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「窘められてしまったな」
「そうですね」
あづさが消えてから師弟は顔を見合わせて苦笑した。
元々魔符を作らせようと呼び出した召喚獣であったが、懸念を指摘されてつい口を滑らしてしまったのだ。第二王子の浅慮というか、命を惜しまない態度に対する愚痴を。
能力的に十分対抗できるくらいの力はあるのに、性質の問題で難ありという話をしたら、ひどくあっさりと「上の人を諌めるのも、下の人の役割でしょう」と言われてしまった。
「現場を知らない人間が口を挟んだって聞いて貰えないのは、私の勤め先でも同じ事。だから、ここはお師匠さんの出番ですね。畑が違っても同じ一流同士、それも年長者の言葉なら、頭ごなしに否定はされないでしょう?」
「アルド・ラトヴァ」というのは、筆頭魔導師が代々継いでいく名前なのだと聞かれるままに答えたら、そんな風にこちらを立てながらも、それも仕事でしょうと笑ったのだ。
「大体、残念王子に何かあったら、魔物が無事狩れたとしても責任取れって話になるんじゃないの?笑い事じゃないよ、シスル。自分の命が掛かっているんだからね」
それはもとより覚悟の上だったからと言うと、
「甘すぎ。魔物を倒した英雄と、逆賊に加担した者として討伐されるのだと、扱いが全然違うでしょう」
前者は例え死んでも後の世まで英雄と語り継がれるが、後者はへたすると親類縁者まで連座責任を取られる可能性がある。つまり、最悪の場合、一族諸共死罪にされる恐れがあると言うのだ。
なぜ逆賊、と問えば。
あづさの住む世界は祖父世代が他国との戦争を経験しており、それ以前にも戦争を繰り返していた時代があるために、様々な戦争の道具が生み出されてきたのだそうだ。また、なぜ戦争が起こったのか、その結果どうなったのかの記録がかなり残っているために、昔の優れた武将の戦の流れや作戦等が研究されていて、現在も引用されていることがあるらしい。
権力者も帝であったり、傀儡に仕立て上げた摂政に権力が集中したり、あるいは軍部に権力が移行したりした時代があるのだと教えてくれた。
「国としては千五百年以上続いているから、どろどろのぐちゃぐちゃな歴史なんて一杯だよ。よくあるのが兄弟での家督争いで、特に有名な中の一つが、戦上手な腹違いの弟が武功を上げたせいで自分の地位が危ないと思った兄が、弟にいちゃもんをつけて逆賊に仕立て上げ、最終的に殺しちゃうやつ。さっきも言ったけど、うまく魔物を倒した場合、あの殿下は救国の英雄になるわけでしょ?そんな立派な人を国王にって話が国民から出るのは自然の流れでしょう。その場合、王太子がどんな人か知らないから何とも言えないけど、どうなると思う?」
そう問われれば、逆賊扱い、連座制で処刑という話はあり得ないとは言えなかった。
現在、ライド王子には婚約者がいない。
二十二歳の第二王子に婚約者がいないのは、立場的におかしいのだが、様々な候補が上がっては立ち消えになっている。
王太子は既に結婚しているが、未だ子供がいない為、第二王子のライドが王位継承者第二位を占めている。王太子に子供が産まれ次第、公爵に降りる事にはなっているが、その肝心の子が産まれないのでは、それもままならない状態だった。
王太子に妾妃をと言う話も聞こえ始めているので、野心のある貴族たちは、上手くすれば国母になれるかもしれないその地位と、公爵……最高位ではあるが家臣の妻の地位を秤に掛けて、前者を選ぶものが多いのだ。
決して不仲ではないが、特別に仲の良い兄弟ではない。そして誰もが認める優秀な騎士であるライドに、王太子が憧憬と嫉妬の混ざった複雑な感情を持っていることは何となく分かっていた。
