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07.心配性も過ぎれば弊害です。

 順調に始まった並行世界ライフですが、そこで早々に明さんの心配症が発覚しました。それ以外は問題ないです。というか、問題が起こりえないのが現状です。それが原因の、ただ一つを除いて。


 こちらの世界に来てからおよそニ週間経ちました。衣食住に不満はありません。全部、言葉通り明さんが面倒をみてくれました。住処は、私がこの世界に出現した部屋です。


 先に言っておきますが、明さんと同居ではないですよ。明さん曰く、この部屋は本来生活している所とは別の、予備みたいなモノだから好きに使っても良い、らしいです。道理で生活感が乏しいわけです。


 せっちゃんの世話も拍子抜けするほどで。

 愛称からもしやと確認してみれば、この子、女の子でした。

 せっちゃんはとってもお行儀良く親御さんから躾けられている子で、トイレも一人でできました。しかも、器用に人間用のトイレでする上に自分で後始末までするので、本当に私の手を必要としなかったんです。

 食事も自力で狩りをして食べるのが普通ということでして、私のやることはほとんどありません。狩りから帰ってきた彼女のブラッシングとおやつの果物の皮をむいてあげること、あと一緒にお風呂に入って身体を洗ってあげることくらいでしょうか。

 まったくというほど、手の掛からない子でした。


 ここに電気は通っていないようなのですが、その代わりに魔石というものが存在するそうです。そして、不思議な力があって呪いや術も使えるという。不思議な力イコール魔力、呪いや術イコール魔術で良いですよね、面倒ですし。

 本当に定番の異世界ファンタジー仕様でした。


 ただ、魔術は誰にでも使えるものではないようです。その話を聞いた時、私にも使えるのかと明さんに開口一番で訊いたのですが、「おまえの才能はゼロだ」ときっぱりはっきりしかめ面で告げられました。

 詳しく訊ねてみると、どうやらこの世界の方でも人間の場合は、ほとんどの方が魔術は使えないようです。人外の方の場合は、大なり小なり使えるのが普通ということなので、なんというか不公平感があるようにも思えますが――他の部分でそれなりのバランスを保っているので、今の二大生活圏的な状態になっているのだとか。


 生活圏を分けているとはいえ、種族で住む場所を限定しているわけではないそうです。行き来も自由。種族を問わず、どちらの生活圏に住んでも自由のようです。ただし、その生活圏で定められた常識と法に則って暮らす必要がある、とのことでした。


 それはとにかく。

 現在の私の状況は生活するだけなら不便はない、ということです。


 この部屋には、水洗トイレもどきも湯船付きお風呂も乾燥機付き洗濯機もどきもありました。もともとは無かったベッドも、明さんが出してくれたので空部屋だった所に設置されています。

 驚くことに、言葉の通り明さんはベッドを何もない空間から取り出したんです。あの時は目を見張りました。部屋の中で、気づけば明さんがベッドの角を片手で掴んで持ち上げていたんです。それも軽々と、平気な顔をして。


 あれ、重くなかったんですかね。普通の人間には無理な所業だと思うんですよ。後でベッドがものすごく軽いからできたのかと思ったんですけど、私には持ち上げるどころか動かすことすらできませんでした。

 確かに私はもともと非力ですよ。でも、これは絶対にそういう理由じゃないです。


 気になったら訊くに限ります。そしたら明さんはなんて言ったと思います。こんこんとよくわからない小難しい説明をされました。

 魔力が云々、魔術が云々、世界の理が云々。

 それを聞いて収めるのは、容量の足りない上に理解力の乏しい私の頭ですから、真面目に聞いていてもチンプンカンプンです。それでも覚えておこうと努力はしましたよ。けれど、その努力も空しくはみ出した言葉達は、記憶した部分すら引き連れて砂のごとくサラサラと抜け落ち、頭には留まってくれませんでした。


