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前回分に、誤字脱字、表現がおかしな点等がありましたので、気が付いた箇所は訂正しました。
よろしくお願いします。
あれから、しばらく私の生活は平和だった。
あれ、というのは、会社にいる時に向こうへ呼ばれてからなんだけど、色々あったと言えばあったので、「精神的には」と但し書きが付くのかな?
経過を書いておくと、帰った時、ぶつけてやるぜって意気込んでいたせいか、本当に時間差なしのタイミングで帰って来たので、 「きゃー、ゴキっ!」 って叫びながらコピー用紙を広田さんの顔目掛けて投げつけてあげたんだよね。
きゃーっていう悲鳴が「きゃー怖い」じゃなくて、「きゃー楽しい」の方に若干なっちゃったけど、広田さんには分からなかったみたいだし、顔は避けられたけど腕にぶつかったので、まあよしとする。
体勢を崩している広田さん残して、慌てず騒がず入口の鍵を開けて、 「ゴキが出ましたー」って叫んで広田さんとは何もなかったアピールしておきました。
二人きりの密室で悲鳴が聞こえたなんて、どんな噂立てられるか分からないからね。広田さんが酷い事をしたようだって噂だったらまだましだけど、万が一、いい仲だなんて事になったら目も当てられない。
私の申告で燻蒸殺虫をすることになったけど、実施の予定を前倒しするだけらしいので問題なし。
その騒ぎでちょっと帰りが遅くなったから、高山課長に 「何かあったのか?」 って言われたけど、
「ありましたよー!害虫が出たんです。もう、コピー用紙をぶつけちゃいましたよ」
とわざと大きな声で話しておいた。
「そんなものが怖いのか?お前は無言で叩き潰すタイプかと思った」
うん、その通りです。騒ぐ前に叩き潰さないと増えるから、素早く殲滅しますよ。でもここは首を横に振っておかないといけない。
「課長がどんな目で私を見ているか分かりました。酷いです、傷つきました」
「顔目掛けて飛んで来たら、悲鳴の一つも上げるでしょう」
って、害虫を印象付けておいたから、こちらも広田さんの存在をなかったことにできたと思う。
「いや、すまん」
なんて言われたのがちょっと罪悪感だけど、普段はもっときついイヤミ攻撃を受けているから、たまには良いでしょう、口の悪さを反省したまえ。
帰りは残業一時間で終わったので、質屋で金貨を査定してもらってから帰った。
鑑定の結果は……予想はしていたけど、はい、本物でした。
美術品と捉えるか金属として捉えるかで価格が変わるかもしれないですよと言われたので、その場で売らないで硬貨を買い取ってくれるところへ持って行ってみたら、 買い取り価格は七万円になった。因みに、金の塊として売ろうとした時は五万円くらい。
これは……貰い過ぎだね。だって袋の中身、五十枚以上あるんだよ。単純計算して、三百五十万以上になる。傷の少ない──程度の良いのがあるから、もっと高くなるかもしれない。出所を疑われる可能性はあるので、全部の現金化は無理だけど、殺虫剤とかザルの買い替えその他の費用として考えると、あまりにも高すぎる。
タイミング良く持っていけるかどうか分からないけど、少し返しておかないといけないなーと、ボールペンなんかの筆記用具と、ノートや折り紙なんかの紙製品をいくつかを買って帰った。
魔符作成に使いたいんだって。
今までの呼び出しって大体何かしらの用事があったからなのに、愚痴を聞かされただけなのがおかしいなーって思ってたんだよね。そうしたら、時間切れ間近になって本当の呼び出し理由が、前に聞いた魔符を作るのに協力して欲しかったなんて言い出すんだよ?
