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04.気にする部分はそこですか。

 気がつけば、朝でした。


 見慣れない部屋にここどこ的なパニックを起こしかけましたが、すぐに明さんの超絶美形顔が目に入って落ち着きました。

 美人は三日で見慣れると聞いたことがありますけど、じっくり観察すればそれほど掛からないようです。でも、見慣れても麗しいことに変わりはないです。


 朝から眼福ですよ~。


 そんなことを考えていたら、明さんが呆れた顔で私を見ました。

「話の途中で寝落ちって――どれだけ危機管理能力が欠けているんだ。そのまま永眠してもおかしくない展開だぞ?」

 そして、なぜか開口一番に苦言が降ってきました。


 どうやら私はソファに寝かされていたようです。

 寝心地は悪くなかったですよ。どこも痛くないですし、すっきりなお目覚めです。


「明さんなら大丈夫かと思いました。実際、私はソファの上で丁重に寝かされて、快調に目覚めています。結果オーライです」


 いそいそと上半身を起こして釈明します。

 他人の世話などまったく焼きそうになかった明さんですが、意外にも私をソファに寝かしてくれたようです。しかも、そのまま放置ではなく、身体の上にはタオルケットが掛かっていました。

 初対面の態度からは信じられない扱いですが、あれは本当に機嫌が悪かったのでしょう。私の意思でああなったわけではなかったとはいえ、誰だってあんな状況に陥ればあんな風になりますよね。納得です。


 私だって寝入り端に奇襲をかけられ起こされたら、機嫌が底辺を彷徨うこと間違いなしです。親しい間柄だろうと罵詈雑言は避けられないでしょう。

 そして、それを当の私自身は覚えていないんです。なんて恐ろしい~。


 って、今は私のことは関係なかったです。思考がズレましたね。


「だんだんおまえの思考回路が理解できてきた気がする」

 明さんはとっても嫌そうにそう呟きます。


 そういえばこの方には私の考えが駄々漏れでしたね。本来は気にしなければならないのでしょうが、休んで正常に戻った頭でもあまり気になりません。私がどんな微妙なことを考えていても、ため息とか苦笑とかでしか反応されないからでしょうかね?


 それに口に出さなくても伝わるっていうのは、やはり楽で便利です。

 言葉を取り繕うのってかなりストレスが溜まりますから。取り繕えない状況なら、私よりもそれを聞いているだろう明さんの方がストレスは多そうです。

 隠し事はできそうにないですけど、今の所その必要性はないですし。明さんは私がここで生きるための大事な命綱です。とりあえず確保、ですよね。


「そう思うなら、もう少しまともな思考をしろよ。おまえの思考は駄々漏れの上に、耳栓が効かないんだから」


 耳栓、ですか? ああ、普段は耳栓使用なんですね。

 そうですよね。たくさんの方々の考えがいっぺんに頭の中に溢れかえっていたら、頭、割れちゃいますもんね。それでは生活に支障が出ますよね。

 でも、そんな耳栓常備でも私の考えは防げないんですか。


「それは……すみません?」


 謝って済む問題でもないでしょうし私が悪いとも思えないんですけど、とりあえず謝っておくのが日本人の悪癖ですね。

「でも。それならこの世界の方々は皆、他人の考えが言葉にしなくてもわかるわけではないんですね?」

 明さんが特別だったんですね。ある意味、不運な特別です。

「……そんな世界があったら、早々に滅びているぞ」

 ……ですよね。嘘にも色々種類はありますけど、すべて見抜かれていたら争いが絶えないだろうということは、私の貧困な想像力でも思いつきます。


 正直であれば良い、というわけにはいかないのが世の中の世知辛さです。けれど、それでうまく廻っていくんですから――それは必要なことなんでしょうね。


「私の駄々漏れ思考は不愉快ですか?」

 タオルケットを畳みながら問い掛けると、明さんは少し考えるようなそぶりを見せた後、首を横に振りました。

「うるさいとは思うが、不愉快じゃない。呆れることも多いが、愉快でもあるし退屈しない。飽きなくて良さそうだ」


 これは……褒められているのでしょうか。

 それとも貶されているのでしょうか。


 判断に困りましたが、

「ありがとうございます?」

 疑問形でもお礼を言っておけば間違いないでしょう。たぶん。

 不愉快でないというなら、別に聞こえていても支障ないですよね。

 明さんが苦笑しています。


 一段落したことですし――。


「それにしてもお腹が空きました。私が食べられそうな物って何かありますか?」


 今、早急に私が要求するべき物はご飯です。何よりもお腹に食べ物を入れないことには、にっちもさっちもいきません。

「……裏表がない、その性質は希有だと覚えておけ」

 声を立てて機嫌良く笑う明さんに、私は首を傾げます。


 私は裏も表もありますよ?