 今では何をどう説明されたのか、記憶にありません状態です。

 でも、今思うに、あれは誤魔化されたのではないでしょうか? そんな気がします。

 そもそもまったく前知識のない私に専門用語的な言葉を使って説明したって、理解できるわけがないんです。その時点で挫折するのは当然です。

 だから、私が内容を覚えていないのは、明さんの説明が悪いんですよ。以上が結論です。


 ただ、そんなわけで明さんが魔術を使えることだけはわかりました。人間の中でも、稀な部類に入る方なんでしょうね。そう思わせてください。それは良いんです、とりあえず。


 現在。


 この部屋に明さんはいません。せっちゃんも狩りに行ってしまったので、私はここに一人です。

 ……要するに、一人だけ部屋に取り残された状態なんですよ。

 私だって外に出たいです。このまま三食おやつ昼寝付きで部屋に籠もっていたら豚さんになってしまいます。

 暇潰しに私でも読める本はたくさん持ってきてくれました。確かに本は大好きです。どちらかというと活字中毒なので、読むことは苦ではないんですよ。ただ、やはりそれにも限度があります。


 私、インドア派ではありますが、引き籠もりではないつもりです。

 人間だって、直に日光浴が必要です。窓から光が入るって、そういう問題ではないんですよ。このままではカビが生えてしまいます。主に心に。由々しき事態です。大問題です。

 それなのに――ドアのノブを回しても、扉は開かないんです。


 明さんの意地悪~! 心配性~!!


 扉に鍵が掛かっているのなら窓は、と考えたりもしたのですが、ここの窓は開かないんです。はめ殺しの窓でした。当然、ベランダなんて付いていません。


 それならどうやってせっちゃんは出掛けているのかと言えば、彼女は瞬間移動ができる子でした。なんて便利な能力でしょう。移動距離が短いので、部屋内から窓辺の外辺りまでしか移動できないようですけど、窓も壁も関係ないんです。

 今日もまた、ちっさな翼でパタパタと飛びながら、ものすごい速度で姿が見えなくなりました。


 あんな勢いで狙いを定められて突進されたら、獲物なんていちころですね。逃げる間なんて与えてくれそうにないです。明さんが危険物扱いした一端を垣間見た気がしました。


 ということで、どう見ても私よりも小さいせっちゃんがお出掛けしているにも関わらず、私は明さんから外出禁止令を出されていました。出されているだけでなく、部屋から出ていけないようにしっかりと対策されているんです。


 そんなに私、信用がないんでしょうか?

 子供じゃないんですから、知らない人にはついて行きませんよ。怪しいおじさんにお菓子くれるって言われたって、ほいほい受け取ったりしませんよ。


 それに――迷子にだってなったりしないと思います、次は!


 やっぱりあれが原因ですよね。あの時に明さんの心配性スイッチを押しちゃったんですよね、私の行動が。


 街の中は初めて尽くしだったんです。色々色々、本当に物珍しかったんですよ。周りを歩いている方々も、人間ではない方々ばかりでしたし、ついつい目がキョロキョロとおのぼりさん状態だったのは認めます。

 ふっさふさの揺れる尻尾とかぜひとも触ってみたかったんですけど、先にそれはやるなと明さんに釘を刺されました。獣系の種族の尻尾は特に敏感で、他人に触らせるようなことはしないそうです。それを許されるのは特別な相手だけだと言われました。


 それがここの常識なんですね。理由も理解できます。でも、目でついつい追ってしまうんですよ。触るのは我慢したので、私が観賞することまでは明さんも止めなかったんです。単にそこまで制限するのが面倒だったのかもしれませんけど。

 とにかく。周りのお店も興味深かったですし、浮ついた気分で歩いていましたし、たくさんの方達がいたのもありまして、私は明さんとあの時はぐれてしまったんです。顔をさらすなと、明さんの物と思われる大きめのフードマントを被っていたことも悪かったんです。視界が狭くて周りが見辛かったことも要因の一つでしょう。


 どちらにしろ、気づけば一人で途方に暮れていました。

 この時、せっちゃんは一緒じゃなかったんです。彼女が一緒だったらまた違ったのでしょうが、それも今更です。明さんが一緒に連れて歩くなと強固に主張したので、仕方なく一緒に行きたそうだった彼女を説得して、部屋でお留守番してもらいました。


