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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第五章 助力
20/50

3

 





 次の日、折角なので貰った指輪を会社にしていく事にした。


 言葉では否定しておいたのに、指輪を貰った事で何だか約束したような気がするのが非常にイタいけど、だからといって元々買いにいくつもりだった物を外すのもばからしい。

 残業命令発令中なので今週中は買いに行けないのが確定だし、仕事中にも邪魔にならないくらいの大きさだから良かった。

デザインも本当に可愛いんだよ。ころんとした丸い乳白色の……て、あれ?

 なんか貰った時と石の色が違う。


 透明の少し青みがかった若草色で、キャッツアイっていうのか、縦に線が一本光を反射しているように見える。……光の加減が違うから、見間違いでもしてたのかな?

 まあ、いいや。葉っぱの形をした脇石が濃い緑なので、これはこれでデザイン的にはありだ。


 最初に見せられたのはどれも石が大きくて綺麗だったけど、可愛いよりも派手って感じで、宝石のことはあんまり詳しくないけど、ルビーもサファイアもエメラルドも、透明で色が濃いのが高いっていうのは知ってた。で、大きいのは希少ってことも。

 まさにその通りの宝石が嵌まった指輪を会社にして行ったら、どこの御曹司と婚約したのって事になっちゃう。




 朝からお昼まで、指輪に気付いた同僚にからかわれたり、相手はどんな人?何て言われたりして、かわすのが大変だった。具体的な人物像なんてとっさに上げられないし、嘘を重ねてフェイクだっていうのが分かったら、違う意味でイタいって思われるかもしれない。

 恋人がいないのに、いるふりをしてた見栄を張っている子、なんてこと言われたらかなりきついから、ひたすら笑ってごまかしつつ、事情を知ってる芳賀さんのフォローなどもあって、なんとかお昼までは乗り越えた。


 その後は、なんか高山課長のご機嫌が悪かったみたいで、午後イチに入金のチェックミスが発覚した担当の人に、いつもはしない激烈といってもいいくらいの怒り方をしたので、ぴりぴりした空気を感じた同僚たちは、無駄口を叩かずにひたすら仕事のみのやり取りを続けて、定時になるとさっさと消えて行った。



 私、あの状態の課長と一緒に残業するの……?



 具合が悪くなってきたので、今日は定時で帰宅してもいいでしょうか?って言いたくなったけど、午前中は普通に元気だったからなぁ。仮病だってばれて、次の日に朝から気まずいよりは今日頑張った方がまだましか。


 繁忙期じゃないのに残業するので……さらにそれは誰かに聞かれても内緒にしなければいけないから、みんなが片づけをしている間にこっそりおにぎりを頬張って腹ごしらえをするつもりが、もうオフィス内は閑散としている。

 電話は「本日の営業は終了しました」の音声が流れるように切り替え済みだから心配なし。課長の姿が見えないけど、もうじき戻ってくるだろう。


 下手に外に行くよりはここで食べちゃった方が目立たないだろうなと思って、素早く食事を済ませ、課長が席に戻る前に仕事を始める。傍らには眠気覚まし用のコーヒーを、たっぷりと用意。

 これで仕事をしていれば、特に確認しなければいけないような仕事もないし、課長と話さないで残業をこなせるよね。……そう思いたい。



 かたかたとキーボードを打ちつつ、チェックすべき書類を片付けていると、課長が戻ってきた。


 敢えて視界に入れないようにしながら、集中して仕事を続ける。向こうも特に話しかけたりしてこなかったし、静かに自分の仕事をしているみたい。よかった。

 段々、本当に気にならなくなってきて、目の前の仕事に取り組んでいった。




 書類を一山片付けたところで、ふっと集中の糸が切れた。伸びをして固まってしまった肩の筋肉をほぐして、コーヒーを一口飲む。完全に冷え切っているけど、これはこれで構わない。


 周りの状況を完全に意識の外に置いていたので、名前を呼ばれたとき、ごく普通に「はい」と返事して普通に顔を見上げた。



 ……高山課長の方を。



 机に向かって座っている課長の、眼鏡のレンズに光がちょうど反射して、目の表情が良く見えない。ただ、押し殺した冷気というか、物騒な気配というか、なんか怒ってるよね?っていう空気だけは分かった。


 いや、私何もやってないよね、真面目に仕事してたよね、今まで。


 ストレッチくらいで怒られるの?なんでそんなに、今にも飛び掛かって来ようとしている猛獣みたいな空気なんでしょうか?!野生の獣って目を合わせたら襲って来るってよく言うけど、なんか目を逸らしたら逆に襲われそうで怖いんですけど!