 その意味するところだってわかっています、大人ですから。


「相手に知られても平然としていられる時点で、裏も表も無いのと同じだ」

 扉がノックされる音がします。あの扉は私が開けられなかった唯一の扉です。

 明さんは扉の前まで行き、すんなりとその扉を開けました。その動作は自然でしたが、なぜでしょう。私と話していた時とまとう空気が違っているように感じます。

 背中を向けているので表情を見ることはできません。けれど、その背が少し怖いです。


 明さんの身体の隙間から、扉の外が少しだけ見えました。そこには狐耳と尻尾を持った壮年の男性がいます。その手には湯気の立ったスープやパン、サラダなどを乗せたお盆を持っていました。


 あれは私のご飯ですか? 私のご飯ですよね、絶対に、何が何でも。


 ただ今、お腹が空きすぎて食べ物に目が眩んでいます。ロックオン状態です。

 私が凝視している先で明さんは男性と二、三言のやり取りをした後、お盆を受け取り、その代わりに貨幣らしきものを渡しています。ちらっと見えただけですが、やはり日本円とは違う代物みたいです。身一つで来てしまった私は、それすら持っていませんが。

 扉を閉めた明さんが私の方を見た瞬間、顔を引きつらせました。


 なぜですか? その反応、失礼じゃないですか。


 ですが、そのせいなのか先程までの少し怖い空気は消えています。そこには私の知っている、私の状態を呆れている明さんがいるだけです。

「それは私のご飯ですか? そうですよね。そうでなくてもください。お腹空きました」

 早口に捲し立てます。平素ではできないほどの早口は、飢えによる火事場の馬鹿力的な何かのせいです。

「おまえは欠食児童か」

 文句は言いつつも、私の前のテーブルの上にお盆ごと置いてくれます。


 これはもう、食べて良いってことですね。了解です。


「丸一日ほど食べていませんし、丸半日ほど何も飲んでいません。当然の反応じゃないですか」

 冷蔵庫は空。水は蛇口から出ましたが、飲んでも大丈夫なものか判断ができませんでした。だから、ここに来てから何も口にしていません。


 手を揃えて「いただきます」をします。いただくのですから、挨拶は道義です。

 スープをスプーンですくって口に入れ、空腹に染み渡る美味しさに――後は我慢ならずにがっついていました。欠食児童扱いされてもおかしくない行動だと、お腹が満ちて正気に戻ってから恥ずかしくなりましたが、ここはもう開き直るしかありません。


 パンとサラダとハムエッグ、ゴロッと野菜を煮込んだスープとデザートのオレンジゼリーも完食。

 すっと横から差し出された紅茶を口に含んでから、そこではてと動きを止めます。こくりと喉を通過していく紅茶はとても美味しいですけど――これはお盆に乗っていませんでした。

 カップもポットも見ていませんし、何よりついさっき横から差し出されたばかりです。飲み頃の、ちょうど良い熱さの紅茶です。


 ということで、困惑顔で横を見れば、視線の先で明さんが苦笑していました。

「ようやく落ち着いたようだな」

「この紅茶は明さんが入れてくれたんですか? 美味しいです」

「それはよかった」

 機嫌良さそうに笑う明さんはやっぱり綺麗です。


 しっかりと男の方なんですけどね。そういう感想を抱くとは、我ながら不思議です。


「食べ物も飲み物も私のいた世界と同じみたいで安心しました。それに今更ですが言葉も普通に通じているみたいですし、よかったです」

「並行世界だからな。同じ物も多いさ。ただ、言葉は少し難ありかもしれないな。今、おまえが使っている言語は共通語に聞こえるが、所々通じないものが混じっている。それでも、多少怪しまれたとしても地方育ちで地元の方言が混ざっているとでも誤魔化しておけばなんとかなる範囲、か」