 街中とはいえ初めての街ですし、完全に迷子です。戻ろうにも浮かれ過ぎていて来た道を覚えていません。下手に動けば更に遭難する可能性もあったので、道端によってがっくりとしゃがんでいました。

 その行動は対処として悪くなかったと今でも思います。

 私がいないことに気づいた明さんがきっと見つけてくれるとは信じていましたが、挙動不審だった私に隣で露店を開いていた八百屋の狐族のご婦人が話し掛けてくれたんです。


 私の顔を見て驚いた顔をされましたけど、それだけです。何か危害を加えられたわけでもなく、逆に連れとはぐれたと言ったら、訳知り顔でなぜか椅子を進められ、売り物であったろう蜜柑まで手渡されました。

 しっかりと断ったんですよ。お金は連れ持ちなので無いって。でも、押し切られてしまいました。とりあえずそれでも食べて、ここで連れを待っていれば良いって。


 押しに弱いんです、私。


 困りましたけど、歩いて少しお腹も空いていましたし、手の中の柑橘系の爽やかな匂いに負けました。これは怪しげなおじさんがくれた物ではなく、八百屋のご婦人からいただいた物ですから大丈夫です。

 ということで。むきむきと真剣に蜜柑の薄皮と格闘して口に入れた一房は、大変、美味でしたよ。ちょうど良い酸味と芳醇な甘みに、蜜柑の新たなる真髄を知りました。


 そうしてさほど時間が経たない内に明さんが迎えに来てくれたんですけど――はっきり言って、とても怖かったです。超絶美形が本気で怒ると怖いって身に染みてわかりました。


 明さんの周りだけ、なぜかきれいさっぱり誰もいません。道にはたくさんの方達が歩いているはずなのに、彼の周りだけ誰もがきれいに避けていました。できれば、私も避けたかったです。

 私の前まで来た明さんは、私の手の中にある蜜柑と私の顔を交互に見てから深く息を吐き出します。呆れたような、残念な子を見るような瞳で私を見下ろしながら。

 それだけでもかなりくるものがありましたが、その後、明さんがにっこりと笑ったんですよ。はっきり言って、単純に怒った顔をしているよりもそういう顔の方が何十倍も怖いです。なまじ造作が整い過ぎているので迫力が違います。あれはもう凶器です。


 私がその笑顔で硬直している間に、明さんは私達の無言のやり取りにびっくりしていた八百屋のご婦人に私の知らない言葉で話し掛け、有無を言わさない態度で蜜柑代(もしかしたら私の迷惑料かもしれませんが)と思われる硬貨を渡していました。

 そして、私の短い最初のお出掛けは終了となったのです。無言で怒る明さんに手を引かれるままに、八百屋のご婦人にお礼を言う暇もなく、現在の住居へと戻されました。


 それから私は一度も外に出ていません。というか、出してもらえません。

 これは――自業自得なんでしょうか? いえ、違いますよね。明さんが心配性過ぎるからいけないんです。

 ということで、明さんが現れた時すぐに対応できるように、扉の近くに書き物机の椅子を移動して、その上に陣取ります。


 今日こそは、お出掛け権をぶんどってやりますよ!


 そう意気込んで待っていたのですが、明さんは今日に限ってなかなか現れませんでした。いつもならこの時間には来るんですよ。

 私の強制的引き籠もり状態を維持するために、明さんは三食、きっちりご飯を持ってきてくれるんです。ある意味、とっても律儀です。


 バリエーション豊かな食事は、いったいどうやって調達しているんでしょうね?


 毎食それでは大変ですし、台所も冷蔵庫もあるので食材さえあれば料理もできるし保存もできますよ、とは言ったんです。私だって遠慮という言葉くらい知っています。

 でも、その食材選びが面倒だと言うんですよ、明さんは。まったくよくわからない理屈ですが、それでなぜか押し切られました。


 別に料理するのが面倒だから、簡単に引き下がったわけではないですよ。


 そういうわけで私はおよそ二週間、飢え死にしなかったとも言えますし、美味しいご飯とおやつを味わえたとも言えますが――そろそろ本気で外に出たいです。




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