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召喚獣じゃないから!  作者: ごおるど
第四章 転機
17/50

4

 



「あー疲れた」


 自宅マンションのエントランスにたどり着いた時間は、夜の十一時。


「あー、ほんとに疲れた」


 毎月の締め前後は、大体終電になる。

 食事をどうしているかというと、独身の人は社員食堂で売っているおにぎりやサンドイッチ、カロリーなんちゃらとかの栄養補助食品を素早く食べて仕事している人が多く、結婚している人はどんなに遅くなっても自宅で食べる人が多い。


 食事が用意してあって家に帰ってすぐに食べられるならともかく、独身で一人暮らしなら作っている余裕なんてない。私もいつもは何かしら食べる物を用意している。一日くらいだったら食べないでも何とかなるけど、連日一週間ほど食事が夜中になると、空腹で効率が悪くなる上に、体に良くないからだ。


 病気という意味でも、体脂肪という意味でも。


 まあ、お腹いっぱいになると眠くなるという罠もある事はあるんだけど、空腹でイライラするくらいなら、お腹に物を入れてリフレッシュした方が、余程仕事がはかどる。


 今日は夕方突然、残業命令を発せられたせいで何も用意していなかったから、空腹の腹の虫を抱えたまま仕事をしたのと、課長と二人きりだったのとで、もうぐったりだった。




 課長に押し付けられた仕事は今すぐやらなくてもいいけど、締めまでにはやらないといけない仕事の前倒しだった。

 なんで?と思って聞いてみたら、意外なことを言われたのだ。


「今度の締め辺りに、通常業務とは違う仕事をしてもらう可能性が出てきた。まだ決定ではないが、あまり大人数ではできないので、俺とお前と二人での専属担当となる。何分まだはっきりしないので、とにかく身軽になっておいてくれ」


 他にも仕事ができる人がいるじゃないと思っていると、

「他の者たちには、その仕事が本格始動した場合、お前の仕事を割り振ってやってもらうことになる。上からの命令だから、拒否権はない。何度も言うが、確定ではないのでそういった話がある事を他には漏らさないように」

 思っていることを読んだように言われた。


「仕事の内容は?」

「これもまだ言えない」


 あー、もしかしてどこかの会社を買収するとか?


 上場企業を買収するのだったら、株価が跳ね上がることを予測して株を買い占める輩が出ないとも限らない。内部の者が、立場を利用して知った情報を元に株を売買するのは、インサイダー取引で犯罪になるけど、分からないと思ってやる人間がたまーにいるんだよね。だから、ごく一部の人間だけに知らせて内密に進めるのは分かるけど、それだったらもっと信頼のおける人に話を持って行くような気がするけどな。

 少なくとも、入社二年目の私に依頼するような話じゃない。


 結局、内容は分からないまま仕事を片付けることになったんだけど……。


 仕事を分散化してほしいと言ったけど、余計増えてるじゃないの。終電にはならないかもしれないけど、毎日終電一本前までずーっと残業はいやだぞーとか、課長ハゲろとか、呪いの言葉を吐きながら片付けた。


 目の前に居るので、心の中で唱えるだけなのがつらかったですよ。



 あらかた片づけた後、「急な残業で悪かったな。食事でもして行くか、奢ってやるぞ」

 って言われたけど、明日以降も今と同じ量の仕事をこなさなければいけないのは分かっていたので、首を横に振った。


「なんだか今日は疲れすぎて食欲がないので、また今度にしてください。『はなやぎ』のうなぎが食べたいです。おみやげでも可です」

「お前……あそこの並が二千八百円だって分かって言ってるんだな?」


 はなやぎは会社のすぐ近くにあるうなぎ屋さんだ。気軽に行けるような値段じゃないので、私は食べたことがないけど、注文してから焼き上げる香りが、食物テロ?ってくらいにいつも食欲をそそっていたので、いつか……それこそボーナス後にでも食べてやると思っていた。

 自分の懐が痛まないのであれば今すぐごちそうになりたいくらいだ。普通に営業時間が終わっていたのが、(かえ)(がえ)すも残念だった。


 大体、今の時間帯で開いている所って、ファーストフードかファミレスしかないじゃないの。おごりってカードが一回しか使えないのなら、一番いい所で使うのが常道ってものでしょう。



