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「先ほどから気になっていたのですが、あづさ殿。いつもと顔が違いますよね」
「……は?」
なんだそれ。失礼極まりないぞ。……あれ?涙が出たせいで、目の周りが真っ黒になっているとか、そういうこと?
「鏡ない?」
「鏡ですか?」
「化粧が崩れてるからそんなこと言ったんじゃないの?」
何でそんなものが必要なのか?って顔をしているので、そう聞いてみたんだけど、そうじゃないらしい。 良かった。ウォータープルーフの化粧品使ってないから、本当に崩れていたらきっとパンダ目だ。
「子供なのに化粧をしているので、そちらの風習はどうなっているのかと不思議に思っただけです」
私は最初、シスルが冗談を言っているのかと思った。
「私をいくつだと思っているの。二十三歳だよー?」
あはははーと笑いながら言ったら、シスルとお師匠さんが二人してこっちを見て固まっていた。
「……何、その顔」
「魔力が強いものは、成長が遅れるのか?」
敬語抜けてるよ、シスル。大体、どこの中二病の設定?
「こっちはそういう事があるの?」
「いや、ないが……」
シスルの視線がふっと私の胸に落ちた。って、どこ見てる!
……あれか、あれですか。大人な割に胸が発達してないよね的な視線だよね、今のは。
確かに私は身長低くて百四十八センチしかないですが。出てるとこでてないし、ちょっとぽっこりお腹で幼児体型だなって自分でも自覚アリですが。
思うにとどめるのと、態度に出すのでは天と地ほどの差があるって分かるよね。
「──シスル。私の住んでいる所では、妙齢の女性に本人の合意なく性的な意味合いで接したり、貶めるような発言、態度をとったら、性的いやがらせという罪になるんだけど、今のは確実に適応されると思うんだ。……と言う事で、殴ってもいいかな?」
にっこり。笑ってやると、シスルは深々と頭を下げた。
「すまなかった」
…………まあ、許してやろう。根には持つけどね。
「執行猶予ということで。今度同じ様な事をやったら、問答無用で制裁を下すから。そのつもりでいてね」
再びにっこり笑うと、シスルが無意識なのか、体を引いた。さっきから失礼な。
……ああ、そうか。あいつにもこの勢いで行けばよかったんだ。自分の立場を思い出す……要は保身を考えると、あんまり強引にできないものだ。大概の痴漢って、気の弱そうな、反撃しなさそうな女の子を選ぶ傾向にあるのは分かってるし、怯えた様子を見せたら付けあがらせる。先制攻撃あるのみ。
気持ち悪いから素手じゃなくて……そう、コピー用紙をぶつけるのもいいかもしれない。それこそ害虫駆除のふりして、顔めがけて投げつけてやろう。A4一束はそれなりに重いから、結構な破壊力だろう。
方針が決まったら、どっと気が楽になった。ぶつける時がものすごく楽しみだ。
私がほくそ笑んでいると、シスルがさらに怯んだような顔をした。
「そ、そういえば、あなたが持って来た、あの四角いものはなんですか」
露骨に話題を変えたなとは思ったけど、これ以上いじめるつもりはなかったので、私は追及しなかった。
「それ?紙だよ」
「これが?」
「紙で包んであるけど、中には同じ大きさの紙が五百枚入ってんの」
安さを追求してエコさはないから、そのコピー用紙は蛍光剤が入っていて青白い。名刺にはわざわざ再生古紙を使用していますって書いているけど、古紙を使っているのはそれだけだ。対外的なところだけ、環境に配慮しています的な対応をしている。
「その包み紙と質は大して違わないよ。ただ、それは今までの物と違って、私の物じゃないからあげられないの。ごめんね」
会社の備品だから置いて行けないんだよ。それに、鈍器に使用するつもりなので、是非とも持って帰らなければならない。
シスルがコピー用紙の包み紙を撫でて、感触を確かめているのにそう言うと、黙っていたお師匠さんも興味津々で手を伸ばして来たので、ポケットの中からメモ用紙を取り出して一枚切って渡してあげた。
常備品だし、これくらいだったらいいでしょう。
「この紙は何で出来ているんですか?」
「植物」
「どんな」
「えーっと……」
コピー用紙なんかの紙の原料はパルプだけど、次に聞かれるのはどうやって紙にするのかってことだろう。
木材を細かく砕いて煮て繊維質を取り出し、漂泊して形を整え、プレス、乾燥、断裁でいいと思うんだけど、蚊取り線香の件があるからなぁ。
「大体の事は知っているけど、これが夢じゃないのならまた呼ばれるんでしょ?前回、知ったかぶりして教えた殺虫剤、原料が間違ってたから、ちゃんと調べてくるよ。緑の渦巻きの方ね、除虫菊っていう花が原料だった。花の成分の中に虫を殺す効能があるみたい」
菊って言っても言葉が同じとは限らないかと思って、メモ用紙に簡単に菊の絵を書いてやったら、がしっと手を握られた。……お師匠さんの方に。
「これは、どう言った魔道具なのだ?!何もしていないのに、文字が書けるなんて!」
あー。面倒くさいことになった。
興奮して血管切れるんじゃ?って感じのお師匠さんに、持っているスマホは絶対見せない方がいいなと思いつつ、気付かれないようにそっと溜息をついた。
物凄く小さな球がインクの入っている管の先端に入っていて……と、ボールペンの説明を簡単にして、こちらの技術では同等品が作れないことを納得してもらったが、結構時間が経ったのに、きらきらと光る足元の何か……の持ちが良い。
それこそ正確な時間を計っていたわけじゃないけど、これがここにいる時間の目安になっているのは分かっているから、理由を聞いてみた。
「ああ、前回までは殿下に召喚していただいていたのですが、今回は私です。単純に魔力量の差ですよ」
「魔力の強さで呼び出し時間が変化するんだ。っていうか、あの脳筋殿下、魔法なんて使えたんだ」
意外だ。典型的戦士タイプだと思っていたら、魔法も使える聖騎士とか、魔法剣士タイプだとは。
就職して一人暮らしをする前は、弟二人に付き合って、RPGをやっていたのでよく分かる。
力押しが得意なタイプ。それしかできないとも言うけど、それだとばかり思っていたのに。
「ええ。殿下は騎士団長に相応しく、魔法の才能にも秀でていらっしゃいます。……そう言えば、前回もノウキンとおっしゃっていましたが、それはどういう意味なのでしょうか?」
「力とか筋力に秀でていて、器用さとか賢さが足りない、戦の最前線で敵に突っ込めと言われれば頼りになるけど、後方で指揮を取れって言われたら、困るタイ……性質とか性格の持ち主のこと」
「…………」
お師匠さんって、基本的に空気なんだけど、今の沈黙はものすごい雄弁だった。
立場的にあからさまに頷けないんだろうけど、その通りなので否定もできない。そんな感じ。
「まあ、これで頭が良くて人柄もよく、下の人間からも慕われるような第二王子だったら、魔物を倒した後に王太子派に暗殺されるか、王位簒奪の旗頭にされるかしそうだから、ちょうどよかったんじゃないの?」
出る杭は打たれる。兄弟で王位の奪い合いなんてよくある話。
私がそう言うと、シスルもお師匠さんも、深い溜息をついたのだった。




