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二章で触れておりますが、時の流れ方に違いがありますので、現時点は、前回よりも少し時間的にはさかのぼっています。
また、ストックが切れましたので、今後は不定期更新となります。
よろしくお願いします。
夢じゃなかった?
金貨のずっしりとした重さで実感した後、混乱していた私はもう夕食の支度をする気もなくなり、結局カップラーメンでご飯を済ませると、早々にお風呂に入って寝た。
疲れているんだと思うようにして、アロマオイルを入れたぬるいお風呂にゆっくり浸かってリラックスするように心がけたんだけど、一晩経ってもばっちり残った証拠品の金貨は消えたりしない。
まず本物かどうか調べてからどうするか考えようと、出所が疑われないように両面の模様の磨滅が一番ひどいものを選び出しておき、会社に行った。
質屋にでも持って行けばすぐ鑑定してもらえるよね。定時で終わればいいんだけど。
エレベーター待ちをしている時に、ふっとシスルの台詞を思い出した。
上司以外で自分よりも立場が上の方に相談する、か。下手な人に相談すると、変に噂を流されそうだから人選は大事だろうけどね。
同性でスピーカーと異名される人がいるので、その人には相談する気は元からないけど、シスルに言われてぱっと思い浮かんだのは、芳賀さんという経理課主任だ。
広田さんと同期入社だから、何か知っているかもしれない。言いふらしたりしそうもない……というのは、近くで仕事をしていての感想だけど、多分そんなに外れていないと思う。
セクハラやパワハラを訴えることができるコンプライアンス課はあるんだけど、今のところ言葉に出してこないし、スマホのメールアドレスを教えていないのでメールはなし。社用で取得しているPCアドレスに妄言を送ってくるほど馬鹿ではないらしく、今の状況では相談しに行っても多分無駄だと思って諦めてたんだ。
一応、彼氏がいますアピールしてみるとか、左手薬指に指輪をしてみるとかも考えたんだけどね。世の中には略奪することに燃えるなんていうタイプもいるし、ぼろが出そうな気もするので、とりあえず下手なことはしない方がいいかなーって思ったのもあるけど、あの人、こっちの言う事を基本的にあまり聞いてないんだよ。
いつも一方的に話したいことを話して、私が適当に相手をした後、その場を去るパターン。
適当に相手をするって言っても「はい」、「はあ」、「そうですか」って相槌打っているだけ。あれで話が弾んでるって思ってるのかなー?
……多分、思っているんだろうな。
そう言う点、本当に頭の悪い人だよね。営業って物を売る商売だけど、お客さんの欲しいものを聞き出してくるのが最初の取っ掛かりだと思うんだよ。凄く独りよがりな営業をかけているんだろうなーと、態度を見ていて思う。
営業成績が良いだって?
わざわざ確認してないけど、多分「何寝言ほざいてんの」って感じだと思う。
まあ、今日はお昼休みの電話当番で無理なので、明日のお昼休み声をかけてみよう。
そう思って自分の机で昼食を取ろうと準備していると、他の人はとっとと部屋から出て行くのに、高山課長も何故だか残っている。そして、二人当番で回ってくる今日のペア、松田さんがいない。
嫌がらせか?と思わなくもないんだけど、私の席は課長の机のすぐ近くなので、どっかりと座ってコンビニの袋を取り出す姿が、嫌でも視界に入るのだ。
「あのー、課長が電話当番するんですか」
課長以上は電話当番がないんだけど、と思って声をかけた。
「緊急の電話待ちしないといけないんで、松田に代わるって言ったんだ」
「そうですか」
「松田の方がお前より目上だから代わっただけで、他意はない」
「何も言ってませんけど」
まあ、ちょっとは思ったけどね。「携帯に連絡下さい」で済む話なんじゃ?とか、私と代わってくれたら相談に行けるんだけどなーとか。
「まあ、とにかく。気にするな。急いで処理しなければいけない仕事を片付けるついでもある」
「はあ」
仕事がついでで、電話が用事なのね。
細かい所は突っ込んでほしくなさそうなので、黙って自分用を入れるついでに課長にもお茶を入れてあげたら、なんか喜んでいた。
お茶、毎日誰かが入れているよね?何でなんだろ。
いつもだったら電話当番ペアの人と他愛ない雑談をしながらご飯を食べるけど、本日は課長。
共通の話題なんてないので、手持ち無沙汰な私は、ご飯を食べながら金の価格単価や金貨の価格をスマホで調べてみた。予備知識があるとなしじゃ違うだろうし。
金貨だと傷のあるなしで相当価格に差があるらしく、古代に実際に使用されたものならさらに付加価値がついて、値段が跳ね上がっていた。金その物は柔らかい金属の為、金貨は銀や銅を混ぜて二十四金じゃなくて二十金から二十二金くらいになっているそうな。
あれが本物だとしても、金の価格はちょっと下がるってことね。
ついでに知ったかぶりして教えた、蚊取り線香の製法を見て見ると……。
ガーン! 私、嘘教えちゃったよー!