ライドはライドで、自分の周りが少しばかりきな臭いことを分かっているのか、政治のことは殆ど興味を示さない。いずれは王家直轄地を下賜されて、そこを領地とする公爵になるので、統治に関する勉強も幼いころからしているはずが、騎士としての仕事にかまけてばかりいる。
「野生のカンが働いているとか?もしかして、心の奥底で魔物と相討ちでもいいやって思っているのかもしれないね。その場合、周りのことがどうなるか考えていないかもしれないから、その変を指摘してあげるとか……。あとは、柵っていうか、心残りがあると奮起するかも」
帰ってきたら、どうせ身分の上下も構わずに結婚したい女の人がいっぱい出てくるだろうから、今のうちに婚約させてしまったらどうだろう。国庫を浪費するような美貌自慢の馬鹿は困るが、中立派の、比較的王家の権威に逆らえない身分の低い家の女性なら、王妃になるには少し瑕疵があるから多少は歯止めになるかもしれないと言われて、一理はあると認めた。
確かに、守るものを持った者は強い。
「それから、殿下がそんなに危ない橋を渡らなくても勝てる様に、戦術をよく立てれば……って、こんなことは普通にやっているよね」
彼を知り己を知れば 百戦危うからずという言葉があちらの世界にはあるそうで、敵についても味方についても情勢をしっかり把握していれば、何回 戦っても敗けることはない、と兵法に優れた論者の残した言葉なのだそうだ。
逆に、戦いを知らぬものがそんな言葉を知ることに驚いたのだが、異界ではごく普通のことらしい。
この国は他国との距離が離れている為に、戦の経験があまりないこと、騎士団の主な仕事は魔物を狩る事なのだと伝えると酷く驚いていた。
終極化の魔物は、獲物を食いつくしてから次の狩場へ移動しているので、速度は酷く遅い。距離があるからまだ時間的猶予がある。
早くて数カ月、遅くとも一年以内には到達するという予測を立てているが、準備が出来次第、討伐に向かうことになっている。が、早くしなければ強力になるだけではなく、戦場が王都に近くなり、巻き込まれる民人も多く出るだろう。
とにかく準備を速めなければならない。
「協力できることはするけど、私を戦力として数えられても役に立たないから、それだけはくれぐれもよろしくね」
ゲームでなら散々狩りをしたことがあるんだけどねぇという呟きの意味はよくわからなかったが、それは元より織り込み済みなので問題はない。
「フラグ回避の一番簡単な方法は、王太子の奥さんが妊娠すればいいんだけど……」
そう呟いた後、師匠だけを招き寄せて何やら耳打ちをしていたのを思い出して、シスルは
「あれは何の話しだったのですか?」と問いかけたのだが、かなり長い沈黙の後、酷く言いにくそうな返答が返ってきた。
「……異界の子作りに関する知識を授けられた」
女性には孕みやすい時期と孕みにくい時期があり、それは月の障りから計算できるというものだった。
筆頭魔導師なら個人的に王太子妃に会う伝手があるだろうから、伝えてみてほしいと。
おまけにもう一つ伝えられたのは、男女の産み分け方法だった。
えらくなまめかしい方法だったので、男女の営みに関して枯れたアルド・ラトヴァであっても、直接伝えるのは躊躇うところだが、やり方がやり方だけに、王太子、王太子妃二人が揃っている所で伝えなければいけない。
「効果を疑われたら、異界ではこの方法で多くの子を授かっていると伝えてね」
と念押しをされた。半信半疑であっても、実際に何人もの夫婦が授かっているとなれば話は別、数の論理というやつだ。
「王太子殿下に謁見を申し込んでくる」
「私は、あづさ殿からいただいたこれを使って魔符を作っております」
小さな紙の束と、「ぼーるぺん」という名の魔道具を、無理を言って貰ったのだ。出来る限りのことはしなければと、師の後姿を見送った後、すぐに作業に取り掛かるのだった。