 お行儀悪く部屋に置かれた書き物机に軽く腰掛けた明さんは、腕組みして私を見ています。けれど、その顔からは先程まで浮かべていた苦笑が消えていました。


 何を言われるんでしょう。何かずいぶんと真面目なお話のような気がします。

 そういえば私、空腹と睡魔に負けて肝心なことを聞いていませんでした。


「……あの、ここが並行世界であることは理解しました。ですが、ここに人間は他にいないのでしょうか?」


 昨日、窓の外に見えた方々の中には、人間らしき外見の方はいませんでした。目の前の明さんだけです。他にはいないなんて言われたら、私、周囲から浮きまくってしまいます。

 周囲に埋没することこそ、平穏な生活の始まりとでも言えるんです。この世界で生活していくなら必要なことです。正直、悪目立ちはしたくありません。


「この世界に、という意味ならたくさんいる。知性を持った種族の中でも、人間は非常に多い。全体の半数ほどにはなる。ただし――」


 ただし、なんでしょうね。

 不思議に思い首を傾げれば、明さんがふうっと息を吐き出しました。


「この街近辺で、という意味ならほとんどいない。ここは人間の生活圏とはずいぶんと離れた、人外の者の生活圏にある街だからな」


 ちょっと納得しました。そして、やはりという気持ちにもなります。


 人外の者。この世界には人間以外にも知性を持った種族が存在しているんですね。たぶん、それは一種類ではない。明さんの言葉と昨日の外の様子から、それくらいは察せます。

 そして、両者は生活圏を別にしてこの世界の中で共存している、のですよね?

 まさか人間と人外の者の間で戦争が起こっている、とかはありませんよね?

 それだと、ここにいる私の存在はとってもまずいです。早々に捕虜になったとか、どんなシナリオですか。嫌です、そんなの絶対に。


「ああ。それはない。小さな小競り合いとかは起こりもするが、全面戦争なんてものはお伽噺の時代の話だ」


 否定はしてくれましたが、どうやらまったくなかったわけでもないようです。


「この街の者は狐族が一番多いんだが、人間の生活圏より離れているわりには人間に好意的な者が多い。だからか、この街は全体的に人間にかなり好意的だな。街の外は違うが」


 それはよろこんで良い所でしょうか。嘆いた方が良い所でしょうか。

 ただ一つ。


「……この街で私という存在は完璧に浮くんですね」


 それだけは確かな事実のようで、がっくりと肩を落とします。

「おまえが気にするのはそこなのか」

 呆れたように呟く声が聞こえてきて明さんの方を見れば、彼はがっくりと疲れたように肩を落としていました。どうしてそれほど疲れているのかはわかりませんけど、これは私にとっては重要な事柄なんですよ。


「他に何を気にすることがありますか? 周りに埋没するのに、外見があからさまに違うのは不利です! 重大事です!!」


 思わず拳を握って力説してしまいました。そして、明さんにはため息を吐かれました。

 でも、なんだかその反応にも慣れてしまったようです。私、そんなにおかしな受け答えはしていないと思います。これはまっとうな意見ですよね。


「死にたくなければ生きるしかないんですよ。帰れないなら、この世界で生きるしかないじゃないですか。そのためにはこの世界に埋没して生活していくしかないんです。生活するにはお金が必要です。私、お金なんて持ってないですから、今、すぐにでも住む場所込みで働く場所を探さないといけません」


 今、ここにあるのは私の身一つです。あの時に買い物した物も持っていたバッグも、何一つこちらに来ていないんです。少なくともこの部屋にはありませんでした。


 車共々、今頃どうなっているんでしょう。

 私が轢きかけた狸は無事ですか? 無事でないと今の私が浮かばれません。

 私の扱いは行方不明者ですか? それともまだ、知られていないんでしょうか。

 考え出したらきりがありませんけど――とりあえず、食べ物を腐らせるのはちょっと嫌なので、それだけでも誰かなんとかしておいてください。


「……長文をそこまで口にしたのは初めてじゃないか?」


「………」


 考えがそのまま伝わるから、言葉を口にすることを惜しんでいたのは事実ですよ。でも――。

 今の言葉で。今の考えで。その中から明さんが一番に気にする部分はそこですか……。

 先程のお言葉、そのまま返させていただきます。


 この場合、もっと別の部分を気にしてください!


 大事なことだと思ったから言葉として口にしたのに、なぜその部分に食い付くんですか。そして、なぜそこまで驚かれるんでしょう。そちらの方が不思議です。


 私だって言う時は言うんですよ。必要なら、ですけど。




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