蚊取り線香は、除虫菊……和名をシロバナムシヨケギクっていう花からできているって書いてある。おまけに某、金の鳥の正式会社名に、除虫菊って名称が思いっきり入ってるじゃないの。
木を砕いて……の方は、線香の作り方だって。うわぁああ恥ずかしいぃ!
私が恥ずかしさに悶えていると、課長がこっちをじっと見ていた。
「なんだ、百面相して。悪いものでも食べたのか?」
「あー、いえ。人に教えた事が間違いだったと分かっただけです」
「……そうか」
あれ、それだけで終わり?イヤミ眼鏡は「お前は誰かに物を教えてやれるほど偉くなったんだな」とか言うかと思ったんだけど。
そっちこそ、なんか悪い物でも食べたの?って課長の方を見たら、思いがけなく真剣な顔をしてこちらを見ていた。
「水野」
「はい」
「……あー……なにか、悩んでいる事はないのか?」
「は?」
「唐突かもしれないが……」
「はあ」
「それで……どうなんだ」
「いや、悩みのない人間なんて、この世にいるんですかね」
ちょっときつい口調で言い返してしまって、慌てて謝った。
「あ、すみません。えーーーっと、ちょっと前に大学の同級生と飲みに行った時『水野さんって悩んでいる事なんてなさそう。幸せでいいわねぇ』って言われた事を思い出して、脊髄反射で言い返しました。すみません」
「それは……ムカつくな」
おお、分かっていただけますか。
「ええ。学生でもない、いい年した大人なので、その時は空気読んで流したんですが、鬱憤が溜まっていたみたいです」
その後、不幸自慢って言うのかな?
当人は公務員でブラック企業ではなかったし、残業なしの定時上がりの職場で、話を聞く限りどこがストレス?って感じだったんだけど、「アテクシ、不幸な境遇でこんなに頑張ってるのよ、すごいでしょ」的な発言をしたので、怒るよりも呆れてしまったのだ。
その時既に広田さんに悩まされていたので、会社と全く関係のない第三者の意見を聞くつもりだったのを取りやめて……馬鹿らしくなったとも言うけど、その場は何も言わないで別れた。反骨精神というか、意地張って一人でなんとかするわ!って思っていたんだよね。
シスルに言われて、やっぱり周囲に相談するというのが第一歩であると考え直しました。やっぱり一人ではできることに限界があるし。
課長に相談すると大事になるので、とりあえず今は相談する気はないけどさ。
「既に頑張ってる人間に、『頑張って』って言うのは禁句ってよく言いますけど、白鳥のごとく見せない所で頑張ってる人間に、『優雅な生活で良いね』呼ばわりされるのもかーなーり腹が立ちますよ」
「そりゃあキツいだろうな。今時の学生は甘やかされてるのが多いからなぁ……。だが、言うに事欠いて、自分の事を白鳥ってのはどうかと思うぞ」
「ものの例えですよ、それこそそこは流す所でしょう、社会人として」
「悪い」
笑いながらそんなこと言われて、私が信じるとでも?
「思い当たることがないならいいんだ」
「はあ」
「……食事はもう終わったのか」
「はい」
「それじゃあトイレに行きたいんだったら、行って来ていいぞ。電話番は一人で平気だ」
デリカシーないなと思いながら、一応お礼を言って歯磨きセットを片手に席を立った。
……あれ?課長、仕事やってなかったよね。
電話は、相手の都合もあるだろうから、少しぐらいは遅れるかもしれないけど。
……ま、いいか。さっさと歯を磨きに行こう。