夢じゃなくて生きている相手だって分かったし、命がけっていうのも理解したから、せめてこれだけはって強請られると無下にもできなくて、ボールペンとメモ帳をあげたんだよね。
銀行の粗品で原価はゼロだったし、いいかなーって。
なんでも、あっちの世界の紙ってこちらで言うところの羊皮紙ならぬ、魔皮紙なんだって。獣型の魔物の皮を剥いで、毛を剃ってから肉の部分は腐食させて、腐らないような加工を施して作るんだってさ。羊とかの獣でも作れるんだけど、工程で失敗することが多いので魔物の皮の品質には勝てない。
材料が材料なのでかなり高いし、時間もかかる。
今回の準備で相当量が必要なのに、物事体が足りないらしい。
素材が変わると威力が変わるとか?と思っていたら、魔力を如何にして刻み込んで浸透させるかによるから、別に魔物の皮じゃなくてもいいんだって。勿論刻む文言にもかなり左右されるけど、一日に完成させる量も限度があるし、物資がない現在、少しでも時間を無駄にできない。羽ペンに比べればボールペンの書きやすさ何て目じゃないし。
そんな風に頼まれたら、ますます断れなくってね。
知り合いがある日突然死にました何て事になったら、こちらも寝覚めが悪いから、手を貸すことにしたんだよ。
あちらへは更に二回くらい呼び出された。
その時に買ったものを差し入れたり、作戦を練りながら新しい魔法を開発したり、残念王子の婚約者候補の話を聞いたり、王子からは余計なことをするなって怒られて喧嘩したり。
少しずつ準備を進めていたんだけど……。
最初に平和だったって言ったでしょ。
……そう、過去形なわけ。
コピー用紙ぶつけた一件から広田さんの顔を見なくなったけど、それでも一応相談はしておこうと思って、芳賀さんに時間を取って欲しいとお願いをしておいたんだよ。
でも、お互いの都合がなかなか合わなくて、本当は会社の人がいないところでじっくり忌憚のない話をしたかったんだけど、時間が取れないのなら社内でも仕方ないかなぁなんて思っていたある日、広田さんに遭遇しちゃいました。
偶然ではあったと思う。
銀行に小切手を預けに行って来てとお願いされて、会社の玄関まで出た時に、営業帰りなのか、入って来たのが広田さんだったから。
挨拶されて、無視はできないから返したんだけど、コピー用紙ぶつけられても私に対する態度が変わらなかった。
「虫が怖いなんて、かわいいね」
なんてコメントをいただきました。大変気持ちが悪いです。
虫は別に怖くないよ。お前が嫌なだけだよ。
物をぶつけられてこの態度なの?反撃できる人間なんだアピールだったのに、不発かなぁ?それともただ単に鈍くて粘着質な性格なだけ?
……その二つって最悪の組み合わせだよね。
で、次の日、私はお昼を芳賀さんと一緒に食べる約束をようやく取り付けた。
そうそう、私以外に美人の社員がいくらでもいるって言ったでしょう?芳賀さんは間違いなくその一人で、ちょっときつそうな話し方をするけど、基本的には清楚な印象の美人さん。仕事もバリバリこなします。
適当に冗談を振っても、ちゃんと乗って来てくれる気さくな人でもあるけど、あからさまに人の噂話をしているのは聞いたことがない。
本当に、広田さんがどうしてこっちに行かないのかが心底不思議。好みの問題とか言われたらそれまでなんだけど、ほとんどの男の人が私と芳賀さんだったら、芳賀さんを選ぶと思う。
「相談に乗ってほしいんです」と言ったらあっさりと頷いてくれるような、心の広い人でもある。
社員食堂もあるんだけど、そちらでは落ち着いて話ができないので、買ってきたお弁当を持って屋上へ行った。
「それで、相談したいことって仕事のことかしら?」
経理課は誰が休んでも穴を塞げるように、一通りの仕事を数か月単位で担当を変えて回している。そういう意味で私はようやく二年目で、一人で判断できないことがまだまだ多いけど、それじゃなくて。
「営業に広田さんっているじゃないですか」
そう言った途端に、芳賀さんの微笑みがびしっと凍った。
「……何か、あったのね?」
なんでそんなに怖い笑顔なんですかとか、なんで断定なんですかと聞きたいですが、ハイ、ワタクシの方が先に事情説明ですね。
今までにあったことを淡々と、なるべく感情を交えずに説明すると、芳賀さんは時折頷きながら聞いてくれた。
「……それで、向こうが決定的なアクションを起こしてこないので、こちらも強気な態度に出られずに困っているんです」
さらに私は、総務での出来事を説明した。
「そこまですれば、こちらの意思を悟って近寄って来ないかと思っていたんですけど、諦めが悪いみたいで……。芳賀さんは確か広田さんと同期だったような気がしたので、助言というかなんというか、どんな人かだけでも知っていたら教えていただきたいなと思ったんです」
「そう……」
そう言って、芳賀さんはしばらく黙々と食事を片付けていた。話す内容を考えているようでもあったし、なんとなく食事しながら聞きたくない内容なような気がしたので、私も同じように食事を平らげた。
「今から話すことは、他言無用にしてほしいの」
食べ終わってからこちらをまっすぐ見る芳賀さんに、私はこっくりと頷いた。
一応現在時価を元にしていますが、金の価格はかなりアバウトで計算しておりますので、そんなもんと思ってください。
よろしくお願いします。