 とりあえず、仕事がひと段落ついたら必ず行くという約束をして──させてとも言う──帰ってきたのだが、家に帰ると、宅配ボックスに荷物が届いていた。

 やれやれ、タイミングが悪いと思いながら取りに行くと、おばあちゃんからで……孫思いのおばあちゃんは良くこうやって畑で採れた作物を送ってくれるけど、量の限度をあんまり考えてくれない。

 一人暮らしの家に、十キロ箱で送るっていうのは多過ぎると思うんだ。

 中身はサツマイモと書いてある。


「お、重いっ」

 何とかエレベーターに乗っけたけど、そこで腕の力の限界が来た。


 頂き物だから文句も言えないけど、実家の方には多分二箱くらいは届いているだろうから、そっちに持って行く訳にも行かないし、いくら日持ちするとはいえ消費するのに何日かかるやら。


 廊下をずるずると引きずって行き、なんとか部屋まで持って帰ったけど、もうこれ以上は無理だ。疲れて体力もないことだし、明日始末することにして、今日はもうお風呂に入って寝よう。


 そう思った瞬間、ぐらりとめまいがした。







「よく来た召喚獣」


  気が付けば、私の目の前に……何て言うんだろう、モデル立ちって言うのかな? やたら格好つけたきらきらライド王子がいた。

 なんなの、そのポーズは。


 かなり疲れていたので、本格的に体調が悪くなったのかと思ったんだけど、これだったら具合が悪い方がまだマシだったよ。


「私は召喚獣じゃないって何回言ったら覚えるの、脳みそつるつる王子」


 足元に段ボールを置いたまますっくと立ち上がった。

 疲れているから相手にしたくないんだけど、婚約者を探したら?という話しをした辺りから、王子の私に対する扱いが酷くなったのだ。

 王族の義務として結婚は不可避であると納得はしているものの、今はそんなことに気を回している余裕がないんだってさ。


 それは正論だとは思うけど、死亡フラグが一杯過ぎて、他人事ながら心配になったんだもの。それに私は助言しただけで、実際に動いたのはシスルとかお師匠さんとかの周囲の人だし、意見を取り入れたってことは、そう言う懸念があったからってことでしょうに。


「人の名前が覚えられないくらいの頭しかない人は大変ねー。だから脳筋なんだよ」

「またしてもノウキンか。意味は分からんが、そこはかとなく腹立たしい思いに駆られる単語だな。どんな意味だ」

「あー。シスルに聞いて。こっちには対応する単語がないみたいだから」


 面と向かって言いはしても、言葉の意味の解説となると、さすがに言いにくい。……無礼打ちにはならないかもしれないけど、今はシスルもお師匠さんもいないので、安全策だ。



 ……それにしても、何回か呼ばれる内に呼び出されるタイミングの法則が分かってきたんだけど、今回はどういう訳かいつもと違う。私が呼ばれたくないと思っている時は……要は忙しくて疲れている時は呼ばれないのに、今回はなんで呼ばれたんだろう。


 それに、なんだろう。城内が騒がしい気がする。


「何かあったの」

「ああ。西から終極化の魔物が来ている話はしたな」

「うん」

 あの蚊の事は忘れられないよ、いくらなんでも。


「あの襲撃以前に西のはずれにある村が一つ滅んだのだが、今日、もう一つ村が魔物に呑まれたと知らせが届いた」

「え……」


 まだ猶予があると聞いていたのに、なんだか速度が速いような気がする。


「既に西方全域に避難指示を出してはいたのだが、住民の避難が間に合わなかった。先祖伝来の土地を離れがたい、荷物をまとめる時間がかかる等、色々意見は聞いたのだが、それよりも想定外に魔物の進攻速度が速い」

「…………」

「比較的近郊地域の住人は王都に避難してきているが、今以上に準備を急がせ、あと十日以内に出立することになった」


 お前も覚悟を決めておけ。




 ライドはそう私に言った。





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