「その指輪、昨日はしていなかったよな」

「…………そうです、ね」

 口の中が乾いて、舌をかみそうになる。語尾がちょっと怪しくなった。「そうですネ」みたいに。


「恋人がいるのか」


 いつもだったら「課長、セクハラですよ」と返すところなんだけど。

 そうすれば、それなりにできる大人な課長だったら、個人的な事なんだから踏み込んでこないでね、という空気を読んで引いてくれる。だけど今それを言ったら、確実になんかされると思う。ぶちっと何かが切れそうな感じが、もの凄くする。


 そう思って私が口を開けないでいると、返事をしないことに苛立ったのか、課長の静かな声が、更に低くなった。


「昨夜、俺が食事に誘ったのを断っておいて、自分は男に会っていたのか?」

「──え?それ……って」

 ごはんに誘ったのに断ったのを怒っているんじゃなくて……。


 すっと椅子から立ちあがった高山課長が、こちらに歩いてくる。私の席は課長のすぐ傍、島は一応離れているけど、距離にして五歩くらい?しか離れていない。


「どうなんだ?」


 課長の両手が私の座っている机の上にバン!と叩きつけられて、思わず体を竦ませる。

 みし、っとスチールの机が軋んだ音を立てた。


 広田と会っていたんだろう、と喰いしばった歯の間から漏れて、私は呆然と高山課長を見上げた。



「────はぁ?」



 言われた内容が内容だけに、私の中でふっと湧き上がってくるものがあった。

 ふざけんな、という一言だった。


「なんで私があんなのと付き合ったことになってんの、鬱陶しくて追い払うのに苦労してるのに!……あ!」

 口を手で押さえたけど、覆水盆に返らず。口に出した言葉は取り消せない。



 課長の怒りの形相が、意味を吟味するような目をした一瞬、(たわ)んだけど、今度は別の意味でぎりぎりと目がつりあがってきた。


「水野あづさ」


 課長の手がゆっくり私の頬に触った。両手で挟むように。

 強引に仰向かされて、目を合わせられる。



 いやああああ、手を放してくださぁあああい!



「──俺は言ったな?悩みはないのか、と。その時お前は何て言った?」


 ない、とは言ってないよなぁと思ったけど、言えない。目と目を合わせている現在、うかつに行動すると頭突きでも食らいそうだ。いやな汗をかきながらもごもごと言った。


「……だって、課長に相談すると、コンプライアンス課への報告義務が発生するじゃないですか」

「様子を見てから報告するくらいの寛容さが、俺にないと思ったのか、お前は」

「それが決まりですから。決まりを破るリスクを冒すかどうか考えると……」


 当たり前だけど管理職にある者は、部下の管理責任があるので、いい加減な事をしたら本人の評価が下がる。評価が下がると言う事は、給料が下がるし出世にも影響する。

 「経理の星」な高山課長が「課長」になったのは、他を押しのけてきたとは思わないけど、仕事がすごーくできるからでしょう。


 私がそういうと、これ見よがしにため息を付かれた。手も外れたので、怒りが解けたのだと思いたい。



「最初から、全部、包み隠さず、本当のことを話せ」



 文節をそんなに短く切らなくても分かってます。ここで誤魔化したりしようものなら命に係わりそうな予感がするもん。

 私はこくこくと高速で頷いた。



 なるべく感情が入らないように、事実だけを淡々と述べるような努力をして、広田さんがまとわりついて来た事、決定的な事を口にしないので鬱陶しく思っていても断り文句を言えなかった事、倉庫での一件で危機感を覚えて芳賀さんに相談したら、相手がいるアピールが有効だと教えてもらったので、指輪を用意した事を順番に話した。


 倉庫での下りを話すときに、課長の顔が人殺しでもしそうなくらいに凶悪になったけど、気が付かなかったふりをした。

 怒りの矛先は広田の方にしてね。お願いだからと心に念じ、指輪の入手先に関しては話さなかった。『異世界の魔法使いに指輪貰っちゃいましたー』なんて言ったら、間違いなく怒りの炎に油を注ぐことになる。



「倉庫での一件と芳賀に相談したのは、何時のことだ?」

「…………えーと……」



 『まさに「困ったことはないのか」って聞かれた日でーす』



 これまた燃料投下な返答しかなくて、私は視線を明後日の方に向けたのだった。






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