っていた左手が、私の手を押しとどめたのだ。


「……なんとか……平気です……」


 お腹を抱えるようにしているし、なんだか変な汗をかいているようだったけど、先程までの今にも儚くなってしまいそうな顔色から血色が戻って来ていた。少なくとも、左手は治ったみたいだけど……。


「もう大丈夫なの?」

「ええ……痛みはなくなりました。……ものすごく…………痒かったんです」

「はぁ?」

 痒いって、何それ。

「転げまわりたいくらい、痒かったんですよ」


 すっと差し出してきたのは……。


「ああああ、よかったぁぁあああ!」

 思わず縋り付いてしまった。右手が……ちゃんとある。

 指も五本、骨の感触もしっかり感じる。ちょっと見たことないくらいにつやつやのぷるぷるした肌をしているけど、間違いなくちゃんとした手だ……!



「全く、常識くらい学んでください。今回のあなたのやったことは、非常識も甚だしい。欠損した部分は治らないはずなのに、無理に元に戻すから、掻き毟りたいくらいに痒かったんですよ。他にも体中ぶつけた箇所というか、痒くてもかけないようなところが(うず)くは、酷い目に遭いました」


 今まで見たことがないみたいな綺麗な笑顔を浮かべているくせに、褒めてないよね?ってことを私の頭を優しく撫でながら、シスルはぼやいたのだった。







ご都合主義で申し訳ないです。

ミミズ退治まで行きませんでした。次回こそはミミズ退治になります。



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